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おまけ召喚 第三部 雪深き学び舎に潜む影  作者: 草野 瀬津璃
第十一幕 侵略するは黒き闇
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六十二章 異変 1

 ※六十二章は流血表現があります。ご注意下さい。



『折部へ


 久しぶりだな。こちらの年で一年ぶりくらいになるか。

 俺はまだ元の世界に戻れていない。聖具集めの旅は終えたが、盗まれた聖具の在り処がまだ分からないんだ。

 折部、瀕死の重傷ながら生き延びて良かった。あのままだったら、怜治さんに合わせる顔がなかったところだ。

 一年も昏睡していたとは知らなかった。今、アカデミアタウンから割と近い町にいるんだ。見舞いがてら、会いに行くよ。と思ったが、まだいるだろうか?

 今まで僻地にいたもんで、今頃になって手紙に気付いたんだ。もしまだいるようなら、早めに返信が欲しい。


 それから、また頼みがあるんだが。

 アークという人物を探している。聖具を盗み出した神官で、幼馴染の女――エマイユっていう奴が血眼で探していて、あいつには盗むような甲斐性は皆無だからおかしいと言って譲らなくて、俺達の旅にひっついてきて鬱陶しくてたまらない。正直、聖具さえ戻ってくれば、俺は盗人なんかどうでもいいんだけどな。

 だから、早いとこ、そいつを見つけ出して、聖具を取り返したいんだ。ついでにエマイユも追い払いたい。俺、女嫌い入っててさ、苦痛なんだよ。頼む、協力してくれ。

 アークは、光の神殿フェルノアを出た後、どうやらネルソフに近付いたらしいんだが、そこから足跡が掴めない。

 ネルソフのせいで重傷を負った折部に頼むのはどうかと思うんだが、もし見かけたりしたら、それだけ教えて欲しい。頼むから、深追いはしないでくれよ。

 人相書きを一緒に入れておくな』


 届いた手紙を無言で読んでいた流衣は、一番後ろの紙を見た。インクで書かれた、洋画タッチの人相書きだ。とてもよく書けている。恐らく、例のアークなる人物の知人が描いたのではないかと思われる。

 平凡ながらやや整った顔をしていて、眠そうにも見える垂れ目がちな目が印象的だ。髪は金色で、目も金色、182センチ程度と背は高く、温和そうな印象、と横に書き込まれている。

 とりあえず、今のところ会ったことはなさそうだ。

「川瀬先輩、女嫌いなんだ……」

 流衣は手紙を見下ろして、ぽつりと呟く。

 『俺、女嫌い入っててさ、苦痛なんだよ。頼む、協力してくれ』という文面だけ、やけに力が入っているのか、インクがところどころ滲んでいる。

「ほんとに嫌いなんだなあ……」

 心の底から悲鳴を上げているみたいで、気の毒になった。

 無口でクールな印象で、しっかりしてそうな人だったが、そんな弱点があったとは。

「何さっきからブツブツ言ってんだ、お前」

 リビングのソファーで手紙を読んでいたので、向かいのソファーで読書していたリドが本から顔を上げて、怪訝な顔をしている。

「勇者さんて、女嫌いなんだって」

「………はあ?」

 面食らった様子で、リドは琥珀色の目を瞬かせた。



 手紙を貰った翌日にはウィングクロスで手紙を出した。

 アカデミアタウンに来てからは、銀行を使うくらいでしかウィングクロスには行かないので、早めに気付いて良かった。

 見舞いだからといって、わざわざ来てくれなくてもいいので、一応、その旨を書いておいたけれど、なんとなく来そうな気がする。一応、魔法学校で働いていることと、ゴーストハウスのことを書いておいたから、もし来てもすれ違いにはならないはずだ。

(人探し、かあ……)

 聖具泥棒を探しているらしいが、見知らぬ人間を一人探すのがどれくらい大変なのか見当もつかない。とにかく途方も無く大変だというのだけは分かる。手掛かりを見つけるの自体がすでに大変そうだ。

