13)課外授業
今日は2話、投稿しております。1話目は朝9時に投稿してあります。
こちらは2話目の投稿です。
セイシアたちは高等部三年に進級した。最高学年だ。年度末には高等部を卒業する。
ユヴェールは十八歳で成人となり王宮で宴が開かれた。本来なら華やかな宴となるはずだったが、ユヴェールがあれこれ言い訳を作り小規模なものになった。国王が許可をしたので、誰も文句はなかった。
列席者のほとんどが事情を知っている者だった。身内だけということだ。二人のことは、そろそろ情報が漏れ始めて「公然の秘密」になりつつある。
国王と王妃の約束事があるので秘されたままにしてあるが、一年もしないうちに王太子の婚約は発表され、それに前後してユヴェールとセイシアのことも公になる。
もう機密という感じではなかった。
ただ、二人の関係がどうなっているのか、正式な婚約がされているのに黙っているのか、それとも婚約もまだで恋人なのか、それらは聞き出せないというようになっていた。
まだ王宮や貴族らのごく一部だけがひっそりと噂している程度のものだ。
セイシアは、ユヴェールの妹フラベルに紹介してもらった。
「まぁ、光栄だわ。私と目と髪の色がお揃いではなくて?」
可愛らしい声だった。
「こちらこそ、光栄です」
挨拶もないままに自然とお喋りをしていた。可愛らしく聡明な姫だった。ユヴェールが溺愛するのもわかる。
二歳年下だという。魔導学園に通っているのだと聞いた。
ユヴェールの実母の夫人にも紹介され、のんびりとして楽しい宴だった。
学園の寮にもどってから、思い返すことがあった。
まるで異国にいるような、不思議な雰囲気の一時を過ごしたのだ。
宴が終わり馬車乗り場に行くのに、ユヴェールはセイシアを連れて少し遠回りをした。中庭を通って行くことにしたのだ。
庭園には灯りが幾つも灯され美しかった。仄暗いけれど、花の美しさはよく見えた。見事に造られた庭園は、昼とは違った顔を見せていた。
夢のように美しく、セイシアは花に見惚れながら歩き、人が近付いて来るのに気付かなかった。
「ユヴェール」と隣を歩く夫が呼ばれた。
セイシアが花壇から視線を声の主に移そうとしたところで、ユヴェールの背中が視界を塞いだ。
「兄上」
とユヴェールの堅い声が答えた。
ベルフィード王子がそこにいるのだとわかった。
挨拶をすべきだろうと思うのだが、なぜかディアンもセイシアを護るように立つ。
護衛が幾人もいるために、人の姿は多かった。きっと王太子の護衛も混じっている。
「お加減が悪いのではないですか」
「ああ、酷い感冒だったよ。今朝ようやく熱が下がった」
王太子が視察地で感冒にかかったという話は聞いていた。今日の宴はそのために欠席だった。王妃はなんら連絡もなく欠席だったが、王太子が寝込むときは王妃はどこにも出ないというので、そのためだろうと、皆は知っていた。
「顔色が悪いです」
「不味い粥しか出てこなかったからな。明日にはもう平常だ。それより、そこの令嬢は?」
「私の妻です。感冒を移さないでください」
「ハハハ、酷いな。紹介しなさい」
「仕方ないですね」
ようやくユヴェールが脇に避けてくれたが、灯りの位置のせいで、セイシアから王太子の顔はよく見えなかった。見事に逆光だ。
見えにくいままにお辞儀をし「セイシアと申します」と名乗った。
「ああ、綺麗な妹が増えたな。歓迎する」
穏やかな声だった。
ほどなく人の群れが解けていくように暇乞いをして帰宅した。
あの優しげな王太子に結婚の相手が見つからないなんて、気の毒だなと思う。
よく見えなかったが、綺麗な男性だったと思う。きっと慕う令嬢は幾らでもいるだろうに。
悲劇の王太子、などという言葉が過る。
自分がそんなことを思うなど、おこがましすぎるが。彼に相応しい素敵な伴侶が選ばれてほしいと祈った。
それからひと月もしないでセイシアの成人の誕生日もあったが、ユヴェールが豪華な夕食と贈り物の首飾りを用意してくれた。
いつも豪華な食事なので目立たないが。デザートが幾種類も増えていたのでセイシアは、自分では自覚がないが満面の笑みだったらしい。
