不気味な月明かり
コーベライトはまた首を傾げて「空耳じゃない?」と言う。
「ヴィオラ!今日の分早くしておかないと、怒られるよ!」
そうコーベライトは言って、建物の中にある部屋の奥へと引っ込んだ。
「でも、たしかに聞こえたんだ……」
ヴィオラはそう呟くも、コーベライトを手伝うために部屋の奥に行く。その部屋には大きなガラスケースがたくさんあり、その中身には普通では考えられないものが入っていた。
「さーて、今日はこの卵がエネルギーを欲しがってますねー」
芝居のかかった口調でコーベライトは笑顔で言う。ヴィオラも隣に来てそのガラスケースの中身をチェックする。
そのケースの中には卵が入っていた。食用の鶏の卵とは比べ物にならない、両手で抱えるほどの大きな卵。その卵をじっと見つめ、コーベライトはそうしているようにヴィオラも別のケースに手をかざす。そのかざした手のひらからは淡い優しい光が出、卵を優しく包む。
真剣な表情でその作業を行っている彼らは数分後には額に脂汗が浮いており、さらに数分後に手のひらから出る光を弱めると卵を包んでいた光が光ることをやめた。
「エネルギーの注入が必要な卵はこれで最後……だな」
ふぅ、と息をついてヴィオラはそばにあったタオルで顔を拭く。先ほどの作業がきつかったのか、彼の息は少々荒い。コーベライトはそんなヴィオラを見ながら巨大な卵をチェックし「ほどほどにね。無理はだめだよ」と言う。
「そうだな」
その言葉には苦笑するしかなかった。ヴィオラは顔を拭いたタオルを首にかける。自身も先ほど光で包んだ卵の状態をチェックし、部屋全体を見回した。
ヴィオラとコーベライトがいる建物は外から見ると平屋なのだが、実は窓から見えない位置、つまり地面を半分掘った半分地上、半分地下にある場所に部屋がある。そんな設計の建物には、窓からは上手く伺えないがたくさんのガラスケースに入った卵があった。
博物館と間違えるような部屋。ガラスケースに入った卵は抱えるほど大きいものもあるが、食卓で見かけるような小さな卵もあり、色も形も様々な卵がずらりと並んでいた。他の人がこの光景を見たら、良く集めたな、と感じるだろう。
「んじゃあ、今日はこれで作業終了……かな?」
コーベライトは先ほどのヴィオラと同じくタオルで汗を拭い、入口にあった鞄を手に取った。
鞄に手が触れる瞬間、鞄を掴もうとする体制で彼は止まった。コーベライトの眉間にはしわがよっている。同じく部屋の中央にいるヴィオラも、警戒するように窓と入口を見た。
「……見られてる?」
「やっぱりそう思うか?」
小声で言葉を交わす二人。外はもう真っ暗で、この建物以外に明かりがついている建物がないので必然とこの建物に目が行く。だが今二人が感じているものはそれとは全く別物だった。
風がざぁ……と、強まる。その音がだんだん不安にさせ、ふと真っ暗でなにもわからないような外の景色の中になにかが動いた。人の形をしているそれは、バトンのようなものを持ってつかつかと歩く。明らかにこちらへ向かっているようで、その人物は黒いフードをかぶって黒いマントをはおっていた。建物から数メートル先で足を止め、バトンの先を建物に向ける。
その人物が持っていたバトンの先はバチバチと電撃がまとわりつき、この建物を狙っているようだった。先に動いたのはヴィオラで、手をかざして透き通るような青い鎌を作り出して建物の外に出る。
「……何の用だ?」
ストレートに聞いたのは、敵ではなかったらすぐに返答をくれると思ったからだ。だがその人物は何も答えずにバトンの先にまとわりついている電撃をヴィオラめがけて放った。
ヴィオラは防御態勢に入ったが、電撃があちらこちらに跳ねていて行動が読めない。
「チッ……!」
舌打ちをした。電撃の攻撃がこちらに向かってくる短い時間、頭の中でどう防御しようかと考えた。たぶんヴィオラはこの攻撃をまともに受けるだろう。なぜならヴィオラは防御術をあまり知らないからだ。
電撃が目の前に来てその電撃の明るさで夜だと言うのに昼だと錯覚してしまう。おとなしく攻撃を受けるかと思っていると、風を凪いだ音がして電撃はそれぞれ他の方向へと分かれて消えた。
