15)エピローグ
本日、2話、投稿しております。1話目は朝9時に投稿済みです。
こちらは2話目の投稿です。
明くる早朝。
リゼルが起きたときには、すでにユヴェールたちは一足先に学園に戻ってしまっていた。
セイシアの体調不良のため、早く治癒師に診せるという。ユヴェールやディアンたち三人も一緒だ。それでもユヴェールの班は、魔獣を四十体以上も討伐して一位だった。
そんなに頑張りすぎたからセイシアは体調を悪くしたのだろう、と皆は囁いた。身の程知らずにもユヴェールの班に入っていたからだと影で言う者もいたが、表だってではない。セイシアはディアンが望んでユヴェールの班に入ったからだ。班決めのときに、ディアンが「セイシアも一緒の班だ」と宣言するかのように言い、班長のユヴェールも「ああ、もちろん、一緒だ」と頷き、担当教師もそれで良いと言ったのだ。
セイシアは大人しくディアンの隣にいただけだ。悪く言えるわけがない。言えるとしたら、「身の程を知っていたら遠慮すればいいのだ」という控えめな批判くらいだ。
リゼルは学園に戻るとすぐ学園長に会おうとしたが彼は留守が多かった。学園長が在室の日時を教えてもらいようやく会えたのは三日後だった。「どうしても報せたい情報があります」と面会を求めて了解してもらった。
「今は授業中だと思うのだが」
と学園長は苦笑しながらもリゼルにソファを勧めてくれた。
「授業よりも大切なことがあるんです」
「学生に最も大切なことは勉学だと思うがね」
「セイシア・ラズウェルは禁忌の薬を摂取しています。だから、魔獣に執拗に狙われたんです。私は光魔法を持っていますが、彼女から真逆の闇の力を感じます」
リゼルが一気に言い切ると学園長は一瞬、目を見開いたが、次いで頭が痛むというように額に手を当てた。
「ラズウェル君が魔獣に狙われたという話については誤解があるようだ。それから、そういうデマはもう辞めてくれないか。君は以前にも友人たちとラズウェル君のデマ騒ぎに関わっていたが」
「それこそ、そちらのほうが誤解です」
「とにかく、学園内で根も葉もない嘘を吹聴するのは困る。繰り返すのなら、今度は停学では済まないよ」
「私は停学になったことはありません」
「停学となった学生たちが君を庇ったからだよ。そんな友人たちの気持ちを無に帰するようなことは辞めておきなさい」
「セイシアの体を調べてください。国教施設に魔導具があります。呪薬の闇を感知できるものです」
「よくご存じだね。そんなものは必要ないがね」
学園長の表情がにわかに剣呑になるが、リゼルは気付かなかった。
「ですが、彼女は魔獣に狙われたじゃないですか! それはどう説明するんですか」
「優秀な治癒師が説明をするだろう。君は勉強に戻りなさい」
「いいえ! 真実が明らかになるまで私は黙りません!」
「なるほど。これは、然る可き処に届け出る必要があるようだな」
学園長が目を細める。
リゼルは穏やかならぬ学園長の視線に背筋がぞわりと震えたが、セイシアを排除する手を引っ込めるつもりはなかった。
リゼルは学園長に「調べはするから、君はとりあえず帰りなさい」と追い出された。
リゼルは今後の方針を考えた。
学園でセイシアと禁忌の薬の件を触れ回ることも考えたが、実父のエルヴィンが手紙で述べていたことを思い出した。学園長が調べると言ったのだからそれをしばらく待った方がいいだろう。数日くらいは様子見することにした。
もしも学園長が動かないようだったら、今度はリゼルが自らセイシアの事実を流すことにしよう。
王都の新聞社に流してもいい。リゼルが光魔法持ちであることも伝えて、信憑性があるんだと言えば食いつくはずだ。
四日後。
リゼルがそろそろ行動に移るべきかと思案し始めたころ、学園の駐車場に「ピカピカの魔導車が停まってる」という学生たちの話が耳に入った。
あの男が来た、のか。
リゼルは学園の駐車場まで魔導車を見に行った。車体には王家の紋章が刻印されている。
「王家の」
セイシアを暗殺するために来た、にしては目立ちすぎるか。
リゼルが思わず見詰めていると、護衛らしき者に「あまり近付かないように」と睨まれた。
