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五十七章 情報収集 3



 ボルド村に着くと、村の中心にある広場で知り合いの姿を見つけた。

「おーい、ナゼル君、ランス、サジエ!」

 知り合いを見つけた嬉しさから、流衣は声をかけながら広場に駆けていく。

 地面に座り込んで何か話していた三人は、顔を上げ、おっというように微かに破顔した。

「久しぶり、お兄さん!」

 ナゼルがぴょこんと立ち上がって手袋をはめた片手を上げる。

「ほんと久しぶりだな。少しは劇団に顔出せっつったろ!」

 ランスが早速憎まれ口を叩く。

「ごめんごめん、仕事と引っ越しで忙しくてさ。……うぎゃ!」

 三人の元に辿り着く前に、雪の積もった地面で足を滑らせて転ぶ。それを目撃した三人は痛そうに顔をしかめ、呆れた様子でこっちにやって来た。

「ほんとドジだなお前。頼りなさすぎだろ。まじで俺らより年上?」

「ランス、失礼だよ」

 馬鹿にしながらも腕を引っ張って立たせてくれるランスと、そのランスの肩を軽く小突くサジエ。

「うぐぐ。ありがとう」

 流衣は礼を言いつつ、服についた雪を手で払う。

「おじさんの助手ってそんなに大変なの?」

 ナゼルのなにげない問いに、流衣は首を傾げる。

「そこまで大変じゃないよ。雑用だからね。でも敷地内が広くって、一生懸命慣れているところ」

「ふーん」

 質問してきた割りに、気の無い返事を返すナゼル。

「ナゼル君、ランス達と友達になったんだね」

 三人を見回して言うと、ナゼルは照れたように頷いた。

「うん、この二人はとっても楽しいよ。ネイトと四人でよく遊ぶんだ」

「ネイト?」

「僕の友達。今日は風邪引いて寝こんでる」

「そっかぁ」

 もしかして、ナゼルに『平凡な顔だけど性格の良い人は厄介』っていうようなことを教えてたという父親を持つ友達だろうか。

「助手、雑談してないで行くぞ」

 クレオが声をかけてきたので、流衣は三人を紹介する。

「あ、すみません。あの、この二人が劇団の子ですよ。ランスとサジエです。で、こっちのナゼル君は、セトさんの隣人さんで、ええとお弟子さんになるのかな?」

「弟子って何?」

 ナゼルがきょとんとするので、流衣は簡単に教える。

「ええと、一人の師匠について、そこで学ぶ人のこと。ナゼル君てセトさんに魔法を教えてもらってるんでしょ? だから弟子かなって」

「駄目だよ、師匠じゃ。おじさんは、僕の将来のお父さん候補その一なんだから!」

 ナゼルの言葉に、流衣は目を丸くし、クレオ達三人は唖然とした。

「オルドリッジ先生は結婚される予定があるのか?」

 ディルがさらりと問うと、ナゼルはぶんぶん首を振る。

「違いますけど、お父さんになってくれないかと思って狙ってるんです。僕、お父さんがいないから、憧れてて……。母さんみたいに頼りない人には、おじさんくらいしっかりしてる人がちょうどいいと思うんですよね!」

 両手の拳を握りしめ、熱をこめて主張するナゼル。

 うわあ、シフォーネさん可哀想……。あんまりな言いようだ。

「えーと、その一ってことはその二もいるの? 前に来てたあの貴族の人とか?」

 流衣の問いに、ナゼルはむっとする。

「あんな害虫に、お父さんになって欲しいわけないだろ! あいつなら、あのスノウギガス騒動以来来てないよ。ざまあみろって感じ」

 にこっと笑ったナゼルの笑みがあまりに黒くて、流衣は背筋が冷たくなった。

 流衣はナゼルの肩をがしっと掴んで、必死に言う。

「ナゼル君! お願いだから、呪術的な方向にだけは進まないでね! お母さんが泣いちゃうよ!」

「嫌だなあ、お兄さんてば。闇属性の魔法なんて勉強したくもないよ。それに、害虫退治はゴーホー的にするから平気!」

「あああ、そういう意味じゃなくてね……!」

 思わず頭を抱えてしまう。

 この子、ほんとに十歳? どれだけ大人びた思考してるんだよ!