 流衣の出来ることといえば、似顔絵の人物を見かけたら教える程度だが、今日から地道に周りの人間を観察してみようと思う。

 そしてウィングクロスに行った足でそのまま出勤したセトの研究室にて、流衣はセトの話に大いに面食らう羽目になった。

「はい……?」

「聞こえなかったのか? 課外授業の手伝いをして欲しいと……」

「そこではなくてっ」

 流衣はやや強い口調で、のんびりと説明を繰り返そうとするセトの言葉を遮る。

「無理ですよっ。魔物がいる森で、スタンプラリーに来る生徒達の受付係なんてっ。しかも一人で待機なんて、怖いから嫌です!」

 無理という主張が、最後には嫌になった。

 出来るだけ助手の仕事はするつもりだが、出来ることと出来ないことはあるのだ。魔物は無理だ。怖すぎる。

 珍しくきっぱりと嫌だと発言する流衣に、セトはダークグレイの目を驚きに染めたが、すぐに笑い飛ばした。

「大丈夫だ。魔物はいるが、教練用に手を入れられている森だ。結界を張り、低級の魔物しか入れていない。レベルに分けて区画分けはされているが、君なら平気だろう」

「無理です。無理無理無理」

 ぶんぶんと首を振る流衣。セトは少しばかりむっと眉を寄せる。

「君程の強い魔力と、これまでに教えた攻撃魔法があれば平気だと、教師の私が言っているのだぞ。少しは自信を持ちなさい」

「その自信がこれっぽっちもないんですっ」

 セトが苛立っているのに気付いて少しひるんだが、それでも流衣はめげずに食い下がる。

 対するセトも譲らない。

「そんなに怖いなら、結界を張って閉じこもっていればいいだろう。そもそも、決闘の話ではその使い魔は優秀らしいではないか。とにかく平気だ」

「森の中に一人ぼっちなんて怖すぎますっ」

「………。全く、君は……。気が弱くて臆病だな」

 呆れたような口調で、わざと挑発するようなことをセトが言ったが、流衣は怒りもしないでむしろ肯定した。

「はい、僕もそう思います」

「…………」



 堂々と肯定する助手を前に、セトは口を閉ざした。

(噂は事実だったのか……)

 使い魔対決の時、怖いから嫌だとファルに即答で負けを認めた上、臆病者とそしられてもすぐさま肯定して逃げに走っていたらしい流衣の話を。負けた方が悔しがって流した噂かと思っていたが、事実だったとは……。

 ルマルディー王国では、男子の間では「男らしく勇敢であれ」とか、「負けが分かっていても、喧嘩を売られたら買うもの」という考えが暗黙の了解のように広まっているところがあり、臆病者という言葉は相手を蔑む一番悪い言葉と考えられている。だから、たいていは「臆病者め」とそしられれば、怒って反論してくるものだ。

 それがこの目の前の小さな少年はどうだ。怒るどころか反論すらしない。

 外国人だからか? 

 しかし、どこの国でも、臆病者呼ばわりは腹立たしいものではないのだろうか。

 セトはしかし、諦めた。これ以上、不毛な言い合いをして時間を浪費したくない。

「……分かった。つまり、一人でなければいいんだろう? 君の友人も一緒でいい。とにかく、人手が足りないから手伝いは必要なんだ」

 流衣はぱあっと表情を明るくする。

「ありがとうございます! 我儘言ってすみません!」

 そしてぺこっと頭を下げる。

 ちょっとばかり面倒だが、そういう素直なところは微笑ましく見える。

 セトは仕方ないなあと、無愛想な顔に僅かに笑みを浮かべる。この助手少年に、だいぶ絆されてきているらしい。弟子だと思えば可愛いものだ。

「では私も我儘を言おうかな。こないだ作ってきた菓子をまた作ってくれないかね」

「シフォンケーキですか? お安い御用ですよ」

 流衣はきょとんと目を瞬いて、にこっと笑って頷いた。



「そんな経緯かよ。お前な、友達を売るなよ。それも菓子一個って、安すぎだろ」

 流衣とセトの取引を聞き、巻き込まれたリドは溜息混じりに文句を言った。

「ごめん! この埋め合わせは勿論するから! 一人で森の中なんて嫌だったんだよっ。怖いだろ、魔物とか魔物とか魔物とかっ!」

 青ざめた顔で拳を握って流衣が力説すると、リドは肩を落とす。

「魔物しかねえじゃん。つか、この教練用の森で低級の魔物しかいないってんなら、言葉交わしの森程度だろ。何を怖がるんだ?」

「何って、僕はウシネズミ一匹でも怖いんだよ!?」

「怖がりすぎだ、アホ」

「いたっ」

 リドは容赦なく流衣の額をピンと指で弾いた。うめいて額を押さえる流衣。

「……はあ、ったく」

 顔を手で覆い、思い切り溜息を吐くリド。怖がりだ怖がりだと思っていたが、そこまでとは思わなかった。

 地の曜日にある課外授業を手伝って欲しいと言われ、休みだったので了承したはいいが、そんな事情があるのなら断っておけば良かった。そうすれば少しは魔物の相手にも慣れるだろう。

