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おまけ召喚 第三部 雪深き学び舎に潜む影  作者: 草野 瀬津璃
第十一幕 侵略するは黒き闇
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六十三章 vs ネルソフ 2



「オルクス、別におめぇは来なくても良かったんだぞ」

「はっ、風を操るしか能のないクソガキがよく大口叩けますネ。わてが光魔法で援護してさしあげます、せいぜい感謝するとよろしい」

 ダガーを構えるリドと、リドの傍らでホバリングするオルクス。それぞれ言い合って、睨み合った。

「……口だけクソオウム」

「……なにか言いましたか、クソガキ」

 リドはぼそっと悪態を呟き、もちろん聞いているオルクスも反撃する。ピシャーンと二人の間に緊張が走る。

 が、そこへ、ドォンと轟音を立てて黒い(いかづち)が降り注いだ。着弾する寸前、リドとオルクスはそれぞれ横へずれてかわす。

「てめえら、やる気ねえならとっとと退場しな! 特に赤髪! てめえには右腕の礼をしてやるから、的になれ!」

 カースと呼ばれていた影トカゲ使いの男が、ぶつぶつと高速で呪文の詠唱を始め、まるでスローイングナイフを持つかのような仕草で、右手を振りかぶった。

「ちっ」

 舌打ちし、それを全て走ってかわすリド。飛んだ影の塊が五本、生徒達が張った結界の壁に当たり、バチンと音を立てて消滅する。

「仕方ねえから共同戦線はってやるよ!」

 走りながら怒鳴り、ただし、とリドは更に言う。

「ただし、この野郎を一発は殴らせろ!」

 自分の方に飛んできた呪いの塊を光の結界で弾き飛ばしながら、オルクスはふふんと笑う。

「上等です! わてだって一発蹴りを入れさせてもらいますよ!」

 ひゅんと空を飛び、オルクスは小規模の雷の雨をカースに降らせる。

 光属性と闇属性は相反する性質を持つ。当然、カースは自身の足元にうずくまるトカゲに命じて、盾を作って攻撃を防いだ。

 その隙に、風を足に纏ったリドは一気にスピードを上げ、風を巻きつけて鋭利さを増したダガーを構えてカースに斬りかかる。

 カースは余裕で左手をすいと上げて手の平を正面に向け、上に向けていた盾を引きのばして、リドの剣を止める。

 影の盾に、風の剣がぶつかり、小規模の爆発が起きる。ぶわっと風が巻き起こり、ヒュウヒュウと甲高い音を立てて冷気を撒き散らす。

「――ふん、そう上手くはいかねえか」

 爆発で背後へ吹っ飛ばされたリドであるが、くるりと宙で身をひねって、雪の積もる地面に左手をついて着地し、また跳ねて足から軽々と着地する。見ていると軽業師のような動きだ。

 カースは暗い目でリドを見て、にやりと口元を歪ませる。

「あの時は油断してたが、今は違う。“闇に呑まれて、逝っちまえ”!」

「!」

 リドは目を瞠った。

 あろうことか、自身の影が伸びて、リドを包む鳥かごのような檻を形成したのだ。

(俺の影を!?)

 流石に予想外で、見ているしかなかったが、代わりにリドの側に常にいる風の精霊が憤激する。


 ――私達の可愛い子に!

 ――なにするのよ!

 ――闇の!!


 リドやオルクスの耳には、精霊の怒り声が聞こえた。

 声と同時に、瞬時にリドの周囲に竜巻を形成し、完全に檻が作られるのを阻む。

「くっ!」

 カースは左手をぐっと握りしめようとする仕草をするが、完全に手が握れないので、眉を潜める。

「こんのやろぉぉっ!」

 リドも精霊の起こした竜巻を引き継ぎ、檻の形成に抵抗する。

 影と風が拮抗している様は、外から見ると圧巻だ。

 結界内からそれを見ていたアルモニカは、ぎゅっと手を握って、アルモニカには感じられない風の精霊に懇願する。

「頼む、精霊様! あ奴を助けてくれ!」

 その様子を見ていた流衣は、はたとして、しゃがみこんで右手を地面に付ける。

「僕もお願いだよ、地の精霊さん! ――地よ、緑の(かいな)で彼の者を包み、(いましめ)めの鎖と成せ! 地這いの鎖(ヴァインズ・チェーン)!」

 カースの気を反らせばいいのだと気付き、流衣はカースの足元を狙って足止めの術を使う。

「!」

 案の定、足を蔦に絡みとられたカースの集中が切れる。


 ――パキィン!


