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8)噂

本日、二話同時に投稿いたしました。

こちらは一話目です。




 ザクスラルド王国の学園は二学期制だ。夏季休暇を挟んで前期と後期とに別れている。夏季休暇は二か月近くもある。今日、嬉しいことに夏季休暇前の試験が終わった。

 夏季休暇まではあと数日だ。みな、気が抜けている。心は休暇のことでいっぱいだ。

 セイシアは当然、休みの間もずっと寮にいるつもりだった。図書館は開いている。毎日でも行って本を読めるのだ。長い休暇前には課題がどっさりと出る。学生たちは悲鳴を上げていたが暇を持て余すよりもずっと良い。

 その日も寮に帰ると部屋にユヴェールから手紙が届けられた。

 王子付きの従者が届けに来るのだ。

「夕食を一緒に」

 手紙というには短すぎる文だというのに頬が熱くなり鼓動が速まる。うっかりその紙切れのような手紙に頬を寄せてしまった。


 この日の夕食時、ディアンに「夏休みには別荘においで」と誘われた。

「ユヴェールにも会えるよ」

 とこっそりと言われ、了解してしまった。

 我ながら図々しいと思いながらも今は楽しみにしている。

 ユヴェールには公務がある。十六歳を超えてから、王族教育の実践として視察などを行っているという。王家主催の茶会や夜会に出ることもある。公務の前には下調べや準備がある。

 休みはだいたいそれらの予定で埋まり、他にも親類との付き合いもある。

 別世界だなぁ、とつくづく思う。


 夏季休暇が始まった。

 ディアンの実家ゴーシュ侯爵家の別荘は王都から馬車で三時間ほどの距離だった。騎馬なら一時間半で着く。案外、近かった。有名な別荘地で湖のほとりは涼しく心地良い。景色も申し分なく美しい。

 セイシアは乗馬を習ったり湖の周りを馬で走ったりボートに乗ったりして過ごした。

 ディアンには四歳年下の可愛らしい妹がいて、ディアンが留守のときは妹のジュリと一緒だった。ジュリは十二歳だが、大人びている。セイシアよりもよほどしっかりしているかもしれない。公爵家の婚約者がいて、よく惚気られる。

「恋バナというものをして差し上げますわ」

 と、つんとして言われる。

「ふふふ。私は聞き役しかできないみたいですよ」

 セイシアは頬笑んで答えた。

 ジュリに「暇だからお茶してあげる」と誘われて木陰の席で二人は心地よく茶をいただいていた。王都なら暑い時刻だ。ここなら木陰は涼しい。

 セイシアは氷の魔法が使えるので、ジュリにねだられれば氷を入れてあげられる。侍女はそれを見越して濃いめの紅茶をいれる。冷やした紅茶にシロップを入れるのがジュリの最近のお気に入りだ。

「マロリー様はポットごと紅茶を凍らせてくれるから、夏のピクニックに持っていくのに良いのよ」

 と、ジュリが自慢している。マロリー様とはジュリの婚約者殿だ。

 それは、うっかり凍らせてしまっただけでは? と思っても言ってはいけない。

「彼のどんなところが好きなの? これ、訊いていいかしら」

「私のマロリー様はそんな些細なことでは怒らないわ」

「いいわね、包容力のある人ね」

「そうよ」

「ふふふ。ジュリの婚約者殿は幸せね」

 木陰の茶会は穏やかで楽しかった。どうしてか、ジュリとならよく話せる。妹がいたらこんな感じかな、と思う。リゼルという異母妹がいることになっているが、彼女が妹だなんて微塵も思えない。それに、彼女は父に似ているところが一つもない。

 別荘で過ごし始めて五日後。

 ディアンと一緒にユヴェールがやってきた。

「セイシア」

 ユヴェールはゴーシュ家の面面に挨拶を済ませるとすぐにセイシアの元に歩み寄り、頬笑みながら肩を抱いた。

 周りの人々の目が見開かれる。セイシアはユヴェールのことしか見ていなかったので気づかなかったが。

「ユヴェール殿下の想い人だって、すぐにわかったわ」

 とジュリに言われてしまった。

 昨夜は初代国王の誕生祭で、王家主催の夜会があった。町では夕暮れから夜店が出て花火が打ち上げられた。

 王宮の夜会は伯爵家以上の貴族が集まるがセイシアは行ったことはない。

 ユヴェールは「ラズウェル侯爵家に招待状が送られているのだから、本来はセイシアが列席しなければならないのにな」とぼやいていた。貴族の常識などエルヴィンには通用しない。

