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4)調査


今日は一話の予定でしたが、仕上げが間に合いましたので、二話同時に投稿いたしました。

こちらは本日の一話目です。





 ユヴェールは、リゼルという美しい少女と出会った。なぜか嫌な感じがある。

 入学式が行われる講堂の前だった。

 リゼルは「貧血を起こしたみたいです」とユヴェールに縋ってきた。貧血にしては顔色が良い。仮病のような気がするのだ。とはいえ、本当に仮病かなどわからない。本当になんらかの病かもしれない。

 学園の警備員を見つけ、リゼルを託した。

 リゼルは医務室まで付いてきて欲しかったようで助けを乞う視線を寄越したが、ユヴェールは入学式に間に合うよう急いで戻った。

 それから、リゼルにつきまとわれるようになった。

 バーント子爵家の令嬢だという。珍しい光魔法属性を持っている。

「友人付き合いをするのは一見、支障はなさそうですが。どうやら彼女は養子のようです。おそらく子爵家の親類からでしょう。どこの落とし胤かなど、詳細はまだ不明です。赤ん坊のころからの養子です」

 と報告はもらった。

 お付き合いなどする気はない。今のところ簡単な下調べで充分だ。

 それよりも、気になる人がいる。

 儚げで陽の光に透けそうなあの人は、教室で学生たちの中にいても磁石のようにユヴェールの視線を引き寄せる。彼女は学期の中間にある実力試験で堂々の一位、ほぼ満点をたたき出した。満点のとりようもない小論文があったために少々の減点があったにしろ、実質的に満点だ。


 ようやく話しをすることが出来た。

 ユヴェールの妹フラベルと、髪と目の色が似ている美しいセイシア。どこか人との距離を感じる彼女は、親しい友人を作ろうとしなかった。ユヴェールが友人第一号ではないか。

 話しかけてわかった。気になっていたのだ。近くで姿を見てやはり痩せすぎている。

 彼女の手が目に付いた。教科書をめくろうとしたまま留まっていた手の平。

 あの傷痕は見覚えがある。孤児院の視察のときに、たまに見る。教育熱心な孤児院で、小さな細い鞭で叩かれた子供の手。同じものだろう。古い傷痕だ。幾筋も、幾筋も。

 彼女が慌てて手を握り、隠していることがわかる。それなら追い詰めるつもりはない。

 さりげなく話題を変えた。セイシアは見るからに安堵している。変えられた話題に頬笑んで答えた。

「ここの寮の食事は美味しいですし、量もたっぷりしていますね」

 朗らかな笑みで、本当に寮の食事に満足していることがわかった。

 実際の寮の食事は褒められたものではなかった。やむを得ない事情でそうなっていた。

 昨年の長雨が元凶だ。長雨がもたらした不作。橋や堤防の決壊。流通が悪くなり、食材が高騰した。寮費を上げるのも、学園に通うのは裕福な家庭の学生ばかりではない。補助金が出るまでの間、寮の食事は一気に貧しくなっていた。

 それなのにセイシアは、寮の食事は美味しく量もたっぷりしていると嬉しそうに言ったのだ。

 ユヴェールはラズウェル侯爵家を詳細に調べることにした。


 側室の産んだ王子ユヴェールには、同じ側妻を母とする妹がいた。

 美しい母や美男の父にあまり似ていない妹フラベル。目立つ容姿の多い王族の中で「普通の容姿」の妹は浮いてしまった。

 母や周りの者はフラベルを愛し、大事にした。包み込まれるように慈しまれ、フラベルは優しい姫君に育った。それでも心ない者は言うのだ。「地味な王女」「王族のわりに不細工」と。

 幸い、フラベルはしっかりしている。才知に長けて、噂など気にする妹ではない。

 ユヴェールは王宮では家族以外の人間とは親しくしようとしなかった。アロニスとディアンは家族のようなものだが、フラベルを蔑む人間は好かない。

 そのうえ、なぜだかユヴェールは「不細工がお好み」「地味な令嬢が良い」と噂され、薦められる婚約の話は容姿が今一つな相手が多い。失礼ではないか。王家に群がる貴族らと王宮の連中には苛つく者が多かった。

 フラベルは派手さはないかもしれないが、白金の髪と薄紫の瞳は綺麗だ。聡明で愛らしい妹だ。

 妹を庇って暮らすうちに庇護欲が強くなった自覚はある。十三歳のフラベルは、もうユヴェールの助けなど要らない。それが寂しいと思う。

 ユヴェールは面倒見の良い面を持っているが、妹を馬鹿にした連中も見ているので甘いだけの王子ではない。


 ユヴェールの目を惹き付けて止まない白金の髪と薄紫の瞳の少女。

 セイシアはガラス細工のように華奢な雰囲気を持っていた。

 綺麗な瞳で遠くを見つめている、彼女の横顔に見惚れた。

 恋に落ちるのは一瞬だった。

「氷のように冷たい」と言われ、家族以外は冷めた目で見ていた王子が。誰も信用など出来ないと密かに壁を作っていた自分が愚かにも一目惚れだ。

 彼女にはなかなか近づけなかった。

 ユヴェールは自分から誰かに近づいたことがなかった。いつでも、王子に近づいてくるのは相手の方からだった。王族にふさわしくないものは近づいて来ない。そうやって篩い落とされるのは都合が良かった。

