第5話 騎士への道
王立近衛団訓練場――。
王国で、最も厳しい訓練が行われる場所だ。
整然と並ぶ剣士たち。
朝焼けの中、木剣が一斉に打ち合う音が響く。
その一角に、コロンの姿があった。
「一、二、三、突けっ!」
教官の号令に合わせて、全員が剣を前へ突き出す。
空気を裂く音が重なり合い、訓練場の空気が研ぎ澄まされる。
近衛団の訓練課程は、王立学校とは比べ物にならないほど苛烈だった。
剣技、魔力操作、騎乗術、戦術指揮。
一日中続く訓練に耐えられる者は、わずか三割ほどしかいないという。
ところがコロン、生き生きとしていた。
瞳もランランと輝いている。
痛みに耐えることも、呼吸を整えることも、前世のアスリート時代で慣れきっているのだ。
(練習量なら、私、誰にも負けない)
汗が額から流れ落ちる。
彼女は木剣を振り抜きながら、ふと口の端を上げた。
束の間の休憩時間になる。
「おい、新入りのとっけん姫!」
声をかけてきたのは、銀髪の青年だった。
鋭い目、背が高く、立ち居振る舞いが優雅。
名はレオン・グリフィス。
近衛団団長の息子であり、同期生の中でも特に目立つ。
「君があの有名なコロン・コロンダか」
「はい、そうですけど……」
レオンは口の端を吊り上げた。
「女が剣を学ぶのは構わないが、近衛の訓練は遊びではない。
名誉のためにここへ来たなら、すぐに潰れる」
その言葉に、コロンは小さく笑った。
「潰れるかどうかは、やってみなきゃ分かりません」
「……言うじゃないか」
その瞬間、レオンの瞳が鋭く光る。
「午後の実技訓練、俺の組に入れ。――試してやる」
挑戦のような誘い。
コロンは迷わず頷いた。
午後の訓練は、模擬戦形式だ。
広い演習場で、二人一組で互いに剣を交える。
レオンは、容赦がなかった。
木剣が風を切り、コロンの頬をかすめる。
圧倒的な力、そして速度。
彼の剣筋には、王族直属の血統の誇りが宿っていた。
「どうした、突剣姫! その程度か!」
コロンは息を整え、間合いを詰める。
重い剣には敵わない。
だが速さならば。
踏み込み、突き、回転。
レオンの木剣をすれすれで避け、胸元へ狙いを定める。
だが、レオンは笑っていた。
「速い――だが、読める!」
木剣が交差する。
コロンの体が弾かれ、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
視界が霞む。
だが、負けられない。負けたくない。
コロンは地面を蹴って立ち上がった。
周囲の見学者たちがざわめく。
「まだ立つのか!?」
「しぶとい女だな」
レオンの剣が再び迫る。
その瞬間、コロンは笑った。
「突剣は、一つだけじゃない」
彼女は剣を逆手に持ち替え、滑るように踏み込む。
そして――低い姿勢からの、予測不能な突き。
木剣の先が、レオンの鎧のすぐ下で止まった。
呼吸音すら聞こえない静寂。
レオンが目を見開く。
コロンは深呼吸しながら言った。
「一本、いただきました」
訓練生たちが、どよめいた。
アルマン教官が満足げに頷く。
「よくやった。――お前、才能だけでなく根性もあるな」
レオンはしばらく無言でコロンを見つめ、やがて静かに笑った。
「……参った。君、ただ者じゃない」
その日の夕方。
訓練場を出ると、トッシーが待っていた。
「お疲れ! 見たよ、あの模擬戦!」
「えっ、見てたの!?」
「うん、こっそりね。あのレオン相手に互角だったなんて……ほんとすごいよ」
コロンは苦笑いする。
「まだまだ全然。何回も地面に転がったし」
「でも立った。立ち続けた。それがすごいんだ」
夕日が二人の影を長く伸ばす。
トッシーは、ふと真剣な表情になる。
「ねえ、コロン。……王都の訓練、終わったらどうするの?」
コロンは少し考えて、答える。
「走り続けるよ。この世界で、自分の限界がどこにあるのか見たいから」
「そっか……。じゃあ、俺も一緒に行く」
「え?」
トッシーはにっと笑った。
「執事の息子でも、コロンのチームメイトでしょ?」
コロンの胸が温かくなった。
前世では、一人で走っていた。
けれど今は――隣に仲間がいる。
その頃、王城の一室では、別の動きが始まっていた。
近衛団副団長クレイヴが、王の側近と話している。
「コロン・コロンダ。彼女は使える。
だが、貴族社会の中で忌み子と呼ばれてきた者を、王のそばに置くことに抵抗もあるでしょう」
側近は頷きながら言う。
クレイヴの瞳が静かに光った。
「ゆえに、その者に試練を与えよ。
もしそれを乗り越えたなら――その時こそ真の騎士だ」
「了解しました。試練の内容は……実戦任務としましょう」
クレイヴの瞳が静かに光った。
それから一週間。
早朝の訓練場に集合がかかった。
クレイヴが告げる。
「次の任務は、北部辺境の盗賊掃討だ。
訓練課程から三名を選抜し、実戦に参加させる」
ざわめく訓練生たち。
クレイヴが読み上げた者たちの中に、コロンの名があった。
「コロン・コロンダ、レオン・グリフィス、トッシー・バルド」
トッシーが思わず声を上げる。
「俺も!?」
「お前もだ。補給と連絡の任を任せる」
コロンは拳を握った。
初めての実戦。
前世での試合とは違う。
ここでの負けは、死を意味する。
けれど、不思議と怖くはなかった。
むしろ、胸が高鳴る。
やっと、本物の戦いができるのだと。
出発の日の黎明時。
王都の門を出る時、コロンは振り返った。
遠くに、月明かりに照らされた塔が見える。
あの塔の先に、王がいる。
その王に会う日まで――走り続けよう。
トッシーが隣で笑う。
「行こう、コロン」
「うん!」
馬の蹄が石畳を打ち、夜明けの光が差し込む。
こうして、コロン・コロンダの『試練の旅』が始まった。
Q:やっと、本当の戦いかぁ
A:まあ、そうね、次話あたりで
お付き合い下さいまして、ありがとうございます!!