「ここまで来ちまったし、もういい。埋め合わせは、一週間の料理当番な」

「そんなのでいいの? 僕が楽しいだけだけど?」

 不思議そうな流衣に、リドは半眼で付け足す。

「家事三日分って言いたいとこだけど、ルイに任せると逆に気になるし、時間ばっかかかるだろ。お前、掃除のたんびにバケツ引っくり返して大騒ぎじゃねえか」

「………う。確かに」

 至極もっともだと思い、流衣は真面目に頷いた。

 全学年、合同課外授業の為、生徒達が整列している後ろの端の方での遣り取りに、たまたま聞いていた貴族の生徒達は、生ぬるい気分になった。ほんと頼りないな、あの助手。そう思った生徒が大半である。

 その後、校長が気だるげに台の上に立ち、魔法や武器の使用練習を兼ねた実地訓練の旨を伝えた。一班六人で、七学年から学年がばらばらで混ざる形になること、人数があぶれて同学年が増えることもあるが了承すること、協力しあってポイントを通過すること、危ないと思ったら魔法道具で知らせること、昼食は自分達で摂ること、その際、調味料と道具以外の材料は現地調達のこと、などを伝え、それぞれクジ引きが始まった。

(面白いことをするんだなあ……)

 貴族なんて、そうそう自分達で戦うこともないだろうに、実地訓練をするのか。中には王国警備隊や近衛騎士団で働く者もいるだろうから、その辺も考慮しているのかもしれない。

 クジ引きが後半に近付くと、スタンプラリーのポイントに配置する教師が移動を始めたので、流衣達も移動した。七つあるエリアのうちの、第三エリアが流衣の担当だ。第三エリアと第四エリアの境に待機していなくてはいけない。

 目印になっている大木の下に着くと、待機する為の準備を始める。野宿と同じで、焚火を起こすところからだ。雪が積もっているので、待機場所だけ火の魔法で雪を溶かし、そこに持ってきた薪で焚火を作る。流衣も生徒達と同じく食料は現地調達しなくてはいけないが、茶葉の持ちこみは許可されているので、さっそくヤカンで湯を沸かす。どうせしばらくは生徒は来ないだろう。

 湯が沸くのを待つ間、リストを挟んだボードを取り出し、羽ペンやインク壺も取り出す。この寒さのせいでインクが凍らないように、火の側に置いておく。

 リドのことを巻きこんだ手前、準備などは流衣一人でする。これくらいは手慣れてきているのですぐに出来た。

『坊ちゃん、ここにスノウベリィがありますよ。ついてますね!』

 地面に敷物を敷き、火に当たっていると、周りを飛んで様子見してきたオルクスが戻って来て、浮かれた声で言った。

「スノウベリィ?」

『はい。雪の中で実る野苺です。ほら、こちらの茂みの裏に……』

 言われるまま、茂みを覗きこむと、赤色の小さな粒をつけた野苺があった。

『甘くておいしいんですよっ』

 目を輝かせるオルクスに、食べたらいいじゃないかと言って、たくさんあるうちの幾つかを摘んでハンカチに包み、待機場所に戻る。オルクスは一つ嘴でつまんで待機場所に飛んでくると、幸せそうにスノウベリィを頬張りだした。