「ヴィオラ!……だめだよ、シールドはらなきゃ!」
建物の中から声がする。見ればコーベライトは自分の武器である、柄が長いハンマーを持って応戦して助けてくれた。今の技はコーベライトの得意技である衝撃波だなと思った。
コーベライトの言葉にはっとなる。そういえばシールドという自身から溢れ出るエネルギーで盾をつくればよかった。そう、今更ながら思った。
黒衣の人物は攻撃がかき消されたことを見てか、攻撃用のバトンをおろした。先ほどの攻撃で電撃を使い切ったのか、バトンには電撃がまとわりついているということはなかった。その人物は黒いマントを翻し、闇に溶けて消えていった。
「……なんだったんだ、あれ」
「さぁ……俺にもわからない」
謎の襲撃者。わけもわからずにいながら「狙いは絶対これだよ」とコーベライトは卵のことを言った。
「そうだな。最近狙っている奴が多いって言うもんな……」
嫌な世の中だ。そう思ってヴィオラはふとコーベライトのほうを見た。
「コーベライト?」
不思議そうに尋ねると、コーベライトは興奮したように「ヴィオラちょっと!」と部屋の奥に入って行ってしまった。なにがあったのかと思うと、先ほどまで近所迷惑にならない程度に流していた小型のラジオがニュースを伝えているところだった。
「こちら報道センターです。先ほど緊急でまたもや失踪事件のニュースが入ってきました。被害者は新人士官のカルサイトさん二十三歳・女性です。何時になっても捜索現場に現れない士官の男性が不審に思い、カルサイトさんがいつも歩いてくるという道で探していると、カルサイトさんがいつも身につけているペンダントが見つかり、失踪の現場に必ず残されている火で焼いたような跡が残っていたようです。その男性はカルサイトさんが失踪事件に巻き込まれたということを視野に入れ、現在カルサイトさんを探しているようです。失踪したのは去年士官候補生育成学校を卒業した新人士官の……」
そこまで聞いて、コーベライトは「んだよー、またかよー」とため息をついた。一方ヴィオラはなんだか難しい顔をしており、「どうしたの?」と聞くと、目をこちらに向けた
「今報道されているカルサイトさん?の失踪した時間帯って、さっきじゃないか?」
それを聞いてコーベライトの顔は少し曇った。
「さっきでも、ニュースが言っているように警察が近くを探しても、犯人は見つからないんだよね?」
「んー……。どこか遠くの、そしてはやく逃げた、としか思えないな……俺は」
「犯人が遠くてはやく逃げたなら、テレポートの技を使ったのかな。今までのニュースとか聞く限り、事件が起こってすぐに現場に言っても犯人は近くにいないらしいし。……警察が三十キロの範囲で探していてもみつからないから、そうとしか思えないよ」
そう言いながらコーベライトは机に顎をのせた。ヴィオラはそばにあった自分の水筒から水を飲むと「テレポート、か」と呟くように言った。言ったあとでヴィオラはふと思っていたことを口に出す。
「失踪事件って……複数犯なのか?」
「いやいやいや。それは俺に聞かれてもわかんない」
俺じゃなくて他の奴に聞いたほうがいいよ、とコーベライトは言った。その言葉にヴィオラは納得したような表情で「そうか」と言う。
「明日……っていうか今日の授業後は捜索かな?……学校の授業が午後からでよかったかもしれない」
「明日は確実に捜索だな」
そう言いながら二人は部屋の中にある卵を見つめた。コーベライトは立ち上がり「今度こそ家に帰ってちょっと寝るー」と言って外に出た。
「気をつけろよ。さっきもあんなことや失踪事件があったばかりなんだからな」
「おうよ、わかってるって!」
ヴィオラの心配に手を振って応える。家に帰るコーベライトの後ろ姿を見ながら、そういえば自分もまだ一睡もしていなかったと思い出したように欠伸が出、自分も家に帰ることにして荷物をまとめる。
「……不気味な夜だ……」
ランプの明かりも消し、明るい光がなくなった街の中に立って月を見上げた。
自分でも不思議に思うくらい、不気味な不気味な夜だった。