 泡をくっている流衣をスルーし、ナゼルは貴族達の方を見て、頭を下げた。

「貴族様方、挨拶が遅れて申し訳ありません。この村に何の御用でしょうか? 宿泊でしたら、手前の店が宿屋ですので、ご案内出来ますが……」

 小さな少年が丁寧な言葉遣いで言うと、微笑ましい。しかしそれに対しどう思う様子もなく、クレオは自然に片手を上げる。

「いや、ここに滞在している劇団がどんなものか見に来ただけだ。気にしなくていい」

 この言葉にランスとサジエが顔を見合わせた。

 頭を低くしつつ、サジエが慇懃(いんぎん)に問う。

「では、俺達の出番になりますね。劇団にいかような御用でしょう?」

「そんな畏まらなくていい。こっそり見に来ただけだから、騒がなくていいんだ。案内しろとも言わないから、放っておいてくれ」

「左様ですか。ですが、そういうわけにもいきません。劇の練習中ですので、見られては困ります。あなた方の心を楽しませる為に来たのに、どういうものか分かったのでは面白くないでしょう?」

 なんだか慣れているような言い草でサジエが言うと、ディオヌが感心したように頷いた。

「確かに彼の言う通りですね。何が公演されるか分からないからこそ当日が楽しみといえる」

 その通りだと思ったのか、クレオもやや不満げながら頷く。

「そーだな。せっかくここまで来たけど、楽しみ潰すなんて面白くないし」

 からからと笑うロイス。

「ディオンもたまには良いこと言うなあ」

「ディオヌです!」

「うん、分かってるよ。ディオン、だろ」

「―――!!」

 ディオヌが恐ろしい形相でロイスを睨むが、ロイスはどこ吹く風といった体で相手にしない。

「セト先生の情報手に入れたし、来て良かったなあ。結婚したらからかってやろうっと」

「やめとけってロイス。課題を山みたいに積まれたらどうするんだ。ただでさえ、予習してないと課題を増やす先生なのに……!」

「課題を提出しなくて課題が増えるクレオドール君に言われましてもねえ……」

「うるせえな、ディオヌ。俺はお前らみたいに要領良くねえの!」

「あなたの場合、要領ではなく頭が悪いのです」

「なんだと! このやろ!」

 切れたクレオの拳が飛ぶが、ディオヌはあっさり避ける。

「おやおや、短気ですねえ。訓練でしたらお受けしますが、喧嘩は勘弁ですよ。反省文三十枚なんて冗談じゃない」

「安心しろ。これは喧嘩じゃない。訓練だ!」

「あははは、当たりませんよ」

 蹴り技が繰り出されるが、それもひらりとかわすディオヌ。

 クレオとディオヌのじゃれあいをロイスが呆れたように見る。

「おい、その辺にしとけ。雪積もってるんだから危ないぞ」

 そういう問題だろうか。

 流衣は胡乱な目をロイスに向けてしまう。

「うむ。なかなか良い筋をしているな」

 そして、なんだかとても満足そうに、自分の領地の家臣達を見て首肯しているディル。どこかうずうずしているのは、いつもみたいに修行病が出ているせいなのだろうか。


 ――というか、誰か止めようよ。


      *


