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コロンは走る 〜忌み子令嬢、転生アスリートは異世界でもトップを目指す〜  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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第2話 走るコロン

 朝露が芝を濡らす。

 その上を、小さな足音が軽やかに響く。


 コロンは走っていた。

 風を切って駆け抜けていた。

 金髪を後ろで束ね、白い麻の服を翻しながら。


 彼女の走りは、美しかった。

 この世界には「フォーム」という概念も「走法分析」という言葉もない。

 けれど、コロンの動きには無駄がなく、しなやかな強さがあった。


「いっち、にっ、さんっ!」


 息を合わせ、膝を高く上げる。

 コロンは毎朝の日課として、自分なりのトレーニングを続けていた。

 最初は誰にも理解されなかった。

 離れで独り、地面に向かってしゃがみ込んだり、壁に手をついて跳ねたり。


 メイドのリサは「また奇妙な遊びを……」とため息をついた。

 けれど、コロンは気にしない。

 前世の経験から知っている。

 走ることは、歩くことより難しいが、自由に繋がる行為だ。

 走れるようになれば、世界の景色が変わる。


 七歳を迎える頃、コロンの走りは村人の目を引くほどになっていた。


「おや、また子爵家のお嬢が走ってるぞ」

「まるで風みてえだな」


 市場の商人や、通りすがりの農夫たちがそう囁く。

 忌み子の噂も、少しずつ形を変え始めていた。


 だが、子爵家本邸の人々にとっては、依然としてコロンは「いない子」だった。

 父も母も、姉のココミンも、彼女の名を口にすることはない。

 それでも、離れには笑い声が生まれていた。


「ねえ、コロン! こっちまで競争だ!」


 声をかけたのは、トッシー――子爵家執事セバランの息子だ。

 コロンより一歳年上で、黒髪にくりっとした瞳を持つ、快活な少年である。


 二人は、朝の農道を全力で駆け抜ける。

 赤土の地面から砂埃が舞い上がり、コロンの髪が跳ねる。


「ちょ、ちょっと待って! 速すぎる!」

「ふふん、トップアスリートをなめるなよ!」


 コロンは、思わず口を滑らせた。


「トップ……なに?」

「あっ、えっと、その……トップ、走り屋? みたいな!」


 ごまかしながら、コロンは笑った。

 この世界の人々には「アスリート」の意味など分からない。

 だが、トッシーは不思議そうに首をかしげつつも、それ以上追及しなかった。


「やっぱり、コロンって変わってるな」

「変わってる方が強いんだよ」

「ふーん……でも、俺、そういうの好きかも」


 その言葉に、コロンは少し頬を赤らめた。

 トッシーの笑顔は、前世で自分を指導してくれたコーチに似ていた。

 どこか、安心できる存在。


 走ることは楽しかった。

 けれど、コロンの本能は、それだけでは満たされない。


 ――剣が、握りたい。


 枝を拾い、空を切る。

 前世で手にしていた細い金属の剣、フルーレの感触を、脳が覚えていた。


 構えを取る。突き出す。引く。踏み込む。

 リズムを刻みながら、コロンは自分の影と戦う。


「ラッサンブレ、サリュエ!」


 誰も理解しない呪文のような掛け声。

 それは、前世で試合の開始に交わした、フェンシングの儀礼だ

 その姿を、遠くからトッシーが見ていた。


「なにしてるの?」

「剣の練習!」

「剣って、それ、ただの木の枝じゃ……」

「今はね。でも、いつか本物を握るの」


 コロンの目は、真剣だった。

 トッシーは少しだけ胸が高鳴った。


 数か月後。

 コロンとトッシーは村の子どもたちを集め、「騎士ごっこ」を始めた。


 男の子たちが木の枝を剣に見立てて振り回し、女の子たちは逃げ役だ。

 だが、コロンは逃げなかった。


「私も戦う!」

 男の子たちは笑う。


「女の子が剣? 無理無理!」

「危ないから下がってろよ!」

 トッシーも一応止めようとしたが、コロンの目の輝きを見て言葉を失った。


「いいよ。やってみなよ、コロン」

 一本の枝を渡す。


 コロンは深呼吸し、枝を胸の前に構えた。

 その姿勢――

 足を斜めに開き、腰を落とし、肘を締める。

 その完璧な立ち姿に、周囲の子どもたちが息を呑んだ。


「いくよ」


 枝が光のように走った。

 一瞬で相手の喉元へ、ぴたりと止まる。


「……え?」


 相手の少年が呆然とする。

「ま、参った……」

 コロンは枝を引き、軽く礼をした。

「試合終了、ってね」

 その日から、子どもたちは彼女を「剣のコロン」と呼ぶようになった。


 その噂は、すぐに大人たちの耳にも届いた。

 護衛騎士のロイドが、興味を持って離れを訪れる。

 屈強な男で、子爵家の唯一の武人。


「お嬢様が剣遊びをされていると聞きましたが、本当ですかな?」

「遊びじゃないよ、練習だよ!」

 コロンは胸を張る。


 ロイドは苦笑して木の棒を拾い、試しに構えた。


「では、少し相手をして差し上げましょう」

 コロンは嬉々として枝を構えた。


 一瞬で勝負はついた。

 ロイドの突きを紙一重でかわし、逆に喉元に枝を突きつける。

 まるで猫が鼠を捕らえるような正確さ。


 ロイドは目を見開いた。


「まさか……っ!」

 息を呑む執事セバラン。


 トッシーは両手を叩いて叫んだ。

「やったー! コロン、勝った!」


 ロイドは敗北を認め、深く頭を下げた。


「――あなた様には、剣の神が宿っておられる」

 コロンは照れくさそうに笑った。


 その晩、セバランは悩んだ末、子爵の執務室を訪れた。


「旦那様、あの子には……才能がございます」

「忌み子に才能など、あるものか」

 冷たく返す父。

 だが、セバランは食い下がった。


「見て見ぬふりをするには、あまりにも光っております。

 このままでは、コロンダ家の損失かと」


 沈黙が落ちた。

 子爵は筆を置き、深く息をつく。


「……王都の騎士学校。入学を認めよう。

 だが、もしも恥をかくようなことがあれば、あの子は本当に――追放だ」


 セバランは深く、頭を下げた。



 それから数日後の夜。


 離れで、コロンはトッシーから報せを聞いた。


「ねえ、コロン。君、王都の学校に行けるんだって!」

「えっ、本当に!?」

 胸が熱くなった。

 ようやく、外に出られる。

 走る場所も、戦う場所も、ここだけじゃない。外なのだ。


「俺も一緒に行くよ」

「……ほんと?」

「父さんが、護衛兼付き添いとして許可してくれた」


 二人は顔を見合わせ、笑った。

 その笑顔の奥に、コロンは確かに感じていた。

 ――生まれ変わったこの世界で、初めて「仲間」ができた、と。


 翌朝、コロンはまた走った。

 走りながら、考える。

 フェンシングの剣技と、この世界の剣術はまったく違う。

 けれど「突く」「構える」「間合いを読む」という本質は同じだ。


 ならば、きっと通用する。

 スポーツも戦いも、根っこは心と体を極めること。


 前世でコロンはメダルを目指した。遠大な発願だった。

 今度の目標は、もっと単純で、もっと大きい。

 ――自分の足で、生きぬいていきたい。


 夕日が落ちる。

 風が頬を撫でる。

 風の中で、コロンは走り続けた。

 次の舞台――王都へ向かうために。

Q:本当の戦いはこれからだ、じゃないよね

A:あ、そういう結び方もアリかあ~

(続きます)

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