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おまけ召喚 第三部 雪深き学び舎に潜む影  作者: 草野 瀬津璃
第十一幕 侵略するは黒き闇
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六十三章 vs ネルソフ 3

 ※話中、ぐろい表現があります。注意。


  またこの回はセト視点が中心なので、興味ない方はすっ飛ばして下さい。



 なんだってこんなことに。

 一方、セトは内心で溜息の嵐だった。

 セトは杖連盟の幹部だし、敵対組織であるネルソフと一戦交えるのに躊躇はないが、どうして学校で一番苦手としている生徒などと組むような流れになっているのだろう。

「……引け、サイモン。ここは私が相手をする」

「嫌だね。気に食わない奴は潰す。お前に口出しされる覚えは無い」

 この調子である。

(誰が“お前”だ)

 教師として、いや、年長者として尊敬されていないのは理解していたが、そこまで言われると腹が立つ。

「お前の方が引けよ」

「それこそお断りだ。彼らは私の客らしいからな」

 しれっと返す。サイモンが不愉快そうに金目に殺気をこめて睨んできた。セトは口元に笑みを浮かべ、笑っていない目元で見返す。

 セトはすぐに視線を〈蛇使い〉に戻す。

 金属製の杖を構え、サイモンは無視して呪文の詠唱を開始する。

「ライトアロー!」

 光矢の術。初歩よりの中級の術だ。セトはそれを短縮詠唱で使う。

 この術は光の矢が敵を射る術だが、研鑽すれば矢の数を増やすことが出来るから、初歩よりとはいえあなどれない魔法だ。

 セトの呪文とともに光の矢が三十ほど宙に浮かびあがり、それはセトが杖先を〈蛇使い〉に向けることで、一気に〈蛇使い〉へ向かっていった。

「……ふん」

 〈蛇使い〉は様子見なのか、それが作戦なのか、こちらの様子をじっと見ていたが、軽く頷いた。影から飛びだした蛇の群れが、ことごとく矢を喰らいつくす。

(……喰った)

 セトは唖然とし、背中に冷や汗が浮かぶのを感じる。

 光と闇の属性は相対するのだから、弾くのは分かるが、喰らうのが分からない。

 しかも気のせいか蛇の大きさが増したように見える。

「なかなか美味い魔力らしいのう。ワシの蛇どもは腹を空かせておったから、喜んでおる」

「…………」

 〈蛇使い〉の笑いが空気を揺らす。どこか楽しげに響くそれは、不気味そのものだ。目の前にいる老人が、急に得体の知れないもののような気がしてきた。人外ならば納得もするが、同じ人間なのか?

 思考するセトの眼前で、空中に銀の線が三本走る。

 それは〈蛇使い〉に向けて飛来し、〈蛇使い〉の足元から伸びあがった影の蛇に弾かれた。

「なるほど。魔法は吸収するが、武器は弾くってわけ。ふぅん」

 雪の積もった地面に刺さったナイフを見て、サイモンの仕業だと遅れて気付く。子供のくせに、大したナイフ使いだ。それに躊躇なくネルソフの一人を殺めていたのといい、この辺りの街が自分の領域だと言い張るのといい、普段、学校を休んで何をしているのか考えたくもない。

 サイモンは手の中でくるくるとナイフを回す。

 そうしているうちに、だんだんナイフの数が増えていき、両手を構えた時には十本になっていた。

 再び銀の線が空を切る。

 ヒュッと鋭い音とともに飛んでいくナイフは、しかし甲高い音とともに〈蛇使い〉の操る蛇の壁によって弾かれた。

 投げながら走り出していたサイモンが〈蛇使い〉に近付く。

 サイモンが〈蛇使い〉の元に辿り着く直前、伸びあがった蛇が〈蛇使い〉とサイモンとの間に壁を築く。が、サイモンは壁のすぐ手前で立ち止まり、地を蹴ってひらりと老人の背後――がら空きの背中側へと降り立った。そして、雷撃のような蹴りをその背へ叩きこんだ。

