目覚め8
「それじゃ、人目の少ないうちに行くよ、僕について来て」。
まつりは祠を出ると、周囲を警戒しながら町中へと戻っていく。
「行くってどこへ?」。
まつりの行動に戸惑うあかりが、まといを見ながら聞いた。
「私にも分からないが、まつりに何か策があるのだろう、ここはまつりを信じようじゃないか、行くぞ」。
まといはあかりに薄笑みを浮かべると、まつりを追うように走っていく。
「ええっ!そんなんでいいのかな〜」。
状況判断できないまま、あかりも二人の後を追った。
早朝の町は人影も少なく、三人は町中にある『南蛮堂』と看板のある大きな商店の前で足を止めた。
「こっちこっち、一緒に来て」。
その大きな商店を見上げるあかりとまといに、まつりが手招きしている。
まつりは建物の裏手に回ると、先陣を切って身軽に屋根上へと登っていく。
あかりとまといは目を合わせ、お互いに頷くと、まつりを追って屋根上に飛び上がった。
「翡翠!起きてるかい‥‥‥僕だよ、まつりだよ」。
二階にある閉ざされた窓にまつりが話しかける。
程なくして室内を動く人の気配がして窓が開くと、白い肌襦袢を着た女が現れ、まつりを見るなり満面の笑みを浮かべた。
「まつり姉さん、嬉しい!来てくれたのですね‥‥‥あっ、そちらの方々は?」。
黒緑の長い髪、深青緑の目をした美少女は、まつりの後ろにいるあかりとまといに気づき、少し表情を曇らせた。
「久しぶり翡翠、突然で驚かせてごめんね‥‥‥でも安心して、二人は僕の大切な仲間だよ」。
戸惑い気味の翡翠に、まつりが屈託のない表情で言った。
その後でまつりと翡翠は親しげに言葉を交わし、間もなく三人は窓から室内へと案内された。
広い室内に入り、最初に口を開いたのはまつりである。
「ありがとう翡翠、最初に紹介させてもらうね、まといとあかり、二人とも僕の仲間‥‥‥と言うより友達だよ」。
「翡翠さん初めまして、あかりと申します」。
「まといと言います、翡翠さんのご対応に感謝します」。
あかりもまといも、言いながら小さく頭を下げた。
「この子は翡翠、僕の幼馴染でね、昔二人でよく遊んだ仲なんだよ」。
「あかりさん、まといさん、初めまして、お会いできて光栄ですわ」。
翡翠もそう言いながらお辞儀をした。
「それで皆様のそのお姿、任務中とお見受けしますけど‥‥‥ここに来られた理由を伺ってもよろしいですか」。
翡翠が三人を見回した後でまつりに聞いた。
「実はね、僕ら三人でたまの湯へ潜入して調査しなければならないんだ‥‥‥」。
「まつり、それは!」。
翡翠に答えるまつりの言葉を、まといが緊張した顔つきで遮る。
「まとい、心配させてごめん‥‥‥でも翡翠の家はね、元は忍びの家系なんだ、今は商いに専念しているけど、以前から里の協力者でもあるんだ」。
思わぬまつりの言葉に、あかりとまといの目が合う。
「まといの言いたい事はわかるよ、でも、たまの湯潜入には翡翠の協力が必要なんだ」。
「そうか、悪かった、まつりの判断を信じよう‥‥‥話を続けてくれ」。
まつりは頷き、翡翠に向き直り、話し始めた。
「たまの湯に客として潜入し、内部から調査したいんだ‥‥‥しかし、さすがにこのなりではね‥‥‥」。
「わかりましたわ、着替えの着物が必要という事ですね、パパ上に相談してきますから、待っていて下さいな」。
「急で済まないな、翡翠」。
「いいえ、まつり姉さんの頼みなら、パパ上もきっと喜んで協力してくれると思います」。
翡翠はにこやかに頷くと、部屋を出て階下へと向かった。
「パパ上って‥‥‥」。
「何?‥‥‥」。
