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コロンは走る 〜忌み子令嬢、転生アスリートは異世界でもトップを目指す〜  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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8/8

エピローグ そして、いつかまた

 欧州の某国。


 空港から首都に向かう道の片隅に、小さな碑が立っている。

 一人の男性が現地の人に場所を聞き、碑の前に立つ。


 日本人である。

 年齢は三十歳くらいだろうか。

 仕立ての良いスーツを着ている。


 男性は碑に掘られた名前を、指で辿る。

 その中の一人の名前で指が止まった。


「ようやく来たよ、ロコ」


 風が吹く。

 日本の秋風よりも、少し冷たい。

 男性は髪をかき上げ、碑の前に包みを置く。


「君なら、花より食べ物が良いよね」


 男性は、初めて会話した日の、『ロコ』こと菰田紘子(こもだひろこ)の笑顔を思い浮かべた。

 二人とも、小学二年生だった。


◇◇


「ねえ、走らないの? 俊貴くん」


 体育の授業を見学していた結城俊貴(ゆうきとしたか)は、ぴょこんと目の前に現れた少女に言葉を返した。


「走れない、から」

「へえ……何で?」

「お医者さんから、止められているんだ」


 俊貴は小児喘息を抱えていた。医者からは、短距離走くらいなら大丈夫と言われているのだが、俊貴自身が一歩踏み出す気になれなかった。


「そっかあ。早く、治ると良いね!」


 ニカッと笑うと、紘子は授業に戻っていった。

 運動会前の練習で、クラス全員、校庭で走っている。

 紘子はいつも、集団のトップだ。

 男子よりも、なんなら六年生よりも、紘子は速い。


 紘子の走る姿を、俊貴はいつも、ぼんやり見ていた。

 それは彼の心の、小さな憧れだった。


「クラスリレーは、全員参加です」


 担任の言葉で、俊貴の顔は暗くなる。

 発作を起こさないよう、恐る恐る彼が走ったら、きっとこのクラスは最下位になるだろう……。


「先生!」


 勢いよく紘子が手を挙げる。


「俊貴くん、走れないでしょ?」


 若い担任は、首を傾げ答えた。


「ゆっくりで良いのよ。歩いても構わないし」


「えっ、じゃあ、優勝出来ないじゃん」


 紘子と速さを競っている男子が、不満そうな顔をする。


「先生、俊くん、お医者さんから走るの止められてるんだから、『トクベツなはいりょ』しましょうよ」


 紘子が小難しいことを言う。


「まあ、そうねえ。校長先生に相談してみるわ」


 やる気が感じられない担任だったが、なんとか校長の許可が出た。

 俊貴への『トクベツな配慮』とは、伴走を付けるということだった。

 コースの外で、応援しながら。

 伴走者は紘子に決まった。


「一緒に走れば大丈夫!」


 紘子は笑って俊貴の手を取った。


「まあ、私が最初に走って、ぶっちぎっておくからね」

「あ、ああ。ありがと」


 本当は有難迷惑に近い、配慮だったのだが、思いのほか、俊貴の母が喜んでいた。




 運動会を迎えた。

 宣言通り、第一走者の紘子は、他のクラスの走者を半周遅れにして、バトンを繋いだ。

 それを引き継ぎ、クラス全員、一位のまま俊貴の番が来る。

 レーンの外側に、紘子が待っていた。


「大丈夫! 一緒に走るよ、トシ」


 わけも分からず、何度も頷いた俊貴は、バトンを受け取り走り出す。

 俊貴のスピードに合わせ、半歩だけ先を行く紘子。


 俊貴の心臓が、ドクンドクンと音を立てる。

 息は苦しいが喘鳴は出ていない。

 ゴールの先に、母が大きく腕を振っている。


 走れる。

 走っても大丈夫だ!


 紘子の笑顔。クラス全員の声援が、俊貴の背を押した。


 そして、初めて俊貴は、ゴールテープを切ったのだ。


「やったね! トシ!」

「呼び捨て……」

「うん、トモダチだもん。私のことは『ロコ』って呼んで」




 俊貴は少しずつ、体育の授業に出席出来るようになった。

 校庭に出ると俊貴は、目の片隅でロコを探す。

 走っても、ボールを投げても鉄棒でも、紘子はなんでも得意だった。

 紘子の周りにだけ、光が集まっていた。


 その年、運動の得意な小学生を集めての、選抜試験が開催された。

 試験に合格すると、トップアスリート予備軍として合宿所に入れるという。


 紘子は楽々合格し、合宿所に入ることになった。


「おめでとう」


 俊貴は小さな花束を紘子に差し出した。


「ありがと! あ、お花も好きだけど、お菓子はもっと好きだよ」


 悪戯な笑顔を見せながら、紘子は去った。



 ひそかに、俊貴は紘子の応援を続けた。

 あっという間に紘子は、ジュニアオリンピック候補者になっていく。

 競技種目はフェンシングだと聞いた。


 中学に進学した俊貴は、剣道部に入った。その中学に、フェンシング部はなかったからだ。

 時々、新聞のスポーツ欄に載る紘子の記事を、ノートに貼っていた。


 ――ロコ、君が頑張っているなら、僕も負けない


 俊貴が記事を貼り付けたノートが三冊を超える頃、紘子はジュニアユースで優勝した。

 次はオリンピック。

 十七歳の紘子が、女子フェンシグの金メダル候補として大きく取り上げられた。


 ――やったね、ロコ!


 俊貴はスポーツ新聞を何紙も買って、記事を切り抜いた。

 遠い国での開催だから、直に応援に行けない。

 でも心から応援するんだ。


 トモダチの君を――



 だが……。


 選手たちを乗せたバスが、テロに巻き込まれて爆発した。


 生存者はいなかった……。


◇◇


「ミスター結城」


 碑のまえで動かない俊貴に、声がかかる。

 この国の書記官、レオナルドだ。


「そろそろ時間ですが……この碑に何か?」


 立ち上がった俊貴は、一つ息を吐く。


「トモダチが、眠っているので」


 レオナルドは納得した表情になる。


「あれは不幸な事件でした。我が国の未来ある者たちも、多数……」


 俊貴は頷き、レオナルドに言う。


「だからこそ、今日の会議を成功させなければ。二度と、このような不幸を起こさないためにも……」


 この日、新しい枠組みの国際的組織を設立する宣言がなされた。恒久的平和を理念に掲げて。



 俊貴は風を受けながら、遠くの空を見る。


――ねえ、ロコ。僕は君を忘れない。君が僕を忘れても。


 もう一度、君に会いたい。一緒に走りたい!

 いつか、何処かでまた、会える日がくるのなら……。

 

 その時は君の隣、君の側にいて、絶対君を、守りたい――


 了

最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!!

ブクマや★、そして感想、コロンとトッシーに成り代わり、皆々様に感謝いたします!!

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― 新着の感想 ―
そんな!。゜(゜´ω`゜)゜。 これからも「トッシー」と「コロン」は、強く走り続けて欲しいです。゜(゜´ω`゜)゜。 テンポよく、とても面白かったです ありがとうございました。
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