 硬質な音が響いた。

 影の檻が四散する。キラキラと黒い粒子を撒き散らしながら消え、リドの足元の影は元の状態を取り戻した。

「クソガキ! また邪魔を! 俺達のアジトを半壊にしただけでは飽き足らず!」

 カースが金茶色の目を細めて、怒りを顕にする。そして、足元の蔓に火を放って燃やすと、足を引いて引きちぎった。

 怒鳴られた流衣はひるんで一歩下がったが、負けじと言い返す。

「そ、そっちが悪いんじゃないですかっ! 女の子を追いかけ回すから! 僕は悪いことをしたとは思ってませんよ!」

 いつもは頼りない助手少年が言い返したことで、周りの生徒達はざわついた。ネルソフのアジトを半壊? こいつが? という声がざわざわと広がる。

「よく言った! ルイ!」

 銅製のダガーを手に、気を散らしている隙にカースに急接近し、再度斬りかかるリド。

「ちぃ!」

 ハッとした時にはほぼ鼻の先まで来ていたリドに目をむいたが、カースは左手に持った杖で剣先を受け止める。そして、その足元では、リドからは死角になる位置で、黒いトカゲが水たまりのように溶けた。

「リド! 下がりなさい!」

 オルクスの声とともにリドが後ろに飛びすさると、頭上から金の光が降ってきて、影の水たまりとリドの間の地面に激突する。まさしく影の水たまりから生え出ていた槍は、光に跳ね返されて吹き飛び、宙でトカゲの形に戻って地面に着地した。

 間合いをとるリドの肩に、オルクスはひらりと舞い降りる。ここまで一緒に旅してきて、オルクスがリドの肩に降り立ったのは実はこれが初めてである。

「アレは影飼(かげか)いです。影と契約し、接触した影にも干渉出来る連中ですよ。そこに何度も真っ正直に突っ込んでいくなど馬鹿ですか」

 オルクスの言葉に、リドは眉を寄せ、据わった目でカースを睨みつつ返す。

「じゃあどうしろってんだよ。俺は中近距離タイプなもんでね、近付けなきゃ、どうしようもない」

「遠距離攻撃も出来るでしょう? 何の為の風ですか。わてが援護すると言っているでしょう、少しは話を聞きなさい」

 そう話しかけるオルクスは、いつものリドに対する子どもっぽいものではなく、まさしく年長者としての語り方だった。

 リドは少し面白くない気分になったが、確かに鳥の姿をした魔物であるオルクスは風の領域に強かろうと素直に従うことにする。

「風も使いようですよ」

 にやっと笑うオルクスは、更に言う。

「さっき竜巻を作っていたでしょう。あんな感じで、もっと中の気圧を低くするんです。そこはわてがしてあげますから、あの男を中心に竜巻を起こしなさい」

「キアツ? 何言ってるか分からねえけど、話に乗ってやるよ」

 現代知識のある流衣ならいざ知らず、元々ただの木こりであったリドに、竜巻の発生原理など分かるわけもない。首を傾げつつ、風の精霊に意志を告げ、無意識に操る。


 ――いいわよ、いいわよ!

 ――可愛い子!

 ――闇のをこらしめてあげましょう!

 ――たまには面白いこと言うじゃない、使い魔さん!


