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五十六章 手合わせ 2




「では、始め!」


 冬空の下、ゴーストハウスの前庭にラズリードの声が高らかに響き渡った。

 同時に翻る黄緑色と黒の衣。

 初撃はサイモンの投げた三本のスローイングナイフだ。銀の軌跡が宙に走るが、オルクスは難なくナイフをかわした。ストトトと軽い音をたて、雪の積もる地面にナイフが突き刺さる。

 そこへ右手に逆手でナイフを構えたサイモンがオルクスへと肉薄する。サイモンが右手を左へと大きく振る。しかしその瞬間には、オルクスはサイモンの左肩に右手をついて宙でひらりと逆立ちをしていた。

 軽業師のような動きにサイモンは眉を寄せ、地に着地したオルクスはそのまま身を沈めてサイモンに足払いをかけた。

「!」

 サイモンの身体が傾ぐ。

 そのまま転ぶかに見えたが、倒れかけながら体勢を立て直したサイモンは、バク転の要領で後ろに跳んでオルクスから間合いをとった。

 そして、面白そうに唇をなめ、重心を落としてナイフを構え直し、再びオルクスに攻撃をしかけていく。

「……すごいな、リーダー。本気出してるのに、完全に遊ばれてる」

 手合わせという名の決闘の審判役を務めているラズリード、サイモンの部下である〈悪魔の瞳〉の下っ端である青年は呆れたように呟く。それに対し、ひらひらと黄緑色と黒が躍るのを見ながら、流衣はにこっと笑う。

「そりゃそうですよ、オルクスですもん」

「うむうむ」

 流衣の右隣でアルモニカが真面目くさった顔で同意すると、更に右隣にいるクレオが怪訝な顔をする。

「何でその一言で片付く?」

「だってオルクスなんですもん」

「うむ」

「…………」

 ごく当然と返す流衣とアルモニカの返事に、クレオは沈黙する。突っ込む気を失くしたようだ。


 ――サイモンがオルクスに傷一つつけられたらサイモンの勝ち。制限時間は三十分。


 そういうルールで始まった“手合わせ”だった。

 初めは客達には内緒にしようと思ったが、アルモニカが外の騒動に気付いた時点で目論見は外れ、今に至っている。

 魔法学校一の問題児の決闘を一目拝もうと、貴族三人組も外に出てきてしまった。

 娯楽の少ないこの世界、皆、本当に決闘見物が好きらしい。そう聞いてはいたし、喧嘩があるとすぐに野次馬が群がるのを見ていたこともあったが、ためらいなく見物に行く様子を見ると感心してしまう。まあ、見るだけだったら流衣もこっそり見てしまう気もするので、咎める気はしないけれど。


 ――ガン!


 サイモンの蹴りがオルクスにヒットした。腕を眼前でクロスさせて衝撃を殺したオルクスだが、軽く後ろに吹き飛ぶ。

(ど、どれだけの威力があの蹴りに……!?)

 流衣の身に戦慄が走る。

 前はサイモンが油断していただけで、実際は本当に強いようだ。

 多分、あの蹴りを流衣がくらったら骨折を覚悟しなくてはいけないと思う。末恐ろしい少年である。

「ほう、なかなかやりますね。その年齢でこれは、ちょっと問題有りな気もしますが……」

 後ろに下がって間合いをとり、しげしげと呟くオルクス。

 流衣も激しく同意だ。

 サイモンは手の中でナイフをくるくると回しながら、ちらとオルクスを見る。

「カラス族は戦闘を身に着けて育つ一族だ。俺も例外じゃない」

「数の少ない亜人は大変ですねえ。カラス族といえば、北部に居を構える少数派ですし」

「…………」

「しかも亜人は身体能力に特化している反面、魔力の少ない者が多いですものね。余計に大変でしょう」

「………やけに詳しいな」

 ぽつりと呟くサイモン。金の目に猜疑が浮かぶが、オルクスは悠々と返すだけだ。

「知識なら豊富なもので。魔法を使うなら、獣人が一番で、その次が人間ということも知っています。とはいえ、発展と応用に特化しているのが人間なので、人間の方が魔法使いは多いですけれど」