「そういや、これって何なの?」

 クレオ達は放置して、流衣はナゼル達がしゃがみこんでいた地面を指差した。魔法陣が書かれている。木の棒で書いたみたいだ。

 ナゼルがちょこんとしゃがみこみ、楽しげに魔法陣を木の枝の先で示す。

「こないだ雪だるまを作ってて思ったんだ。ああいう風に雪から人形になる魔法があれば、雪かきの面倒が減るかなって。それで試しに陣を作ってみたんだ」

「へえ……」

 流衣から見ると、六芒星の中に円や五芒星や文字が書かれていてよく分からない。子どもの落書きみたいにも見える。

『素晴らしい! なんて美しい式でしょう! まるで歯車が噛み合うかのような精巧性! 本当にこの子どもは才能がありますね!』

 左肩に乗っているオルクスは魔法陣を見て何やら感動した様子だ。

 ごめん、僕には分からない。

 流衣が苦笑していると、オルクスは親切に教えてくれた。

『周りの雪をとりこんで、像を成す魔法陣みたいですよ』

 へえ、だから雪だるまか。

「式は合ってると思うんだけど、発動しなくってさあ。どこが悪いんだろう」

 ナゼルが首を傾げ、陣を見て、ああでもないこうでもないと呟きだす。

『坊ちゃん、あそこの文字が間違ってます。綴りが……』

「ああ、これ? ナゼル君、オルクスがそこの綴り間違ってるって」

 流衣が魔法陣に書きこまれた文字を示すと、ナゼルはパッと表情を明るくした。

「あ、本当だ! よし、これなら上手くいくはず! 皆、離れてて!」

「うん、分かった」

「やっちまえナゼル!」

 サジエとランスがさっと距離を取る。流衣達も魔法陣から離れた。

「白き雪の欠片集め、ここに像を成せ! スノウ・フィギュア!」

 ナゼルの声とともに、魔法陣が青く輝き、周囲の雪を吸いこみ始めた。

 みるみるうちに広場の雪のかさが消えていく。

「うわあ、すごい!」

「壮観だな」

 流衣とディルが呟く後ろで、喧嘩していたクレオとディオヌも大人しくなってナゼルを見る。

 しばらくすると雪はほとんどなくなり、茶色い地面が顔を出した。そして、魔法陣から青い光が立ち昇る。

 次の瞬間、高さにして二メートル程の巨大な人の姿をした雪だるまが現れた。それも手足付き。顔はのっぺらぼうだが、おもむろに口のような穴が出来、両腕を上げてうなった。


「グオォォォォ!」


 居合わせた面々は、一瞬、何が起きたか分からなくて雪だるまを凝視した。

「……“雪像”ではなく、“スノウギガス”だな。あれは」

 ディルが落ち着き払って呟く。

「そんな落ち着いて評価してる場合!?」

 思わず突っ込みを入れてしまったが、突っ込んでいる場合でもない。流衣は原因のナゼルを問い質す。

「ナゼル君、なんでスノウギガスになってるの! また怨念こめちゃったの!?」

「怨念ってそんなわけないでしょ! お兄さんひどいよ! こんなの作っちゃって、どうしよう! またおじさんに説教される!」

 頭を抱えて天を仰ぐナゼル。

 皆がわめこうが騒ごうが、スノウギガスには関係ない。目にとまった獲物――ナゼルを踏みつぶそうと足を持ち上げる。

