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おまけ召喚 第三部 雪深き学び舎に潜む影  作者: 草野 瀬津璃
第十一幕 侵略するは黒き闇
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六十一章 使い魔対決 1

*十一幕、簡単あらすじ*

 セトの元で、魔法の基礎を詰め込むのに忙しい流衣。ごたごたした日々が続く中、ある日、勇者である達也から手紙が届く。それは、盗まれた聖具に関することで――……。



「さて、ルイ」

「は、はいっ」

 セトが眼鏡のブリッジをくいと持ち上げ、これからが本題だというように声の調子を強めたので、流衣は背筋を伸ばして返事をした。セトのデスクに積まれた本やプリントの束、その上に手を置くセトの動作を、出来ることなら見たくなかった。嫌な予感しかしない。

 サイモンに会った後、研究室に立ち寄るように言われていたのでやって来たのだが、これは、もしかして、もしかすると。


「そうだ、君の懸念通り、君への課題だ!」


「うわー、やっぱりぃーっ!」


 流衣は頭を抱えた。

 っていうかセトさん、心を読まないで下さい。

 まあ、課題を嫌がる生徒の顔など、教師として見慣れているのだろう。

「君は基礎が抜けている! 私の研究を最低限でも理解するには、これを全てこなす必要がある。大丈夫、これを勉強すればいいだけだ」

 力強く言い切るセト。

 そして、ブックタワーをずいと流衣の方へと盤面上で滑らせた。

「え!? これ、持って帰らなきゃいけないんですか!?」

「ああ、まずはそこからか。よし、分かった。面倒だ。浮遊の術をここで教えよう」

「ええ!?」

 面倒だからって、新しい術を教えようだなんて。

 びっくりしていると、セトは眉間に指先を押し当て、溜息をついた。

「本当なら、少しずつ持って帰れと言いたいんだが……」

 ちらりと疲れたように本棚を見るセト。

 流衣もそちらを見て、愕然とした。

 こないだ片付けたばかりの本棚から、本が雪崩れ落ちているではないか。これでは知識の宝箱ではなく、場所をとるだけの単なる紙の山だ。

「必要なテキストを引っ張りだしていたら、また部屋が荒れてしまってな。なんとか纏めたが、これをここに置いてみろ。恐らく、どこに何が置いてあるか分からなくなる」

「自分で言わないで下さいよ……」

 そんなにきっぱり断言されてもなあ。なんだかなあ。

 本当に片付け下手なんだなあ、この人。流衣は呆れをたっぷりに込めた目でセトを見た。流衣の為にしてくれたとはいえ、これを片付けるのは助手である流衣だ。

「セトさん、つかぬことを伺いますが……。まさか研究してまとめた資料の位置が分からないから、基礎を詰めて時間稼ぎしよう、とかじゃないですよね……?」

「そんな訳ないだろう。ただ、ちょっと、そうだ。書き散らしたレポートを、あっちこっちに置いているから、番号が揃ってないだけだ。個人研究の部屋自体は決まっているから、そこにあるのは分かっている」

「………そうですか」

 それを位置を把握していないというと思った流衣だが、今更なので、諦め混じりに返した。基礎知識を入れ、その後に閲覧させて貰う時に整理すればいいだけだ。

 こうして、流衣の助手の仕事と勉強詰めの毎日が始まった。 


       *


 静謐の第二の月半ば――大陸歴でいう十三月の半ば。セトの助手、というより助手兼弟子になって一ヶ月が過ぎた頃、流衣はすっかり助手の仕事と勉強の両立に慣れていた。

 とはいっても、なかなか減らない課題の山は健在で、ひいひい言っている。

 しかし、理数系が好きなこともあって、そんなに苦労はしていない。

 何故、魔法に理数系が関係するのかというと、呪文ではなく魔法陣を扱うのに関係するのだ。魔法陣はチョークで描くだけの簡易なものから、インクに特殊な材料を混ぜたものや、魔力の媒介に使う材料を使用するものまでさまざまで、その材料の分量を量るのに、理科系統の知識が必要になり、かつ、数学を使用するわけだ。図形の大きさの比なども、それで出す。

