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12)神殿

こちらは一話目です。

今日は、朝9時と、夕方20に投稿予定です。




 嫌なことがあると愛しい人の温もりが欲しくなる。心が求めてならない。


 王妃の侍女からの情報があった。国王経由で知らされた。

 王妃が荒れている。ベルフィード王子もあまり良い状態ではない。体調とともに塞ぎ込んでいるという。王妃からの圧力が重荷らしい。婚約者に関して、王妃の選択とベルフィードの望みが乖離しているという情報もある。

 ベルフィードは今では健康体だが疲れやすいという後遺症を残している。それでも公務に励み、穏やかに社交をする王太子だ。執務も熟している。

 その王太子の婚約者選びが頓挫している。王妃は以前から口うるさく選びすぎていた。

 この世の中の半分は女性だ。それなのに、足りないというのか。


 セイシアを抱きしめるのが好きだ。セイシアは華奢だった。栄養不足のままに成長期を過ごした体だと治癒師はそう見立てたが、そんな話をセイシアに聞かせられない。彼女のせいではない。

 抱きしめ合ったまま二人でソファに座り、ユヴェールはセイシアの髪に口付けた。

「結婚を早めたいと思っているんだ。邪魔が入らないうちに」

「邪魔?」

「ああ、いや、そういう恐れがあるだろう」

 ユヴェールの口籠もる口調が気になったが、彼はすぐに言葉を続けた。

「婚約を公にしたいのに許しが出ないだろう」

「王太子殿下の発表を先にされたいだけですよね?」

「王妃はそう約束したんだ、国王に。今度こそ兄上の婚約を決めるからと、それが交換条件だった」

「そ、そうなんですね」

「だが、私たちがそれに付き合う義理はない」

 ユヴェールが忌々しそうに吐き捨てる。

「いえ、でも」

 セイシアは思わず口ごもった。

 待つぐらい、仕方ないのではと思う。

「神殿で加護の儀式を受け、腕輪を貰えれば婚姻を早められる。私たちはあとたった数か月で十八になるし、もとより王家の者は早い婚姻が認められやすい。兄上のことを表に出さなくても、法務部での許可がすんなりとおりる。王室管理室も後押しする」

「跡継ぎのことがあるからですね」

「表向きは、まだ問題とはなっていないけどね」

「私も子が欲しいです、ユヴェール」

 セイシアが頬笑んで応え、ユヴェールは目を見開いた。思わず深呼吸する羽目になった。

「セシィ」

「あなたに似た子は、きっと世界一可愛いわ」

 セイシアは柔らかに笑った。


□□□


 二週間後。夏季休暇が始まった。セイシアは昨年と同じディアンの別荘に連れて行かれた。誘われた、というより運ばれたという感じだ。

 ディアンが近くに国教施設がありいつも空いている、と教えてくれた。あまりにも「思い立ったが吉日」過ぎる気がするが、さっそく準備を整えた。

 セイシアは自分で言い出したことなのに、今頃になって怖じ気づいていた。あれよあれよと言う間にディアンがお膳立てをして国教施設に行くことになってしまい、ご機嫌のユヴェールとともに馬車に乗せられた。

 夏季休暇中のこの時期、人の目も緩い。誰にも気づかれずに国神の加護を二人で受けることが出来ると言われた。なぜそこまで秘密にする必要があるのかとセイシアは疑問だったが、

