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おまけ召喚 第三部 雪深き学び舎に潜む影  作者: 草野 瀬津璃
第十一幕 侵略するは黒き闇
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六十一章 使い魔対決 2



 人、人、人。

 どこもかしこも人だらけだった。

 放課後、時間指定がなかった為に、適当に四時半頃に鍛練場にやって来た流衣は、鍛練場の校舎側にある階段――観客席を見て、更には視線が集中して、蛇に睨まれた蛙のように凍りついた。

(……場所間違ったかな)

 つうとこめかみを汗がつたう。流衣は人見知りしがちなのだ。少人数ならまだしも、観客席いっぱいの見知らぬ人の前に極度の緊張を覚え、同時に間違いを恥ずかしく思って高速で踵を返す。


「どこに行く!」


 走りだす前に、背中に声がかかった。びくりと足を止め、振り返ると、鍛練場の真ん中、がたいの良い男性教師の横に、ファルの姿がある。

「なっ、何か催し物あるんですよね? お邪魔みたいなんで失礼しますっ」

 若干、どもりつつもそう言うと、ファルが思い切り蔑んだ顔をした。


「その催し物の主役は、私と貴様だ。逃げるのは許さない」


「…………」

 主役が、流衣とファル!? ということは、つまり、決闘場所はここで合っていることになる。

「な、なんでこんなに人が……?」

「決闘の告知をしたら、集まっただけだ。なんだ、観客の数に怖気づいたか?」

 ふふんと笑うファル。流衣は大きく肯定する。

「はい! 無理です、駄目です。もう帰りたいです!」

「――だから、少しはねばれと言っている!」

 半泣きで訴えると、ファルがぶち切れた。

「ほんとに腰抜けだな、貴様!」

 肩を怒らせ、頭から湯気でも出そうな勢いでファルは怒る。

(なんなんだよ、もう。ディルじゃないんだから、熱血はもういいよー)

 穏やかそうな外見と違い、どうにも頭に血が昇りやすい少年である。

「腰抜けでいいですよぅ……」

 流衣は視線に耐えかね、マントのフードを目深に被って身を縮める。

 途端に観客席の方から、女生徒の黄色い悲鳴が上がったのに、びくっと肩を揺らす。なにあれ可愛いとか聞こえる気がするが、そんなに叫ぶ程可愛らしいものがこの辺にいただろうか。

「?」

 思わず、対象物を探して鍛練場を見回すが、ここにいるのは流衣とファルとごつい教師だけなので、可愛いらしきものは見当たらない。

 きっと小鳥でも飛んでいたんだろう。

 そう心から信じる流衣は、まさか自分が貴族の女生徒の間で、屋敷に一人は使用人で欲しい可愛らしい生き物認定されているとは知らない。

「貴様……」

 なにやら苦虫を噛み潰したみたいに口元を引き締め、睨んでくるファル。

 今の数秒の間に、何か怒らせることをした覚えが無い流衣は、おどおどと視線を返す。

「あ、あの。帰りたいので、早く始めません?」

 本当は決闘なんてしたくないのだが、こんな大事になっては逃げられそうにもない。早々に諦めた流衣は、早く始めて早く終わる方を選んだ。

「いいだろう」

 ファルは鷹揚に頷いて――とても偉そうだ――ちらりと男性教師を見る。

「ザカライア先生、宜しくお願いします」

「了解した。では、始めようか。今回の決闘は使い魔同士ということで、フィールド指定をした。この四角い線の中で互いに一匹ずつ使い魔同士で戦ってもらう。フィールドから出る、強制返還、使役者の負け認定のどれかにより、勝敗を決する」

 刈りこんだ黒髪と、濃い青の目をした、四角い顔立ちのザカライアは、見た目の雄々しさそのままの野太い声で、そう説明した。いかにも体育会系っぽい。魔法使いだろうか? それにしては体格が良すぎる。武人と言われた方が納得だ。

「決闘前に、使い魔であるかの確認を行う。ファル・シルキス・エッティンド、使い魔を召喚しろ」

 ザカライアの言葉に頷き、ファルは使い魔を召喚する。呪文を唱えると、地面に円形の光の陣が出来、浮かび上がるように一頭の馬が現れた。栗毛の優美な馬だ。

「では、使い魔確認の作業に移る。それぞれ、使い魔をこちらに。この粉をかけて、光れば使い魔だ」

 ザカライアめがけてオルクスが流衣の肩を飛び立ち、ザカライアの右手首にとまる。ザカライアが粉をかけると、パッと鮮烈な光を放って、粉は花火の残り火みたいにキラキラと空気に溶けて消える。ファルの馬も同様の現象を起こした。

