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五十七章 情報収集 2



 図書館からセトの研究室に戻ると、帰宅の許可が出たので、流衣は借りた本二冊を詰め込んだ鞄と杖を持ち、授業が終わって廊下に出てきた生徒達で騒がしい校舎を正門に向けて歩いていた。

「おーい、助手!」

 大声で呼ばれて自分だろうかと顔を上げると、廊下の奥の方にクレオが立っていた。ロイスやディオヌも一緒だ。

(今日は呼び止められる日だなあ……)

 自分に何か用なんだろうか。流衣は疑問を覚えながら、クレオのいる方に歩いていく。

「どうかしましたか? 課題の提出でしたらセトさんの研究室までお願いしますね」

 今日は、セトが一年生に講義していたから、一年であるクレオが呼びとめた理由はそれだろうと思って口にしてみたが、クレオはやや膨れ顔で首を振った。

「ちげーよ! なんだよ、まるで俺が課題提出遅れの常習犯みたいにっ」

 ディオヌは澄ました顔でクレオに言う。

「何とぼけてるんですか、常習犯が」

「そうだぞ、クレオ。嘘はいけない」

 訳知り顔でロイスが諭すと、クレオは幼馴染の二人をじろっと睨みつける。

「そこは庇うところだ! 友達がいのねえ奴らだな」

 流衣は三人の顔を見比べてから、おずおずと切り出す。

「ええと、違うんならいいんですけど。セトさんでしたら研究室にいますよ」

「ちげーよ、先生じゃなくて、お前に用なの、助手」

「僕ですか?」

 流衣は目を瞬いた。

「魔法を教えてくれって言われても困るんですが……」

「いい加減、課題から離れろ!」

 しつこいと怒られ、流衣は肩をすくめる。何で急に怒るんだろう。

「す、すみません!」

 びくっとして一歩下がると、ディオヌとロイスがしらけた目をクレオに向けた。

「最低ですね。平民相手にむきになって。まるで弱い者虐めしてるみたいじゃないですか。私達まで仲間と思われては迷惑です、離れてくれませんか」

「そうだぞ、クレオ。下の者にこそ手を差し出す。これがレヤード候の教えだろう、ほんと最低だな。あっち行けよ」

「お前らな……!」

 クレオの眉が寄る。

 こういう時だけ仲良くなりやがって。そううなってから、苦々しく一言謝る。

「あー、悪かったな。これから“壁の外”に行くつもりなんだ。知ってるか? 白の文学祭で公演する劇団が滞在しているんだそうだぜ。どういうのか見に行くんだ」

「ボルド村に? 今からですか?」

 そういえば一週間近く移動劇団の面々には会っていないなと考えつつ、平日は正門の開門時間は16時から18時までの二時間だけなのに、行って戻る時間があるんだろうかと考える。まあ劇団をちら見する程度なら間に合うか……?

「そ。暇ならお前も来いよ」

 いい笑顔で遊びの誘いをしてくるクレオ。流衣はぽかんと見返しつつ、脳内で呟く。

(あれ? もしかして意外に友達だと思ってくれてるのかな。ただの助手か、アルのおまけくらいの扱いだと思ってたけど……)

