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五十四章 八つ当たりと再会 1



 木の曜日。

 今日のセトの講義は「魔法学Ⅱ 研究」という題目で、主にセトの研究している部分についての講義だ。物質召喚を含めた召喚魔法や、転移魔法についてである。二年生以上の選択科目で、ほとんどが年下でちらちらと年上の生徒が見られる教室だった。セトは初日みたいに教科書をくれて、聴講するようにと流衣に言いつけた。

 授業を受けた後くらいに、ふと気付いた。セトの助手だから身分差別の弊害にあっていないけれど、完全に差別されている、と。そう、完全に格下(・・)に見られているのだ。

 ――あれ、友達作るの無理じゃないか?

 友達とは、同等の位置に立って初めてそう呼べるのだから、格下や年下扱いでは友達にはなれないと思うのだ。

 流衣はへこんだが、繋がりさえ出来ればいいのだからと気持ちを切り替えた。



 心の中で涙を流しつつ、その日は平穏に過ぎていったが、放課後にとうとう厄介事に出くわした。アカデミアタウンのメインストリートを、ゴーストハウスへ向けて歩いていた時だ。

(なんで僕が絡まれてるんだろ……)

 流衣はやりきれない気分で、内心で溜息を吐く。

 こないだ、セトの授業中にサイモンを目の敵にしていたオードという少年貴族が、手下っぽい少年二人を連れて立ちはだかっている。そして、流衣を敵意をたっぷりこめた薄灰色の目で、静かに睨んでいた。少年二人も怖い顔をしている。

 これを厄介事と呼ばずしてどうする。

「助手、貴様サイモンと親しいらしいな」

「いやあ、別に親しくは……」

 首と手を振って否定する。親しくはない。むしろ暴言を言われたり脅しをかけられたりしている仲だ。仲というのも妙だが。

「あいつがわざわざ話しかけた生徒は、助手、貴様くらいだ」

「いえ、僕は生徒じゃないですよ……?」

「元から知り合いか?」

 ……聞いてないですよね。はい。

 廊下で一悶着起きてから、あちこちで恨みを買っていそうなサイモンのことに巻き込まれそうな気はしていた。サイモンが冗談みたいに強いのに対し、流衣はいかにも簡単に一捻り出来そうな気弱な人間だ。サイモンに恨みがある場合、その知り合いがそんなだったら絶対にそっちを狙って憂さ晴らしをするに決まってる。

『このガキ、煩わしいですね』 

 そして、サイモンのことでイライラしがちなオルクスがぼそりと呟く。不穏な声が流衣の頭の中に響き、一瞬、びくっと肩を揺らす。怖いので、どすの効いた声で呟くのはやめて欲しい。

「オード様が質問されてるんだ、とっとと答えろ、平民」

 背後の手下っぽい少年の促しに、ううっと身を縮める流衣。険のこもった目付きが怖い。

 内心、逃げたくてたまらなかったが、ここで逃げるのはあからさまに不審だし、もしかするとリドが気を付けるように言ってた“不敬罪”というのになるかもしれない。

「元から知り合いというか、えーと、十日くらい前に旅先でちょっと……。あ、僕はセトさんに会いたくて旅してたので」

「貴様の事情に興味はない。余計なことを話すな」

「…………」

 なんとなく、そう言われそうな気はしたが、そこまでばっさり切らなくても。説明を丁寧に付け足してしまうのは、流衣の(さが)のようなものである。例え相手が苦手な人間だろうと、つい親切心が働いてしまうというか。

「だから知り合いですけど親しくはないですよ! 嫌われてる自信あります!」

 流衣は右の拳を握りしめ、力説する。

「弱い奴嫌いって言ってましたし、ムカつくから殺そうかなって脅迫されたこともありますし! ねえ、嫌われてるでしょう!」

 どうだとばかりに言い放つと、オード達三人は哀れなものを見る目で流衣を見た。

「貴様……」

「?」

「……いや」

 が、それは数秒のことで、すぐに冷たい顔に戻るオード。

「貴様が嫌われてようが実際どうでもいい」

 ……え?

「つまり、あいつの知り合いとだけ分かればいいのだ。サイモンに、あいつが関わると、関わった人間に災いが起きると示せればそれでいい」

 流衣はきょとんとする。

 なんだかとても嫌な流れな気がする。

 というわけで、内心冷や汗をかきつつ、にっこり笑う。聞かなかったことにして逃げよう。

「ああ、すみません。そういえば僕、これから約束がありまして。人を待たせているので、先に失礼しますね」

 この場合での「人」を「先生」に置き換えて言うと、たいてい虐めっ子は諦める。直後に教師と会う人間に怪我を負わせては、いらぬ勘繰りを受ける可能性があるし、流衣はとても気弱だからすぐに暴露すると思うらしいのだ。

 ぺこりと礼をし、笑顔を張りつけたまま踵を返す。そのまま逃亡する気で走りだそうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。右肩をがっしり掴まれて足が止まる。

(ひーっ)

 振り返りたくなかったが、恐る恐る振り返る。

 オードの手下らしき少年達のうちの一人、十五歳くらいにしてはがっしりした体格の少年と目が合う。流衣がへらりと無理に笑うと、少年も笑った。にやりと強気に。

 次の瞬間、少年が右の(こぶし)を思い切り振りかぶった。

 殴られる!

