9)決着
本日、2話同時に投稿いたしました。
こちらは2話目の投稿です。
噂事件は案外、早く片付いた。
学園側が迅速に対応した結果だ。ユヴェールが持ち込んだ「真偽判定の魔導具」も良い働きをしてくれた。おかげで噂の出所を掴めた。
セイシアは学園長から報告を受け、犯人たちは名誉毀損で訴えたほうがいい、と忠言されたのでそのように対処した。侯爵家弁護士のジョシュ・ジモンにも連絡を取って貰った。
翌週の夕食のときには、ユヴェールからも知らされた。
「動機はセイシアに対する嫉妬らしいな。リゼルの友人たちがやっていた。セイシアが私たちと親しくして、リゼルが寂しそうにしているのが気の毒だったそうだ。実にくだらない理由だ」
ユヴェールは機嫌が悪く見るからに忌々しげだった。
主犯の二人は長期停学、彼女らはまだ中等部で、温情をかけようという意見もあったが学園長は噂の力は馬鹿にならないと一蹴した。流した噂が悪質過ぎた。
「今回のことは私のせいでもある」
ユヴェールが切なげにセイシアの髪を撫でた。
「いいえ、彼女たちの言い分はおかしいわ。そんなの、気の毒な友人の慰め方じゃないし。ユヴェールには感謝しています、どうか気にしないで。私はもう平気です。ちゃんと処罰されたんだもの」
予知夢との符合は気になるが、単なる嫉妬が動機で、解決したのならあとは忘れるだけだ。それより、自分の非力さが辛い。侯爵令嬢だというのに。
ディアンは気を遣っているのかいないのか。その日の夕食では、嫉妬が原因で起こった悲惨な事件の数々を話題にしていた。
ディアンは騎士団の幹部を父親が務め、兄も武官だ。犯罪関係の情報に詳しいらしい。
「嫉妬は簡単に人を犯罪者にする」
ディアンが持論を述べる。
「昔からそうでしょう。さて、そろそろ私たちは帰ります」
アロニスが立ち上がり、ディアンもそれに続いた。
セイシアも暇乞いをしようとすると、ユヴェールに引き留められた。
「セイシア。少し残ってくれ。話がしたい」
セイシアは内心、戸惑いながら「はい」と再度、腰を下ろした。
アロニスたちが「また明日」と手を振り出て行くと、ユヴェールはセイシアのすぐ隣に椅子を移動させた。
ユヴェールがセイシアの手を取り握る。
「婚約の話をもっと本格的に進めたい。父の許しは得ているが、学生だからと王室管理室がぼんやりしている状況だ。兄上の婚約が決まるまでは、私の婚約は公にしたくないんだ。だから余計に頓挫しがちだ」
「そういえば、王太子殿下の婚約の話は聞きませんね」
「ああ、王妃が認める令嬢がいないらしい。そういったこともあって、王室管理室などは卒業してからでいいだろうと思っているんだ。言い難いが、セイシアの父が信頼できないことを王宮は把握している」
セイシアには言いたくないが、死んだ叔母が犯罪者だったこともよく思われていない。重罪ではないので婚約を反対されるほどではないが。加えて実父の評判も芳しくない。あの父親は娼婦に入れ込みすぎた。王宮はユヴェールの熱が冷めるかもしれないと考えていそうだ。要するに、もっと良い相手がいるだろうと考えている。
「それは仕方が無いかと」
「もう、待つのはやめだ」
ユヴェールは頬笑んで答えた。
□□□
セイシアに関する汚らわしい噂が流れたとき、ユヴェールは怒りで我を忘れた。
「顔が怖かった」とディアンに言われた。
「殺気は仕舞ってくれ」とアロニスに何度も注意された。
すぐに学園長に相談した。
学園長はセイシアの祖父の従兄弟だ。そういった事情がなくても動いてくれたと思うが、セイシアの事情を知っているという点では有利だった。学園長に親身になってもらわなくては、セイシアには親族などいない状態だ。
学園長自ら主導し調べが入った。
ユヴェールは王宮から真偽判定の魔導具を持ち込んだ。学園長は学生にそういう取り調べの道具を用いることを柔軟に受け入れた。
その結果、セイシアの噂を流した犯人が突き止められた。
噂の情報がなんの根拠もない出鱈目だったことも確かめられた。リゼルと犯人たちとの会話が元だった。
セイシアがディアンやユヴェールと親しいことが彼女らには気にくわなかった。
「とんだビッチね」
「父親に蔑ろにされているらしいわ」
「父親には愛する恋人がいるのよ」
「ラズウェル侯爵家の本が売られていると古書店で有名だったわ」
