表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

14)原因

今日は2話、投稿予定です。

こちらは1話目の投稿です。




「殿下! 怪我人が?」

 野営地の周りを見回っていた教師が気付いて駆けつけてきた。

「具合が悪くなったんだ」

 ユヴェールはセイシアを背負ったまま救護テントのほうまで行こうとしたが、ディアンが「俺が代わろう」と申し出た。このままでは要らぬ注目を浴びるのは必至だ。ユヴェールは渋々、セイシアをディアンに預けた。

 その間も、小型魔獣が沸いてくる。

「こんなに魔獣が?」

 教師が驚愕しながらも攻撃魔法で一閃、魔獣を払い除ける。

「やはり変ですか」

 アロニスが剣を振るいながら尋ねた。

「ここは初級の狩人でも楽勝の森だ」

 教師の声が戸惑っている。

 地元では子供も茸を採りに来るくらいだ。物騒な森ではない。

 貴族の子息子女をあずかる学園はそれでも魔導具付きの防御を装備させ、瞬時に結界を張れる魔導具まで持たせているが。ユヴェールたちの班ならなおさら楽に終わるはずだった。

 その間も移動を続け、野営地に駆け込む。

 野営地には魔獣避けの薬草が焚かれ、さらに強力な魔獣避けの魔導具も要所要所に置かれている。魔獣は入ってこない。この森程度なら、結界の魔導具は要らないだろうと判断されている。毎年、それで済んでいた。

 四人は救護のテントに入った。テントの中には治癒師が一人、待機していた。

 王立学園では普段は養護教諭が常駐しているが、課外授業では外部から治癒師が派遣されていた。治癒師ユアンは中年過ぎの厳つい男性だった。初めに紹介をされたのでユヴェールたちは名前は知っていた。

 ディアンはセイシアをマットの上に寝かせた。顔色が悪い。嘔吐きそうな胸をセイシアは必死に抑えていた。ユヴェールが傍らに寄り添った。

 アロニスはユアンが立ち上がると、彼に向き直った。

「ユアン先生、セイシアの体に関しては他言無用でお願いしたいのですが」

「患者の体の秘密はもとより、他には決して言いませんよ」

 ユアンは苦い顔で答えた。

「もちろん、そうでしょうけれど。それでも、お願いします」

 アロニスは重ねて願った。ユアンは居並ぶ面々にただ事ではないのだろうと察した。

「ええ、わかりました」

「公にしていませんがセイシアには配偶者がおり、差し迫った跡継ぎ問題により子がいつ出来てもおかしくない状況にあります」

 アロニスの真剣な表情に治癒師は一瞬息を呑んだが、すぐに頷いた。

「診ましょう」

 ユヴェールは治癒師のために退き、ユアンはそっとセイシアの下腹部に手を翳す。

「なるほど。妊娠しておられる」

 という治癒師の言葉にセイシアは目を見開き呆然とし、血の気のなかった頬に朱が刺した。

「ほ、本当に」

 ユヴェールが息も荒くセイシアの枕元に身を寄せた。

 その様子に、もう誰が相手かばればれだな、とアロニスとディアンは苦笑した。

「それも、双子の可能性」

「え」

「えぇ」

 アロニスとディアンも思わず驚愕した。

 ユヴェールはセイシアの手を握ったきり、絶句している。

「ご本人とは違う微弱な魔力波動が二つ、感知されます。二卵性かと」

 静かな治癒師の声。

「おぉ」

 ディアンが声を上げ、アロニスは破顔する。

 ユヴェールは嬉しそうに笑み、呆けたままのセイシアに頬を寄せた。

 治癒師とユヴェールたちは相談をし合うと、すでに事情を知っている学年主任にだけ詳細を伝え、他の者には「体調不良」と説明することにした。

 ユアンは気難しい顔だ。

「魔獣の多い森に妊婦を連れてきてはいかんな。魔獣に狙われる」

「やはりそうですか」

 アロニスはすでに察していたようだ。

「魔獣は弱くて良質の魔力に惹かれる。喰いやすい上に生命力が上がるからだ。高魔力持ちの妊婦に宿した魔力は、理想的な食い物に見えるんだ」

「くい、もの」

 セイシアは身を震わせ、ユヴェールは肩を抱き寄せた。

「治癒師殿、どうか脅かさないでくれ」

「いや、事実だからな」

「そういえば、怖ろしく小型魔獣が沸いて出てたな」

 ディアンは納得の表情だ。

「ここがザコい小型魔獣ばかりで良かった。西側のほうに行ったんだったな? それなら、なおさら雑魚ばかりだ。学年主任が気遣ったんだと思うな。南側とかだと少しやばい奴がいるからな。最強戦力メンバーの班だが、セイシア殿がいるから西側に行くように指示を出したんだろう」