「どこからどんな邪魔が入るかわからないし」

 とディアンに説明され、邪魔とはいったいどういうものかと思いはしたが、訊くのも怖い気がした。

 ユヴェールは迷ったのち、説明を加えた。

「王妃からの嫌がらせがあるかもしれない」

「そこまで反対されているの?」

「前にも言った通り、誰であっても反対なんだ。彼女は、直情的な人だ」

 それは、以前のあの王妃の態度でセイシアも知っていた。

 ユヴェールは苦い顔で「私が兄より幸せな結婚をするなど王妃は歓迎しない」と言う。

「でも、跡継ぎは」

 王家の跡継ぎは要るだろう、とセイシアは言いかけて口ごもった。

「ユヴェール、あなたが言い難いなら私が説明しましょう」

 アロニスが気遣わしげに声をかけた。

「いや、言い難くは」

 とユヴェールは言いかけて吐息を付く。

「私どもにとっても想定外のことでした。まさか、王妃があんなにユヴェールの婚約に苛立つなど、そこまでとは思っておりませんでした。たかが兄弟の順番です」

「はい」

 とセイシアは相槌を打つ。

 予知夢での王妃の情報は少ない。まさかここに来てこんな話を聞かされるとは思ってもみなかった。帝国出身の美しい王妃としか情報は出回っていない。よほど念入りに情報統制がなされているのだろうか。

「王妃には力はありません。彼女を溺愛していたのは先の皇帝です。もう亡くなられて十年以上です。王妃は保身には長けている。自分の立場は知っているんです。自分ができる範囲のことも知っている。大したことはできません」

「そうなのですか。王妃なのに」

「実家はこの国ではありませんから。現皇帝も王妃のことは、よほどのこと以外は放置です。その点は心配ありません」

「え、ええ」

「王妃は以前に、侍女を殺しています。突き飛ばして」

「ま、まさか」

 そういう危険とは思ってもみなかった。

「殺す気はなかったのかもしれませんけどね。他にも似た事件はあります。表に出ていないだけです」

「それは、暴行を隠す力はあるということですね」

「小難しい問題があって、事故で処理するしかなかっただけです。とはいえ、繰り返しますが、王妃には大した力はありません。帝国もあの妃に力は貸さない」

「それは、信じても?」

「我が国に借りがありますから、ありえません。ですから、周りの者に乱暴する以上のことはしないんです。今は、王妃の侍女は体術の達人しかなれません」

 アロニスが鼻で笑って肩をすくめる。

 セイシアは呆気にとられて相槌の言葉も出ない。

「そういう王妃ですから、予想外のことをやるんです。自分の自慢の子息よりもユヴェールが先に婚約して、あの王妃は荒れていまして。嫌がらせくらい仕掛けてくるかもしれません。ただその怖れを封じたいのです。セイシアが王子と正式に結婚して妃となれば王妃は決して手を出しませんから」

「そうなのですか」

「そうです。今の王妃を見ると婚約者では少々、心許ない。ですが、結婚すれば確実です。婚姻すれば妃ですから、もう王族あつかいなんです。王族に手を出したら、帝国出身の王妃でさえも離縁されます。彼女は離縁の理由を作りたくないでしょう。そういう護身は、あの王妃は敏感です」

「わかり、ました」

 セイシアは、目の前に危険と希望がともに並んでいるような気がした。


 神殿は静謐な建物だった。

 婚姻に際して得られる加護は、別名「子宝の加護」とも呼ばれていた。とてもわかりやすい。婚姻の儀式でもあるが、ふつうの婚姻の儀式と違う点は、加護の腕輪がもらえることだ。申し入れるときにそう願わなければならない。

 この加護を受けるには条件がある。国教の資料にもはっきりと記されている。

「ザクスラルド王国の民であること。国神の信仰を持っていること。魔力があること。愛し合う二人であること。十六歳以上であること」

 この条件を満たせば国教施設で儀式をしてもらえる。加護を授かり精霊石の腕輪を賜る。それに互いの魔力を注いで交換すれば完了だ。

 セイシアとユヴェールはともに十七歳、あと半年ほどで十八歳、成人だ。正式に婚約もしている。条件を満たしていた。

 神官に祈祷してもらったのち、国神の水晶球の前で跪き、結婚を誓う。魔力を奉納して祈る。魔力は僅かでも良い。祈りが終わるまでが儀式だ。


 帰りの馬車の中で、二人でぽつぽつと話をした。

 儀式の前には断食しなければならなかった。ユヴェールは公務があるので食事を控えるのが難しいのではと思ったが、茶会では茶だけを飲むようにし、会食の予定は元からなかったようだ。後から来た招待はすべて断り準備にいそしんだという。国王の協力のもと時間を作り馬を走らせて来た。