 きゃらきゃらくすくす笑いさざめきながら、風の精霊はリドの頼み通り、竜巻を起こし始める。

「無駄なことを!」

 カースは馬鹿にしたように笑いながら、影のトカゲを使って自身の周りに防御壁を張る。

 カースを中心にした竜巻は、初めは小さかったが、笑いさざめきながら風の精霊が更に集まってきたことで規模を大きくしていく。

 物凄い暴風が吹き荒れる中、リドとオルクスは平然とその場に立っている。二人とも風を上手く調節して、自身に影響がないようにしているのだ。

「竜巻の中は真空になるんですよ。はてさて、どれだけもちますかねえ、あの男」

 にやっと笑むオルクスは、もし、今、オウムではなく人の姿をしていたら、魔物らしい酷薄な笑みを浮かべていただろう。

「シンクウ?」

 なんだそりゃ? と首をひねるのはリドである。

 中世のような生活をしていて、真空の知識を得ることは稀に等しい。それこそ、流衣のように理科で習うか、真空ポットなどが日常に用意されていなくては難しいだろう。

「なんだそれ? 意味を教えろ」

 よく分からないものの、リドはオルクスの言葉に嫌な予感を覚えたので、意味を教えろとせっつく。

「何でわてが教えなくちゃいけないんですか」

 面倒くさそうなオルクスにイラッとして、リドは流衣なら知っているかもしれないと結界の方を振り返る。

「ルイ! シンクウって何だ? 知ってるか?」

「真空? 空気が無い状態のことだよ! ……そうだよ、まずいよ! リド! もう充分だろうから竜巻を解除して!!」

 問われた流衣はハッとして、リドに叫ぶ。

『坊ちゃん、別にこのままでも』

「何言ってんの、オルクス! 竜巻の中は真空になるんだよ! 中の人、死んじゃうよ!」

「空気が無い? 窒息か!」

 驚いたリドは慌てて竜巻を解除した。竜巻を起こし初めてから結構な時間が経っていた。十分くらいは経過しているかもしれない。

 風が四散すると、案の定、カースが地面に倒れていた。

「おやおや、運の良い。生きてますねえ、虫の息ですが」

 パサッと羽音をさせて降り立ったオルクス。涼しい顔で呟くのを見て、リドは拳をわななかせる。

(この野郎、知らない間に俺に殺人の片棒かつがせようとしやがったな……!)

 忘れていた。

 こいつは例え使い魔だろうと、魔物なのだということを。

 主人の為ならどんなに酷薄にもなれる、それが使い魔なのだ。

 主人があんな風に温和だから、たまたま無害に見えるだけで、オルクスは魔物なのだから、気を抜いたリドがどうかしていた。

 流衣には聞こえない程度の小声でオルクスに釘を刺す。

「このクソオウム! やっぱ俺はてめえが嫌いだ! あいつが優しいからってつけあがんなよ!」

「何を怒っているんです? 協力して倒したのですから、もっと喜べばいかがです?」

「確信犯かてめーっ!」

 頭に血が昇りかけるが、あんまり騒いでいると流衣に聞こえるだろうから、気を落ち着けた。オルクスが起こした結果で胸を痛めるのは流衣だ。これはリドの胸の内に秘めておくことにした。それに、気絶しているとはいえ、カースをこのままにしておけない。

「うう……」

 心配通り、カースが目を覚ましかけたので、リドは「ふむ」と呟いて拳を固める。

「とりあえず一発殴っとくか」

 報復の一撃を容赦なく入れておく。頬をガツンと殴ったら、起きかけていたカースはそのままガクッと気絶した。

「よっし!」

 あとは縛って、呪文を口に出来ないように猿ぐつわかけて、杖連盟に連絡だな! いや、むしろ校長に引き渡せばいいか。

「わても蹴っておきたかったです」

「てめえが本気で蹴ったら死ぬだろうが。つか、お前の場合、さっきので充分だろ」

 そう返しつつ、リドはふぅと額の汗を拭う仕草をする。

(はーっ、すっきりした!)

 報復出来たことで晴れ晴れと笑顔で結界を振り返る。

「おーい、こっち片付いたぞ!」

 すると、そんなリドのいい笑顔を見た流衣とアルモニカは何故か頬を引きつらせ、目を反らした。

「ん? なんだ?」

 どうしたんだろうと怪訝に思うリドは、まさか二人が「リドを怒らせるとまじでやばい」と内心震えあがっていたのには気付かなかった。




 ちょっと短めです。

 オルクスの魔物の部分を出せて大満足。

 竜巻の中が真空うんぬんは、まあ、中が外より低気圧なだけで中の物に害はないという説もありますが、ファンタジーの王道ってことで流しておいて下さい。


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