「よし、問題ないな」

 流衣はじっとザカライアの顔を見る。

「む? セトの助手、何か質問か?」

「はい。どうして確認するんです?」

 不思議だと思って問うと、ザカライアは苦笑する。

「滅多といないが、時折、亜人を使い魔扱いしている者がいたりする。使い魔同士の決闘で、魔法のエキスパートと使い魔の戦いになっては平等性に欠ける為、使い魔を用いる決闘前には確認作業をする作法になっているのだ」

「へえ、そんなことってあるんですか……」

 流衣は顎に手を当てる。

 オルクスを亜人と呼んで誤魔化している場合と逆なのか。

「亜人を使い魔扱いすることは、この国の法律では犯罪に該当する。まあ、大概の国では犯罪になる」

「教えて下さってありがとうございます」

 流衣は神妙な顔で頭を下げる。

 ザカライアはやや目をみはり、相好を崩して、流衣の肩を思い切り叩く。

「うっ」

 剛腕で叩かれた流衣は、思い切り弾かれて、危うく顔面から地面に転びかけた。杖をついてぎりぎりで踏みとどまる。

「教えるくらい、全然構わんぞ! 生徒を教え導くのは教師の役目! あ、お前は助手だが、子どもだから構わんな!」

 がはははと体全体を揺らして笑うザカライア。見た目そのままで豪快だ。

「はは、ありがとう、ございます……」

 流衣は左肩を右手でさすりつつ、情けない顔で礼を言う。めちゃくちゃ痛いです。

「では、確認も終えたし、始めようか。使役者はそれぞれ、枠の外へ。ファルはあちら、助手はあっちに立ちなさい。使い魔は枠の中にいること」

 流衣はこくっと頷き、オルクスに声をかける。

「オルクス、ごめん、よろしくね。無茶しないで、ほどほどで……。ここが学校で、人がたくさんいるってこと、忘れちゃ駄目だよ?」

 心配はするが、オルクスが怪我することはないだろう。むしろ、大がかりな魔法を使い、周りに被害を出しそうな懸念が強い。

『お任せ下さい、坊ちゃん! あのガキの使い魔、けちょんけちょんにして差し上げます!』

「……うん。分かってないっぽいね」

 流衣は苦笑する。

 もういいや。危なそうだったら、結界を張るくらいはするつもりだ。この一ヶ月で、流衣は結界魔法だけは妙に上達したのである。あまり広範囲に張ったことはないが、〈壁〉の結界ならマスター済みだ。対して、攻撃魔法はレパートリーが増えただけで上達はしていない。どうも、流衣の身を守る念が強い性格と合うのか、防御の魔法ばっかり上達したのである。逃げと防御なら自信がある。

 これを口にしたら、ファルはまた「腰抜け」と言う気がするが……。

「じゃあ、気を付けて」

『お気遣いありがとうございます! 頑張りますよ!』

 俄然張り切って、流衣の肩を飛び立つと、ひゅうと風を切って飛び、流衣が立つ方に近い枠内の地面に降り立った。

 鍛練場内は除雪済みで、茶色い地面が覗いている。

 流衣はてくてくと枠の外を伝うようにして、指定された場所に行き、立つ。ファルも同じように位置についた。

 枠の外、ちょうど中央の位置にザカライアが立つ。

「両者、位置についたな? では――」

 そして、手を上へと振り上げ、

「決闘、開始!」

 勢いよく下へ振り下ろし、決闘の開始を告げた。



 地面にちょこんと立ったまま、オルクスは馬の姿をした使い魔を見上げた。黒光りするオルクスの獲物を見る目を見て、馬は怯えたように、一歩退く。

 ブルルル!?

 悲鳴のようないななきを上げる馬。

 どうやら、馬の姿の使い魔には、オルクスが高位であることが分かるらしい。完全に腰が引けている。

「何をしている、イッシュ! そのオウムを踏みつぶせ!」

 ブルル!?

 使役者であるファルの叱咤に、イッシュという名の使い魔は動揺したが、覚悟を決めたのか、はたまた主人の命令に従わなくてはいけないからか、オルクスに突進を仕掛けた。

 それを見て、ふわりと宙に飛び上がるオルクス。

 空から滑空し、身をくるりとひねってイッシュの横っ面に蹴りを入れる。

 ブヒャ!?

 間抜けな声を上げ、イッシュは面白いほど弾き飛ばされた。

 小さなオウムの繰り出した強烈な蹴りに、観客席にいる生徒達は息を呑んだ。そのうちの数名は、目を疑ったのか、眼をごしごし手でこすっている。

 地面に巨体を倒したイッシュだが、まだ枠の中だ。よろりと起き上がると、自棄になっているみたいに、鼻息も荒く、地面を前足の蹄で叩く。

 

 ボコボコボコボコ!