 侯爵家の跡取りであるセイシアは、家柄は申し分ないというのに、王族である自分に近寄らなかった。家のため、社交のために高位貴族は挨拶くらいはする。機会があれば会話しようとするものだ。

 ユヴェールは王宮では愛想のない人間だったが、入学してからは主立った貴族家の子息子女らとは気さくに会話をするように心がけていた。将来の跡継ぎが王立学園には多くいる。学園での彼らとの付き合いは貴重だと父にも言われた。

 セイシアは一人娘で跡継ぎのはずだが社交には興味がないらしい。いつも一人きりだ。


 半月が過ぎた頃。

 ユヴェールは今日もなんとかセイシアの隣の席を確保した。これがなかなか難しかった。セイシアは早くから教室に来ている。魔導科の席は人数分しかないのだ。

 本を読みたそうな彼女に半ば強引に話しかけていると、リゼルがやってきた。

 彼女はやはりどうも好かない。拒絶するのも上手くできない。天真爛漫なところは嫌いではないのだ。ただ、ときおり図々しさが鼻につく。

 来るタイミングも悪い。舌打ちしそうになる。

 丁度、面白い話題を見つけ興に乗ったところだ。教師が来るまで話をしていたかった。

 無視してやろうかとそのまま顔を背けた。

 窓際の席だったために、窓に目を向けることになった。

 王立学園のガラス窓は丹念に磨かれ鏡のようだった。セイシアの肩越しにリゼルの姿が詳細に映っている。

 彼女がセイシアを目にしたとたん、その綺麗な顔が歪んだ。憎悪にまみれた顔は鬼かと思うほどだ。背筋に怖気が走る。

 一瞬のことだった。

 セイシアに視線を戻すと呆然としていた。まるで、幽霊でも見たような顔だ。

 あれは、気のせいではなかった。

 リゼルを振り返るといつもの朗らかな笑顔だ。だが、目が笑っていない。

 変わらぬ日常がそこにある。

 アロニスにいさめられたリゼルは「わかりましたっ」と不満そうに中等部に帰っていく。

 授業が始まるが、この日は少々集中力に欠いていた。セイシアも心なしか元気がない。

 のちに、アロニスとディアンに確認すると、ディアンからはよく見えなかったが、アロニスはリゼルの横顔を見ていた。

「一瞬でしたが、妙に寒気がするほど歪んだ顔をしましたよね。憎しみとか嫉妬にまみれた顔というか」

 アロニスも同じ印象を持っていたようだ。

 どうやら、この辺りも調べる必要がありそうだ。


□□□


 数日後。

 情報部からの調査の結果を寮の部屋で聞いた。持ってきたのは、王室管理室の文官だ。

 ラズウェル侯爵家に関しては以前から調査を依頼してあったが、追加でリゼルの件も頼んだため若干時間がかかったようだ。

 アロニスとディアンも一緒に情報を共有した。

 ラズウェル侯爵家は劣悪な家だった。婿が悪かった。エルヴィンは結婚してすぐに娼婦に入れ込んだ。相手の女は夢中になるだけの美人ではあったが、婿のくせに愛人に子供まで産ませるのは馬鹿だろう。

 先代ラズウェル侯爵は気付いていた。エルヴィンには金を渡さないようにした。どうせ、娼婦につぎ込むだけだからだ。

 それなら娘と離婚させれば良さそうなものだが、娼婦に夢中になっている以外はエルヴィンは大人しく有能な文官ではあった。セイシアがいるので跡継ぎに憂いはない。ゆえに、放っておいた。

 それらの話は、侯爵の愚痴を聞いた友人たちの証言でわかったという。

 存外、有名な話だったようだ。

 ラズウェル侯爵は領地運営においては優れた手腕を発揮し、おかげで裕福だったが家庭を顧みないタイプの男だった。

 父エルヴィンはセイシアの教育係に義妹のオルリーを付けてしまった。持病を持ち性格的に問題があり、学園で悪評が立ったために跡継ぎから外してあった娘だ。オルリーには前科もあった。

 オルリーの罪は横領だ。十年前、オルリーの勤める魔法省で事故があった。攻撃用魔導具の実験に失敗した。死者も出たため念入りに調べられ実態が明らかになった。

 危険な実験をするための許可申請に偽りがあった。実験も、おこなうべき手順を踏まず安全対策を怠った。機材等の横流しや横領もあった。そのせいで安全な実験が出来ていなかった。

 責任者が死んでいるので大して罪を問えなかったが、生き残りは全員、解雇の上で投獄。それぞれの不正に応じた損害賠償も請求され、出所後も借金を背負った。オルリーもその一人だ。