 どがっという音とともに、直前で蹴りを蛇の盾でガードした〈蛇使い〉が、セトのいる方へ一エナ・ケルテルほど吹っ飛ぶ。魔法の壁ごと術師を飛ばすなど、どれだけの威力だと目を剥くセトの前で、〈蛇使い〉はずざっと音を立てて足を踏ん張って転倒を防ぎ、杖を構えて何か叫ぶ。

「おっと!」

 地面から次々に影の剣が生え出てくるのを、サイモンはバック転の要領でかわしていく。そして、またナイフを構えて投げた。

 蛇の盾が出来、攻撃が止まる。

「へえ、攻撃と防御は一緒に出来ないんだ」

 サイモンが面白そうに口元を歪めた。何かを企んでいるような、精神衛生上よろしくない顔だ。

(なるほどな……。しかしサイモンの奴、どこにそんなにナイフを隠してるんだ?)

 ついつい見守ってしまっていたセトは、次々に湧いてくるナイフの所在が気になった。

 そこで、リド達の方が騒がしくなり、そちらを見る。折しも影の檻にはまろうとしていたリドが竜巻でそれを押しとどめ、離れていた流衣の援護により脱したところだった。

 トカゲ使いの方の男の怒鳴り声を聞き、〈蛇使い〉は鼻を鳴らす。

「ふん、あの小僧がブラックリストの奴か。まったく、つくづく我らの前に現れる……」

 どうも流衣やリドはこの老人やトカゲ使いと知り合いらしい。トカゲ使いの方が、死の呪いだとか気になることを言っていたが、あれを受けて生き残った者の話など聞いたことがないから、きっと負け惜しみだろうと判断する。どう見たってあの助手少年がまともに生き残れるようには見えない。

 〈蛇使い〉の老人が、やれやれというように溜息を吐いたところへ、スローイングナイフが三本ほど纏めて飛んでいく。いつの間にか羽ばたいて滞空していたサイモンが、頭上から投げたようだった。

 サイモンは正々堂々喧嘩を売る。

「余所見してるんじゃねえよ、耄碌(もうろく)じじい」

「こざかしい童が……!」

 ぎろっとサイモンをねめつけた〈蛇使い〉は空を舞うサイモンめがけて黒い雷を落とす。しかしそれは、後方にいるセトが盾の魔法を使って防ぐ。

「余計な真似するな、セト・クレメント・オルドリッジ」

「敬称をつけんか、馬鹿者!」

 セトは威勢よく怒鳴った。

 本当に尊敬の念の欠片も抱いていない様子だ。まったく、サイモンの保護者はどんな躾をしているのか。そもそも、保護者がいる方が不思議だ。あれだけ自立しているのだから、庇護下におさまっているのが理解出来ない。

 〈蛇使い〉は強く、セトとサイモン二人がかりで少し優勢になるかといったところだ。

 セトの魔法が防がれるのならば、セトはサイモンの援護に回ればいいだけだから、近距離型の戦士がこっちにいて良かった。

 胸中かなり複雑ながら、セトはサイモンが睨むのは頬の表面で受け流しておいて、次の魔法を用意する。

(こういう時は、季節や地の利を使うもの)

 ふとセトは思う。あれだけナゼルを叱ったものの、今ここにいてスノウギガスを作ってくれたら――あれは何故魔物化するのかセトにもよく分からない――場がいい具合に混乱して、撹乱に都合がいいのに、と。しかし、すぐに考えは打ち消した。こちらまで撹乱されるのがいいところだ。

 あれを完全にナゼルが制御出来るようになったらと思うとセトは少し不安だ。魔物を操るのは、闇属性の魔法使いの専売特許であり、ということはスノウギガスを作ってしまうナゼルの魔法は実は闇属性で、ナゼルに何らかの負担がかかっているとも考えられる。代償無しには行使しえないのが闇属性の魔法である。それにそう見なされてナゼルが杖連盟の監督下に置かれるかもしれない。それはどうかと思うのだ。