すると背後から「まぁ、良い」と、鷹揚に護衛を止める声がする。
振り向くとユヴェールに似た髪と目の青年がそこにいた。水色がかった銀の髪に水色の瞳は王家の色だ。
「あ、あの」
王家の青年が誰であるかはこの国の者であればすぐに察する。ベルフィード王子殿下だ。
「名は?」
王子に問われ、リゼルはぎこちなく礼をした。
「り、リゼル・バーントと申します。バーント子爵家の嫡子です」
養子を取り消すという話もあったが、まだ手続きはされていないだろう。
「ほぉ、お前が。光魔法を持つとか?」
「は、はい! 持っております」
「そうか。話を聞きたい。車に乗れ」
「あ、え、はい」
リゼルには断ることはできなかった。断るつもりもない。セイシアの件を話したかった。話す機会が作れるかはわからないが。付いていかなければ機会もなにもない。
魔導車は見るからに大型車だったが、車内は想像以上に豪華だった。
リゼルは運転席の隣に座らされた。殿下は後の席だ。後の席と前の席の間が広い上に透明な壁が設けられている。王子が隣の侍従に何か話している様子がガラス窓に映って見えるが声はまったく聞こえない。
リゼルは心臓がありえないほど速く脈打ち、今の状況が夢か現かもわからなくなってくる。
そのまま王宮に連れて行かれた。
□□□
「リゼル・バーントは王太子殿下の婚約者に決まったようだな」
ユヴェールの淡々とした声。
「子爵家から、宰相の親戚筋の伯爵家に養子に出されるそうですね」
応えたのはアロニスだ。
「まぁ伯爵家なら妃になっても許せるだろう」
ディアンが頬笑みながら肩をすくめる。
ユヴェールとアロニス、ディアンの会話をセイシアは聞くともなしに聞いていた。リゼルが妃になるなど凄い話だと思うが自分はあまり関係がない。セイシアはユヴェールの伴侶なのだから無関係ではないが。ユヴェールから裏話を聞いている。
ベルフィード王子の伴侶が子を産むことはない。妃はそれを誤魔化すための飾りだ。
あまり目立つ名家や力のある家の伴侶だと誤魔化しが面倒だ。第一王子の母である王妃は、帝国の皇女で国内の貴族に対しては力が無い。帝国の圧力をちらつかせればいいのかもしれないが、そんな技もない。帝国も王妃に力を貸さないだろう。そういう中での王子の伴侶だ。
ユヴェールは「リゼルはただの飾りだ。我が儘を言える立場ではない」と冷淡だ。
王妃なのだからセイシアへの嫌がらせをもっとやりやすくなりそうに思えるが「父上は王家に波風が立つことなど許さない」とユヴェールに言われた。
その上、「兄上も王妃も我の強い人間は好まない」という。ゆえに、彼らの周りは従順な人形のような者ばかりだ。二人の膝元でリゼルが愚かな行いを勝手にすることなど許されるはずもなかった。
それでもセイシアはかなり不安だったのだが、やがて不安も薄れていった。王宮にいても、リゼルと会うことはおろか噂の一つさえも聞かない。
催事のさいにはベルフィード王子の側に寄りそう姿を見ることはあるが、王子と王妃の好む「人形のような者」に見えた。かつての、あの活気のある笑顔など想像もできないほどのひっそりとした姿だった。
セイシアたちは卒業ののち、公に婚約と結婚をした。
本当はとうに結婚していたが、そんなことは言う必要はない。
結婚披露宴の前に双子が生まれていたが、歓迎されこそすれ、なにか言うものはいなかった。待ちに待った王族の子なのだから。
ラズウェル侯爵家は双子の弟が継ぐことになり、エルヴィンは追い出された。
エルヴィンはその前に、リゼルを許されない夜会に連れて行った件で降格されていた。
元々悪評の高い男だが、侯爵家の後見人だろうからと身の程に合わない昇格をしていた。
ユグリドとアルーサと名付けられた双子の兄弟は、生まれる前から王家と侯爵家の跡継ぎになることが決まっていた。
ユヴェールとセイシアは結婚したらゆっくり暮らす予定だったというのに、三人目をすぐに妊娠してしまった。
三人目の子はユヴェールが公爵家を賜ったらその跡継ぎとなるだろう。今現在、現国王の叔母が当主である公爵家は跡継ぎがいない。豊かな領地の公爵家だ。元より、次の王の弟が継ぐことになっていた。