 地面から岩が生えながらオルクスの方へ突き進んでいく。それをひらりと宙に逃れて避けるオルクス。しかし、オルクスの真下についた岩から蔦が勢いよく生え、宙にいるオルクスを捉えた。

 蔦で埋め尽くされてオルクスの姿が見えなくなる。

(オルクス!)

 ハッと息を飲んだ流衣の目の前では、ファルがにやりと笑みを零す。しかしその笑みはすぐに強張った。

 蔦が音も無く燃え始め、深紅の炎にそっくり飲み込まれる。ボロボロと黒い灰が落ちていくと、平然としたオルクスが宙に浮かんでいた。

 オルクスはつまらないとでも言いたげに、一度、大きく羽ばたく。

 空から光が落ちてきて、地面に生えた岩の柱に次々に飛来していく。ドォンという雷の命中する音が幾つもこだまし、音がやむと、そこには黒焦げになった岩だったものが残っているだけだった。岩は全て砂礫と化していた。

「うわあ……ほどほどでって言ったのに……」

 やはり聞いてなかったか。

 心配したのも束の間、すっかり呆れている流衣だ。

 オルクスの魔法の威力に、イッシュはますます怯えたように退く。体がぶるぶる震えている。

 うるうるとした黒い目で、じぃっと主人であるファルを見つめるが、ファルは激昂して怒鳴りつける。

「ええい! 情けない! それでも私の使い魔か! 少しやられたくらいでなんだ、もっと頑張らんか、馬鹿者!」

 ファルの叱咤激励を受け、イッシュはぶんぶん頭を振って恐怖を追い散らし、再びオルクスと対峙する。

 そこへ、空を飛んで、イッシュへの距離を一気に詰めるオルクス。

 かかと落としのような動作で、足をイッシュの頭に振り落とす。

 ものすごい勢いでイッシュの頭ががくりと下がる。そこへ続けて、左脇腹に回し蹴りを叩きこむオルクス。今度はさっき飛ばされた方と反対側へ飛んでいくイッシュ。

(よ、容赦ない……! 怖っ、怖いよオルクス。馬さん可哀想……)

