第3話 剣戯の子どもたち
王都フィオリア。
白い城壁と尖塔が連なる、フィオ王国の中心都市である。
地方の空気に慣れきったコロンには、それは眩しすぎる光景だ。
行き交う人々の衣服は華やかで、石畳を走る馬車の音が絶えない。
空を見上げれば、魔術師が放つ光の鳥が行き交い、街角では吟遊詩人が竪琴を奏でている。
「うわぁ……ほんとに、異世界って感じ」
思わず漏らした言葉に、隣のトッシーが苦笑する。
「何? イセカイ?」
「あ、ううん……なんでもない!」
コロンは慌てて誤魔化す。
この世界の人に、転生者の概念を説明するのは早すぎる。というか、コロン自身が上手く説明出来ないのだ。
それに何より今は。
王立騎士学校に入学するという、人生初の「挑戦」を握りしめている。
入学式を迎えた。
大理石の講堂に、数百人の子どもたちが整列している。
年齢は十歳から十五歳。
コロンは十二歳だ。最年少組に近い。
壇上に立った校長が、重々しい声で告げた。
「フィオリア王立騎士学校は、剣と誇りを学ぶ場である。
貴族の出であろうと平民であろうと、ここでは、努力がすべてだ」
ざわめきの中で、コロンは胸を張る。張っても控えめな胸であるが。
努力なら、誰にも負ける気がしない。
だが、彼女が立っている列から、ひそひそと声が聞こえた。
「見た? あの子」
「子爵家の『忌み子』でしょ」
「しかも女のくせに、剣を学ぶなんて」
冷たい視線が背中に刺さる。
コロンは軽く息を吐き、笑った。
(うん、知ってた。どこの世界も、スタート地点は平等じゃないって)
前世だってそうだった。
女性アスリートは、常に比べられるのだ。
年齢は勿論、国籍や性別で。
でも彼女は、そんな壁を、次々と壊してきた。
ほんの少しの才能だったが、努力を重ねて、何度も限界を越えて。
だから。
今回も、同じことをするだけ。
初めての訓練の日がきた。
教官のアルマンは、厳しい顔つきの男だった。なんだか、全身岩みたい……。
灰色の髭をたくわえ、鋭い目で生徒たちを見回す。
「まずは、型を見せてもらう。剣を構えろ」
生徒たちは模擬剣を手に取り、思い思いに構える。
コロンも列の端で木剣を握った。
手に伝わる重さは、前世のフルーレよりずっと重い。
けれどその分、力強い。
アルマンが目を留めた。
「そこの少女。……その構えは何だ?」
コロンは背筋を伸ばした。
「フェ、フェン……いえ、『突剣』の構えです!」
ざわめきが起きた。
見たことのない姿勢。
片足を後ろに引き、体を斜めに構えるその姿は、まるで舞踏でも始めそうなのだ。
アルマンは瞳に光をたたえ、眉を上げる。
「では、その構えで来い」
「はいっ!」
コロンは床を蹴る。
瞬間、視界が流れる。
突き――避け――突き。
アルマンの木剣を正確に受け流し、彼の胸の前でピタリと止めた。
静寂が場を支配する。
周囲の生徒が息を呑む。
アルマンが軽く笑った。
「……面白い。誰に習った?」
「独学です」
「ふむ、ならば天賦の才だな」
その日から、コロンの存在は学校中に知れ渡った。
だが、尖った才能は、いつだって妬まれる。
「おい、とっけん姫!」
昼休みの訓練場で、年上の男子生徒三人が、コロンを取り囲んだ。
リーダー格の少年は、侯爵家の息子らしい。
金髪を後ろで束ね、鼻につくほど自信に満ちている。
「女が剣を振るうなんて、滑稽だな」
「そんな変な構えで、男に勝てると思ってるのか?」
コロンは淡々と答えた。
「うん。勝てると思ってるよ」
その一言で、空気が変わる。
男子生徒が剣を抜いた。
「なら、試してみるか」
慌ててトッシーが止めに入る。
「やめろよ、ここは練習場だ!」