国王がユヴェールを気遣うのは王妃への当て付けだと、アロニスがこっそりと、そんな不敬なことを言っていた。ユヴェールも似たことを言っていたのでそうなのかもしれない。
セイシアは王家の怖い情報は笑って頷くに留める。頷いてもいけないのかもしれないが、相槌ぐらい打たせてもらおう。
結婚してだいぶ経ってから、王家の伴侶選びの重要な決め手を教えてもらった。「極秘」の情報だ。
一目惚れが決め手らしい。夫婦円満となり、慈悲深い賢王や賢主になられるのだとか。むしろ、迂闊に反対してはならないとされている。
なんとも言い難い理由だった。極秘だから漏らせない。ちなみに、陛下の一目惚れの相手はユヴェールの母上だった。これらの情報は王妃には伝えられていない。決して言ってはならない情報だ。忘却の魔法で忘れてしまいたい。
セイシアがユヴェールと結婚してから、学園での噂事件で主犯とされた二人は最果ての修道院に入れられたという。協力者だった三人は条件の悪い家の後妻となった。家から始末されたような形だ。
それなのに、リゼルは王太子妃となった。彼女がしつこくユヴェールに付きまとっていたことは有名すぎて学園では知らない人がいなかった。セイシアへの嫌がらせも「実行犯」の令嬢たちだけが犠牲になったように見えたため、リゼルへの影での悪評が消えることはなかった。
三年、四年と経ち、子が生まれなかったためにさらに「子が産めない王妃」という批判も加わった。
ベルフィードが原因とは誰も思わなかった。
王太子のお体には問題がない、という王宮からの噂が流れたからだ。王太子は過去に王妃の侍女に手を付けて妊娠させたことがあったという。王太子は侍女を「側室にする」と告げたらしいが男爵家の出の侍女は気に病んで自殺してしまった。
そんな出所不明の怪しい噂が、実際に王妃の侍女が理由不明で自殺した事実があったために信じられていた。侍女の実家は無言を貫いている。
リゼルは針のむしろ状態だった。
ユヴェール王子の子息が三人も生まれていなかったら、もっと居心地が悪かっただろう。
セイシアは、王太子の妃がなかなか決まらなかった訳に納得した。こんな生け贄のようなお飾りの妃に我慢できる令嬢などそう簡単に見つからないだろう。
そのうえ「リゼルは長生きはしないだろうな」とユヴェールは推測していた。
ベルフィードは元からリゼルを始末する予定だったのだ、とユヴェールはセイシアに教えた。
「なぜって、リゼルが禁忌の薬うんぬんと学園長に言ったからね」
セイシアは息を呑んだ。それは、セイシアが免れた運命ではなかったか。
「兄上は一時期、荒れたときがあった。そのときに色々と悪さをしたらしい、禁忌の薬もそうだ。そんなものを、私の伴侶がやっていたとか大騒ぎされたら困る。兄上は気に入らないことを騒ぎ立てそうな者は許さない。それに」
と、ユヴェールは次の言葉を紡ぐ前に迷う様子を見せた。
セイシアはじっと続きを待つ。
「兄上は綺麗なものを壊すのがけっこう好きなんだ。兄上の動向を探らせていた侍従からの情報だ。王妃が事故死させたことになっている侍女も裏はわからない。セイシアは兄上に近寄ってはいけない。国王が許さないはずだけれどね、大事な孫を産んでくれたのだから」
ユヴェールの笑みに、セイシアはしばし頷くことすら忘れたが、ようやく知った。
セイシアは死の運命から本当に免れたのだ。セイシアを陥れようとしていたものがそれを代わりに引き受けてくれた。
セイシアは心からの頬笑みを返した。
すべての災厄を除け終えて、ようやく一筋の不安もない朗らかな笑みを浮かべた。
リゼルはユヴェールの予想よりも長生きした。
おそらく、そのほうが筋書きとしては良かったのだろう。王太子と妃は相思相愛の仲睦まじい夫婦と思われていた。ゆえに、王太子は多少の浮気の噂があったとしても、その浮気は本当だったようだが、妃を愛し続けたことになっている。
リゼルは四十の歳に亡くなった。
流行病だというが「毒だろ」とディアンが言う。流行病に似た毒が王家にはあるという。
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