「こっちだ、少年!」

「わ!」

 ディルが素早く動き、ナゼルの後ろ襟を引っ掴んで後方に退却する。

 ずぅんと地を揺らし、スノウギガスの足がさっきまでナゼルがいた位置にのめりこむ。

「何で? 何で? スノウギガスって、降り始めの雪から生まれる魔物なのに。この前のといい、納得いかない!」

 小さくても研究者なのか、理屈が不明だと騒ぎたてるナゼル。

「少年、理屈はいいから、あれを戻す方法があるなら教えろ」

「僕の名前は少年じゃなくてナゼルだよ、お姉さん!」

「………教えろ」

 お姉さんと言った瞬間、ディルが冷やかな気配を纏った。よく見れば、ナゼルの後ろ襟を掴んでいる手に青筋が浮かんでいる。どれだけ力こめてるんだ。怖い。

「え、何で怒ったの? あと、戻し方なんか知らないよ! 動かない雪像になるはずだったんだから、戻す必要ないでしょ!」

「――確かにな。では、あれを倒せば問題無しだ」

 腹立ち紛れにナゼルを後ろに放り捨て、ディルは腰に提げた細身の長剣を抜いた。

 わあと声を上げて地面に放り出されるナゼルをわたわたと受け止め、流衣も一緒になって地面に転びつつ、ディルに向けて叫ぶ。

「ディ……じゃなかった、ディナ! スノウギガスは凍らせるといいよ!」

「それは良い考えだ」

 薄い笑みを唇に乗せ、ディルは冷たい水色の目でスノウギガスを見据える。冷たい風が短い銀髪と黒いマントを揺らして通り過ぎる。光を弾く白刃も、周囲の雪も、ディルのもつ玲瓏とした空気によく似合い、溶け込んでいた。いや、自然の方が飾りみたいだ。

 ディルは剣先をスノウギガスに向け、呪文を唱える。

「水よ、舞い踊れ! ウォータ・ラッタ!」

 剣先にふわりと巻きつくようにして現れた水の塊を、剣を一閃して勢いよく飛ばす。

「グォオ!」

 頭から水を被ったスノウギガスは一瞬よろめき、すぐに標的をディルに移して飛びかかって来た。

 猿のような動きで一瞬にして距離を詰め、ディルめがけて合わせた両手を頭上から振り下ろす。

「おっと!」

 ハンマーのような一撃をかわし、後ろに跳んで間合いを取る。

 流衣はナゼルを連れて慌てて後ろに下がりつつ、オルクスに頼む。

「オルクス、援護お願い!」

『了解しました!』

 すぐさま肩から飛び立ち、オルクスはディルの近く、宙空で羽ばたく。羽を思い切り振るようにした瞬間、バチリと何かが宙で弾ける音がした。

 スノウギガスの周りに、まるで縄のように光の線が走り、スノウギガスの動きが止まる。

「水よ、かの者に(こお)れる鉄鎚(てっつい)を! フリーズ!」

 そこを狙って再びディルが呪文を唱えると、先程水を被った場所からパキパキと音が聞こえ始め、スノウギガスの全身に侵攻していき、やがて氷の彫像が出来た。

 抜き身の剣を手にしたまま駆けていき、ディルは横薙ぎに剣で斬り払った。斜めに切れ目の入ったスノウギガスの彫像は、半分から切れ、そのまま地面にぶつかって砕け散る。

火の終着点(ファイア・エンド)