「セイシアも体くらい売っているかもしれない」
噂の根拠はそれらの会話だけだった。
ラズウェル侯爵家の本が売られていたことが知られていたのには驚かされた。叔母が勝手にやっていたことだと学園側は突き止めた。その札付きの叔母はすでに死んでいる。
「ラズウェル侯爵家の本は窃盗の被害にあったため売られた」
と、学園側は噂を修正してくれた。
リゼルは噂を流すのに加担しなかったようだ。だが、友人たちを誘導した疑いがある。疑いだけだったので今回はお咎めはなしだ。
友人たちのうち二人は長期停学で、公にされて貼り出された。協力者の三人も停学処分となった。
リゼルだけは処分はない。ユヴェールには、それが余計に不気味に思える。
彼女は加担しなかったのではなく上手く立ち回り友人たちにやらせた。本当の黒幕のように思われてならなかった。
□□□
数日後にリゼルはユヴェールのもとに謝罪に来た。
なぜセイシアではなくユヴェールのもとに来るのかと思ったが、リゼルは「彼女は私の謝罪は気分が悪いでしょうから」としおらしく言い訳をする。
セイシアには近寄らせたくなかったので「わかった」と頷いておいた。ユヴェールは表向き関係者でもないが、彼女には言いたいことがあった。
廊下の端で話を聞いてやった。ディアンとアロニスも冷淡な顔でそばに控えていた。
「私の友人たちが、申し訳ありませんでした」
彼女は神妙に頭を下げるが、ユヴェールの怒りは燻り続けていた。それでも、証拠なしに疑惑だけで事を荒立てることは出来なかった。
「君には失望した。友人が酷すぎる」
ユヴェールは苛立ちを抑えながらなるべく穏やかに答えた。
「本当にすみませんでした。これからは友人を選びます」
「そうしてくれ。それから、もう高等部の教室に来るのは辞めてくれ」
「え? ど、どうしてですか。確かに友人たちは馬鹿なことをしましたが」
ユヴェールは呆れるとともに苛立ちが増した。何事もなく済むのだと思ったら大間違いだ。
「当たり前だろう。私は非常に不愉快だった」
「で、でもっ!」
「君も関わっていた。間接的な関わりだとは聞いているが、関わっていたのは事実だな。私とセイシアは同じ教室、高位貴族が多いクラスだ。あの噂を一時期、真に受けた者もいた。セイシアは侯爵家の者だ。侯爵家に仇をなしたのだ。君の友人たちがやらかしたことだ。その君が、以前と同じように教室に来ればどんな感情を持たれるか。それくらい想像がつくだろう」
冷たく言い放つとリゼルは唇を噛んだ。
「で、ですが」
リゼルは言い訳をしようとするが、ユヴェールは聞く気はなかった。
「学園内では身分は問わないことになっているが最低限の気遣いは要るんだ。下位貴族の者たちが謂われの無い言いがかりを付けて侯爵家の者を貶め、停学処分を受けた。王宮でも話題になったほどだ。停学で済んで彼女らはまた学園に戻るのだろうが印象は消えない。それぞれの家ではすでに情報を共有している。これだけでは済まない。これから思い知るだろう。君は、反省の色くらい見せないと危ないことだけは言っておこう。忠告というより、警告だ」
ユヴェールの言葉は事実だった。
本当はそのまま放っておいても良いのだ。
嫉妬に駆られて馬鹿なことをした連中の情報は王宮にも届いている。「噂事件」の被害者であるセイシアにはなんの力もないが、第二王子のユヴェールが庇った。学園側も取り調べを行っている。犯人らは傷物になった。
相手が悪かった。その上、流したデマが悪質だった。あまりにも内容が酷い。
第二王子の友人であり、学園長の親族である学生だ。なんら抵抗する力のない弱者だと思ってやりたい放題だったのかもしれないが、そうではなかった。
貴族の世界は愚か者には厳しい。足の引っ張り合いなど日常茶飯事だ。学園で処分を受けたのだ。王宮の職を得るのはまず無理だろう。どこに入ったとしても昇級は望めない。婚約者選びにも支障が出るだろう。
リゼルは犯人グループの中心人物と見なされている。そのことも知れ渡っている。事実なのだからただの噂ではない。リゼルたちのねつ造された噂とは違う。
その上、さらにリゼルが高等部に反省の色も無く出入りすれば厚顔無恥と影で罵られるだろう。そうしても良かった。罵られてしまえばいい。けれど、もうユヴェールがリゼルの顔を見たくなかった。
