5)事情
今日は一話の予定でしたが、仕上げが間に合ったので、二話を同時に投稿いたしました。
こちらは二話目になりますので、よろしくお願いいたします。
ユヴェールは、王宮は近いのに寮住まいをしていた。国王から「好きにしていい」と言われて寮を選んだ。王宮の空気は息苦しいと思っていたので丁度良かった。
これまで朝食と夕食は、寮では自室の居間でとっていた。昼食は王族のみが使える控え室に運ばせている。たいてい、アロニスとディアンとともに食事していた。試験前やなにかで、それぞれが自分のペースで食事をしたいときは抜けることもよくある。
王立学園は設立当時から王族が通う学園だ。安全面を考慮し、なにかと配慮されている。ユヴェールもそれを最大限利用していた。
入学前は食堂で食事をすることも考えていたが、婚約者候補に近付かれると面倒だからやめた。だが、セイシアが誰と食事をしているのかが気になって仕方がない。リゼルに危害を与えられていないかも気になる。
「彼女は誰と食事をしているんだろう」
アロニスたちとの食事中に、ユヴェールはつい本音を零した。
「一緒に食事をされたいですか」
「ああ、まぁ」
彼女が誰のことかも口にしていないというのに。ユヴェールは本音を知られて口籠もった。
「セイシア殿がそれをどう思うかは不明ですが」
アロニスが肩をすくめる。
「そうだな。社交的な感じじゃないからな」
ディアンもアロニスの推測に頷いた。
「心配なんだ。婚約者にでもなっていたら守れるのに」
とユヴェールはなにげなく口を滑らせた。
ディアンとアロニスの二人は揃って目を見開き、ディアンは「アハハ」と笑い出した。
「そのうち言われると思っていたら、ようやく今ですか」
「ホントですね。私はもう少し先だと思っていましたけどね」
「予想していたような口ぶりだな」
ユヴェールは気まずそうに二人を睨んだ。
「そりゃ、ユヴェールの態度を見ていればわかりますよ」
アロニスが呆れた。
「だよな。ずっと彼女に話しかけたそうにして目で追っているんだから」
「そうだったか?」
「ユヴェールは不細工が好きだとか変なことを言われているが、実はけっこうな面食いだよな」
「なんだそれは。ディアン、私を誤解してないか」
「俺が言ったわけじゃない。侍女たちの噂やら、姉が聞き込んできた令嬢たちの話ではそうなっている」
ディアンが笑顔で答えた。
「私もよく聞かれますからね。『ユヴェール王子は綺麗じゃ無い人の方がお好きですよね』とか」
「おかしな噂が流れているのは知っている。そうではなくて、私が面食いだというのは」
「おや? 違いますか? 国教施設の壁画を見れば、不謹慎にも『この天使は美人だな』などと寸評する方が?」
アロニスが片眉を器用に上げた。
「俺は魔導師の本の挿絵でも聞いたぜ。『彼女は美人魔導師だな』ってさ。目の付け所が面食いの男だよな」
「たった二度ほど言っただけじゃないか。面食いではない。彼女の儚げで綺麗な雰囲気が好ましかったんだ。それにとても優秀だし控えめで一緒にいて落ち着くだろう」
「セイシア殿も、神話の女神系の儚い美人だよな」
ディアンが「もうわかってる」と面倒くさそうに答えた。
「婚約を検討すればいいんじゃないですか。ご本人には問題ないですし」
アロニスの提案に、ディアンも「そうだな」と頷いた。
「無責任に言うなよ、私の婚約は問題山積だからな」
ユヴェールは機嫌の良い二人に顔をしかめる。
「まぁ、そうですけれどね」
王子たちの婚約者は候補止まりで決まっていない。長年、行き詰まったままの状態だった。
王妃は「二人の王子の婚約者は王子たち本人の希望を優先に」と以前から公言していた。ゆえに、彼らにとって不本意な婚約は阻止されている。
ユヴェールは側室の子だが、それでも王妃は「王子の希望は大事だわ」と公に言ってくれている。それに関してだけは、ユヴェールは王妃に感謝していた。王妃の本音がどこにあるかは別として。
王妃はユヴェールが、王太子の兄にとって不利となる結婚はしないだろうと知っている。だからこそ、王子の希望を気遣う素振りを見せている。王妃はこの点においては、国王よりもユヴェールを信頼しているのだろう。
それらの経緯をアロニスもディアンもよく知っている。
ユヴェール本人が望めば、おそらくそれが最も候補選びの決め手となるだろう。
ディアンはユヴェールの婚約事情を踏まえて「ユヴェールが希望すれば王家は乗り気になるんじゃないのか」と言うが、ユヴェールは思案顔のままだった。
「苦労をかけるだろう。彼女はあまり人付き合いは得意じゃなさそうだし跡継ぎ問題もある」
