第11話 調部博物館
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翌日。日曜日。
俺は妹のリリーを連れて、同じ市内の隣町までやって来た。
目的地の名は『調部博物館』。
その名の通り、俺の同期で同志の調部つむぎのご実家である。
彼女の祖父が趣味で管理している小さな博物館が、つむぎが指定した待ち合わせ場所だった。
「やぁやぁ、ようこそ! 助手くん、そして……リリーくん!」
出迎えたのは、小さい姿の方。
彼女本来の姿である小学生サイズ、調部紡である。
休日でも変わらぬメガネ白衣の研究者スタイルからは、彼女の徹底した拘りを感じた。
「あっちの蔵が博物館で、向こうが私の実家だ。さすがにここであっちの姿になると、祖父母にバレてしまうからね」
青い空の下、辺りを気にしながら彼女が事情を教えてくれる。
小さな体で大きく動くその目線は、再びこちらへと向けられると……。
「……ところで、それはどういう状態なのかな?」
そこから怪訝な顔を浮かべ、俺達兄妹に疑問を投げかけてきた。
「どういう状態って?」
「何か変な事がありますか?」
俺とリリーは目を合わせ、揃って小首をかしげる。
そんな俺達に対し、紡は呆れた様子で頭を片手で押さえつつ、もう一方の手で指をさす。
「いやいやいや、それだよそれ、それ! どうしてキミ達、腕を組んでいるんだい!?」
「……ああ!」
指摘されて、ようやく納得する。
「これは」
「兄妹なので当然です」
答えようとしたその瞬間。
ぐっと腕が締め付けられる感覚と共に、リリーが得意げにそう告げた。
「私と兄さんは仲良し兄妹ですので、出かける時は腕を組んで歩くのが当然なんです」
「ほう? 助手くん、それは本当かい?」
「そう、だな。当然とまでは言わないが、リリーが甘えたがってるから好きにさせてるところはあるよ」
「なるほど」
「ご理解いただけたようで何よりです」
「いや理解はしても納得はしていないからねそれ」
肩出しワンピースでよそ行き淑女モードのリリーと、紡の視線がバチバチと交差している。
魔法少女同士の初邂逅。どちらも温まっているようだ。
「改めまして、いつも“私の”兄さんがお世話になっています。妹の御伽守リリーです。今日はよろしくお願いするわね。調部紡《《ちゃん》》?」
「いやいやこちらこそ。“私の”助手くんの家に世話になっているなんて羨ましい限りだよ。《《異邦の》》魔法少女くん。ぜひとも色々話を聞かせて貰えると嬉しいよ」
「うふふ……」
「はっはっは!」
(二人とも、積極的に交流しようとしてくれてるな。さすがは同じ魔法少女だ!)
互いに遠慮は無用とばかりに心をぶつけ合う様に、ひっそりと感動する。
二人に友情の芽生えの可能性を見出せば、自然と笑みが浮かんだ。
「さ、助手くん。遠慮は無用だ。今日は貸し切りにしてあるんでね。あちらで詳しい話をするとしよう」
「あっ! ちょっと、何してるんですか!?」
紡がリリーと反対側の手を取って、ぐいぐいと引っ張り始める。
俺はといえば左右に魔法少女なんていう最高の贅沢に、思わず身震いするほどだ。
「ちょっと! 兄さん! ギュッてしてください! ギュッて!」
「助手くん助手くん! こう、指を絡める感じで手を繋ごうじゃないか、ほらほら!」
「ははは」
さっそく賑やかになった場の空気を存分に楽しんで。
俺達三人ワイワイと、博物館の中へと入っていくのだった。
※ ※ ※
調部博物館。
立派な蔵を改造して作られたそこは、個人で経営しているとはとても思えない、ひと目でタダ者ではないと感じる佇まいをしていた。
「うわ、展示綺麗だな」
古い時代の武具や巻物。歴史的価値のありそうな品物がしっかりとしたガラスケースに覆われている。
どれもがこの不思議ノ市に由来を持つ物のようで、添えられている解説文も、どれも読み応えがあった。
「おお、これは……!」
江戸時代にこの辺りの伝承を集めてまとめたとされる“不思議ノ偉人伝”!