「リド、スノウベリィだって。おやつに食べようよ」

「スノウベリィ? 初めて聞くな。美味そう」

「あまっ。すごい甘いね、これ」

「野苺じゃ珍しいな。ああいうのは酸っぱいから、たいていはジャムにするんだが」

 広げたハンカチからスノウベリィを摘まんで食べながら、流衣とリドが感想を言い合っていると、オルクスがふふんと胸を反らした。

「砂糖がいらないくらいに甘いので、砂糖代わりに使うこともあるのですよ。紅茶に入れたり、焼き菓子に練りこんだり」

「へえ、そうなの?」

「なんで鳥のおめえがそんなこと知ってんだ?」

 感心する流衣と、いぶかしげな顔をするリド。

「鳥ではなくて使い魔デス! まっこと失礼なガキですね!」

 オルクスはしっかり文句を言ってから、気を取り直して言う。

「人間界の様子を見ていた時にたまたま知っただけですよ。天界では実を食べるしかしませんでしたので、面白かったのです」

 天界にも生えているというのが流衣には面白い。

 ひとしきり感心して頷くと、ふと結界を張り忘れていたのを思い出して杖を構える。

「〈壁〉」

 一言唱えると、一瞬、流衣達のいる周辺を囲むように半円状に光が展開して消えた。

 中級の結界魔法である、〈壁〉だ。初級である〈盾〉よりは展開が難しい。こちらも〈盾〉と同じで、流す魔力の量を増やせば大きくなるし、強度を増すには強くなると信じる意思が必要になる。他にも、色々な条件を付けることも出来るが、その分、呪文が長くなっていく。条件が付けば付く程、大きさが大きくなる程、難易度が上がり、中級から上級へと移行していくことになる。

短縮詠唱(カット・スペル)で結界を展開なされるとは。成長あそばされて、このオルクス、感激に胸が熱いです!」

 なんかオルクスの目から涙が決壊している。

「大袈裟だなあ。僕はたまたま結界魔法と相性が良かっただけだよ」

 やや身を引きつつ、流衣は苦笑する。

 無詠唱で魔法を使える程には熟練していないが、短縮詠唱で魔法を使えるのは魔法が上達した証だ。結界は良いのだが、攻撃魔法は、短縮詠唱だと力加減の調節が更に難しくなるので、自然と普通の詠唱をしている。

 セトからの課題で雷の魔法の初級の短縮詠唱にチャレンジしたところ、手加減しそこなって鍛練場に大穴をあけてしまったので、もうしないと決めたのだ。慌てて地の魔法で岩を出し、目に見えないが周りにいるだろう地の精霊に必死に声をかけて穴を埋めてもらった。オルクスのアドバイスに従い、地面に魔力を注いだら土が増えたのはつくづく奇妙な光景だった。