 ラーザイナ・フィールドでは日本のような暗算が存在しておらず、ややこしい計算を紙に数字をずらりと書き並べるだけで、あっさり計算して答えを導き出す流衣に、セトは随分驚いたらしかった。難しいことではないので乞われるままに教えると、これは画期的だと大喜びされた。

 それが授業中、一番後ろで聴講している時のことだったので、流衣は後悔してうつむいていた。流衣を良く思っていない貴族の男子生徒から、ものすごい目で睨まれたので。隣の席のファリドは、新しい知識に興奮していて気付いていなかったようだが。

 前みたいに町中を追い回されたりはしていないが――貴族を見つけた時点で物影に隠れるようになった為だ――代わりに校内で些細な嫌がらせを受けている。オードという名の貴族少年が中心だ。

 サイモンと知人というだけで目をつけられていたが、最近は、どうやらセトの弟子のような格好に収まっていること自体が気にくわないらしく、すれ違いざまに「平民の癖に」とか「生意気」とか悪態を囁かれたりするくらいには嫌われている。些細な嫌がらせも、外を歩いていたら窓からコップ一杯の水が降って来るとか、少量の砂が降って来るといった、怪我をするほどではないが地味に困るタイプのもので、こういう嫌がらせはドラマの中だけではなく実際にあるのかと流衣は感心混じりに驚いていたりする。出来るだけ窓の下を歩かないようにしたり、怒ったオルクスが気を張って、結界でガードするようになったので、被害はなくなった。それが相手にはますます目ざわりらしい。

(早く研究見せてもらって、出て行こ……)

 被害はなくても、小さな嫌がらせが連日続けばうんざりしてくる。

 流衣は授業で集めた課題プリントの束を抱えてセトの研究室を目指して廊下を歩きながら、内心でげっそりと溜息を零す。

 今のところ、リドやアルモニカには気付かれていないので、隠し通すつもりだ。リドはともかく、アルモニカにばれたら、とんでもない騒ぎに発展しそうな気がする。アルモニカは口が悪くてすぐに暴力に走りがちなお嬢様だが、正義感が人一倍どころか三倍くらい強いし、身分があるせいで物怖じする必要もないから、がんがん責め立てるだろう。正論と説教の嵐で相手を追いつめそうな気がして怖い。

 正論を口にするのは良いことだと思うけれど、必ずしも正しいとは流衣は思っていない。正論で遣りこめると、逆に相手を怒らせることが多い。図星をさされて怒り、反論する余地がなければ心に積もった怒りを発散させる術がなく、多大な恨みを買いそうだ。何事もほどほどが肝要というやつだ。

「うわ!?」

 廊下で起きた急な突風に、腕に抱えていたプリントの半分ほどがバサバサと音を立てて、窓の外へ飛んでいった。

 唖然と窓を見て、風が吹いてきた方を見ると、オードの手下っぽい少年がにやっと笑っていた。

 さっきの風はこの少年の仕業らしい。

 内心で溜息を吐く。

 そう来るとは思わなかった。

 どうやら窓を開けて待ちかまえていたらしい。準備のいいことだ。

 静謐(せいひつ)の季節のど真ん中、つまり真冬の今は、雪の降る寒冷地であるこの辺りでは、窓を閉め切らないと窓の蝶つがいが凍りついて閉まらなくなるのだ。だから普段は窓は閉められている。