 最後にディルは人差指をスノウギガスの凍った像に向けた。ボッと深紅の炎がたち、一瞬にして氷像は水へと変わる。

「――よし、これで終わりだ。オルクス、手助け感謝する」

 傍らで羽ばたくオルクスにもしっかり礼を言い、ディルは抜き身の剣を鞘に戻す。カチンと涼しげな音がした。

「怪我人はいないか?」

 ディルはくるりと振り返る。騎士らしく、周囲の怪我人にも気を遣っている。言葉は端的だが、分かりやすい。

「いないよ。さっすが、ディ……ナ! 強いね!」

 危ない、危うくディルと言いかけた。

「当然だ。修行を積んでいるからな。これはいい訓練になった。一緒に来て正解だったよ」

 常に自分を高めることを忘れない姿勢は格好良い。今は女子だが。男前な女剣士といった感じだろうか。男らしすぎて女らしく見えないのは流石だ。

「すごいですね、ディナ嬢!」

「ああ、貴婦人でこんなに腕の立つ方には初めて会いました! 男前すぎて惚れそうっす。もちろん剣の腕に!」

 ロイスが目を輝かせ、クレオが興奮気味に言う。

 貴婦人と言った瞬間、ディルの眉間に皺が寄ったが、その後に付け足された「男前」という単語によって即座に機嫌が戻った。

「同じ学年のよしみです、良かったら今度手合わせ願えますか!」

 ここでデートの申し込みでもすれば気障な貴族男性の出来あがりだが、クレオはやや斜め三十度くらいの方向性に物事を考えるのか、女性相手に手合わせを申し込みに行った。

 ディルもディルで満更でもなさそうだ。ふっと口端を上げて笑う。

「いいとも。ちょうどいいから腕前を見よう」

 クレオ達三人は、将来、ディルの兄の家臣になるせいか、ディルの目が光った。密かに査定する気らしい。

「ありがとうございます!」

 左胸に握った拳を当てる軍人じみた敬礼をして、礼を言うクレオ。

 悪くはないが、何かが間違っている気がしてならない。

 流衣は奇妙な劇でも見ている気分で、そんなディル達を見守った。


「――君達、そこで何をしている?」


 急に声をかけられてそちらを見ると、訝しげな顔をしたセトが歩いて来る所だった。鞄を手にしていることといい、学校帰りらしい。

「やけに雪がないし、それにこの魔法陣は……。周囲の雪を集めて雪像にする陣か。……ナゼル?」

 セトを認めた途端、そろーっとその場から逃げだそうとしていたナゼルは、名を呼ばれてぎくりと立ち止まった。

 一瞥で魔法陣の式を読み解いたセト。流石は権威ある魔法使いだ。教師の名は伊達ではない。

「どうやら実験していたようだが、結果はどうなったのだ?」

「え、えーと……」

 目を泳がせるナゼル。怯えた様子で流衣の後ろに逃げ込んだ。

「ふむ、では第三者に聞こう。そうだな、クレオドール、君に訊こうか。正直に教えてくれたら、今度課題を忘れた時に免除しよう」

「はい。雪像にはなりましたが、スノウギガスになって暴れ出したので、こちらのお嬢様が退治して下さいました!」

 素直にあっさり白状するクレオ。

 ナゼルがショックを受けたようにクレオを見、セトの笑みが迫力を増したことにひるんだ。

「ナゼル、前にスノウギガスが暴れたのはいつだったかな? 答えなさい」

「は、はい、おじさん。一週間前です!」

「そうだな。そしてその時に約束したことは何だったか覚えているか?」

「おじさんがいない時は魔法の実験をしない、……です」

 尻すぼみな声で答えるナゼル。そんな怯えるナゼルにつられて流衣の心にも恐怖が浮かんできた。あの、怖いですセトさん。眼鏡の奥の目が笑ってません。口元だけです笑ってるの。あと妙に猫撫で声なのやめて下さい、かなり怖いです。ついでに、僕を間に挟むのやめて下さい!

 セトが短く息を吸う。

 ナゼルは元より、流衣やクレオ達までもつられて緊張した。


「この馬鹿者! 一歩間違えば大怪我だ。君はそんなに家族に心配をかけたいのかね」


「ごめんなさいっ。雪かきの手間が省けたら、母さんの仕事が減って楽になると思ったんだ……」

 しょんぼりと謝るナゼル。思いがけない理由だったせいか、セトは言葉に詰まり、はあと大きく溜息をついた。

「母親思いなのは良い事だが、約束はちゃんと守りなさい。君がいい加減な大人になったら、君の母親が悲しむ」

「う……ごめんなさい」

「反省しているようだが、とりあえずシフォーネさんの所に行こう。きっちり叱られてこい」

「……はぁーい」

 母親と聞いて首をすくめ、ややあって渋々頷くナゼル。

「またな、ナゼル」

「明日は昼過ぎに来るよ!」

 しょぼくれるナゼルに、ランスとサジエが声をかけ、ナゼルは軽く手を振ってから諦めた様子で宿屋に戻っていった。

「……なるほど。確かに先生が父親になったら良い感じだな」

 ディルがとても得心がいった様子で言う。

「そうだねえ。ナゼル君の暴走止められそうだもんねえ」

 流衣ものほほんと呟く。

 まあそこはセト次第なので何とも言えないけれど。


     *


 アカデミアタウンの入口に入った所で、ディルやクレオ達と別れた。

「ナゼル君、上手くいくといいよね」

 しんしんと雪が降る中、雪の積もりだした石畳の路面を慎重に踏んでゴーストハウスへの帰路に着きながら、流衣は肩に乗るオルクスにしみじみと話しかけた。息を吐くと空気が白く染まる。手袋をはめた手をすり合わせるようにしていると、オルクスがややずれた返答をくれた。