あかりとまといが、ポカンと口を開けたまま、まつりを見ている。
「あははっ、そっかぁ‥‥‥パパ上はね、異国の言葉で父上のことだよ、ここ南蛮堂は舶来品を仕入れて売る大店なんだ、異国人との取引を小さい時から翡翠は見ているから、たまに異国語が混ざっちゃうみたい」。
まつりは笑いながら話を続けた。
「それでね、南蛮堂は色々な着物も揃えているから、今日はそれを拝借できないかって思ったわけ‥‥‥きっと気にいると思うよ〜二人とも」。
そう言うまつりの目つきがどこか企みを含んでいて、あかりとまといは顔を見合わせた。
「まぁいい、まつりのお陰で着物の調達はできそうだから、後はどういう設定でたまの湯に入るかだ」。
「あっ、それなら僕に提案があるよ、さっき紹介したとおり僕と翡翠は幼馴染なんだ、だから幼馴染の家に遊びに来て、たまの湯をお薦めされたっていう設定はどう?」。
まといの問題提起に対して、まつりが即答する。
「確かにそれなら自然かも‥‥‥だけど翡翠さんやお店に迷惑かからないかな?」。
「あかりの言うとおりだな、ただの旅人を装うより疑われ難いだろうが、かと言って一般人を巻き込むような事はできない」。
まといは思案顔である。
「う〜ん‥‥‥多分、そこは考えなくても大丈夫だと‥‥‥」。
「お待たせしてごめんなさい」。
まつりの話途中で、見慣れない着物に着替えた翡翠が、両手に荷物を抱えて部屋に戻ってきた。
「えっと、これがまつり姉さんで‥‥‥こっちがまといさん‥‥‥最後これがあかりさん‥‥‥どうぞ中を開けてみてくださいな」。
翡翠は抱えていた荷物を一人一人の前に置き終えると、そう言った。
「これは?着物?‥‥‥どういう?えっ?あれ?」。
あかりは目の前に置かれた荷物を開け、えんじ色の布を手に取ったものの、見慣れないワンピースのような洋風仕立てに戸惑っていた。
隣では、まといも手にした黒い布を広げて、見入っている。
「どう?異国の着物って‥‥‥今、翡翠が着ているのもそうだよ、可愛いでしょ」。
「色柄とサイズは私の見立てです、皆様の首巻きの色を元に選んでみましたが‥‥‥お気に召さなければ替えを用意しますわ」。
あかりとまといの反応ーーー予測の内といった表情で、まつりと翡翠が二人を見ていた。
「それじゃ、先に僕が着替えるから、着方をよく見ててね」。
翡翠と目を合わせたまつりが、忍び装束を脱ぎ始めた。
「最初にこのブレーをこう穿いて‥‥‥次はシュミーズに足を通し、そのまま胸まで引き上げてから、左右の紐を肩に掛けると‥‥‥」。
ブレーとシュミーズという下着を着終えたまつりに、翡翠が上着を手渡す。
「下着が終わったら、このワンピースのボタンを外して‥‥‥こうやって頭から被ってから腕を袖に通して‥‥‥ボタンを留めたら‥‥‥後は腰をベルトで締めて終わりだよ‥‥‥って、あれ?二人ともどうしたの?」。
まつりの着替えを見ていたあかりとまといだったが、初めて見る異国の着物というもののデザイン、仕立てには驚きを隠せなかった。
「あはは‥‥‥やっぱ、そうなるか、まぁ、僕も初めて見た時は、同じ反応だったよ‥‥‥でもねぇ、着てみると可愛いし、動きやすいんだなぁ」。
藍色のワンピースに着替えたまつりが、和かな顔つきでモデルのように体をクルッと一回転させながら言う。
「大丈夫ですわ、お客様も最初はびっくりされますけど、着終わると喜んで下さりますよ‥‥‥私もお着替え手伝いますから、お二人とも着ているものを脱いで下さいませ」。
あかりもまといも、覚悟を決めるように深く息を吸うと、徐に立ち上がり服を脱いでいった。