 その疑問はすぐに解消された。ロイスの一言で。

「使用人を連れていくと面倒なんだよ。でも間に入る人間がいないと、俺達だけだと平民ってすぐに怯えるからな」

 なるほど、緩衝材(かんしょうざい)か……。

 納得したが、あまり嬉しくはない。だがこの後が暇なのも事実だ。元々嘘が得意ではない流衣は上手い断り方を思い付かず、仕方なく頷いた。

「構いませんけど、僕じゃ護衛代わりにもなりませんよ?」

 一応、念の為に言うと、三人は口を揃えた。

「期待してないから気にするな」

「期待してないから大丈夫です」

「元々期待してねえよ」

 三者三様、表現は異なれど言っていることは、期待していない、これに尽きた。

 いや、分かっているが、そんな力いっぱい肯定しなくても……。がっくりする流衣に、オルクスが追い討ちをかける。

『わてがおりますから、大丈夫ですよ』

 とても誇らしげに言い切られ、流衣はアハハと苦笑しつつ「ありがとう」と口にする。オルクスにも戦力に見られていないのは明らかだ。戦力に数えられても困るけれど……。

「これから外に行くのか?」

 背後からの問いかけに、うなだれていた流衣は驚いて背筋を正した。後ろに誰かいたのに気付かなくてびっくりした。

「え?」

 振り返ると、乗馬服姿の美少女――いや、今は呪いで女の子になっているディルがいた。腰に細身の長剣を提げ、乗馬服の上に黒いポンチョのようなマントを羽織っている。凛々しくて格好良い。今は女子なのに。

 学校で会ったのは初めてだ。

「ディ……」

 ついディルと口走りかけた時、ディルの後ろからディルの婚約者であるイザベラが顔を出した。

「“ディナ様”、ですわ。うふふ」

 口元に綺麗な桜色の人差指を当てて、内緒話をするみたいに魅惑的に微笑む。可愛らしい笑みに流衣は顔を赤くし、思わず数歩後ろに下がった。

「「「イザベラ嬢!」」」

 クレオ達は急に居住まいを正す。

「ご機嫌麗しゅうございます、イザベラ嬢」

 ディオヌが右手の平を左胸に当て、やんわりと礼をする。他の二人も同じようにした。イザベラもスカートの裾をつまんで可愛らしく貴婦人の礼を返す。

「ご機嫌よう。ふふ、三人とも、今日も一緒なのですね。仲が宜しくて羨ましいですわ」

「い、いえ。そんな……たまたまですよ。ははは」

 何故かロイスが照れて後ろ頭をがしがしかいている。

「何照れてんだよ、お前」

 そんなロイスの脇腹を、クレオが左肘で小突く。うるさいと小声で言って睨むロイス。

「ディナ嬢、どうかしたのですか?」

 長めの前髪をした茶色い髪の少年が横合いから現れ、ディルに問う。

「ヴィル様、いえ、彼を見かけたので声をかけたのです」

「彼?」

 そう言って、少年は首を傾げる。流衣と同年代くらいの小柄な少年だ。

「ルイ、この方はヴィル・オースティン・ヘルマン子爵様だ」

「オルドリッジ先生の助手さんですね、どうぞよろしく」

 にこっと柔らかい笑みを浮かべる少年。

 なんだかその穏やかな態度といい、声といい、どこかで会ったような気がする。

 流衣はまじまじとヴィルを見ていて、ふと前髪の隙間からアメジストのような青紫色の目が見えた瞬間、誰か分かって口をぱくぱくさせた。

「………!」

 思わずヴィルを、いや、茶髪の(かつら)を被っているヴィンスを指差し、ディルの顔とヴィンスの顔を交互に見比べる。

「…………!!!」

 流衣は無言のまま目でディルに訴える。なんで王弟殿下がここにいるの。というか何してるの変装なんかして。っていうかディルはともかく何で名前が違うのさ。

「な、な、何で……?」

「む? こないだ話しただろう?」

「聞いてないよ!」

 思わず必死に言い募ってしまう。

「僕が聞いたのは君と君の先生の事情だよっ!」

「そうかそうか! それは私が悪かった。すっかり話すのを忘れていたようだ」

 豪快に笑っているディルの横で、流衣はすっかり狼狽(ろうばい)気味だが、(くだん)の少年はくすくすと楽しげに笑いを零している。

「あなたが気付かなかったのなら、僥倖(ぎょうこう)です。また今度、ゆっくりお話しましょう。それから、前みたいな話し方で結構ですからね」

「そ、そう……? じゃあ、また今度」

 優しい笑みにつられ、へらりと笑い返す。

 二人の様子を見たイザベラもふんわりと微笑み、思い出したように、鈴の鳴るような可愛らしい声で問いかけてくる。

「それで、先程のお話ですが。これから外へ?」

「はい! 劇団をこっそり見に行こうかと」

 ぴんと背筋を伸ばしたクレオの言葉に、イザベラは両手を合わせて目をキラキラさせる。

「まあ、こっそりだなんて素敵ですわね」

 その仕草に、クレオ達三人はのぼせあがったみたいに顔を赤くする。

(もしかして、この三人のアイドル的位置の人なのかな)