『そうでございますね。あの魔法、上手くいくといいですね』

「そっちじゃなくて、ほら、お父さん候補の方」

『ああ、あちらですか。あのセトという男、子ども好きなようですし、家庭を築けばいいですよね。あの子どもの父親になるかはともかくとして』

「そうだよねー。そういやオルクスって奥さんいないって言ってたし、結婚しないの?」

 流衣の単純な疑問に、オルクスは「ぶげふ」と盛大に変なくしゃみをした。通行人が奇異の視線を向けてくるくらい変なくしゃみだった。

『わ、わわわてのような魔物に、人間のような結婚なんていう概念は存在しません! まあ、確かに、いい(つがい)がいれば考えないことも……。って、何言わせるんですか!』

 珍しく動揺しているオルクスを、流衣はにやにやしつつ見る。

「えー、じゃあどんな人ならいいの? 人っていうか、オウム? 魔物? よく分かんないけど」

『わてより強い方なんていいですね!』

「……え」

 流衣は言葉を止めた。

 第三の魔物であるオルクスより上って、第一か第二の魔物ってことになる。候補、少なすぎじゃない? そもそも、好みを訊いたのに、自分より強い人がいいってどういう返事。

 魔物の美的感覚は人間と違うんだなあと流衣は不思議に思った。

『わてより坊ちゃんはどういう方がお好きなんですか?』

「ええっ」

 急に話題を変えられ、流衣も僅かに動揺した。少し照れつつ、首をひねる。

「うーん、そうだな。一緒にいて楽しい人かなあ。一緒にいて怖い人はあんまり……」

『……ええ、と。まあ確かに、一緒にいて怖い人を好きになるのは難しいですしね。では見た目などはどうです?』

 流衣は更に首を傾げた。

「さあ」

『さあって……』

「恋愛って意味で人を好きになったことがないから、分かんないな。そのうち分かるんじゃない?」

 のんびりと返せば、少し残念そうにオルクスは首を振った。

『左様ですか。思春期真っただ中ですし、それも遠くないのでは?』

「そうだといいねえ」

 とりあえず、元の世界に戻ってからだろう。そういうのは。今は帰る方法探しに必死過ぎて、そういうのまで目を向ける余裕がない。

 第一、ここの人は外国人で人形みたいにしか見えないから、ときめきめいたドキドキより、うわあ目があっちゃったよどうしよう! というドキドキの方が強いのだ。どこまでも臆病な気質である。

(………?)

 ちょうど交差点に差し掛かり、流衣は左を選ぼうとして、ふとすれ違う人に目がとまった。

 黒い髪、金色の目をした青年だ。漆黒の衣服に身を包み、手にした金属製の杖についた飾りの鈴が、歩く度にチリンと揺れる。

 雪降る静かな光景がよく似合う、静かな空気を纏った青年。

 通行人は他にもいるのに、どうしてか目をひいた。

 すれ違いざま、背筋がぞくりとして、流衣は思わず足を止める。

(なんだろ……)

 通り過ぎていく青年の後姿を見て、どこかおかしな点があるか探してみたけれど特に見当たらない。首を振り、帰路に戻る。

『どうかしましたか?』

 オルクスの怪訝な声が脳裏に響く。

 流衣は首を振る。

「ううん、なんでもない」

 流石に口にするのははばかられた。

 まるで幽霊みたいな人だ、………なんて。



蛇足。


 相変わらず流衣はどこかずれている。

 久しぶりの更新。一部は書いていたけれども。

 なんか何書いても気に食わない現象続いてて、やっと落ち着きました。のんびり行きます。

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