これ、市役所にも同じのが置いてあったよな! あるところにはあるんだなぁ……!
「兄さん、兄さん。あれはなんでしょう?」
「あれ? おおおっ!」
あの掛け軸に描いてあるの、不思議ノ温泉の由来になった『千寿子と姫』伝承か!
うわー、いつの時代のだこれ。室町? 江戸? まさか平安とか鎌倉じゃないよな?
「はっはっは、お気に召してもらえたかな?」
「いやこれはすご……うおっ!」
声の方へと振り返れば、そこにはいつの間にやら大人モードに化けたつむぎがいた。
得意げに胸を張れば、その豊満なバストをこれ見よがしに揺らしてみせる。
「む! 兄さん!」
隣で引っ付いたままのリリーが、さらに強く密着してくる。
150前半の小柄な体躯に反してしっかりと育った柔らかなものが、俺の腕に押し当てられる。
こと発育に関して言えば、リリーのそれも豊満と言っていい。ただ、本人曰くもうちょっと身長が欲しいところだそうで。
「ふふんっ」
「ぐぬぬ……」
いざこうやって、160半ばの長身でスタイル抜群なつむぎ(大人)と向き合うと、そのサイズ差が目立つのは否めなかった。
(ただまぁ、未来完成予想図と発展途上を比べるのは酷だと思うけどな)
敗北感を感じてる様子のリリーの頭をよしよしと撫でる。
「えへへ」
「ぐぬぬ……」
ついさっきまでとは明暗逆になる二人がどこか似ていて。
「二人ともかわいいなぁ」
「「!?」」
思わず零した本音に、途端に顔を真っ赤にするところまで同じで。
やっぱりというか。
この二人はきっと仲良くなれる。そんな風に感じた。
※ ※ ※
「……こほん! そろそろ本題に入ろう! これを見てくれたまえ」
気を取り直したつむぎの案内で目を向けたのは、手作り感溢れる展示コーナー。
そこには“不思議ノ市調査記録”とタイトルが銘打たれ、用意されたスペース一面にびっしりと書き込みや写真が掲載されていた。
「これは私の父から引き継いだ研究でね。古い伝承はもちろん、ここ最近に至るまでの不思議ノ市で発生した不思議な出来事をとにかく集めて掲載している」
「へぇ……」
「すごい……」
一目見て圧倒される情報量と、それを成した製作者の情熱が伝わってくる名展示。
リリーの口からも素直な称賛の声が漏れ出ている辺り、本物だ。
「不思議ノ市には現在も、不思議ノ噂と称して様々な不思議が発見・報告されている。定期的に報告が上がる狂い咲きの花。やたらと星が降り注ぐショウタイ山近辺。気候に左右されず毎年一定量の収穫があるブランド小麦“髪白乙女”など、今もまさに研究され続けているような不思議が、この町には溢れているんだ」
「改めて聞いても、不思議がいっぱいだなぁ」
不思議がいっぱい不思議ノ市。
今、つむぎが語った物は、まだ科学的に説明が付きそうなものを敢えてチョイスしたのを感じる。
俺が聞いた限りでも、学校の七不思議なんて王道から、妖精や妖怪の目撃談、お化けや異界といったオカルトな話題も、耳を澄ませばどこかから聞こえてくるのがこの町だ。
「それらの中でも、不思議ノ市独特と言っていいモノが“女性活躍伝承”だ。この町で、誰かが活躍する話を集めた場合、その主人公の男女比は1:5で女性の方が多くなる」
「兄さん、それって不思議な事なんですか?」
「不思議も不思議だ。よそじゃまずお目見えしないな」
つむぎの言葉に、俺も同意する。
『千寿子と姫』、『髪の白い女』、『ふしぎ野創話』……この町に伝わる話の多くで、時代時代の女性が活躍している。
「改めて言うが、私はそれが当時の“魔法少女”が紡いだ物語なのではないかと考えているんだ」
「当時の、魔法少女……」
小さく呟くリリーの声に、つむぎが頷く。
今まさに魔法少女が実在するのだから、かつてここに魔法少女がいたと考えるのは、あながち間違いとは言い切れないと、俺も思う。