 つらつらと考えていたセトは、そんな場合ではないと自分の思考を切り替え、トンと足元の地面を杖で突く。

「太陽と北風は競いあい、北風が勝ちてここに到る。水よ、荒ぶる風に乗りて、冬の吐息を吹きかけよ。渦となりて敵を包め! ――北風の踊り(ブリザード・ダンス)!」

 セトの詠唱が聞こえたのか、サイモンが珍しくぎょっとした顔をして、素早く戦線から離脱した。

 吹雪の渦が巻き起こり、〈蛇使い〉を包み込む。

 冷たい風が頬を撫でて吹きすぎていく。自分でしたこととはいえ、とても寒い。

「――これは俺に対する当てつけか?」

 寒さに弱い亜人であるところのサイモンが、地面に降り立ち、じろりと不機嫌に睨んできた。視線だけで相手を殺せるなら、そうなっていそうな鋭い目だ。しかしながら若干顔色が青い。

「忘れていた。魔法は地の利と季節を利用するのが基本だからな、そうしただけだが。悪いとは思っているから、そうにらむな」

 サイモンが不機嫌になるのは当然なことだ。だからセトは冷や汗をかきながら謝る。いつか背後から刺されそうで怖い。本当、なんで生徒なんかにおさまってるんだ、この少年。


 ――バシュッ!


 その時、皮紐が切れるような音とともに、吹雪が内側から弾かれた。風が解けて霧散する。

 〈蛇使い〉がこちらを見据える。

 セトは無意識に、セトとサイモンの周囲に無詠唱で結界魔法・〈壁〉を展開した。全方位の地面から突き出した影の槍が、結界に当たって跳ね飛ばされる。

 魔法使い同士の戦いは、術の掛けあいだ。攻撃し、防ぐ。隙を突かれた者が負けるか、大魔法で圧倒して相手の結界を破るかのどちらかになる。更に言えば、先に魔力が尽きた方が負けるという意味でもある。

 セトは元々は十人並みの魔力しか持っていなかったが、魔法を使いながら各地を旅していた時期に、今のような一般魔法使いの三人分くらいまで増えた。大多数は生まれた時に魔力最大保持量が決まるが、少数の例とはいえ、後から増える者もいるのだ。

 あの老人がどちらかは知らないが、どうやらセトと同じくらいの魔力を有しているようである。

 たいてい、誰でも僅かに魔力を持っているものだから、サイモンのようなすっからかんの者は珍しい方だ。いや、サイモンの場合、持っているのだろうが僅かすぎて魔法を使えないのだろう。

 それに比べれば、助手少年のような魔力の甚大さは異常なのだが、どうも本人の頼りなさと善良さだけが目立って、怖いとも危ないとも思えない上に誰にも頼りにされないのだからある意味稀有な人間である。

 それから、先程サイモンが攻撃か防御のどちらかしか出来ないのかと言っていたが、どの魔法使いもそんなものである。一つの術を行使中、別の術を使おうとしたら相当な集中力がいるので、どっちも魔法にならなくて消えることになる。例えるなら、水がギリギリまで入ったグラスを両手で持って、零さずに階段を下りろというようなものだ。稀にそんな芸当が出来る者もいるが、そうそういない。杖連盟にも知っているだけで一人くらいか。

 つまり何が言いたいのかといえば、〈蛇使い〉に攻撃をくらわせるにはこの結界を一度解く必要があるということだ。魔法使いが二人いるなら、一人が結界を、一人が攻撃をすればいいだけの話だが、今は魔法使い一人と、戦士一人なので無理だ。

「面倒だ。俺が出る。力づくで叩けばいいだろ」

「それで呪いをくらったらどうする気だ? 奴の一撃を少しでもくらえば、呪いをもらうことになるぞ」

 サイモンの主張を、セトは一言で退ける。

「君に何かあったら、君の保護者が悲しむのではないか?」

 とりあえず教室での生徒との喧嘩を見る限り、サイモンは保護者を絶対視しているようなので、そう言ってみたら、劇的に効いた。黙り込んだサイモンは、「そうだな」とまさかの肯定を返す。

(お?)