 あんまり分かりやすいので、流衣は不思議に思った。確かにイザベラは砂糖菓子みたいにふわふわした可愛らしい少女だが、流衣から見ると皆外国人なので、どの人達も人形みたいに綺麗に見えるからクレオ達程ではない。むしろ、イザベラみたいな人が微笑んだりすると、神聖な存在に見えて近付いたらいけないような気がするのだ。お陰で無意識に距離をあけてしまう。

「君達だけで行くのか?」

 ディルの問いに、流衣は判断出来ないのでちらりとクレオを見る。視線の意味に気付いたクレオは頷く。

「ええ。門前までは馬車を使うつもりですが」

 クレオは首を僅かに傾げ、慇懃にディルに問う。

「ところで、もし宜しければあなた様のお名前を伺いたいのですが。我が領主一家の姫様にそっくりですし、もしや縁がおありなんでしょうか?」

 その問いには、イザベラがやんわりと答える。

「ええ。先代の奥方様の妹の旦那様の姉上様のお嬢様ですわ。遠縁でいらっしゃるそうよ。ディナ・エディアルド・サーディ男爵令嬢とおっしゃるの」

「……? 奥方様の妹の旦那様の……ええと、それはもうすでに他人では?」

「そうですけれど、ミリアナ様にそっくりでしょう?」

 ミリアナというのはディルの姉だ。どうやらディルの容姿は姉にそっくりらしい。

「一応、血は細く繋がってらっしゃるのだとは思いますわ」

 やや無理がありそうな話を強行突破で押し進めるイザベラ。しかし彼女がやんわりと微笑んで言うと、全てが真実である気がしてくる。

 クレオ達もそう思ったようで、やや不思議そうにしつつも頷き返した。

「面白い偶然もあるのですね」

 ロイスの呟きに、ディルは「ははは」と笑いを零す。目が若干泳いでいるのといい、いつばれるかと冷や汗ものみたいだ。

「と、ところでルイ。町の外に出るにあたり、リドは一緒なのか?」

 ディルの問いに、流衣はあははと手を振る。

「まさか。リドは仕事中だよ。それに僕ら、いつも一緒にいるってわけじゃないし。幾ら親友でも、ね」

「ふむ、そうか……」

 何やら顎に手を当てて考え込んだディルは、一つ頷くと切り出す。

「では、私も同行しよう」

 流衣はきょとんとディルを見上げる。哀しいかな、女の子でもディルの方が背が高いのだ。

「ディ……ええと、ディナもそんなに劇団を見たいの? 来てるの、移動劇団スカイフローラなんだけど」

 ディルは呆れたような顔になる。

「こないだみたいなことになっては困るだろう?」

「あー……、でも大丈夫だよ。今度は上手くするから。まだ完全に体力が戻ってないだけで」

「却下だ」

 きっぱり切り捨てられて目を白黒させる。

「ちょ……」

「友人の心配くらいさせてくれ。――では、半刻後に学生街の門前で。先にヴィル様をお送りしてくる」

 ヴィンスは小さく笑い、問う。

「私も外とやらに行くのに同行したいと言っても、駄目と言いそうですね」

「当然です」

 これにもきっぱりとディルは返し、イザベラに綺麗な礼をとる。

「では、イザベラ嬢。私はこれで。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう。また明日」

 ヴィンスを促し、颯爽と踵を返すディル。そんなディルとヴィンスへにっこりと微笑んで、イザベラは優雅に手を振る。

 ぽかんと見送りつつ、流衣は無意識に呟く。

「相変わらず男らしいなあ……」

「それ、女性に言っちゃ駄目だろ。……分かるけど」

 なんだか微妙な顔をしたクレオが突っ込んだが、それを言ったらディルがまた怒りそうだと内心で思う流衣だった。


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