「確かにセイシア殿と婚約するとなると幾つか面倒な点がありますね。超えられないほどの障害ではありませんが」
アロニスは逃げ腰のユヴェールを横目に話を先に進めた。
「セイシアはラズウェル侯爵家の跡取りだからな」
どうしても気が重くなる。
王家の跡取り問題も絡んでくる。
帝国の血を引く兄は遺伝病だった。
兄ベルフィードの母である王妃は、アルデイル帝国から嫁いだ元皇女だ。彼女の産んだ兄が次の国王となる。
アルデイル帝国は大国だ。世界屈指の国力を持つ。
ユヴェールは、兄ベルフィードの予備だ。王位を継ごうなどと、物騒なことは冗談でもいえない。
父である王もユヴェールの意思は知っている。王妃にも敵対するつもりはないことを、会話に潜り込ませるように伝えてある。
もとより、側室の産んだ王子で後ろ盾のない自分が、王妃の産んだ兄を押し退けて国王になれるはずがない。
元皇女の王妃は優しげな顔をして苛烈な人だ。プライドが怖ろしいほど高い。気に食わない侍女を斬り捨てようとして国王が宥めて救ったこともある。とんでもない王妃だと思う。
ユヴェールは平和のためにも、自分は二番目の王子でいるべきだろう。兄が体の弱いままだったらまだ可能性はあったかもしれない。けれど、今はほぼ完治といって良い状態だ。
兄が王となったほうが、帝国との関係は無難であろう。
幼少のころ兄は身体が丈夫ではなく、毎日のように熱を出していた。死にかけたことも一度や二度ではない。八歳を過ぎたころ、その症状はふいに治まっていった。周囲は安堵した。十二歳くらいになるとすっかり健康体となった。
今では、その原因はわかっている。
王妃は、アルデイル帝国の末の皇女で、彼女の母親は皇帝に愛された寵妃だ。
帝国と縁を結ぶために先代国王が姫との婚姻を申し入れると、なぜかあっさりと許された。
後にわかったのだが、皇女は生まれつき病を持っていた。遺伝病だった。ベルフィードにも遺伝していた。
帝国からの病がベルフィード一人で早々に判明したのは幸運ともいえた。遺伝した病が、必ずしもわかりやすく表に出るとは限らないからだ。
もしも、兄の病がたまたまそう酷くなく、そのために他の流行病に紛れて見過ごされたとしたら。治癒師の推測でも、気付かずにいることは実際にあり得たという。
王家の血筋や他家にまで広がった可能性があった。それを思うと怖気が走る。王家には国の平穏に関して責任があるというのに。国王もさぞかし憤っただろう。
その病の症状は幼少のころに強くでる。そういう特徴を持っていた。遺伝すると半数の子は幼くして亡くなってしまうという。幼少の時期さえ過ぎればすっかり健康となり、見た目には後遺症もない。
アルデイル帝国は大国で、帝国との関係は我が国にとって非常に重要だ。
病を抱えた末の姫を言わずに押しつけたためか、帝国は我が国に甘い。なにかと便宜を図ってくれる。
兄の病が判明した当時、ザクスラルド王国は対応に検討を重ねた。王妃と兄を帝国に突っ返すなどという過激な案は、心情としては浮かんだはずだ。
皇女が嫁いでからというもの、さんざん帝国からの「償い」ともいうべき甘い汁を我が国は得ていた。国防上、喉から手が出るほどほしかった条約締結、交易での益、それらはもう返しようが無い。
我が国にとっては幸いなことに、病んだ皇女を押しつけてきた皇帝は十年以上前に亡くなっている。苛烈な王妃の我が儘を聞く父親はもう帝国にはいない。むしろ、現皇帝は、元皇女を嫌っていることがうかがえた。帝国との付き合いは薄氷を踏むような緊張を伴うが、元皇女のことに関しては現状維持以上の気遣いは要らない。
このまま兄は王太子であり続けるだろう、遺伝病の因子を持っているとしても。
それでも、第二王子のユヴェールが、王位継承権を放棄することはできない。
直系の王子は自分と兄の二人しかいないうえに、王家は密かに第一王子には子を作らせないと決めている。
兄の病に関しては、知っている者はごく少ない。幼いころは単に病弱だったことになっていて、今はなにも問題はないとされている。
兄が次代の国王となるのだ。だが、その次の国王には、もう帝国の血筋は要らない。王家は、兄の子孫は未来永劫、国王にはしたくない。
国王と王室管理室は、兄の子が出来ないよう手を打つだろう。すでに済んでいるかもしれない。
兄を想うと辛いが、王妃に同情する気はない。彼女は知っていたはずだ。
ユヴェールは、もはやそのことには触れない、考えないようにしている。それでも事実は変えられないし、ユヴェールの子は未来の王太子となるだろう。
明日も夜20時に投稿いたします。