「相性が良かろうと、俺から見ても成長してるさ。素直に受けとけば?」

 沸いた湯を茶葉入りのポットに注ぎ、しれっと茶を飲みながらリドが横から言う。

「そうかなあ。……ありがとう、オルクス」

 流衣が声をかけると、オルクスはますます号泣しだした。

 ええ、悪化しちゃったよ……。

 対処に困ったので、とりあえず茶を飲むことにした。

「やっぱ俺、いらないんじゃね?」

 リドが呟くのに、流衣はぶんぶん首を振る。

「すごくいるよ! いてくれるだけでいいんだ。心のもちようってやつだよ。お願いだから置いて帰るなんて言わないで!」

 後半は泣きが入っている。

 拝み倒す流衣にぎょっと身を引いたものの、リドも頼られては悪い気はしない。照れたように頬をかきながら言う。

「しゃあねえなあ、いてやるよ。だからマジ泣きすんなよ、鬱陶しい」

「ごめん。置いてかれるの想像しただけで泣けてきちゃって……」

「ほんとどうしたんだ? お前、ろくに動けもしねえくせに一人で出てった猛者のくせして。一人旅してたんだから今更だろ?」

 やや呆れたような声。

 流衣はごしごしと袖で目元を拭う。急に心細くなってしまったのだ。

「ほとんどオルクスの転移魔法だから、歩いてないよ。アカデミアタウンまでは、劇団に同行させてもらったし……」

 あの時は良かったのだ。まだ覚悟があったから。今は一人ではないせいか、一人で森の中にいるのは怖いと思うのだ。

 きっと、雪が音を吸って、耳が痛いほど静かになるのもいけないと思う。そうだ。冬だから物寂しく思うのだ、きっと。

 そうして一人になることを考えると、ディルを思い出す。ノエルを連れてとはいえ、一人で敵地に向かったディルの心境はどんなものだったのだろう。

「一人旅っていえばさ、ディル、どうしてるかなあ」

 思わず口から呟きが零れた。息を吐いたら、白く染まる。

「元気に修行してんじゃね? 鍛練鍛練って庭を駆け回ってそう」

 リドが能天気に呟き返す。

 想像したら笑えた。

「寒い外にいることで心身を鍛えるのだ、とか?」

 くすっと笑いを零して流衣が言うと、リドも笑った。

「すっげ言いそうだな! ははは!」

「連絡先くらい教えてもらえば良かったな。手紙くらいくれたらいいのに……」

 流衣の恨みごとに、リドは後ろ頭をかく。

「あいつが手紙書く柄か? つか、俺、連絡先くらい知ってるぞ? ウィングクロスのアドレスだけだが」

「ええ!? なんでリドは知ってるのに、僕は知らないの!? ていうか、連絡来た!?」

「俺に教えときゃ伝わるとでも思ってんじゃないか? あと俺にも連絡はねえよ」

「……そっかあ。連絡なしか」

 がっくりした時、リドがふいに顔を第三エリアの奥に向ける。

「お、第一陣のご到着だ。ルイ、しゃんとしろよ」

「うん!」

 流衣は背筋を伸ばして返事をし、すくっと立ち上がった。



 十組目が過ぎた頃、アルモニカのいる班がやって来た。

「ルイ! リド!」

 知り合いを見つけた嬉しさからか、班を抜けて駆けてくるアルモニカ。それを、上級生らしき剣を携えた女生徒が微笑ましげに見ている。

 アルモニカがだいぶ流衣達に近付いた時、草むらからそれが飛び出した。白に赤いまだらをした蛇だ。

 班員がハッとして杖を構えるが、距離的に間に合わない。

 しかし、蛇は宙で音もなく寸断され、血と肉片になって地面に落ちた。

 ぎょっと固まるアルモニカの横を、リドが通り抜ける。

「ああん? なんだあ、マダラヘビじゃねえか。こんな雑魚魔物があんなに跳ぶのなんて初めて見たぞ」

 どうやらリドが風で魔物を細切れにしたらしい。

 流衣も固まってしまったが、事態を飲み込むとほっと安堵の息を吐く。

「そ、そうなのか……? さっきからそういうのばかりが襲ってきたのじゃが……」

 動揺しているのか、お嬢様言葉ではなく素で話しているアルモニカ。

「そういえば、先程からグレッセン女史めがけて跳んできてますわね。グレッセン女史、蛇に好かれるものでもお持ちですの?」

 七年生を示すバッジをつけた、剣を携えた茶色い髪の少女は、不思議そうに問う。

「そんなもの、持った覚えはありません」

 僅かに眉を寄せ、アルモニカは答える。

「わたくし、蛇のような生き物、大嫌いですもの」

 どうやら立ち直ったらしい。お嬢様言葉だ。

 いつもの爺言葉に慣れている流衣達には、お嬢様の皮を被った別人のようで気持ち悪いけれど、他の人にはこれが普通なんだろう。

「あれ? アル、髪に何かついてるよ」

「え? どこです?」

「取っていい?」

「ええ」

 腰に流している赤色の長い髪に、黒い記号みたいなゴミがくっついている。変な形のゴミだ。何をしたらこんなのが付くんだろう。

 許可を得たのでゴミに手を伸ばしたところで、オルクスが突然叫んだ。

『坊ちゃん! それに触れてはいけません!』

「へ?」

 びっくりして肩をすくめたが、その時にはすでにゴミを右手が掴んでいた。


 ――パリン!


 何かが割れる高音が辺りに響き、右手の中でゴミが弾けた。遅れて灼熱の痛みが右手の平に走る。

 何が起きたか分からず、呆然と右手を広げると、右手にずたずたの切り傷が幾つも走っていた。血で右手が真っ赤に染まっている。

「え?」

 唖然とするのも束の間、オルクスがすぐさま右腕に飛び移り、聖法を使う。

『我が力、糧とし、癒しの光、ここに(あらわ)れよ』

 淡い光が右手に灯り、光が消えると傷が消えていた。

「……えと。なんだったの?」

 事態が飲み込めないで、とりあえず顔を上げると、アルモニカの顔から血の気が引いていた。

「あ、ああ……。どうして、また……っ」

 ぺたっと地面に座り込み、口元を手で覆って震えだす。

 〈塔〉襲撃事件のことを思い出したのかもしれない。流衣は言葉を失って、助けを求めるように周りを見た。

 アルモニカの班員達は所在無げにこちらを伺っている。よく分からない事態に困惑しているらしい。

「ルイ、何が起きたんだ?」

 厳しい表情をしたリドの問いに、流衣は気圧されて言い淀む。

「何って……アルの髪についてたゴミを掴んだら、それが破裂したんだよ。見てたでしょ?」

「ゴミってどれだよ」

「え?」

 言われてみれば、手の中にはゴミの破片すら残っていない。手を閉じていたのだから、少しくらい残っていても良さそうなものだが。

 困ってオルクスを見ると、オルクスは流衣にだけ聞こえる言葉で解説してくれた。

『あれは、呪いと祝福に使われる古い文字です。この場合は呪いでしょう。蛇の(まと)と書かれていましたから。軽い闇属性の魔法だったので、魔力が強い坊ちゃんが触ったことで、術が解除されたのです』