 どおと地面に突っ込むイッシュを見て、反射的に痛そうに顔をしかめる流衣。

 イッシュはよろよろしながらも、まだ立ち上がろうとしたが、がくりと前足を下り、そのまま地面に崩れ落ちた。

 その足元の地面に光の円陣が浮かび、地面に溶けるように姿が消えていく。


「使い魔の強制返還につき、勝者、セトの助手!」


 ザカライアの声が、鍛練場いっぱいに響き渡る。

「そんな……」

 ファルは負けたことが信じられないのか、呆然と立ち尽くす。

 一拍遅れ、鍛練場の観客席からものすごい拍手と感嘆の声が響いてきた。

『坊ちゃん、わて、やりましたよ!』

 上機嫌なオルクスがまっすぐに流衣の元にやって来たので、流衣は左手を伸ばした。その手首に、オルクスが舞い降りる。

「お疲れ様。ありがとう、オルクス。かっこよかったよ」

 少しやりすぎだと思ったけど。

 そういう本音は心に仕舞い、とりあえず褒める流衣。手首にとまったまま、オルクスは誇らしげに黄緑色の羽毛に包まれた体を膨らませる。

「オウムの姿でも、格闘に強かったんだね」

『はい。ですが、この姿の時は、魔法の方が効率がいいのです。今回は、ああいう風にしないと手加減出来ませんでしたので、そうしただけです』

「て、手加減してたんだ……」

 つくづく規格外だ、オルクスは。流衣は冷や汗混じりに呟く。


「両者、前へ!」


 ザカライアの言葉に、流衣はハッとし、促されるまま枠内の中央に歩み寄る。

 ザカライアはにっと笑い、流衣とファルの顔を見て、右手を出すように言う。

「右の拳を互いに突き合わせ、健闘を称えよ」

「………いい決闘だった」

「………ありがとうございました」

 心中複雑ながら、互いに拳を突き合わせ、流衣はぺこっと頭を下げる。

 ファルはむすっと口を引き結んでいるが、決闘前のような馬鹿にした目はしていない。代わりに疑心が浮かんでいる。

「貴様、いったい何者だ?」

 予想外の問いに、流衣はきょとんとし、首を傾げる。

「助手ですよ。あとはただの旅人? ですかね?」

 こういう答えでいいんだろうか。疑問形で答える。

「ふん。そういうことにしておいてやる」

「どうも……」

 負けたのに偉そうな少年である。まあ態度を変えられても気持ち悪いので、困らないけれど。

「あの、さっきの馬さん、大丈夫なんですか? 消えちゃいましたけど……」

「強制返還で元いる世界に戻っただけだ。そういえば、貴様の使い魔、いつも顕現(けんげん)しているが、還さないのか?」

「還す?」

 オルクスはいっつも傍にいるので、流衣は何の事かよく分からなかった。

『使い魔は、長時間人間界にいると弱ってしまうのですよ。契約し、用事のある時だけ人間が呼び出すんです。ま、わてくらいにもなると、影響はありませんから平気です』

「あ、そうなの?」

 流衣は肩に乗るオウム殿を見る。

『わては坊ちゃんのお傍にいたいのです!』

「ありがとう……」

 そういえば、風呂の時以外は四六時中べったりだ。まあ、小さなオウムだから側にいることは気にならないけど。

「オルクスが言うには、還らなくても平気だし、僕の側にいたいんだそうです。ほんと過保護で困っちゃいます」

 あははと後ろ頭をかく。

 その返事には、ファルも、ザカライアも驚いた顔になる。

「もしや、還ったことがないのか?」

 ザカライアの問いに、流衣は頷く。

「はい。知人に譲って頂いて以来、僕の肩が定位置です」

 流衣の言葉に、また観客席から黄色い悲鳴が上がる。なにごとかとそっちを見ると、うらやましいといった言葉が聞こえてきた。

 うらやましい?

「オルクス、褒められてるよ。良かったね」

『今のは、わてのことではないと思うのですが……』

「え~? この辺に可愛いものなんて、君くらいしか見当たらないけどなあ」

『……! お褒めの言葉、ありがとうございます!』

 すごい勢いでバサバサ羽ばたきだすオルクス。感動を行動で示したようだ。

 しかし、他に何かいたのだろうか。

 またきょろきょろと周りを見ながら、結局見つけられなくて、ファルに視線を戻すと、苦虫をかみつぶした顔をしていた。

「腹が立つほどの鈍感ぶりだな」

「はい……?」

 いわれのない苦言に、流衣は首を傾げる。

 何を言ってるのか、意味がさっぱり分からないのだが。

「もういい。貴様の程度は知れた。私が負けたのだ、望みを言え」

「望み……?」

 何の話だ。

 流衣が目を白黒させていると、ザカライアが助け舟を出す。

「うちの学内ルールだ。決闘をし、勝った方は、負けた方に一つ望みを口に出来る。生命、身体の自由、金以外のことでなら、という条件がつくが、その望みは、学校に通っている間は絶対に守らなければならない。破れば罰則が下る。何かあるのなら、言うといい」

