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おまけ召喚 第三部 雪深き学び舎に潜む影  作者: 草野 瀬津璃
第十一幕 侵略するは黒き闇
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六十五章 勇者とおまけ



「ごめんなさいねぇ、勘違いしちゃって。校舎を爆破されて気が立ってたもんだから、つい」

 結界を解除した瞬間、上に積もっていた雪が落ちてきて危うく埋まりそうになったが、何とか這いだした流衣達にかけられたのは、脱力を覚えるグレースの言葉だった。ぺろっと舌を出し、うふふと微笑むグレースを、達也はじと目で見た。

「可愛こぶって誤魔化そうとしても無駄だからな?」

「うふふ、勇者さん、男前~」

「…………」

「申し訳ありませんでした」

 達也だけでなく、他の被害者一同の冷たい視線に耐えきれなくなったグレースは、観念して頭を下げた。

 グレースの隣で苦笑しているトーリドは、胸に手を当てて優雅に礼をする。

「勇者様がた、門番のミケとニケを助けて下さってありがとうございました。あなたがたが通りがからなくては、彼らは死んでいたでしょう」

「それはリンクに言ってくれ。治癒したのはこいつ」

「巫女姫様、ありがとうございました」

「いいえ、神官としての勤めを果たしただけにございます」

 リンクは首を振り、ふんわりと微笑んだ。

 それだけで、場の空気が一気に穏やかになる。

「それで、勇者様。どうしてこちらの学校へ? 先触れもありませんでしたが……」

 トーリドの問いに、達也はちらっと流衣を見た。

「ああ、それは彼に会いに来たんだ。まあ、見舞いかな? ちょうど近くの町にいたから」

「見舞い?」

「折部、一年と一ヶ月くらい前に瀕死の重傷負ってな、一年ずっと意識不明だったが、最近起きたって知らせを貰ってな。その現場に俺らもいたから」

 そこに、アルモニカがおずおずと口を挟む。

「〈塔〉の襲撃事件がありましたでしょう? あれに居合わせて、わたくしと共に逃げていたのですが、共にネルソフのアジトにさらわれてしまいまして……。そこから逃げようとして、逆に呪われてしまい……。奇跡的に助かったのですが、彼はずっと起きなくて、わたくしの実家で面倒を見ていたのです」

「はあ、君達二人はそういう繋がりの知り合いだったわけか。組合長にはよろしくと頼まれてはいたが、アルモニカ嬢とどう知り合ったか不思議だったが……」

 こちらに歩いてきたセトが、納得というように頷いた。手には分厚い冊子が握られている。ネルソフのギルドマスターが放り投げていった研究冊子だ。

 流衣は一つ頷いて、そこでふと周囲を見回した。

(あれ? サイモン君、どこに行っちゃったんだろ……)

 あれだけ目立つサイモンが目にとまらないのが不思議だ。セトと一緒にいたはずだが。

「あの、セトさん。サイモン君はどこに? 怪我でもしたんですか?」

「いや、気付いたらいなくなっていてな。飽きたんじゃないか?」

「……自由だなぁ」

 怖くて誰も止められないから、尚更自由に振舞えるんだろうなぁ。奔放ぶりは少しだけ羨ましいようにも思えた。

「サイモンはともかく、もしやリドの方もアルモニカ嬢の知り合いなのかね?」

「いいえ、俺はルイと知り合いで。こいつを森で拾ってから、ずっと一緒に旅してるんです。で、色々あって親友になりました」

 リドの解説に、流衣はぶんぶんと大きく頷く。

 グレースが怪訝な顔をする。

「それで、どうして勇者さんと知り合うの? 訳わかんなくなってきたわ」

「二人が逃亡中に辿り着いた村で、ネルソフにさらわれたリンクを探してた俺とゼノが会ったって感じだが。ま、折部のことは最初から聞いてたからな」

 達也の一言に、更にグレースは首を傾ける。

「ますます訳分かんない言い方しないでよ、勇者さん」

「折部、ぶっちゃけて良い?」

「はい。一応、セトさんには話したんですけど、信じて貰えなくて……」

「まあ、そうだろうな」

 それも納得というように達也は頷き、困ったように短い黒髪の後ろ頭をかく。

「ぶっちゃけると、折部と俺、出身が同じってこと」

 グレースはガラス玉みたいな青の目をきょとんと瞬いた。それから真横のトーリドの顔を見上げる。トーリドもまた金目を怪訝な色に染めている。

「今のは幻聴かしら?」

「いいえ、グレース。私も聞こえましたよ」

 それからスノウリード夫妻は達也に視線を戻す。もっと詳しく話せと目が言うので、達也は苦笑混じりに言う。

「俺の家庭教師を、折部の兄がしてたことがあってな。ときどき会うくらいには親しくしてて、でも折部には会ったことはなかったんだが、どうもその繋がりのせいで、俺がこっちに召喚された時に、おまけでくっついてきたらしくて」