ユヴェールが「贈り物よりもケーキのほうが嬉しそうだった」と愚痴をこぼすくらいに。
学園前期の主要な催事は課外授業だった。春のころに行われる。三年はこの課外授業で実技が終わる。
残りの授業は座学のみとなる。三年生はとにかく多忙だ。就活や学院に進む準備や、あるいは文官試験の準備に明け暮れ、さらには卒業の課題や試験もある。
セイシアたちは、昨年は二年生として課外授業に参加したわけだが大したことは覚えていなかった。二年生のやることは野営の準備や留守番、三年生が狩ってきた魔獣の始末をするだけだ。「面倒だった」という記憶はあるが、討伐のための遠征だったのになんら活躍もなく終わった。そもそも二年の立場では活躍などやりようがなかった。
今年は三年として課外授業に参加する。
課外授業の日が迫り、最近は授業のたびにその準備をしていた。合同授業は毎年恒例で内容は毎年、同じだ。小型の魔獣が生息している森に行く、一泊二日の合宿だ。課外授業の加点はかなり大きいため、卒業試験で余裕が欲しい三年生はそれなりに必死だった。
寒さもすっかり緩み、学園の花壇が春の花で埋まる季節となった。
晴天に恵まれたこの日、早朝に学園を出発し、馬車で二時間、徒歩一時間かかった。ようやく目的地の森に到着した。
「では、二年はこの野営地で野営の準備。三年は休憩と準備が終わったら出発」
引率の教師に指示され、二年は班ごとに別れてテントを張り始めた。
あと二時間ほどで正午だ。二年と三年はここで役割分担をする。去年もそうだった。合同授業となっているが、実際は別行動が多い。攻撃魔法を習っている三年は狩りを行い、獲物の解体は二年が担当する。
二年がテント張りで四苦八苦しているうちに三年は森に入っていった。
ユヴェールはリゼルとはあの噂事件以来、口も聞いていない。今回の合同授業でも集合場所でちらりと見かけたが、それぞれ学年ごとに別れていてスケジュールが忙しいのでまともに顔を見ることもなかった。
ユヴェールとしてはリゼルを見かけるとセイシアがやられたことを思い出して苛つくのでありがたい。
「彼女のことなど気にしてる余裕はなかったな。セシィの体調が心配なのだから」
ユヴェールは後方でディアンと並んで歩くセイシアに視線を走らせる。
セイシアはここ数日、食欲がなくあまり夕食を食べていない。「胃の調子が悪いみたい」と本人は言っていた。
治癒師に診せたかったが「大したことはないので少し様子見します」とセイシアが言い張るので無理強いはしなかった。学園ではディアンに付いて貰っている。
ユヴェールは表だってはセイシアに近付かないようにしていた。嫉妬した連中に嫌がらせをされないように。リゼルも嫉妬からセイシアの噂を流した。噂を流した連中は罰せられ、あれから馬鹿な真似をするものはいなくなったが慎重を期した。
この状態も辛かった。
結婚をしたのだから発表できるかもしれないとユヴェールは楽観的に考えていたが、国王と王妃の約束があるのだからそう上手くはいかなかった。
どうしてもベルフィードの婚約が先という話は揺るがない。
ベルフィードの婚約発表と同時にユヴェールとセイシアも発表し、半年後に結婚の宴、という流れになりそうだ。
ここまでずれ込むとは腹立たしい。たかがそんな理由で不自由を強いられる。
国王は、セイシアに幾人も護衛を付けてくれたが、学園内では学園の衛兵が担っていた。セイシアの護衛は表向きはユヴェールに付いていると思われている。
本来ならもっと堂々と護衛をつけられる。他の者ももっと気遣うだろう。
ユヴェールが陛下の側近から流してもらった情報によると、王妃はベルフィードが不妊であることに気付いたようだ。ベルフィード王子に子ができない理由を、結婚相手の令嬢になすりつけるために下準備をしているらしい。ベルフィードにはなんら問題はないのだと、そうしたいのだ。
そんな小賢しい細工などする必要はない。兄上と相思相愛になれる相手を選べれば、子など些細なことだ。ユヴェールたちの子が生まれたら、その子を我が子と慈しんでくれるような王妃候補を選べばいいというのに。