 少し驚いたが、返事を聞いてがっくりする。

「悲しむかは知らないが、俺が死んだら養父を守る駒が減るな。害虫駆除が出来ないのは確かに困る」

「……そ、そうか」

 保護者について詳しくは知らないが、もしかして政治的な大物なんだろうか……。それで敵が多いのかもしれない。しかも自分を駒呼ばわりとは、なんて殺伐とした親子関係だ。

「――それで何か策があるのか?」

 じろっとこっちを睨むサイモンに、セトは案を話す。

「なに、話は簡単だ。ようは、あの老人の攻撃直後に、私の術が完成すればいいのだ。隙をつけるだろう?」

「なるほどな。じゃあ俺が攻撃させるようにおちょくってくればいいってことか。ふふん、そういうのは得意だから任せな」

 教師に対する口調ではないが、冒険者同士としてなら頼りになりそうだ。色々と問題児ではあるが、サイモンは着実に成果を残すタイプな上に発言や行動は男前である。少し血生臭いが、という言葉が付くが。

 おちょくるのは得意って、もしかして普段から貴族の生徒へ向けた言葉もそれの一貫だったりしないだろうかと邪推しつつ、セトは結界魔法を解く。

 結界が解けた瞬間には、サイモンの手元からはすでにスローイングナイフが飛んでいた。初動が早い。

 カカカンッと硬質な音がして、〈蛇使い〉がナイフを弾いた。

 そのナイフの動きに合わせて前進したサイモンは地を駆けていく。雪が積もった地面を、黒衣が影のように走る。

 それを視認したらしき〈蛇使い〉は落ち着いた様子で呪文を唱え、影から蛇が矢のように飛び出してサイモンに飛びかかった。

 きゅっと進路を変え、側転して蛇を避けるサイモン。追撃はバックステップでかわし、かわしながら右手を振った。

 攻撃していた蛇が地面に落ちて水たまりとなり、代わりに〈蛇使い〉の足元の影が伸びて盾になりナイフを防ぐ。

 ふっとサイモンの口元が歪む。馬鹿にしたような笑いだ。

 これには神経が逆撫でされたのか、〈蛇使い〉の口元が真一文字に引き結ばれる。

「ちょこまかと……っ」

 苛立たしげな声が漏れた。

 これは確かに“おちょくる”だ。間違いない。

 一方でセトも詠唱を開始する。雷撃系の技がいい。

「降り来たるは神の鉄鎚。光よ、かの者を柱とし、捕縛せよ!」

 サイモンは走りながら、どこから取り出しているのだか分からないナイフを次々に投げる。

 〈蛇使い〉はそれを追い、盾で防ぎ、また足元の蛇が矢のように飛びだした。

 ――ここだ!

「サンダーレイン!」

 セトの繰り出した魔法は、寸分違わず〈蛇使い〉の杖に落ちる。

「う、ぎゃああぁぁぁっ」

 雷にうたれた〈蛇使い〉の悲鳴が上がる。

 がくりと膝をつく〈蛇使い〉はしかし、不気味に笑っている。

「ふふ、くくくく。ここまでやられたのは久しぶりじゃて」

 フードがずれて、左の暗い眼窩(がんか)が覗く。その暗闇の中で、何かがうごめいた。

「……ちっ、この耄碌じじい、目にも蛇飼ってんのか。いい趣味してるな」

 舌打ちしたサイモンが、状況判断の為に間合いを大きめに取る。

 ずるずると目から黒い影が溢れ出てくる。

「く、うう。しかし、ワシは負けぬぞ……」

 影は一向に途切れる様子は見せず、どんどん大きくなっていく。

 しかし影が目から這い出るたびに、〈蛇使い〉は苦悶の表情を浮かべる。


「――大蛇まで使うか。苦戦してるようだな、老師」


 ふいに冷徹な声が混じり、〈蛇使い〉は残る右目を見開いた。そして、老人の発した言葉に、その場にいた人間の誰もが凍りついた。


「……ま、マスター!」



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