「そうだったんですか? ええ? えーと……」

 流衣は少し迷った末、きっぱりと告げる。

「あなたからだけの分でいいので、細々した悪戯はやめて下さい」

「私のだけでいいのか? 頼めと言うのかと思ったが……」

「僕が決闘したのは、あなたなので。他の方のことまでは言いませんよ」

「ふん、分かった。その望み、叶えよう。“私は”貴様に“悪戯”しない」

 流衣はほっとする。一人分の嫌がらせが減れば、少し助かる。

「よろしくお願いします。あの、では、そろそろ帰っていいでしょうか?」

 もうそろそろ人の視線にさらされるのは限界だ。

 流衣の問いに、ファルが頷き、場はお開きとなった。



 鍛練場を出ると、追いかけてきたらしいクレオに呼び止められた。

「助手、待てよ!」

「?」

 何事かとそちらを見ると、クレオの後ろにはディオヌとロイスもいた。皆、一様に怪訝な顔をしている。

「お前、どんな手品使いやがった。そのオウム、亜人のくせに! 卑怯だぞ!」

「へ?」

 きょとんと目を瞬くも、襟首を掴まれて首が絞まる。僅かにうめいた時、

「あつっ!」

 クレオが叫んで手を放した。

 流衣は後ろに二歩ほどよろめく。

 そして顔を上げると、オルクスが流衣の眼前で羽ばたいている。

 どうやら火の魔法を使ったらしい。

「坊ちゃんに手を上げるのは許しませんっ。このクソガキ! だいたい、わてを亜人呼ばわり(・・・・・・)とは、本当に失礼ですね!」

 きつい声で言い、クレオをねめつけるオウム殿。

「な……に?」

 訳が分からないというように、クレオはオルクスを見つめる。

 ディオヌもまた眉をひそめ、したり顔で呟く。

「なるほど。亜人がそう思い込んでいるんですね。記憶喪失のところを洗脳でもされましたか?」

 眼鏡の奥の金の双眸が冷たく光る。

「何を訳の分からないことを言ってるんですか。洗脳? ふん、本の読みすぎではないですか? それともアホなんですか?」

 対するオルクスの返事も冷たい。

 気のせいか、オルクスとディオヌの間に冷たい風が吹き抜けた気がして、流衣は戦々恐々とする。ただし、何か口を挟める空気でもなく、大人しく黙っている。

「洗脳だなんて、ふふっ、あの〈悪魔の瞳(イビルズアイ)〉の教祖ではあるまいし、わてはそんな術は使いませんし、使われることもありません」

「使い魔だと言い張る気ですか? 人の姿をこちらは見ています。それも三人も。それにあなたは言葉を話している」

 ディオヌは負けじと言い張る。

「言葉を話して何が悪いのデス? あなただって話しているでしょう。だいたい、人型もとれないような小童どもと一纏めにされては迷惑デス」

 棘をたっぷり含んだオルクスの言葉に、空気がぎすぎすしていく。クレオ達三人は、すっかり剣呑な目になっている。

「ちょっと、オルクス。なんでそう喧嘩売るの。穏便にいこうよ……」

 困り切って流衣が後ろからなだめるが、オルクスはキッと流衣を振り返る。

「何おっしゃるんです、坊ちゃん! わては我慢しっぱなしなんですよ! まったく、この箱庭の中の子どもといったら、失礼だし、遠慮を知らないし、クソガキばっかじゃないですか! まあ、アルモニカ嬢やディルはマシでしたが……。リドなんてクソガキもいいところじゃないですか」

 はっと鼻で笑うオルクス。

「ほんと、なんでリドとそんなに仲悪いのさ。あんなに頼りになる兄貴分なのに……」

「合わないんデス!」

「…………」

 うん、まあ、それしかないだろうけどさ。

 沈黙する流衣。はあと溜息を零す。これは直らないのだろう、きっと。

「とにかく! わては生まれ落ちてより、誇り高き使い魔です! 正体が亜人などと、下劣な考えを抱くのはやめることですね! さあ、行きましょう坊ちゃん。クソガキの相手なんてするだけ時間の無駄です」

 盛大な捨て台詞を吐くオルクスに、更にディオヌの追及が飛ぶ。

「あなたが使い魔だというのでしたら、位階を教えて頂きましょうか! 答えられないのなら、使い魔とは言えません」

 流衣の方を向いたオルクスの顔が、忌々しげに歪んだ、ように見えた。不機嫌になったことはよく分かる。

「しつこい方ですね……。坊ちゃん、教えて宜しいですか?」

 騒ぎになるからと亜人のふりをするように頼んでいたのは流衣だ。だから、流衣を主人と思っているオルクスが流衣に問うのは自然なことである。

 場が治まらなくて困るのは、オルクスだけでなく流衣もなので、流衣は仕方なく小さく息を吐く。と同時に、騒ぎになることを覚悟した。

「分かったよ、オルクス」

「許可がおりましたので、教えましょう。三番目です」

「………はい?」

 ディオヌは耳を疑った様子で聞き返す。

「第三の魔物オルクスです。これで満足ですね? さあ、行きましょう、坊ちゃん。外にずっといては風邪を引いてしまいますよ」

 用事は済んだとばかりに流衣の肩に戻って先に行くよう促すオルクス。流衣は小さく苦笑しつつ、便乗する。

「それでは、失礼しますね」

 軽く会釈して立ち去ろうとしたが、ディオヌに慌てて呼び止められた。

「ちょっとお待ちなさい! なんです、三番目とは! 嘘をつくにしろ、もっとマシな嘘を……」

「わては使い魔ですから、嘘はつけませんヨ。それから、このことをあちこちに言いふらしたら、わてが制裁に行きますから。頭上注意です」

 しっかり脅しを付け加えるオルクスに、流衣は苦笑しか出てこない。

 決闘中の落雷を思い出したのか、ディオヌの顔が青ざめる。

「オルクスがすみません! 失礼します」

 流衣はもう一度彼らに会釈すると、居たたまれなくてその場から逃げだした。

(ほんとすみません。でも僕には止めるのは荷が重いんですっ)

 心の中で言い訳しつつ、セトの研究室を目指して走る。今日の分の課題の指定を受けなくてはいけないのだ。

 まだ転移魔法は基礎しか習っていないので、流衣自身では転移出来ない。逃げる時には便利そうだから、早めに習得したいところだった。



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