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6)会食

二話同時に投稿いたしました。こちらは一話目です。




 セイシアはユヴェールたちを避けるようになっていた。

 気持ちとしては、避けたいのはリゼルなのだが、彼女が王子に付きまとっているので結果としてそうなる。

 彼がリゼルといる姿を見るとどうしても予知夢のことが思い浮かぶ。これは、条件反射のようなものだ。予知夢を見始めたたのは十歳からだ。幼いころの記憶よりもセイシアに馴染んでいる。何度も繰り返し読み聞かせられた訓話のようなものだ。

 その訓話の世界にユヴェール王子はいた。

 彼は思うよりも温和で親しげな人だった。言葉を交わすと、予知夢を思い返した。

 学園で穏やかに暮らしているうちに、死ぬ運命はもう免れたんじゃないかと、そう思い始めていた。あの運命はもう消えたのかもしれないと、信じ始めていた。実際、だいぶ違う展開になっている。

 最近また不安がぶり返したのは、あのリゼルの憎しみを知ったせいだ。

 リゼルから憎しみを受ける謂われはない。リゼルに気を遣うなど業腹だが、平穏な学園生活に波風を立てたくなかった。

 リゼルがセイシアを憎んでいる理由はよくわからない。彼女は父にあれほど大事にされているというのに。なにか勘違いしているのではないか。そのためにセイシアは将来、彼女に学園を追い出されるのかもしれない。

 予知夢では、リゼルは正義感によってセイシアを追いやったことになっていた。けれど、実際は違うのだろう。憎しみで追いやったのだ。とんだ偽善だ。本当は正義のためではなかった。

 リゼルのあの歪んだ顔を見た限りではそうだ。

 もう関わり合いたくなかった。リゼルにも、ユヴェールにも。

 それでも、彼と言葉を交わす僅かな時間がなくなってしまったことは、寂しかった。

 あの優しい会話の一時を失って生きながらえて自分の人生には価値があるんだろうか。


 ユヴェールがセイシアに避けられる度に痛む心を抑えているなど、セイシアは少しも知らなかった。

 そんな日々が十日ほども過ぎたころ。

 セイシアが授業を終えて寮に戻ると、手紙がドアの隙間に差し込まれていた。

 見ると「よろしければ夕食をぜひ一緒に。迎えを送る。ユヴェール」と簡潔に記されていた。便せんは王家の紋入りだった。偽造など出来ない。ユヴェール王子からのもので間違いない。

「なぜ」

 手紙を手に悩んだ。どう考えても自分に来るとは思えない誘いだが、なにか理由があるのかもしれない。どんな理由かは想像もつかないが。

 彼を避け始めてまだ半月も経たないというのに、もう挫折しそうだ。

「迎えを送る」と書かれているのだから待たせてはならないだろう。

 よろしければ、とはあるが、断れないものを感じる。うまく断る理由も思い付かない。

 寮の夕食は、食べない場合は断りを入れなければならない。ギリギリ断れる時間内だったため、慌てて食堂に降りて調理場に伝えておく。夕刻の時間に寮から出るので外出届けも出した。用紙には「管理棟横の応接間で人と会う」と記したのだが寮母はなにも言わなかった。週末休み前で、外出する寮生がたくさんいたからだろう。

 部屋に戻ると課題を済ませた。


 この日。

 ユヴェールは満を持してセイシアを夕食に誘った。

 セイシアのことは国王に相談を入れ、王室管理室にも話はしてある。とりあえず、問題はないと返答があった。反対はしない、ということだ。だから話をする場を設けようと思った。

「結婚を前提に付き合ってほしい」と、ユヴェールは申し込む予定だった。

 セイシアの父親が問題のある婿なので、実家に話を持っていくこともできなかった。

 最初から二人きりというのは、やめたほうがいいだろう、とユヴェールは考えた。ここのところ、セイシアに避けられていた自覚があったからだ。

 なぜ避けられていたのかがわからない。嫌われることをした覚えもなかった。

 それで、会食の始めはディアンたちを同席させることにし、会話をしながら様子見をするこにした。

 政略結婚の見合いではないのだから、出だしは友人同士の付き合いから始めるのは悪くない。

 ユヴェールなりに気遣い、場を用意した。


 セイシアが約束の時間に階下に下りると、王子の侍女が迎えに来てくれた。食事の場所は管理棟のすぐ近くにある離れだった。王族用の応接間だ。木立に護られるように囲われた小規模ではあるが綺麗な建物だ。