 言われてみれば、前にも聞いた音が響いていた。あのガラスの割れるような音。

 そのままリドに伝えると、リドはアルモニカの前に膝を突き、アルモニカの肩を掴んだ。

「アルモニカ」

 真剣そのものの声に、愕然(がくぜん)としていたアルモニカは、ゆるりと顔を上げる。

「お前、いつから蛇に狙われてた?」

「こ、この森に入ってから……だと思う」

 リドは思案気に顎に手を当て、ふいにオルクスの首根っこをつかんだ。

『なっ、何するんですか、このクソガキ!』

 じたじた暴れるオルクスを、ひょいとアルモニカの頭に乗せる。

「ルイ、このクソオウム、しばらくアルモニカに貸してやってくれないか? こいつには呪いが見えるんだろ? 魔除けにちょうどいい」

『誰が魔除けですか、神仕えの使い魔をお守り扱いとはいい度胸ですね!』

 キーッと怒っているオウム殿に、流衣もお願いする。

「そう言わないで。オルクス、森を出るまででいいから、側にいてあげてよ。ね?」

『う……っ、でもしかし!』

「……オルクス、お願いだよ」

 じーっとオルクスを見つめていたら、オルクスは十秒ほどで負けた。渋々というように、アルモニカの頭の上で丸くなる。

『仕方ありませんね。ですが森を出たら、戻りますからね』

「流石オルクス! 頼りになるね」

『ええ、そうですよ。わては頼りになる使い魔なのです!』

 引き受けてくれた嬉しさに微笑むと、オルクスはころりと機嫌を直した。黄緑色の体が誇らしげに膨れるのを見て、流衣はもう大丈夫だと息を抜く。

「くれぐれも姫さんを頼むぞ。というか、高位なんだからそれくらいさらっとこなせよな」

 リドの激励を受け、リドをギッと睨みつけるオルクス。ふんとそっぽを向いてしまう。

「はい、アル。続き頑張ってね。大丈夫だよ、オルクスがいるんだから」

 へたりこんだままのアルモニカの手を、血のついていない左手でとり、そっと立たせてやってから、流衣はにこりと笑う。

「すまぬ、ルイ。また怪我を……」

 申し訳なさそうに、濃い緑色の目が揺れているので、流衣は苦笑する。

「大丈夫だから、気にしないで。原因追及は課外授業が終わってからにしよう。気を付けてね」

「………。……ありがとう」

 弱々しく返すアルモニカ。ショックが続いているらしい。

 流衣は班リーダーから番号を聞き、リストに印をつけ、リーダーの持つカードにハンコを押す。

「では、お気を付けて」

 相変わらず困惑気味の彼らに声をかけると、皆、少し不安そうにしつつも、第四エリアへと踏みこんでいった。

 その姿が小さくなると、リドはしれっと言う。

「オルクスが単純な奴で助かったな」

「はは……」

 空笑いする流衣。

「ま、お前か女神様の言葉限定なんだろうけどな。……けど、手、大丈夫か? 右手全部なくならなくて良かったな、ほんと……」

「うう。ぞわっとするからやめて。怪我なら治してくれたから大丈夫だよ」

 想像しただけで怖いデス。

 思わず、右手を左手でさする。

 うん、大丈夫、ちゃんとある。

「なんだったんだ? 呪いの単語って。あいつ、またネルソフに狙われてんのか?」

「それは分からないけど……。森に入ってからってことは、あの班の中に呪いをかけた人がいるってことにならない? 行かせて大丈夫だったかなあ」

 不安がどっと押し寄せてきた。

 親友の妹だし、それを差し引いても妹みたいな大事な友達だ。身体的にも精神的にも傷ついて欲しくない。

「俺らにばれたし、そこに犯人がいるんなら、もう手出ししねえだろ」

「だと良いんだけど……」

 流衣は心配を詰め込んだ視線で、アルモニカ達の班を見送った。



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