「………はぁ」

「意味が分かりませんが、それで?」

「ツィールカさんはおまけだからって、そのオウムをつけて放り出したなんて言うし、俺にも原因があるわけだから、帰れるように情報収集もしててな。前に会った時は、そうだと気付かないままで折部は昏睡状態になって。今度はちゃんと話そうと思って、こうして来たってわけ。理解して頂けました?」

 数秒の沈黙が場に落ちた。

 やがて、グレースが流衣を見たかと思うと、そっと手を伸ばして流衣の頭を撫で始めた。

「……強く生きるのよ? 世の中、厳しいことばかりではないわ」

 うう。グレースの目に母性の光が浮かんでいる。

 今までにないパターンに、流衣はたじろいだ。

 その横で、セトが眉間に皺を寄せている。

「ルイ、本当だったのなら、そう言わないか。おかしな妄想呼ばわりをして悪かったな」

 どうして軽く責めるような目で見てくるんですか、セトさん。

 ありのままを話したのに、勝手に誤解したのはセトの方なのに。

 理不尽だと思ったが、流衣は居心地の悪い場の空気を振りはらうように声を張り上げる。

「あ、あのですね! レシアンテ様から、神の園を辿れという助言を頂いているので、セトさんの研究を聞いて、当たりじゃないかって思ったんです。……でも、あの人は遠距離転移には使えないって言ってましたよね……?」

 無理矢理に近い方向転換であったが、セトが話に食い付いた。気がはやるように眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、頷く。

「ああ、彼の言うことには驚いた。遠距離転移には応用出来なくても、勇者の召喚・送還に使う陣なのだ、勇者が来たのと同じ世界への送還だけならば出来るかもしれん。だが、はっきりしない」

「――で、あいつは潰しがいがあるなんて言ってたわけだ」

 リドが懸念を含んだ琥珀色の目で、じっと流衣を見た。

「それだよ! 何とか先回り出来ないかな? 魔法陣を壊される前に、先に書き写すだけでもしておきたいよ」

 流衣は必死に提案する。

 するとアルモニカが拳を握り、ばしっと流衣の背中を叩いた。

「その意気でしてよ! 奴らに一泡吹かせて差し上げましょう!」

 濃い緑色の目をメラメラと闘志で燃やし、お嬢様言葉で気合充分に言い放つ。お嬢様言葉なのは、校長先生がいるからだろう。そろそろ本気で背中がかゆくなってきた流衣である。被った猫をはがして欲しい。切実に。

「これはラーザイナ魔法使い連盟幹部としても、由々しき事態だ。私も君達に同行しよう。君に研究報告書の閲覧を許可するつもりでいたが、神の園のうちの一つは場所を知る私も行った方が早いし、代わりに帰れそうかだけでも見立ててやろう」

「本当ですか、セトさん!」

「ああ」

 セトの頼もしい返事に、流衣はぱああと表情を明るくする。良かったなとリドが横から流衣の肩を軽く小突いた。アルモニカも嬉しそうに手を合わせて頷いた。

「それはようございますね。ですが、勇者様……」

 ゼノはにこやかに頷いた後、問いかけるように達也を見る。達也は無表情に近い顔をゼノの方に向け、やはり思案気に頷く。

「そうだな。俺達は一緒には行けない。ネルソフ経由で奴を追うことにする」

 達也の言葉に、リンクもルーデルも真面目な空気で首肯する。エマイユもまた、こくりと頷いた。

「だけど、何もすぐに出発するわけじゃねえんだろ? 準備する時間もいるしな。今日くらいはゆっくり話そうぜ? 折部弟」

 達也がにっと歯を見せて笑うのに、流衣もまた、つられて笑顔で頷いた。


     *


 落ち着いて話をしたいという達也の希望により、流衣は勇者一行をゴーストハウスに連れていくことにした。勿論、グレースにも許可は得た。

 流衣が呪いを受けた後の話や、達也が流衣の兄である怜治の話をしたりしているうちに外が暗くなってきたので、流衣は夕飯を振舞った。

 手作りパスタやサラダ、パン、スープを並べ、勇者一行と流衣とリドとオルクスいう面子でテーブルを囲むという、不思議な構図が出来上がった。

 リンクはにこっと微笑んで、リドを見た。

「風の(きみ)と同じ食卓につけるなんて、とても光栄です」

 突然のカミングアウトに、全員の視線がリンクに向く。リンクはふわふわと微笑んでいるばかりだ。

「え……と、もしかしてリドのこと、知ってるんですか?」

 流衣の問いに、リンクは頷く。

「女神様から伺っています。彼がそうであることは最近になって判明したそうですが、現当主の意向は風の精霊から聞いているそうなので、黙秘を貫くように言われておりました。ですが、ここでなら構わないでしょう?」