「それなのに小型魔獣にわんさか狙われ、疲労困憊だったわけです」

 アロニスが疲れた顔で力なく補足した。

 ユアンは「主任に説明してこよう」と腰を上げ、セイシアに「じっとしていなさい」と告げてから一旦、テントから出ていった。

「半月前にわからなかったのはまだ小さすぎたからじゃないか。ぎりぎりわからなかった、というところかな」

 アロニスが推測も交えてそんなことを言うと、ディアンが「はは」と笑った。

「ご迷惑をおかけしました」

 セイシアが俯いてしまったため、ユヴェールは必死に宥めた。


□□□


 セイシアは、やっぱり魔獣に狙われた。

 リゼルはにんまりと顔を綻ばせた。

 二年生は野営地で待機だったためにリゼルは自由に動けなかった。まさか、二年のくせに三年の討伐にこっそり付いていくことなどできなかった。以前のリゼルだったら思い切ってやってしまったかもしれないが我慢した。

 セイシアを貶める噂のことでリゼルは自分の評判を下げてしまった。以前とは明らかに周りの態度が違う。さすがに自粛するべきだとわかった。ユヴェールの言う通りだった。

 あの噂事件のあと。リゼルは養子先の実家バーント子爵家から何度か「たまには帰ってきなさい」と手紙をもらったが無視していた。そのうちにラズウェル侯爵家の実父、エルヴィンからも手紙が来た。

 リゼルが社交界で、王立学園で起きた噂事件の黒幕だと思われていることが記されていた。

 エルヴィンはリゼルのことを信じているが、世間では「第二王子に付きまとったあげく、殿下が気に入っていた令嬢の根も葉もない噂を流そうとした」と、その黒幕だと思われた。

 そのためにバーント子爵から「リゼルの養子を取り消したい」と申し入れがあった。

 バーント子爵はリゼルを我が子として育てたが、リゼルは昔から子爵家一家とは親しくしようとしなかった。エルヴィンが訪れるのをいつも待っていた。子爵家の一人息子も、冷たいリゼルとの婚姻を渋るようになった。子息は別の学園に通っているが、同級生の妹を紹介され、彼女との婚約を望んでいる。

 手紙には「王族絡みの問題は起こしてはならない。子爵家には手に余るのだ。お前は自慢の娘で何も悪くはないと知っているが、くれぐれも気を付けるように」と記されていた。

 リゼルは手紙の忠言を守るしかなかった。

 もうリゼルには取り巻きがいない。それきり、同級生たちはリゼルから距離をおいている。小手先の誤魔化しで忘れてくれるわけもない。王立学園はそんな甘いところではない。

「でも、あいつが禁忌の薬をやっている娼婦というのは本当だから。すぐにわかる」

 リゼルは一人、ぶつぶつと不満を零す。

 リゼルは野営地の奥にいたので見ていないが、ユヴェールとアロニス、ディアンたちが魔獣に追われて帰ってきたと大騒ぎだった。

 セイシアはディアンに背負われ、具合が悪いらしいと皆、声高に話していた。

 あの魔獣だ。呪いの匂いが好きな魔獣。

 セイシアはとっくに禁忌の薬は辞めているし、薬は抜けている。けれど、呪薬というのは一生、消えない闇を残す。闇が好物の魔獣を呼び寄せる。

 光魔法の真逆にあるものをリゼルは感じ取り、魔獣の異常な行動でも裏打ちされ、セイシアを糾弾する。それがリゼルの役目だ。

 国教施設に安置された魔導具でセイシアが禁忌の薬を過去に摂取していたことは感知され、セイシアは退学となる。

 そのタイミングであの男が現れる、はず。

 あの男は、学園関係者か、あるいは学生の関係者だろう。課外授業のあと、幾日か経ってからだ。セイシアが追放されるころに現れた。なぜあのタイミングだったのかはわからない。もっと早くシンシアに物語から消えてほしかったが、運命を早めることはできなかった。