 静かな穏やかな時間だった。うつらうつらしながら過ごした。ユヴェールがセイシアの髪を撫でてくれた。

 この日、二人は加護の腕輪を授かり、書類上の婚姻の手続きも始めた。


 あれから一週間ほどが過ぎた。

 婚姻の書類も無事に受理された。

 ユヴェールとセイシアは夫婦となった。

 これで一安心だ。もうなにも憂いはなかった。

 結婚披露の宴は卒業してからになる。そうすればもっと正式で公の夫婦となるが、すでに神に夫婦の誓いをし、法手続き上でも夫婦だ。

 二人が卒業するころには王太子の相手も決まっている。王妃は国王とそう約束をしたのだから。もう延ばせないだろう。


 ユヴェールの実母の名義となっている別邸は、将来はユヴェールが継ぐことになっていた。その瀟洒な屋敷にセイシアは誘われた。

 今夜は、とりあえずは初夜なのだけれど、どことなく日常の延長線上と変わらない気安さがあった。披露宴などの、結婚といえばつきものの催事がないからだろう。

 侍女に手伝われながら体を浄めると、居間で食事をとった。

「二人きりの宴になってしまったね」

「嬉しい披露宴ね」

 セイシアは顔が綻んでいた。

 ユヴェールは申し訳なさそうだけれど、セイシアはこの方が良かった。

「セイシアはそう言うと思った」

 ユヴェールが苦笑する。

「本音は、結婚披露宴も二人きりがいいのだけど」

「ハハ」

 運ばれた料理を二人で楽しみ、部屋でくつろいだ。

 口付けを交わせば息が上がる。互いを抱きしめて、頬に、首筋に唇で触れた。熱い視線で、ユヴェールがセイシアを求めてくれているのがわかる。

 セイシアには望みがあった。

 予知夢の中で、まだ少女だったセイシアはあの男に襲われた。

 セイシアの願いは、好きな人と初めての夜を過ごすことだった。

 予知夢の中でセイシアはユヴェールとは口付けだけだった。物語ではさらりとそれを告げただけだった。それでも、自分のことだからわかる。初めての相手はユヴェールが良かっただろうに、と。胸が痛くなるほどにそう思う。

 運命はねじ曲がり、今宵、愛する人と初夜を迎える。

「愛してます」と囁いて、そっとユヴェールの首筋に額を押しつける。抱いて欲しいという願いを込めて。

 ユヴェールは「おいで」と、セイシアの手を引いた。

 むさぼるように口づけを奪い合いながら寝室のベッドに二人雪崩れ込むように横たわった。

 初めての人はユヴェールとなった。

 もう思い残すことはないくらい幸せだった。


□□□


 ユヴェールは気持ちが昂ぶり誘ってしまった。

 セイシアはそれも受け入れてくれた。

 寝室に入り、服を脱ぎ捨てた。

 セイシアはほっそりとしている。華奢な身体は綺麗だと思った。

 手の平には鞭の痕。傷痕を消してあげたい。美しい指をしているのに。セイシアをひどい目に遭わせたやつを一人残らずひねり殺してやりたい。

 セイシアは恥ずかしそうにしていた。すぐに朱くなる愛しい人。

 触れると戸惑い、おずおずと指を伸ばし、ユヴェールの肩に手を触れた。

 口づけをして頬に唇で触れ、髪を撫でた。

 肌は白く肌理が細かく白絹のようだ。

 二人の息が荒くなる。抱きしめ合い、何度も口づけた。

 ベッドにもつれるように倒れた。

 思わず笑い合い、息の荒いままに抱き合う。

 夢中になった。

 セイシアは初めてだった。反応がどれも初心だ。なにが娼婦だ。

 辛い過去を忘れられるまで口付けを贈りたい。

 誰にも触らせない。

「私の妃だ。私だけの」

 こんなに人を愛することが幸せで、理性を蕩かせるなんて信じられなかった。

 この夜のことは忘れない。






ありがとうございました。

また夜20時に投稿いたします。

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