「そ、それは」
「君が本当に反省したのか、していないのか、それではよくわからない。反省しているのならその素振りくらいみせるべきだ。平気な顔をして同じ教室に来ていれば君の評判はさらに地に落ちるだろう」
「あ、あの」
「まだわからないのか?」
ユヴェールが苛立つと、リゼルは唇を噛んだ。
「わ、わかり、ました」
いかにも納得はしていない顔だった。
ユヴェールは本当ならもっと辛辣に怒鳴りつけてやりたいところだが抑えたのだ。
アロニスに忠告された。「あの娘は、根に持ち逆恨みするタイプですよ」と。
あと一年少々でどうせ卒業だ。そうすれば関わり合うことはない。
リゼルを完全に排除できるのならいくらでも貶めてやりたいところだが、今は懐柔策を選ぶことにした。だが、次は無い。
こいつは、とんだ性悪かもしれない。
「謝罪は一応、受け取っておく。頼むから自重してくれ。君のためだ。君はすでに酷く評判を落としてしまったんだ。私としても同じ態度をとるわけにはいかない」
「は、はい」
「もう戻ってくれ」
リゼルが何度も振り返りながら立ち去ったのち「また、なにかやりそうだな」とディアンが呟いた。
「無邪気そうなのは見た目だけでしょう」
アロニスは冷たく評した。
「面倒なやつに目を付けられた」
ユヴェールは忌々しく吐き捨てた。
□□□
リゼルは焦っていた。
少しも上手くいかない。
大好きなユヴェール王子が手に入らない。
元から望み薄なのはわかっている。ユヴェールが愛して止まないのは、セイシアなのだ。運命はわかっていた。だから、早めに手を打たなければならないと思った。
セイシアを排するために色々とやっておけば運命を変えられるはずだ、と。必死に動いた。
でも、駄目なんだろうか。
近づけない。本当なら、もう少しは近づけるはずだったのに、余計に近づけなくなってしまった。完全に失敗だ。
後はもう、早めに始末してもらうしかない。
きっと、あの謎の男はセイシアを探している。最後まで正体不明だったあの男。
セイシアを気に入り、最後には剣で自分だけのものにした。
セイシアがあの男に会ったのは十四のときだった。学園に入れなかったらもっと早く死んでいただろう。
セイシアは娼婦だ。間違ったことなど言っていない。それなのにリゼルの友人たちは処罰されリゼルから離れていった。ユヴェールの教室にも行けなくなった。ユヴェールは教室か王族の控え室と寮、限られた場所にしかいない。リゼルは近寄れなくなってしまった。
「あの男は見つけられなかったし」
夏季休暇の間に、王宮の夜会へエルヴィンに頼み込んで行かせてもらったのは、あの謎の男を見つけ出すためだった。必死に見回して探したが見つける前に追い出されてしまった。どうしてばれたんだろう。
「こうなったら、自分で、やる?」
駄目だ、捕まったら破滅だ。セイシアはあれでも侯爵令嬢なのだから。
学園から追い出すことは出来る。禁忌の薬物使用を暴露すれば良い。だが、暴露するだけでは足りない。同時にあの男に見つからなければ。
セイシアは死ななければならない。そうでなければ、ユヴェールはどうあってもセイシアを手放さない。セイシアが死んでも、ユヴェールの心はセイシアに囚われたままで生涯、忘れはしないのだから。
セイシアを失ったユヴェールは、リゼルの朗らかさに救われ側にいることを許したが、やはり心はセイシアの元から離れることはなかった。
いつでもセイシアの形見である揃いの指輪を手放さず、思い出すたびに指輪に口づけ、命日と月命日には墓標に涙を落とす。死ぬまでユヴェールはセイシアのものだった。
そんな未来はリゼルは欲しくない。だから、運命を変えようと躍起になったのに。
あの男さえ見つかれば。あの男に早く殺してもらえれば。ユヴェールがセイシアに入れ込む前に。
今のところセイシアとユヴェールが一緒にいるところは見ない。ディアンとセイシアは親しくしている姿を見かけるが、ユヴェールは一歩離れている。
まだセイシアは婚約者の候補にもなっていない。そんな噂すら聞かない。
まだ間に合ううちにあの男を捜さないと。
焦燥感ばかりが募ってくる。リゼルは気が付くと血が滲むほど唇を噛みしめていた。
また夜20時に、投稿いたします。