 あの男の正体がわかっていれば良かったのに。

 リゼルが知る限りでははっきりと出てこなかった。ヒントは多くあったらしいが、そういう描かれ方はリゼルは好かない。考えなくてもわかるようにすべきだろう。「暗示して、考えさせる」という描き方の場面は苛ついて飛ばした。

 まさか、主人公になってもわからないなんて。

 幾つかの暗示を思い返してもよくわからない。

 セイシアを学園から追い払っても、彼女が死んでも、リゼルはユヴェールの最愛にはなれなかった。ユヴェールはリゼルの誕生日を最後まで覚えようとしなかった。セイシアの命日にはいつまでも悲嘆にくれていたというのに。

 セイシアが亡くなったのち、リゼルはユヴェールに「セイシアを学園から放逐させてしまって、ごめんなさい」と涙ながらに謝る。彼女を治癒させるためだった、と必死に言い訳をする。

 ユヴェールは決してリゼルを責めたりしなかった。けれど、リゼルの目を見ようともしなかった。ただ、話を聞きたくない、という態度で顔を背けるだけだった。

 リゼルのほうがずっとユヴェールに相応しく、深く愛しているというのに、ユヴェールは理解しようともしなかった。それでもリゼルは国のため民のため、国教の活動に従事し、ユヴェールに会う機会を国教の本部に作ってもらい癒やしの光魔法を彼に捧げ続けた。ユヴェールは最後にはリゼルの一途な愛を受け入れた、かに見えた。

 見えただけだ。世間は献身的なリゼルを称えた。けれどユヴェールには、リゼルの誕生日や二人の記念日よりもセイシアの命日が大事だった。

 ユヴェールとリゼルは最後まで清い付き合いのままだった。最後まで、だ。ユヴェールはたった四十歳で亡くなった。ベルフィード王太子の子息が十八歳となったころ、流行病で早世した。

 だから、ユヴェールがセイシアを愛する前にセイシアを除けたかった。

 セイシアはディアンと恋仲になってるらしいのに。今からセイシアを始末すれば、あるいは。そのためにはあの男だ。あらすじが変わってしまっているけれど、あの男が出てくれば。

 リゼルは、ふと思い出した。

 王太子の息子は、ユヴェールの甥にあたる。けれど、その甥は、実はユヴェールの子だったと暗示させるエピソードがあった。王太子は体が弱いので、ユヴェールが子種を捧げたという。

 あれは、なんだかややこしかった。

 国王がユヴェールに「『帝国産』のお前の兄は心身に問題があるからな」という言い方をする。体が弱い第一王子のことを、帝国の皇女を母とするからだと言いたいのだろう。ユヴェールは、国王が何を言いたいのかわかった様子だった。

「だからセイシアを」と言いかけてなにも言わずに俯くのだ。

 ああいう「思わせぶり」な書き方があちこちにあった。飛ばしたからわかりにくいけれど。

 今ならわかる。王太子は体が弱かった。だから、ユヴェールに跡継ぎを作らせようとした。セイシアはそんなユヴェールの伴侶としては問題がありすぎた。だから排除された。

 あの「思わせぶり」だと、命じたのは国王ではないか。その可能性は高い。

 たまたま、その命じられた裏任務のものは、セイシアを買っていた男だった、と。暗殺が仕事の裏任務の奴が、私生活では爛れた生活をしていたという落ちか。

 リゼルが裏任務の者と接触することなどできるわけがない。

 学園の学生を暗殺すると目立つために、セイシアが学園から追い出されたタイミングを狙ったとしたら、辻褄が合う。

 セイシアはもうすぐ退学だ。リゼルが退学させるのだ。

「でも、今のところセイシアはユヴェール王子とは無関係っぽいんだけどな。もしかしたら、セイシアが、ディアンに隠れて王子と浮気してるのならわかるけど」

 その可能性もある。ユヴェールの愛する妹と同じ色の髪と瞳を持つセイシアの容姿はユヴェールの好みなのだ。




また夜20時に投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