 侍女が扉をノックすると待機していた侍従がドアを開け、にこやかにユヴェールが迎え入れてくれた。

 セイシアは王子自らが出迎えてくれたことに人知れず怖じ気付いた。

 部屋の奥にはアロニスとディアンの姿も見える。アロニスたち二人はいるだろうと思っていたがほっとした。三人の会話を聞いているだけでも場が持つからだ。

「お招きありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は要らないよ、こちらへ、セイシア嬢。苦手な食べ物はないか? 今更、聞いても遅いけれどね。今後の参考に」

 ユヴェールは話しながらセイシアを席に誘う。

「なんでもいただきます」

 セイシアは「今後もあるんだ」とユヴェールの言葉に戦戦恐恐としながら腰を下ろす。

 運ばれてきた料理は素晴らしかった。

 さすが王族の食事。寮の食堂とはレベルが違い過ぎる。こんな料理は見たことも無かった。子供のころはまともな食事をしていたと思うが、きっとそれよりも豪勢だ。

「すごいご馳走ですね」

「気に入ったかい。口に合えば良いが」

「きっと美味しいと思います。香りがもう絶品です。でも私の口には貧しい方が合う恐れがありますけれど」

「ハハハ」

 ディアンに笑われた。ご馳走に興奮して変なことを言ってしまったらしい。

 いつものように、セイシアはほとんど話の聞き役と相づち要員だった。食事はとても美味しく、食べ過ぎてしまった。今夜はよく眠れそうだ。

 ユヴェールたち三人は食事のマナーが完璧で綺麗だ。セイシアは九歳で母を亡くすまでは母がマナーの指導をしてくれた。貴族らしい所作は叩き込まれているはずだが、自分で自分のマナーがどれだけのものかなどわからない。

 こうして完璧な三人を眺めながら食事をするのは良い経験かと思う。おまけに料理は上等だ。

 食後の茶もいただいた。好きな食後の飲み物を聞かれたので「殿下と同じものをいただいても良いですか」と答えてみた。正直、なんと答えて良いかわからなかったからだ。

 食事が終わるころには、セイシアは「セイシア嬢」から「セイシア」呼びに格上げされていた。親しみがあるほうが格上で間違いないだろう。

「セイシア。以前から思っていたのだが、私のことはユヴェールと呼べばいい」

「あの、でも」

「ユヴェール、セイシアが他の者に嫉妬されて嫌がらせされるかもしれないぞ」

 とディアンが危惧し、

「あり得ますね。ユヴェールは婚約者候補たちにも相当つれないですし」

 とアロニスも思案顔で頷く。

「ただの候補だ。王室管理室が勝手に帝国流を取り入れたものだから妙なことになってしまっただけだ」

 ユヴェールが不機嫌に言う。

「ハハ。それを暴露してしまうんですか」

 アロニスは苦笑しながらも楽しそうだ。

「暴露?」

 セイシアはそっとユヴェールの顔をうかがう。

 予知夢では二人の王子の婚約事情に関して、長く決まらなかったと「姉」が語っていた。

 王妃が関わっていたと思う。王妃の産んだ第一王子は幼いころに病弱だった。その影響で婚約が決まらず、それにつられるように第二王子の婚約も遅れ、おかげでセイシアはその相手に決まりかけた。

 結局、セイシアは亡くなって終わった。

 そんなもの悲しい記憶が浮かんでも、セイシアは動揺することはなかった。何度も何度も思い返したことだからだ。

「帝国では少しでも皇族の伴侶に選ばれる可能性のある相手にはさっさとそれを告げてしまうんだそうだ。帝国の伴侶選びはやたら厳しく、五か国語は堪能である必要があるとか色々とあってね」

「五か国語ですか。よほどの才人でないと選ばれないんですね」

 セイシアは感心しきりだ。

「人徳のほうが大事だと思うが、まぁ余所の国のことだ。そんなわけで支度をさせるために知らせるらしいが、その帝国流で知らせてしまったものだから候補が多くなってる」

「候補くらいなら多くてもよろしいじゃないですか。それに、王室管理室は『帝国流』うんぬんと表向きの理由を述べていますが、要するに王妃様と王子たちがあまりにも婚約に乗り気じゃなくて話がちっとも進まないから外堀を埋め始めたってところでしょう」