ユヴェールが密かに父から告げられた話では、ベルフィードは十三歳ころにはすでに子が出来ない体となっている。ユヴェールが思うよりもさらに早くから国王はその手立てをしていた。
帝国のやり方に、王は本気で怒りを感じていたのだろう。
帝国の皇女との婚姻は、纏めたのは先の王だ。ユヴェールの祖父は野心家だったらしい。ユヴェールの記憶ではそんな雰囲気はなかったが人は見かけによらないものだ。あるいは、祖父に影響力のある誰かの勧めだったのかもしれない。帝国が裏から手を回していた可能性もある。
ともあれ、父は自分のできるやり方で復讐をした。それらのとばっちりをユヴェールたちが受けている。
セイシアの体調不良は妊娠の可能性もあるのでは、とユヴェールは幾度か考えた。
ユヴェールはセイシアとすでに夫婦生活をしている。
治癒師の診察は定期的に受けているが、セイシアが懐妊したという報告は受けていない。悪阻が始まるには早すぎる気もする。
休ませたかったが、課外授業には参加したいというセイシアを閉じ込めるわけにもいかなかった。本音では、たとえ雑魚でも魔獣がうろつく森を歩かせるなど、あり得ない。
「くそっ」
ユヴェールは小さく悪態を付きながら湧き出るように飛びかかってくる魔獣を切り裂く。
魔獣避けは討伐のために最低限のものしか持っていない。面倒な小型魔獣が途切れることなく現れるのはそのせいだ。学生たちは防御の魔導具を装備しているため怪我をすることはないが、魔獣の相手はさすがに疲れる。森を歩き続けるだけで苦行だ。
ユヴェールとディアンが剣で小型魔獣を斬り倒し続け、セイシアとアロニスが空間魔法機能付きの袋に放り込んでいく。アロニスは攻撃魔法が使えるので、セイシアの護衛を主任務にしながらの作業だ。
午前中の討伐は昼までとなっていた。そろそろ時間だ。
「あの大木までいったら帰還するか」
ユヴェールが行く手の木々の狭間に見える巨木をちらりと見て考えていると、背後から声をかけられた。
「殿下、もう戻ったほうがいいと思います。空間魔法機能付きの袋に四十体の魔獣が入りました」
アロニスが必死の形相で訴えた。
「四十?」
さすがのディアンも驚いて目を剥いた。
「私のほうにまで漏れてきたのが七、殿下が十五、ディアンが十八です。合わせて四十、異常ですよ、いくら何でも」
「そ、そうか」
アロニスは魔草や魔獣の素材を採るために学園とは関係なしに森に来ていた。
魔獣の森などこんなものかと思っていたが、異界の森に慣れているはずのアロニスの様子に、平素よりも魔獣が多いのだと悟った。
「帰還しよう」
ユヴェールが告げると、セイシアが安堵した様子で表情を緩めた。疲れていたのだろう。セイシアの体調をもっと気遣うべきだった。
野営地に向かって歩き始めても魔獣が襲いかかってくる。
アロニスが光魔法の魔導具を使い始めた。剣に光魔法を纏わせるもので、振るうだけで追い払うことができる。魔獣を討伐するより、セイシアを庇うことを優先させている。
ディアンもセイシアの斜め前で退路を切り開く。ユヴェールはセイシアの隣で彼女を見守りながら歩いていたが、セイシアの顔色が気になる。疲れているのがわかる。
木の根に躓きそうになった彼女の腕を掴んだ。
「ごめんなさい、うっかりして」
「背負おう、セシィ。おいで」
「で、でも」
恥ずかしいのか、セイシアの頬が朱に染まっている。
「ほら、おいで。急いで帰ろう。そのほうが安全だ」
「はい」
セイシアがおずおずとユヴェールの背に体を預ける。ユヴェールは思わず顔が綻んでしまう。
ディアンとアロニスの呆れた笑顔が鬱陶しい。
足に身体強化を込めて速めた。戦力が一人減った分、アロニスとディアンの負担が増えたが、体調の悪そうだったセイシアの速さに合わせなくて良くなったので距離は稼げる。
やはり魔獣が多い。
「これは、もしかして」
アロニスがなにかに気付いたのか、にわかに真剣な顔付きになった。
「どうした、アロニス」
ディアンがアロニスにちらりと視線を寄越し、すぐさま魔獣を切り伏せる。
「いえ、とにかく急ぎましょう」
追いすがる魔獣を振り切るように速度をあげ、ようやく野営地のテントが見えたときは安堵の息が出た。
明日も朝9時と、夕方20に投稿する予定です。