 母が存命中は母だけが列席していた。母が亡くなってからは父だけが列席している。母はエルヴィンを嫌っていた。父が勝手に決めた人だと母がぽつりと言ったのを覚えている。

 セイシアが与えられている部屋で、ユヴェールと二人、久しぶりに寄り添って座った。

「一緒に行きたかったよ」

 ユヴェールがセイシアに頬笑んで囁いた。頬が熱くなる。恋は人を動揺させる病なのか。

「私も。今までは興味もなかったけど。殿下が煌びやかに装ってるのは見たかったわ」

 まだ王室管理室で婚約検討中の二人は中途半端な状態だ。

 一緒に夜会に行ける状態ではない。王室管理室の本音では、王太子の婚約を先に決めたいらしい。ユヴェールが渋い顔で言っていた。兄より先に弟の相手が決まるのはまるで兄に問題があるように見えるからと、ディアンがこっそりと教えてくれた。怖い理由だ。セイシアは王太子を差し置いて先走る気はない。毛頭ない。検討中で一向に構わない。

 セイシアとしては、自分のせいで決まらないと言われないかぎりは、中途半端でも良い気がした。

 正直、今が幸せなものだから、細かいことが気にならない。

「殿下ではない、ユヴェールと呼んでくれ」

「あ、ええ、ユヴェール様」

 セイシアは慌てて名を呼ぶ。

「それから、そんなに煌びやかでもない」

 ユヴェールが気まずそうに言う。

「父には会いたくなかったので、その点は留守番で良かったです」

 すでに居間で、ディアンたちと一緒に昨晩の夜会の話は聞いていた。

 なぜかリゼルが来ていたという。リゼルは子爵令嬢だ。伯爵家以上の家格の者しか参加できない宴に来ているのはおかしい。後に調べてみてもリゼルが参加した記録がない。

 おそらく、エルヴィンがセイシアの案内状を使ってリゼルを紛れ込ませた。受付が通してしまったのは王宮側の落ち度だ。エルヴィンを不審人物リストに載せ、今回は見ない振りをすることにした。悪用されたのがセイシアの案内状だからだ。

 セイシアは呆れて言葉も出なかった。我が父親ながら愚か過ぎる。そこまで愛人の子が大事なのか。大事なのはわかっていたが、犯罪行為をするほどか。臆病な文官気質だと思っていたが勘違いだったらしい。

「あの二人はなにがやりたいんでしょう」

「リゼルは、誰かを探していたようだ」

「探し人のためだったの」

「たぶんな。私がリゼルに気付いて、子爵令嬢が入り込んでいるのはおかしいと近衛に話した。近衛はリゼルを別室に誘導して追い返した。そのときに、リゼルが周りを必死に見回して誰かを探している様子だったと報告があった」

「そんなに必死に?」

「一応、聴取はあったのだがね。周りに見惚れていただけだと誤魔化して口を割らなかった。あれは見た目通りの者ではない。腹の中は黒い、なにを考えているかわからない。セイシアはくれぐれも気をつけて一人になったりしないように。誰に呼び出されても応じてはならない」

 心配したユヴェールが山ほどの注意事項を与えてきたが、混乱気味のセイシアは覚えきれなかった。


 明くる日。

 ジュリは婚約者殿にべったりで、ディアンは遅れてやってきたアロニスとなにやら話し込んでいた。

 セイシアはユヴェールとボートを乗りにいった。

 ジュリのお供でボート漕ぎはさんざんやらされたというのに、ユヴェールの方が巧みだ。腕力の差だろう。格好良くボートを操るユヴェールが羨ましい。

 そもそも女性の仕事ではないよ、とユヴェールに慰められた。

 湖の中程で肩が触れるほど近くに座り、湖面を渡る風と小波の音を聞いた。

 幸せだった。

 彼を愛している。

 もう抑えようがなく愛していた。


□□□


 二学年に進級し、五か月が過ぎた。

 セイシアは十七歳、目標の十八歳まであと少しだ。

 成績は上位のまま維持できたので、またユヴェールたちと同じクラスになれた。週末休み前には相変わらずユヴェールは夕食に誘ってくれる。

 教室にはいつものようにリゼルが来ていた。

 美しい令嬢はあちらこちらからの視線を浴びながら麗しい王子とその取り巻きと話をしている。話しているというより、リゼルが絡みに来てあしらわれているというのが実際のところだが。目にも煌びやかな四人だ。