 外に飛ばされたプリントを回収しなくてはとうんざり気味に考えた時、オルクスが肩から飛び立った。

『わてにお任せ下さい』

「オルクス?」

 びっくりして、小さなオウムの後姿を目で追う。

 少しすると、上手く風を操ったのか、飛ばされた全てのプリントを集めて浮遊の術で引っ張ってきたオルクスが窓から廊下に舞い戻った。

 目を丸くする流衣の腕の中に、プリントがふわっとおさまる。

「ありがとう」

 流石オルクスだ。

 感心しきりで、流衣はにこっとオルクスに笑いかける。

『どういたしまして。これくらい、お安い御用です。鳥の魔物であるわてには、つかめない風はありませんので』

 火と風と光の魔法領域を持つオルクスには、ささやかな仕事らしい。

 さらりと言って、再び流衣の左肩におさまった。

「よいしょ……っと」

 流衣は左腕でプリントを抱えた格好で、窓が閉まらなくなる前にと、窓を閉める。少し凍りかけていたみたいで重かったが、なんとか閉まった。鍵をかけたところで満足し、廊下を向き直ったところで、嫌がらせを仕掛けてきた少年に睨まれているのに気付く。

「いい気になりおって。チビの癖に!」

 あっさりいなされたのが腹が立ったようだ。突然の罵倒に、流衣は一歩後ろに下がる。

(チビは関係なくない?)

 が、内心では密かに言い返していたりするが。口に出せないのはいつものことだ。

 少年は、サイモンを目の敵にしている貴族のオードという少年が出歩いている時、たいていオードの側にいる。前に殴りかかってきた方とは別のもう一人だ。一年生で、オードからファルと呼ばれていた気がする。流衣より年下なのだが、流衣よりもちょっと背が高い。細めの体格をしているのでまだいいけれど、ほんと、この国の人は成長が良すぎると思う。

 茶色い髪と目をした落ち着いた感じの見た目なのに、今は喧嘩っ早い少年といった雰囲気だ。少年はキッと流衣を睨みつけて声を張り上げた。


「私と決闘しろ!」


 びしっと突き付けられた指先を、あんぐりと見つめ、流衣は即座に頭を下げた。


「無理です! ごめんなさい!」


 青ざめてちょっと涙目になる。

(決闘!? 無理。無理無理無理)

 あんまり潔い降伏宣言に、ファル少年は口をつぐんだが、すぐに気を取り直して軽蔑した目を向けてくる。

「腰抜けめ、なんだその返事は! せめてもう少しねばれ!」

 彼の言うことも最もだ。

 通りすがっていた他の生徒達も、思わずというように頷いている。


「腰抜けでいいです! 僕、ほんと弱いんで。武芸なんてからきしだし、魔法もセトさんのお陰でだいぶマシになってるだけで実技はそんなでもないですし、そもそも、友達いなかったら生きてここまで辿り着いてる自信ありませんし! オルクスがいなかったら、うっかり死んでると思うんです! だからすみません!」


 決闘なんてしてたまるかと、混乱しつつも口からは言い訳が溢れだす。

 あまりにも情けない言葉の羅列に、喧嘩を売った当人も唖然としている。

 しばらく黙りこんで考え込んだファルは、ややあって口を開く。


「だったらこうだ。その使い魔と、私の使い魔で決闘だ! それなら貴様が腰抜けでも平気だろう。それともなにか、貴様の使い魔も腰抜けか?」


 完全に見下した言葉だ。

 自分のことはともかく、オルクスのことを酷く言われるのは許せない。流衣はむっとして、僅かに眉を吊り上げた。

「オルクスは僕なんかよりよっぽど優秀なんですよ! 酷いこと言わないで下さいっ」

 ファルはにやりと笑う。

「では、決定だな。今日の放課後、鍛練場まで来い!」

「えええ!?」

 そう言うと、ファルは黒いポンチョを翻して去って行った。仰天する流衣を放置して。

「え、ええ、ええー? ……もしかして、僕、決闘を受けちゃったの……かな?」

 ぽかんと立ちつくす流衣。

 廊下を通り過ぎる生徒達が、なにやら可哀想なものを見る視線で流衣を見ながら通り過ぎていく。

『よろしいですよ、坊ちゃん! 坊ちゃんを馬鹿にする、馬鹿な子どもには、わてがたっぷり(きゅう)を据えて差し上げますので! 血が騒ぎますね~』

 しかし、決闘することになったオルクスがとても楽しそうなので、まあいっかと思う流衣だった。


 

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