「黙れ、平民!」
木剣が振り下ろされる――が、コロンの姿はもうそこになかった。
すれ違いざま、彼女の剣が相手の首筋にぴたりと止まる。
空気が凍った。
誰かが唾を吞み込んだ。
「一本」
コロンは静かに言い、剣を下ろした。
男子生徒の頬がみるみる赤くなる。
「くっ……ふざけるな!」
今度は本気の突き。
だが、コロンはそれすら軽やかに受け流し、もう一度、胸元へ突きを決めた。
「二本目」
完全勝利。
その場にいた生徒たちがどよめく。
誰もが、目の前の少女の動きに魅せられていた。
その日の夜。
寮の部屋で、コロンは天井を見つめていた。隣室のトッシーが労いの菓子を持ってきた。
コロンの手に残る感触は、前世で何百回も繰り返した勝負と同じ。
あの時の記憶が、鮮明によみがえる。
「戦うのは、好き。でも、勝つことだけが目的じゃない」
呟いた言葉に、トッシーが振り向く。
「じゃあ、なにが目的なんだ?」
コロンは少し考え、微笑んだ。
「自由、かな。誰にも縛られず、好きに走って、好きに戦うこと」
トッシーは小さく頷いた。
「ああ……コロンらしいね」
二人はしばらく黙って、菓子を食べた。
窓の外では、王都の灯りが星のように瞬いていた。
翌日のこと。
朝の訓練で、アルマン教官が発表した。
「次の週末、入学初期試験として模擬大会を行う。
各組の代表が戦い、優勝者は校長に謁見できる」
会場がざわつく。
模擬大会とはいえ、王立学校では名誉ある行事だ。
そして、その代表のひとりに――コロンの名があった。
「代表選手、コロン・コロンダ」
どよめきと嘲笑が同時に起きる。
「まさか女が?」
「冗談だろ!」
コロンは、ただ静かに立ち上がった。
涼し気な眼差しのコロンだったが、心の奥では炎が燃え始めた。
(見せてあげるよ。女でも、子どもでも、忌み子でも――そんなもの、強さには関係ないって)
週末になる。
大会当日だ。
訓練場は、生徒と教師で埋め尽くされていた。
観覧席には、なぜか子爵コロンダの姿もあった。
忌み子の剣の実力を、確かめる気になったのだろうか。
トッシーが心配そうに声をかける。
「緊張してる?」
「ううん。むしろ、ワクワクしてる!」
コロンは木剣を構え、ゆっくりと息を整える。
対戦相手はあの侯爵家の少年。
合図の笛が鳴る。
一歩。
二歩。
三歩。
相手が踏み込んだ瞬間、コロンの世界が静止した。
前世であれば、『ゾーンに入った』という状況だ。
呼吸の音。風の流れ。
全てが、スローモーションのように見える。
――ここだ。
コロンは体をひねり、相手の剣を紙一重でかわす。
そして、踏み込み。
雷光が走ったかのような突き。
剣先が相手の胸元に突き刺さる直前で止まった。
審判役のアルマンが腕を上げる。
「勝者――コロン・コロンダ!」
歓声と、驚愕と、拍手が入り混じる。
観覧席の子爵は、無表情のまま立ち去った。
子爵に随伴していた執事のセバランは、ハンカチで目元を押さえていた。
夜、寮に戻ったコロンは、ベッドに横になり、指先をニギニギする。
「やっと……この世界で、自分らしさを証明できた感じ」
窓の外で風が鳴く。
王都の中央塔が、銀色の月光に照らされている。
その光を見ながら、コロンは静かに拳を握った。
「次は……もっと、もっと上へ行く」
瞳には、一片の迷いもない。
コロンはこの日、異世界にやって来た少女から、 一人の戦士になったのだ。
Q:やっぱり、本当の戦いはコレカラ……
A:やかましいわ
はい、まだ続きます。
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