「巫女様、すみませんが、いったい何のお話ですか?」

 ゼノの恐々とした問いに、リンクは小首をちょこんと傾げる。

「ですから、そちらのリドと名乗られた方が、本来の風の神殿の次期当主様という話です」

「はぁぁ!?」

「えぇ!?」

 ゼノとエマイユは飛び上がらんばかりに驚いた。あんぐりとリドを見る。幽霊でも見たみたいにエマイユは顔色を青ざめさせ、問う。

「で、でででも、リンク様。アルモニカ様のお兄様って、確かお亡くなりになっていたはずでは?」

「盗賊にさらわれて、盗賊団に売り払われてな。逃げだして、カザエ村って所で木こりやってたんだ。記憶喪失だったんだけど、最近、思い出して。な?」

「そうなんですよ」

 リドが話題を振るのに、流衣もこくこくと頷いた。

「……そんな小説みたいなことが実際にあるのか」

 達也も唖然とリドを見つめた。

「えっと、リドは、僕がこっちに来て最初に着いた村で木こりしてて。僕が怪しいって言って、ダガーをこう、突き付けられたのが出会いというか……」

「ああ、あれは今思い出しても怪しかったな。しかもお前、茶を出して一番最初に言ったのが、違う世界から来た、だもんな。いやぁ、とんだ変人を拾ったのかと思ったよ、あの時は」

 何度も頷くリド。あははと流衣は笑う。

「その日、俺がいた盗賊団が村を攻めてきて、撃退してたんですけど、あわや殺されるってとこでこいつが助けに来て。――で、まあ、一緒に旅してきたわけです」

「へぇ……、なかなかハードな旅立ち編だな……」

「勇者様も大変だったんですよぉ。それはもう。女性が苦手で、特に美人が怖くていらっしゃいますから、まず、召喚の部屋から出るのを怖がられて……。巫女は美女に違いないから怖いって、リンクなら怖くないなんて失礼ですよねぇ」

 ぷくっと頬を膨らませるリンク。

(あるじ)よ、オレから見ても、主は可愛いぞ」

「えへへ、そう? ありがとう、ルーデル」

 ルーデルの言葉に、リンクは相好を崩す。

「俺には重要問題なんだぞ? ひどいとじんましんが出るんだからな!」

「そんなにひどいんですか?」

 びっくりする流衣に、達也は重々しく頷いた。

「俺の母親さ、小さい頃に家を出てったんだ。その時にたまたま出くわして止めようとしても駄目で、なんか、止める価値もねえって言われたみたいな気がしてな。その母親が若くて美人だったもんだから、美人が苦手というわけだ」

 驚くくらいあっさりとした暴露に、流衣とリドは言葉を失う。

 人には色んな事情があるのだなあと流衣は意外に思った。

「俺、女が苦手だから、女には冷たくしてるのに、そこがクールで良いって言われて、嬉しくないことにモテまくってな。イベントとバレンタインデーは告白に呼び出しで地獄だった」

 ぶるぶるがたがた震えて話す達也。ひぃぃと頭を抱えてうめきだしたのに、ゼノが苦笑気味に肩を叩いてなだめだす。

「それ、世の男性を敵に回す発言ですからお気を付け下さいね?」

「うるせぇ。俺は好きでモテてるんじゃねえ。非モテ目指して、何でかこうなってるんだ。俺が好きなのは美人じゃなくて、地味な見た目の家庭的な女子だ……!」

 今にも机につっぷしそうな達也を見て、リドがにやっと笑う。

「地味な見た目の家庭的な男子ならここにいるけどな」

 それから付け足す。

「いや違った。料理以外てんで駄目な家庭的男子だな。……あれ? これって家庭的じゃなくね?」

「僕に訊かれても困るんだけど……」

「坊ちゃんは家庭的です!」

 オルクスが流衣の肩から主張した。

「あ、あの。冷めちゃうんで、そろそろ食べませんか?」

 果てしなく落ち込み続ける達也を見ていられず、流衣はおずおずと切り出す。

「そうだな。作ってくれたのに待たせて悪い。では、いただきます」

 即座に復活した達也は、パンと両手を合わせ、フォークに手を伸ばした。

「うおお、美味い! これ、怜治さんと同じくらい美味いんじゃないか?」

 一口パスタを食べた達也に感想に、流衣は目を座らせた。

「すいません、川瀬先輩。訂正して下さい」

「ふぁ?」

 異様な気配を放つ流衣に、達也はびたっと動きを止める。

「兄さんと同じくらい? そんなわけありません。兄さんには劣ります。っていうか、兄さんと同じだなんて、兄さんの料理に対して失礼ですから訂正して下さい!」

「……お前なに切れてんの」

 初めて流衣がマジ切れしているのを見て、リドがやや身を引く。

「なんでって、兄さんの料理の方がおいしいからだよ」

「分かった。ごめん、悪かった。怜治さんの料理の方が美味い」

 流衣のじと目に耐えきれなくなった達也は、慌てて謝った。それを聞いて、流衣は気分が落ち着く。

「はい、そうなんですよ」

 にこにこと笑って料理に手をつける。

 そんな流衣を見ながら、一同、兄の料理と比べるのは鬼門のようだと内心に深く刻みつけるのだった。


 


 第三部、完結しました。

 学校編はここまでです。次回は再び旅に出ます。ラストまで残す一部(予定)。

 次の目次はこちらです⇒http://ncode.syosetu.com/n3083bb/

 作者名から作品リストを見た方が早いとは思います。

 では、読了、ありがとうございました。

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