 事故で片足に障害を負い手の指と仕事を失い借金を抱え、実家に戻ってきた。

 ラズウェル侯爵は領地運営で忙しく、婿のエルヴィンとセイシアを放置していた。監視は執事に任せていた。

 執事は言われた仕事はこなしていたが、職務に熱心ではなかった。いくらでもごまかせたのだろう。セイシアの手の傷痕がその証拠だ。

 オルリーの調査をしたところ、古書店に出入りしていたことが判明。高価な書物を持ち込み売りさばいていた。

 おおよその背景はわかった。

 セイシアは魔導書の丸覚えをよくやっていたようだが、売られてしまう前に覚えるようにしたのだろうか。健気さが痛ましい。

 監視役の執事や祖父の侯爵に頼れば良かったのに、セイシアはしなかった。放置されすぎて思いつかなかったのか。執事が一応、セイシアの味方であることもわかっていなかった可能性がある。余計に酷い目に遭うよりも、本を売るのを許す方が楽だったのかもしれない。

 エルヴィンが愛人に産ませた子がリゼルであることもわかった。

「なるほどな。それでリゼルは、なぜかセイシアを憎んでいるのか」

「そのようですね。そういう目でセイシア殿を睨んでいましたし」

 アロニスが頷く。

「ふうん。あのときの殺伐とした雰囲気はそういうことか。脳天気を装っているリゼルの様子が変だったわけがそれか」

 ディアンはリゼルの顔は見なかったが、あの場の雰囲気はいつもと違っていた。

「でも、変ですね。リゼルは子爵家で大切にされてますのに。逆恨みする状況ではなさそうですが」

 アロニスが首をかしげる。

 ユヴェールはリゼルの報告書を思い返した。ふつうは娼婦の子を養子にすれば蔑ろにされそうなものだが、バーント子爵家は違う。

 バーント家は嫡男を落馬事故で亡くしているが、嫡男の忘れ形見である子息がいる。彼が跡継ぎだろう。それで、バーント子爵は、孫とリゼルを結婚させようと考えている。

 子息はこれといって目立つところのない令息で、大人しい性格らしい。その一人息子と、光魔法を持つリゼルを嫁に入れて継がせるのが現当主の望みだという。

「彼女は、それでも自分が裕福な侯爵家ではなく子爵家の養子となっていることで嫉妬している可能性はありそうですが」

 アロニスが思考する。

 リゼルの実父であり婿であるエルヴィンは、実家は伯爵家だった。だがリゼルは実家の伯爵家ではなく親類の子爵家に養子に入っている。

 事情はおおよそ推測はできる。リゼルの実母が娼婦だったため実家の伯爵家で断られたか、あるいはエルヴィンは元から無理と判断して養子に入れてくれそうなバーント子爵家に頼んだのだろう。まだリゼルが赤ん坊だったころのことだ。

 エルヴィンは愛人宅に頻繁に出入りし、バーント子爵家には月に幾度かは訪れて小遣いや土産などを置いていくという。愛情はあるのだろう。世間的には褒められない愛情だとしても。

「そうだな。バーント子爵家の子息は容姿は地味だというし。リゼルは、なにしろ学園でも目立つほどに美形だ。もっと上を目指したいのかもしれない」

 ディアンが頷く。

「ええ、そんなところでしょう」

 アロニスが苦笑して同意した。

 十二分にあり得る話だとユヴェールも思う。

「バーント子爵家ではリゼルを大事に育て王立学園にも入れたと報告にあったがな」

 推測通りならバーント子爵も気の毒なことだ。リゼルの学園での振る舞いは、子爵家に恩を感じている令嬢のものではない。玉の輿に乗れば子爵家にも益があるとでも思っているのだろうか。とはいえ、そんな殊勝な令嬢には見えない。

 同様のことはディアンとアロニスも考えていた。

「とりあえず、セイシアに危険がないか注視したい」

 と、ユヴェールは憂い顔で言う。

「彼女は資産家だろうな。遺言がどうなっているのかはわからないが、彼女が死ねば実父が遺産を相続する可能性がないか」

 ディアンも眉間に皺を寄せる。報告書にはそこまでは書いてなかった。

「そうですね。しっかり者の祖父がその辺はなんとかしている可能性もありますが」

「そうだな。人選は間違いが多い人だったようだが、金と爵位に関してはしっかりされていたらしいからな」

「だが、それを、愛人に入れ込んで爪弾きにされていたエルヴィン氏が知っていたかは怪しいだろう?」

 ディアンがなかなか辛辣な言葉を口にする。

「確かにその点は不安だ。彼は侯爵ではないのにラズウェル侯爵を名乗っているのもあと三年で終わる。そのことも思うところはありそうだ」

「ラズウェル侯爵家の弁護士は、辣腕家のジョシュ・ジモンだそうですね」

「容赦なく追い出されそうだ」

 ディアンが肩をすくめる。

「もっと前にそうなるべきだった」

 ユヴェールはできれば、セイシアの手に傷が付く前になんとかしてあげたかった。



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