 流衣はとっさにその場にしゃがんだ。空気を切る音がして頭上を拳が通過する。

 雪の積もった地面についた流衣の左手、その甲にある焼き印の痕が視線をかすめた。瞬間、ネルソフの影飼いのことを思い出す。あれとは違うけれど、同じ暴力の気配を感じてぞくっとする。

 頭の中が真っ白になり、怖さと混乱でとっさに杖を振り回して少年の足をすくい上げるように払ってしまった。

 思わぬ反撃に路面に転がる少年。

 どさりという鈍い音にハッとした時には、三人の雰囲気は劣悪なものになっていた。

「野郎、平民のくせに……っ」

 もう一人の手下らしき少年のうなるような声に、流衣は立ち上がって脱兎の勢いで逃げだす。

 ここにいても流衣には良いことはない。

 怖い。怖い。怖い。

 またあんな風になるのは嫌だ。

 体が傷つくのは勿論だが、それ以上に、心をへし折られるあの感覚は、もう二度と御免だ。

 無我夢中で適当な路地に飛びこんで走る。前にも似たようなことがあった気がしたけれど、すぐに意識から掻き消えた。さっき流衣に転がされた方の少年が、「逃げるな!」と怒鳴りながら追いかけてくるのに気付いたので。

 逃げるなと言われて逃げるのをやめるわけがない。追いつかれたが最後、サイモンに関わった者として見せしめにされるんだろうと予想が簡単につく。好きで関わったわけではないのに。嫌な予感は的中だ。こういう勘は当たらなくていい。

『―――! ―――!!』

 オルクスが何か呼びかけているが、ひどく混乱しているせいで理解出来ない。

 アカデミアタウンの町は広いが、民家の多い区画を抜けたら貴族の別荘が林立する区画になる。逃げ回るには民家の多い雑多な路地を縦横無尽に駆け回ればいいが、別荘の区画はいけない。敷地面積が広いので、路地に飛びこむ前に距離を縮められてしまう。

 が、あいにくと流衣はそんなに冷静な状態でもなかったから、運悪く別荘区画に飛びこんでしまった。

 まずいと思った時には、後方から飛んできた水の塊が背中に直撃し、勢いに押されて左側の塀にぶつかって転んだ。

 カラン

 杖が石畳の地面に転がって高い音をたてる。

「やっと止まったか……げほっ……ね、鼠みたいに逃げ足は、速い奴……っ」

 ぜぇぜぇげほげほ言いながら、少年は膝に手をついて肩で息をしている。貴族だし、普段はそんなに走らないのかもしれない。

 緊張感に欠ける光景だったが、追っかけられている方としては“鬼”がそこにいるわけで。流衣は壁を背にして彫像みたいに凍りついて、少年の一挙手一投足を凝視する。

「なんだって全くサイモンなんて悪魔野郎と知り合いなんだか知らねえが、オード様に目ぇつけられたのが運の尽きだな。助手」

 どうにかこうにか息を整えた少年は、強面の顔に笑みを浮かべる。

 ああ、殴られるんだろうな。それは嫌だ。痛いし。

 流衣は虐めっ子みたいな人間から逃げるのだけは得意なのだが、それでも逃げ切れない時は数発殴られるのは覚悟しなくてはいけない。そういう輩はたいてい憂さ晴らしをしたいだけだから。

 だんだん諦めの境地に傾いていく。

 殴る気満々らしい少年は、右手の拳を左手の平に押し当てて拳を固める動作をしている。

 ――が、少年は足を止めた。

 流衣の肩から飛び立ったオルクスが、牽制するように流衣の前に立ったのだ。

「なんだあ、このオウム。守護騎士のつもりか?」

『うるさいですよ、クソガキ! わての雷撃をくらうが……』

「うごぅっ!」

 オルクスの台詞が終わる前に、空から降ってきた白い固まりが少年の頭を直撃し、少年はその場に倒れた。

「いてえ。な、なんだ……っ」

 流衣もオルクスもきょとんと目を瞬く。

 真っ白い(うろこ)を持った体長七十センチ程の小さな竜が、憤然と少年の後ろ頭を地面に押し付けていた。

「ピギャ! ギャピ!」

「いででで、いでで、やめっ」

 これでもか! この野郎! とでも言わんばかりに、前足や後ろ脚でげしげしと少年を踏みつける。それなりに重量があるのか、身動き出来ない少年はじたじたと悲鳴に近い声を上げて暴れている。

