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10)婚約

20時に、二話同時に投稿いたしました。

こちらは一話目です。




 ユヴェールとセイシアの婚約はほぼ決まりつつあるが、確定ではなかった。


 セイシアが侯爵家を継ぐ立場であることは、王子の婚約相手としては反対される理由になった。ラズウェル侯爵家は古くから続く家で、魔力の高い血筋だった。

 次期侯爵はセイシアと決まっている。婿の父親は後見人でさえない。


「先代ラズウェル侯爵の従兄弟は王立学園の学園長だが、子は跡継ぎの子息一人。それに、セイシアの亡き叔母は前科持ちだった。当然、結婚も出産もしていない」

 やり手の当主だった前侯爵は、とっくにオルリーを廃嫡にしていた。

 ディアンが報告書を読み返すと、アロニスが「そうでしたね」と頷く。

「ユヴェールとセイシア殿とで二人ほど子をもうけて、一人がラズウェル侯爵家を継ぐしかないな」

 ディアンがこともなげに告げ、ユヴェールは眉間に皺を寄せた。

 アロニスはユヴェールの不機嫌など微塵も気にせず「それが確実ですね」と頷く。

「将来的にはそのようにすると王室管理室を説得するしかないか」

 ユヴェールがそう思案する。

「それはそうでしょう」

「セイシアが心配だから、学生のうちに婚約を認めさせたいんだ」

「心配とは?」

 アロニスがユヴェールに問う。

「あの愚かな侯爵の屋敷に帰したくない」

「ああ、そうでしたね。ですが、セイシア嬢が成人すれば、あの男は追い出されて終わりでしょう」

「だが、侯爵家の弁護士は、用心棒ではない」

 ユヴェールの苦い顔が和らぐことはない。

「なるほど」

 ディアンとアロニスはユヴェールがなにを案じているかを悟った。同時に、アロニスはセイシアを睨んでいたリゼルの横顔を思い出してぞっとした。

「跡継ぎ問題の道筋を提示するしかないだろ」

 ディアンが言葉を継ぐ。

「セイシア嬢は魔力が高いですよね? 跡継ぎをもうけるためには良い条件です。王族の場合は、早めの婚姻も確実に認められるでしょう」

 魔力持ちの血筋は子ができにくいからだ。

 我が国は条件を満たせば、十六歳以上で結婚が認められる。求められる条件の多くは「跡継ぎ問題」だった。

 王室管理室は王家に子が出来にくいことを常に絶えず気に病んでいた。

「さすがに学生の立場でそれは出来ない」

 ユヴェールは不機嫌に首を振るが、アロニスとディアンはそんなユヴェールに肩をすくめた。

「ですが、セイシア嬢の家の状況をみるに、早くに保護されたいと仰ったばかりじゃないですか」

「あ、ああ、それはもちろんだ」

「むしろ、学生として寮にいる間に保護できる状況を調えたいんですよね?」

「セイシアに後継のことで圧力を感じたり苦しんだりさせたくない」

「ユヴェール、目的と解決方法を見失っている。彼女との幸せな未来のために跡継ぎ問題を解決したいんじゃないか」

 ディアンが呆れて言うと、アロニスも険しい顔で頷いている。

「ユヴェールは自分の立場から逃げることも難しいだろう。もしもユヴェールと彼女が添い遂げたいのなら、なんとか障壁を乗り越えないとならないだろう」

「それはそうだが。あまりに無理な方法は採りたくない」

「無理と感じるかどうかを、きちんと話して尋ねないと駄目でしょう」

 アロニスは本音では「もっとピシッとしなさい」と言いたいところだが、恋愛初心者が気の毒な状況にあることは確かなので言わないでおいた。

「跡継ぎうんぬんに関しては、王室管理室は甘くないからな」

 ディアンは、アロニスと違って容赦なかった。

「ユヴェール。王室管理室が、跡継ぎの子のことをしつこく案じている理由はわかってますよね。今、セイシアがまだ侯爵になっていない状態だから選択肢があるんですよ」

「侯爵になってしまうと厄介だというのだろう。王家も王室管理室も、第二王子を貴族家に婿入りさせる気はないんだからな」

 ディアンが代わりに答え、ユヴェールは渋々頷いた。

 当主の座は簡単に得たり、手放したりできるものではない。セイシアが侯爵になったあとだと面倒なことになる。

 そうなると、ユヴェールが考えている「学生の間に決着を付ける」ことができなくなる。

「そうです。まだ今は猶予があります。セイシアが成人しても、侯爵になる手続きを少しばかり遅らせれば二年か三年か、そのくらいは日を稼げるでしょう」

 ラズウェル侯爵家は、先代侯爵が、セイシアを跡継ぎにすると正式に手続きをしてある。セイシアが成人したら「侯爵になります」と申し入れればすぐにも継げるだろう。

 その手続きをしばらくしなければ、日が稼げる。

 そういった手続きは様々なケースがあり、証明書類が揃わず何年か保留にされることもある。珍しくはない。ゆえに、セイシアが手続きを少々、遅らせても大きな差し支えはない。

