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7)婚約の行方

二話同時に投稿いたしました。こちらは二話目です。






 会食ののちディアンとアロニスも自室に戻ったが、しばらくの間ディアンはアロニスの部屋にいた。

「彼女は、奥床しいのか、逃げたのか」

 ソファにくつろいでディアンがぽつりと言う。

「逃げたとか言われたら、ユヴェールが泣きます」

 部屋の主であるアロニスはディアンが座るソファの向かいにある一人掛けに腰を下ろした。

「彼女は落ち着いているよな。穏やかで賢く善良だ」

「善良というか、無垢な感じがしますね。王宮のあれこれを考えると、かえって気の毒な気もしますが」

 アロニスが思案する。

「王妃はきっとわざとだろう。王子の婚約をなんだかんだと理由をつけて遅らせているのは」

 ディアンは以前から思っていたことだった。

「決められないんでしょう。第一王子の秘密を考えるとだいぶ相手は絞られる。そのくせ、皇女であった自分の息子に相応しい令嬢でないと我慢ならないのでは?」

「うーん、俺が聞いた情報では、王妃の選ぶ基準はよくわからなかったけれどな。伯爵家の令嬢の情報も浚っていたみたいだし」

 二人が王妃について話すことはあまりなかった。話しづらい話題だ。

 元皇女である王妃は上手く付き合うことのできない女性だ。性格に難があるのだ。気位が高すぎて迂闊に話すこともできない。そんな相手の心中など、わかるはずもない。

 あの王妃とは距離を置きたいと、ユヴェールは常々話している。どう恭順を示せばいいのかわからない相手など面倒でしかない。

 どこまであの王妃は性悪なのかもよくわからない。側近となる二人も、本音では王妃のことなど話題にもしたくなかった。

 王妃が王子たちの婚約については「王子たちの希望を最優先にする」という意向を表明したとき、王妃をよく知らない者はそれを彼女の優しさだと考えた。ユヴェールは、王妃に優しさなどあるはずがないとは思ったが、王妃の発言に関してはありがたいと思った。

 ユヴェールは潔癖症で完璧主義なところがある。

 おそらく理想家でもある。閨の授業など実地は完全に拒絶していた。そんな王子が、自分の伴侶を政略で決められることを心底、嫌悪していた。

 アロニスとディアンにしてみれば意外ではあった。恋愛に興味もなさそうな王子は、政略による伴侶選びをすんなり受け入れるだろうと思っていたが。あの帝国との政略結婚が原因だった。

 今現在、周辺国との政略結婚は旨味がない。既に交わした条約で充分にうまく国交を結べている。

 王妃のこともある。政略結婚によって帝国との繋がりを深められたと思った矢先に、嫁いできた王妃は遺伝病を抱えていたことがわかった。

 政略結婚は結婚する本人のことは二の次になりがちだが、当時は健康状態まで二の次となっていた。帝国に謀られた、とザクスラルド王国側は捉えた。

 政略結婚の結果がこれだ。「貴族家ならまだしも、国のくせに、結婚なんてものに頼るからだ」とユヴェールは二人にだけは吐露した。大っぴらに言えるわけがない。あの政略結婚をまとめたのは先代国王だ。

 大国だからと、あまりにも誠意がない。ザクスラルド王国は、帝国の属国ではない。

 ユヴェールは、帝国と我が国との国力の違いも含めて、あの政略結婚の顛末、全てを憎悪していた。

 ユヴェールの心情を思うとやるせなくなる。

 最低限の条件は仕方がないとしても、自分の好きになった相手と結婚したいのだろう。その結果であれば、困難があっても受け入れられる。

「だが、ベルフィード殿下に恭順する様子をみせるためにも、なんら力のないラズウェル侯爵家を相手に選ぶのは良さそうに思えるんだけどな。侯爵家という家格は申し分ないし」

 ユヴェールは兄ベルフィードが次の王となることは本気で受け入れているし、いつも兄を支える意思を見せている。それでも、痛くもない腹を探ってくるのが貴族社会であり、疑い深い王妃だ。

「対外的には恭順を示しておくのは悪くないんでしょうけどね。陛下がどう思うかは別として」

 アロニスはディアンと同意見だ。

「陛下は、すでにベルフィード王太子殿下の次を考えておられるだろう?」

「いえ、私が言いたいのは、陛下を慮るのなら、恭順を示しすぎる必要はない、という意味ですけどね。でも、まぁ、波風は立たないほうがいいでしょう。陛下はユヴェール殿下を大事に思われているでしょうから、本当はもう王妃と王太子殿下にそこまでへりくだらなくても、と思うんです」