 そこへ、路地の奥から新たな人間が現れる。

「ノエル! 何をしている、よせ!」

「ギュピィッ」

「やめなさいって言ってるだろう! やーめーろーー!」

 少年の頭にしがみついて離れない白い竜を、現れた少女が竜の両脇を両手で掴んで力ずくで引っ張って引きはがす。

 竜はじたじたと少女の手の中で暴れ、よろよろと身を起こした少年に向けて、パカッと口を開ける。

 ゴォォォ!

 口から深紅の炎が吐き出された。

「ひっ……! うわ……わ……。うわぁぁぁぁぁ!!!」

 怪我はしなかったが、顔ギリギリで炎を吐かれた少年は凍りつき、這いずるようにして竜から距離を取ると、悲鳴を上げて元来た道を逃げ帰っていった。

「こら! お前という奴は、一般人になんて真似をしているのだ! そんなことでは将来立派な騎士にはなれないぞ!」

 短い銀髪に水色の目をした涼しげな容貌をした十代後半くらいの少女は、竜の頭に拳骨を振り下ろし、くどくどと説教をする。

 竜は耳と尻尾をだらんと下げ、目に見えてしょんぼりする。

「ピギャア……」

 竜に騎士も何もないだろう。だが、そこで突っ込む者はいなかった。

 流衣は唖然としていたし、オルクスは白い竜をまじまじと観察していた。

「………む。君、大丈夫か? その様子だと、さっきの悪そうな者に追われていたのだな。ということはノエル、君は手柄を立てたことになる。前言撤回、よくやった!」

「ピギャ!」

 鉄拳を加えた頭を少女が申し訳なさそうに撫でると、褒められて機嫌を直した竜は元気良く返事をした。

 流衣は少女をまじまじと見つめる。銀髪、水色の目、真っ白い肌に左目の下の泣きぼくろ、そして乗馬服を身に纏った凛々しい容姿。胸があることと襟元を飾るダークレッドのリボンを付けて女らしさがあること以外は、記憶にある友人の姿にとても似ていた。キリリとした空気もまた。

「……あの、君、ディル……」

「へ」

 少女は流衣を見て驚いた顔をし、そのまま顔を引きつらせる。

「……の、親戚の方ですか?」

「……は?」

 流衣の問いに、少女はぽかんとする。

「え?」

 問い返す少女に、流衣は顔を赤らめて慌てて首を振る。

「あ、すいません! 友達にあんまり似てるから。竜を連れてて、しかも名前もノエルで一緒だから驚いてしまって」

 照れ隠しに立ち上がる。さっき水を被ったせいで、髪や服からぽたぽたと水の雫が落ちたが気にしない。

「すごいですね。他人の空似って本当にあるんだなって思いました」

「あ……いや……ははははは」

 何故か目線をあちこち彷徨わせ、最後には困ったように引きつり笑いをする少女。

「違います、坊ちゃん。“彼”で合ってます」

「……え?」

 声に出してはっきりと言うオルクスを、流衣はじっと見下ろす。

「何言ってるの、オルクス。どう見ても女の子じゃない」

「わては嘘をつけません。つまりこれが真実。そこの娘は、ディルクラウド・レシム・カイゼル本人です。ノエルも同じく」

「…………ディ、ル?」

 流衣はぎこちなくディルの名を呼び、少女を見ながら首を傾げる。少女は思い切り目を反らした。

「え? 本当にディルなの?」

「………………」

 沈黙が降りた。

 流衣は困りきって、どうやら本人らしきディルそっくりな少女を見て、そういうことかと合点する。それなら、ディルも気まずかろう。やがて、流衣は気持ちを奮いたたせ、必死に言い募る。


「あの、えと、僕はその、気にしないよ! うん! ……その、ディルに女装の趣味があるなんてこと。しゅ、趣味ってほら、人それぞれだし! 個性って大事だよね!!」


 力いっぱい言い切った後、そろりと反応を伺うと、何やらフリーズしている少女がいた。腕に抱えられた竜は首を傾げて少女を見上げている。

「?」

 奇妙な沈黙に包まれた場に流衣は戸惑った。

 ……あれ? 

 おかしいと思った時、少女はにっこりと微笑んだ。が、その微笑みに反し、周囲に冷気が立ちこめたような錯覚を覚える。

「……ルイ。ちょっとついて来い。心ゆくまで語り合おうではないか」

 その背後に般若が見えた気がするのは、気のせいだと信じたい。


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