第6話 北の攻防
雪が舞っている。
王都を出て十日、コロンたちは王国北部の山岳地帯にいた。
空気は胸に痛いほど冷たく、吐く息が白い。
灰色の空の下には、木の枝に、葉の一枚もなく、薄墨色の村に残るのは、焼け焦げた家々の跡。
「ここが……盗賊団に襲われた村か」
トッシーが呟く。
コロンは、一文字の口を開くことなく頷いた。
地面には、まだ新しい足跡がいくつも残っている。
クレイヴ副団長が馬上から命じる。
「本隊は山の向こうに陣を張る。お前たち三人は斥候として、東の峡谷を調べろ」
「了解!」
コロン、レオン、トッシーの三人は、身を低くして雪道を進む。
風が強く、頬に当たるたび、切れた感じがする。
けれどコロンの胸は、奇妙なほど落ち着いていた。
(前世の試合の直前と似てる。緊張と集中が混じって、世界が静かに見える)
峡谷の入り口に辿り着いた。
狭く、両脇の岩肌が迫っている。
レオンが小声で言う。
「気を抜くな。ここが奴らの根城の可能性が高い」
トッシーが望遠鏡のような魔導具を覗く。
「煙が……あの奥の岩場から出てる。焚き火の跡だ」
コロンが頷く。
「奇襲をかけるなら今。三人でやる?」
レオンが少し考え、短く答えた。
「やる。クレイヴ隊が来る前に終わらせる。行くぞ」
三人は岩陰を伝い、音を立てずに進んだ。
盗賊たちは十数名。
粗末な鎧に錆びた剣。
しかし動きは鋭く、ただの山賊ではない。
「……あいつら、訓練されてる」
レオンの声が低くなる。
「元兵士の落ちこぼれか」
コロンは息を整えた。
「やるしか、ないね」
次の瞬間、彼女は地面を蹴った。
雪煙を巻き上げながら突撃する。
前衛の盗賊が気づく間もなく、コロンの突剣が喉元を掠める。
「ひっ……!?」
後ろに控えていた者たちが、慌てて剣を構えた。
レオンが斬り込み、トッシーが背後から矢を放つ。
三人の連携は見事だった。
しかし、敵の数は多い。
すぐに四方から取り囲まれる。
「くそっ、数が多すぎる!」
「トッシー、下がって! 後ろを守って!」
コロンが叫び、前へ踏み出す。
風を切るような速さで突き、斬り、跳ねる。
だが腕が痺れ、足が震える。
体力の限界が近い。
その時、後方で上がる悲鳴。
。
「トッシー!?」
振り返ると、トッシーが倒れていた。
背中に浅い切り傷。血が雪を赤く染めている。
「トッシー!」
コロンが駆け寄ろうとした瞬間、横から剣が迫る。
視界の端でレオンが叫んだ。
「下がれ!」
レオンが身を挺して防ぎ、その隙にコロンはトッシーの傍らに膝をつく。
「大丈夫、すぐ治すから!」
応急処置の薬を取り出す手が震える。
血の匂い、雪の冷たさ、耳の奥で鳴る心臓の音。
(落ち着け落ち着け私。集中しろ。前世でも、怪我は見慣れてたじゃない)
布で止血し、深呼吸。
それから立ち上がると、目の前に、なお五人の敵。
レオンも息を荒くしていた。
「コロン、やめておけ。これ以上は危険だ」
コロンは首を横に振った。
「ここで退いたら、誰も守れない」
雪の上に足を踏み出す。
冷たさが体を貫く。
だが心は熱かった。
「――私は、走るためにここに来た」
剣を構える。
空気が凍る。
次の瞬間、コロンの姿が消えた。
一歩。
二歩。
三歩。
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
だが、もう止まれない。
突き。
突き。
突き。
風と一体になる連撃が、敵の包囲を貫く。
最後の一人が倒れた時、雪の上には静寂だけが残った。
コロンは剣を下ろし、深く息を吐いた。
レオンが彼女の肩を掴む。
「……見事だ。まるで風そのものだった」
コロンは笑う。
「風? いいね、それ」
遠くでクレイヴ隊の旗が見えた。
援軍が到着したのだ。
夕方。
雪原の向こうで太陽が沈む。
村の人々が助け出され、火を囲んでいる。
トッシーは包帯を巻かれながら、コロンを見上げた。
「また無茶したね……」
「ごめん。でも、もう誰も失いたくなかった」
「へへ、ほんと君は……走り続けるね」
コロンは微笑み、そっと彼の手を握った。
トッシーの手は冷たいけれど、確かに生きている。
夜。
焚き火のそばで、クレイヴが報告書を閉じた。
「お前たちはよくやった。王に報告する。
コロン・コロンダ、お前は近衛団正式候補として認められる」
レオンが笑う。
「当然だな」
トッシーも頷く。
「次は、三人で正式な任務に行こう」
コロンは火を見つめながら、小さく頷いた。
「うん。まだ終わりじゃない。
この世界で、私がどこまで走れるのか――それを見たい」
翌朝、雪は止み、空が澄み渡っていた。
山の稜線に朝日が差し込み、白銀の世界が黄金に染まる。
コロンは息を吸い込み、両手を広げた。
冷たい風が頬を撫でる。
けれど、その風の中には、どこか懐かしい匂いがあった。
前世の競技場の匂い。
汗と努力の記憶。
あの日のスタートライン。
「行こう」
トッシーとレオンが頷く。
三人の影が雪の上に伸び、そして――走り出した。
風が鳴く。
世界が動く。
コロンは笑っている。
どこまでも続く白の中を、ただまっすぐに。
彼女の心に響くのは、ただ一つの言葉。
「私は走る。誰にも、止められない!」
彼女の声が、雪原の彼方へ消えていった。
Q:文字数の割に、内容薄くないっすか?
A:仕様ですの(つーん