 アロニスがさらなる裏事情を暴露する。

 セイシアは、そんなこと聞いていいのかと愕然としそうになったが、必死に無表情を維持した。

 第一王子のお体のことがあったからではないかと、疑問が浮かぶが迂闊なことは言えない。絶対に言えない。

「本音ではそういう理由なんだろうけど。兄上がさっさと相手を決めてくれれば私に対する風当たりも緩むんだろうけどな」

「そうですね」

 アロニスとディアンは、それでもユヴェール王子の子が生まれないと誰も安心はしないだろうというもっと深刻な事情はセイシアには言えないため、曖昧に返答し頷くに留めた。

「告げたと言っても『そちらは条件が合っているのでお報せします』という曖昧なものだったらしい。そんなことを言われても先方も困るだろうに」

「そんなもの、困るほどのことでもない」

 ディアンが適当な返答をし、セイシアでさえも雑な相槌だとわかったのでつい頬笑んでしまった。

「と、いうわけで、私の婚約候補などなんら意味もない」

「でもな、セイシアには後ろ盾がないんだ。嫌がらせでもされた時に手を回してくれる家が無いだろ」

 ディアンに言いにくいことをはっきりと言われてしまった。

「私が手を回そう」

「それは良いですが、何事にも『名目』というものが要りますよ。ややこしい貴族社会ですからね」

 アロニスが指摘する。

「名目など、問答無用でいい」

 ずいぶん乱暴な案が王子の口から飛び出した。

「じゃぁまぁ。まずは俺と友人になりましょうか? セイシア。そうすれば手を出す者は減る。俺には婚約者も候補もなにもないからな」

「自慢げに言うのもどうかと思いますよ」

 アロニスが苦笑した。

「ディアンはゴーシュ侯爵家の次男だが、昨年婚約がなくなったんだ。相手の実家が投資に失敗してね。金銭的ないざこざで」

 ユヴェールがセイシアに教え、ディアンは眉をしかめてユヴェールに嫌そうな顔をした。

 セイシアは「それは、災難でしたね」と相槌を打つ。

「いや、あんまり好かない婚約者だったから俺にとっては幸運な結果」とディアンは「ハハ」と笑い、アロニスは「あちらもそう思ってるかもしれませんよ」と苦笑した。

「変な嫉妬をしてくるやつはいないし、なんなら、ちょっかい出してくるやつに脅しをかけるくらいしてやる」

 ディアンは朗らかに言ってくれた。

「それはありがたいですが」

「じゃぁ、そういうわけで。よろしくたのむ、セイシア」

 ディアンに握手の手を出され、セイシアは山ほどの疑問を抱えながらも「あ、はい、こちらこそ」と、ついその手を握ってしまった。

 よく考えれば、よく考えなくても、よろしくお願いなどしたくはなかった。そもそも、そこまで苦労させてユヴェールたちと付き合って良いのだろうか。

 とはいえ、夕食はとても美味しかった。三人の会話を聞くのも楽しい。ユヴェールは気さくなので、口下手なセイシアでも話ができる。二人の側近たちは面白い情報をたくさん知っていた。

 ディアンの申し出を断ればもう二度とないだろう。図々しいと思われようと頷いてしまった。運命から逃れようとしていたのに、なにをやっているんだろう。

 それでも、楽しかった。今夜はたくさん笑った。

 セイシアがあれこれと考えている間に、ディアンとアロニスはユヴェールに視線で合図され、そろそろ頃合いだとわかった。

 ユヴェールはセイシアと二人きりで話そうと、そのつもりだった。

 けれど、セイシアは急に恥ずかしくいたたまれなくなり、長居はさらに図々しいだろうからと、夕食のお礼と暇乞いをして速やかに退出した。まるで、逃げるようだった。

 パタン、と無情にもドアの音がする。

 ユヴェールはセイシアが消えたドアを寂しげに眺めた。

「さっさと帰ってしまったな」

 ディアンはドアから幼馴染みへと視線を移しそっと声をかけた。

「結婚を前提として、お付き合いを申し込むんですよね」

 アロニスに気遣わしげに尋ねられた。

「申し込む、予定だった」

 ユヴェールは心なしか落ち込んでいる。

「ま、まぁ、最初だしな、今度伝えればいいよ。俺たちもタイミングを見て退席するのが出遅れたし」

 ディアンが不器用に慰める。

「そうですね。こういうのはなかなか難しいものですね」

「拒絶感を感じたんだが、気のせいだろうか」

「初めてだからですよ」

 アロニスが間髪を入れず答えた。

「また、誘う」

「そうだな。とりあえず、友人にもなれたし」

 ディアンとアロニスがともに頷いた。



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