「安全対策だろう」

「王妃は危険人物だからですか。それに、『すでに』というか、跡継ぎのことばかりを考えなければならないのが辛いところです。酷い圧ですよ。ご兄弟の関係を歪ませてしまいます。私としては、臣下であるだけでなく友人としても支えたいですからね」

「それは俺も同じだ。だから、珍しくもユヴェールが惚れた相手と上手くいって欲しいと思うんだからな」

「そういうことですね」


□□□


 明くる日から、学園でディアンとセイシアが一緒にいる姿がよく見られるようになった。

 朝の挨拶をしたり、教室移動のときに隣を歩く程度のことだったが、王子の側近の彼は目立つためにセイシアも一緒に目立っているらしい。

 ディアンらの目論見通り、ユヴェールといるよりは風当たりは強くなかった。ディアンがセイシアと付き合っているらしい、と噂されたが絡んでくる者はいなかった。


 ユヴェールに毎週のように夕食に誘われることはいつの間にか日常となり、表向きは何事もなく過ぎていた。

 そんないつもの夕食のおり、アロニスたちが「また明日」と手を振り出て行くと、立ち上がりかけたセイシアの隣にユヴェールが移動した。

「話を、聞いてくれないか」

「あ、はい、なんでしょう」

 セイシアは居住まいを正した。

 ユヴェールはセイシアの元に跪き手を取った。

 セイシアの頭の中が真っ白になる。

「私との結婚を、考えてくれないか」

「あ、え」

「わけがわからないという顔をしているね?」

 ユヴェールが苦笑する。

「まさか、私と、ですか?」

「他に誰が? 私はセイシアがすごく好きなんだ。いつも頭の中にセイシアが引っかかって離れないくらい」

「そ、それは、すみません」

「頼むから、そこで謝らないでくれ。セイシアは私のことはどう思っている?」

「好き、です。とても」

「本当に?」

 ユヴェールが頬笑んだ。

 気持ちを晒すのがこんなに恥ずかしいこととは知らなかった。

 ユヴェールも勇気が要ったのだろうか。優秀な彼なら告白くらい容易くできるのかもしれない。ユヴェールに視線を向けると、心なしか、頬が朱に染まっている。

 セイシアの頬もさらに熱を持った。

 せっかく気持ちを伝えてくれたのに、戸惑ってばかりいてはいけない。

「一緒にいてこんなに胸が躍って幸せに思える方はいません。ずっと惹かれてました」

 とたんにユヴェールに抱きしめられた。

「ありがとう。私たちの結婚に障害があることはわかっている。でも、乗り越えようと思ってるんだ。私には今は言えない事情もある。それでも、生涯をともにする相手として考えてほしい」

「言えないことがあるのは理解しております。障害というのは、私がラズウェル侯爵家の跡継ぎであることも関わってるんでしょう?」

「そうなんだ。ごめんよ」

「謝らないでください。私にできることはなんでもします」

 彼が情けなさそうにしているのが嬉しいようにも申し訳ないようにも思ってしまう。

 心の片隅で警鐘が鳴っている。

 予知夢の通りだよ、と。

 だからなんだというのだろう。

 指に触れる彼の掌の暖かさが愛おしかった。抱きしめられるともうなにも心配は要らないと思えた。

 彼に惹かれることも一緒にいて幸せなことも、自然なことだった。

 気が付いたら彼のことを想い、胸がときめいて、ふとした時に会いたいと想う。

 引っかかって離れない、という彼の表現と同じことか。

 予知夢の中のセイシアもそうだった。

 衰えた体に恥ずべき過去もある。それでも愛してしまったから、嫌がらせに耐え、彼にしがみつこうとした。

 哀れな少女。

 もうあの少女はいない。

 セイシアが運命を変える毎に、物語の中のセイシアは消えていった。

 あれは、警告の物語だった。「姉」という語り部に聞かされていた「セイシア」は、今のセイシアと予知夢を繋げてくれていた。

 あの「セイシア」は病床にいた。病は癒えたのだろうか。

 予知夢をくれた「セイシア」に報いるためにも、悲恋で終わった恋を実らせたかった。








また明日も夜20時に投稿いたします。

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