 流衣はアルモニカを見る。

「そうなんだ? 初めて聞いたな」

「ワシもじゃ。獣人は兵士職につく者が多いからの」

 アルモニカの言葉に、オルクスは頷く。

「その通りです、アルモニカ嬢。獣人は魔法など使わなくても十分に暮らしていけるのです。そのことこそが、種の優位性を示しています」

 丁寧に教えるオルクスに対し、アルモニカは悪寒でも感じたようにぶるると身震いする。

「そのアルモニカ嬢というのをやめて頂けぬか。気色悪い」

「…………」

 オルクスは無言でうなだれた。

 前にも言われて落ち込んでいたのだから、そう呼ばなきゃいいのに。

「種の優位性なんかどうでもいい。勝った奴が生き残る。そうだろ?」

 ぎらりと金の目を光らせるサイモン。

 それに痺れたように部下のラズリードが思わずというように叫ぶ。

「リーダー、かっこいいっす!」

 サイモンはうざったそうにラズリードを冷ややかに睨む。

「黙れ、ラズリー。殺すぞ」

「スミマセン!」

 即座にラズリードは謝った。頭を勢いよく下げる動作付きだ。

 オルクスとサイモンは再度向き直ると、再び勢いよく地を蹴った。


     *


「お前ら、ちょっとそこ座れ」

 リドの低い声が前庭に不気味に響いた。

 手合わせはドローで終わった。というのも、前庭が無事では済まなかったのに切れたリドが乱入したからだ。

 オルクスのかかと落としが地面にささって大穴をあけ、サイモンがオルクスを蹴り飛ばした衝撃で塀が一部壊れた。

 何故それで二人して傷一つなくピンピンしているのか流衣には不思議でたまらない。

 ともかく、そういうわけで切れたリドの風で吹き飛ばされた二人は、雪の積もる地面に座ったまま、唖然とリドを見上げた。

「――おい、聞こえなかったのか? そこに、正、座、だ」

 こめかみに青筋を浮かべ、噛んで含めるようにことさらゆっくりと言い、リドは自身の横の地面を指差す。

「正座なんかするか」

「そうですよ」

 口を揃える二人。

 ブツンと何かが切れる音が聞こえた気がした瞬間、リドの周囲を風がビュオオと甲高い音をたてて渦巻き始めた。怒りに呼応して風の精霊が風を起こしているらしい。


「てめえら、借り物の家の庭を滅茶苦茶にしやがって。当然、てめえらが修理するんだよな?」


 ゴーストハウスにもし幽霊がいるなら、その幽霊すら裸足で逃げだすこと請け合いなリドの迫力に、オルクスだけでなくサイモンまで気をのまれたように黙り込む。


「――な?」


 返事を促すリド。

 前庭破壊の首謀者二人は無意識に頷いていた。

「――よし。終わるまで帰れないと思え。オルクス、てめえは終わるまで家に入れないからな」

 しっかり念押しすると、まだ風をヒュウヒュウ吹かせながら、リドは屋敷内に戻っていった。

 流衣はアルモニカとぶるぶる震える。

「こ、こここ怖ぁーっ」

「鬼じゃ。本物の鬼を見たぞ!」

 そんな二人の横では、貴族三人組まで怒りに当てられて硬直している。

「お嬢様、本当、説教されないようにお気を付け下さいましね」

 顔色の悪いサーシャの言葉に、アルモニカだけでなく流衣もぶんぶんと頷いてしまったのは言うまでもない。



 思ったより短くなってしまった。

 あと、章タイトルを「手合わせ」に変更しました。

 第九幕はここで終了です。

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