 今日は気のせいか、リゼルに対するユヴェールたちの態度が冷淡な気がした。


 この日、灯りは足りているはずなのに室内がなぜか昏かった。

 ディアンとアロニスは用事があるからと、ユヴェールと二人きりだ。

「伝えたいことがある」

 言い難そうに、辛そうにユヴェールが前置きをした。

「噂が出回っていた。セイシアに関する噂だ。中等部を中心に。高等部にも知られ始めていた。セイシアが、身体を売っていたという」

「そんなデマが」

 まるで予知のままのようなデマだ。寒気がする。

 あの予知から逃れるためにどれだけの苦労をしたか。

 執事の話を盗み聞きしたくて風魔法を練習した。オルリーに本を売らせるため、話しかけるタイミングが知りたかった。オルリーの給料が減らされるのはいつからか。予知夢の情報だけではわからなかった。

 オルリーが高位貴族が出入りするクラブに出かけたのは金払いの良い貴族を見つけるためだ。前科のあるオルリーが高級クラブに入り込むのは簡単ではない。ゆえに、時間の猶予はある。とはいえ、手遅れになってはならない。

 本を売らせるのも、露骨にやると執事に邪魔される。図書室目録にはない本を選ばせるよう誘導した。

 それなのに、デマを流された。ひどい嫌がらせだ。

「噂の出所に心当たりはあるか?」

 ユヴェールは慰めるように肩を抱いてくれた。

 セイシアは首を横に振る。

「誰かに恨まれることをした覚えはないけれど。私が父から疎まれて他に家族はいないという、抵抗できない者だからでしょうか」

「卑怯者だ」

 ユヴェールが呟く。

「私の境遇を知っている者かもしれません。教育係だった叔母に冷遇されていたので。毎日、罵られて、叔母の試験で成績が悪いと食事抜きでした。父が叔母の給金を減らしてから私の本が売られるようになって。でも叔母の機嫌が悪くなると困るので見ないふりをしたわ。そういう事情を知っている者ならそんなデマを流しても不思議は無いと思うんです。幸せな家庭の者をいきなり娼婦呼ばわりは不自然でしょう」

 セイシアは話しているうちにどんどん落ち込んでいった。思い返すほどに惨めな生活だ。

 セイシアの情報が知られたのは侯爵邸の使用人からだろうか。リゼルが噂の元かとも思うが、リゼルがセイシアのことなど知っているだろうか。父は侯爵邸には寄りつかなかった。

 父と愛人たちのところでセイシアの話題など出るだろうか。

 リゼルに睨まれたのは一度だけだ。やりそうな人間の筆頭はリゼルだけれど、そこまでリゼルに恨まれる理由もわからない。

 それに、予知夢とは時期も違う。

 セイシアの過去が暴かれるのは、今ではない。もっと先だ。

 セイシアが禁忌の薬に冒されたことがあるとわかってしまうきっかけがある。高等部三年に進級してからだ。課外授業のさいに、禁忌の薬の香りを好む魔獣に執拗に狙われる。

 それでも他の者には気付かれなかったが、光魔法を持つリゼルにはわかってしまう。禁忌の薬は娼婦によく使われるものだ。そこからセイシアの過去が暴かれていく。

 そんな未来は来ない。

 落ち着いて対処しないと。混乱していたら駄目だ。冷静に考えなければならない。

 冷静になど、なれない。なれるわけがない。

 俯いて拳を握っていると、ユヴェールに抱きしめられた。

「大丈夫だ。もう、手を打ってあるから」

「え?」

 セイシアは驚いて顔を上げた。

「一刻も早く対処した方が良いだろう。噂を知ってすぐに学園長に相談をした。侯爵家の者に謂われの無いデマを流したのだ。犯罪として対処するよう頼んである」

 ユヴェールは王子としての力も人脈も使った。

 学園長がセイシアの祖父の従兄弟であることも良かった。学園長は学園の運営に関しては辣腕だ。今回の件はすぐに悪質な事件として対応している。

「私の独断で勝手にやった。こういうのは第三者が対処した方が良いと思ったのでね」

 ユヴェールが眉を下げる。

「い、いえ。ありがとうございます。助かります」

 セイシアは肩の力を抜いた。

「ショックだったろう? 食欲はあるかい? もうその件は大丈夫だからね」

「ショックはありましたが、少し食欲が復活しました」

「では、楽しく過ごそう」

 ユヴェールはセイシアの額に口付けをくれた。



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