「王室管理室は、できればその間に、子をもうけてほしいと思っているんだろう。赤ん坊を跡継ぎにすると決めて、セイシアが後見人になればすべて解決だからな」

 ディアンが結論を述べると、ユヴェールが情けない顔をする。

「セイシア嬢とよくよく話合うことをお薦めしますよ。跡継ぎが要ることは、彼女はとっくにご存じでしょうから」

「王家の跡継ぎのことは存じていない」

 ユヴェールは渋い顔で呟いた。

「理想としては三人の御子が望まれているでしょう」

「そうだな、最低でも二人は生まれてくれるのが望ましい」

 二人もさすがに真面目な顔になり、ユヴェールはため息が出そうになり口を閉ざした。

 ディアンとアロニスはベルフィード王子の病を知っている。この二人の家は情報通で、二人ともに情報の重要さを心得ている。帝国の記録を取り寄せたり、王宮での些細な情報までも仕入れて第一王子の病について正確に把握してしまった。

 王家もユヴェールの側近が知っていても良いだろうと、もはや認めている。二人の家が余計なことを知っていても捨て置くことにしたのだ。

 ゆえに、ユヴェールがやがて王位を継ぐ子をなさなければならないと、ディアンとアロニスは知っている。ユヴェールが継ぐ予定の公爵家の跡継ぎのこともある。

 セイシアに嫌がられそうだ。だが、ユヴェールは、もはやセイシア以外に生涯の伴侶は考えられない。

「正直に話すしかない」

 ユヴェールが独り言のように吐露すると、幼馴染み二人は頷いた。


□□□


 噂事件が解決した二か月後、いつもの夕食の後、ユヴェールはセイシアに「婚約のことで話がある」と居間に残ってもらった。

「面倒な手続きが要るんだ」

 というユヴェールの前置きを、セイシアは頷いて聞いた。

 王族との婚約が面倒であることはセイシアも心得ていた。

「解決しなければならない問題があるために、風当たりが少々きつい」

「わかってますよ、殿下」

「ユヴェールだ。二人のときは『様』も要らない。殿下と呼ばれると辛い」

 ユヴェールは本当に辛そうな顔をし、セイシアは失敗を悟った。

「あ、うっかりして」

「セイシアのことは『セシィ』と呼んでも?」

「もちろん、ユヴェール。どうぞ、続けてください」

「ありがとう、セシィ。王室管理室は、王子を侯爵家の婿に入れる気はない。王家もだが。その件と、跡継ぎのことでは神経質になっている」

「あ、はい」

 セイシアは神妙に頷いた。セイシアも気が重く考えていたことだ。

「それで、できればセイシアが侯爵となる手続きをする前に子を産んでほしいと望んでいる」

「そ、そうなんですか」

「一度、当主になってしまうと簡単にはおりられないだろう」

「ええ。理解しております」

「そういった話を言われることになる」

「わかりました。それでも私が自分で望んだことですので、ユヴェールはどうかあまり気遣わないでください」

「ありがとう、セイシア。それから、私は経験のありなしで相手を決めるとか、あるいはそういう価値観はまったくないんだが。婚約に先立って訊かれたり調べられたりする」

「ええ、もちろんです」

 経験とは、肉体的な経験であることくらいすぐに察した。頬が火照りそうになるが深呼吸をして抑えておく。

「セシィは、誰かと関係があったかとか、そういう個人的なことを訊かれるのは嫌だろうとは思うが、王室管理室の者は無遠慮に尋ねてくる。その時はありのままに答えてくれ。ありのままの情報が必要だから。我が国の王家は、おそらく他国に比べて条件が緩く見えるだろう。表面的には細かい縛りはない。過去には懸想する親類に乱暴された令嬢が王子の妃に望まれたこともある。王家から付けられる条件はそういうものではないんだ。詳しく伝えることはできないが」

 ユヴェールの言葉に再度、頷く。

 あの予知夢の中でも出てきたことだ。セイシアはユヴェールに乞われ、涙ながらに正直に伝えた。薬を使われたことさえも。それでも、ユヴェールはセイシアを選んだ。

 王室管理室は難色を示したが、ユヴェールの懇願に「彼女の体の状態がしっかりわかるまでは保留」とまで妥協したのだ。セイシアが被害者であったために許すことにした、という結論だ。それだけでもとんでもない譲歩だ。王家の決まりというのはそんなにも緩いのかとセイシアは驚愕した。

 自分で望んで禁じられた薬物に溺れたのなら駄目だったろう。自分で望むわけがないとしても、確実に駄目に決まっていると思っていたのに「保留」だ。

 けれど、王家と王室管理室に許されたセイシアは、学園では許されなかった。退学となり、セイシアの過去が表沙汰になったために婚約の可能性もなくなった。そのうえ、寮から追い出されて殺された。

 今のセイシアは予知夢とは違う。媚薬を摂ったことはない。

 だから、許されるはずだった。でも、やはり、不安はあった。

 大きな運命というものはそう簡単に変わらないのではないか。元は同じ人間なのだから。まさか、寿命も同じなのだろうか。

 寿命というものは、人智を超えたものなのだろうか。

 少なくとも十八歳を過ぎるまでは、セイシアの自信が湧き出ることはなかった。



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