「もちろん、伝承には創作も含まれるだろう。だが、それが生み出される流れの中に、実際の魔法少女が関わった話もきっとあるはずだ。私はそれらを調べて解き明かしていきたい。そして同時に、今を生きる魔法少女達とさらに繋がりを深め、今まさに紡がれていく物語にも触れていきたい。その先に、私という魔法少女が至る物語の結末があると、そう感じるからだ」
魔女族の魔法少女が紡ぐ物語傾向は、ミッションスタイル。
つまりは、発生した課題を解決していくという展開様式だ。
謎の万年筆を手に入れたつむぎにとって、不思議ノ市と魔法少女の探求こそが、進むべきストーリーだと、越えるべき課題なのだと思っているのが伝わってきた。
「今、私の物語とリリーくんの物語は交差した。これは不思議ノ市の伝承にも、魔法少女モノにも存在する……伝承交差であると私は定義付けたいと思っている。本来は交わらない二つの世界が交わって、より大きな流れが生まれようとしているのだ、と」
つむぎが、俺達兄妹と真正面から向き合って、改めて口を開く。
「助手くん。妹くん。よければこれからも、私と積極的に交流して欲しい。調査にも手を貸して欲しい。そうした先に生まれる何かを、私はぜひとも見てみたいんだ」
告げられたのは、切実で、そして情熱的な願い。
「兄さん」
こちらを呼ぶリリーの目は、選択を俺に委ねようとしていて。
「いいのか?」
「はい」
確認の言葉に迷わず頷きを返す彼女は、俺の出す答えをもうわかっている様だった。
「どうだろう、か?」
期待と、不安と、両方を持った視線を向けるつむぎに、俺は……。
「……もちろん。俺達でよかったら、協力させてくれ!」
力強く、頷きとともに返事するのだった。
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商店街の電器屋に並ぶテレビが、不思議ノ市の地方ニュースを報道している。
『ここ数日、不思議ノ市では原因不明の街路樹の倒壊が複数件確認されています。地方自治体は警察などとも連携し、原因の究明に努めておりますが……』
若い男のアナウンスとともに流れる映像には、無残にも折れた街路樹が映る。
その姿は、まるで……。
「みはり」
「うん」
……巨大な獣に、へし折られたかの様だった。
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〔TIPS〕
◆千寿子と姫……奈良~平安期に生まれたとされる伝承。炭焼きを生業とする千寿子のところにある日、都の姫を名乗る娘が現れ、居候する。姫から託された道具を使い温泉を見つけた千寿子は、最後には姫の兄に見初められ都へと上ったという。見つかった温泉は治癒の力があると噂され、不思議ノ温泉として今も市民に愛されています。
◆髪の白い女……室町期に生まれたとされる伝承。遠い外からやってきたという髪の白い女が、現地の村人の妻となり、土地を繫栄させていく。その中で、彼女が植えるよう指示した小麦が、今も毎年一定量が確実に収穫されるブランド小麦“髪白乙女”として残っているとされています。
◆ふしぎ野創話……『皇子至肥後国、其地知湿潤。彼地知不思議野也、問其名如何其成。
民人曰、「此地来幼娘、其者持貴血都来。娘由縁結怪異共、怪異変土地神、以不思議清祓、齎豊穣繁栄」也』(皇子が肥後国に至り、(鞠智川水域の)この地が湿度が高く(稲作に適して)豊かである事を学ばれました。この場所が不思議野と呼ばれている事を知ると、その由来についてお尋ねになりました。村人が言うには「この地に都から尊い血を持った幼い娘が流れ着き、土地に棲む怪異達と縁を結んだところ、怪異達は土地を守る神へと変じ、彼らと共に不思議な力で土地を清め払い、繁栄と豊穣をもたらした」との事でした。)《現代訳・日ノ本書記:天常書房版より》
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