目覚め7
たまの湯はまつりが探る、村長の家はまといが行く‥‥‥私は。
あかりは村にある物見櫓に上がり、月明かりに照らされた宿場町を見下ろしていた。
どうしても気になる、密使なら人目は避け移動するのが常套手段‥‥‥。
宿場には大小の旅籠が、いくつも点在しているのが見て取れる。
なぜ、わざわざ人の集まる大きな温泉宿などに‥‥‥やはり、密使にはそこに行かなければならない理由があったのか。それは一体‥‥‥いや、待て。
あかりは思いついたように懐から密使の人相書きを取り出した。
そもそもこの異国人、地の利など心得はあるのだろうか‥‥‥。
腑に落ちない思いがあかりの中で湧き続ける。
その時だった。
闇に紛れながら、街道から真っ直ぐにたまの湯へ向かう人影を気づき、あかりは咄嗟に櫓の上で身を屈めた。
こんな時間に何者か‥‥‥。
目を凝らしても黒い人影とは解るものの、人物の細かな状態までは見えない。
あの影、夜目の利くまつりなら見えたかも知れないな‥‥‥ここは一先ず退いて二人の偵察結果を待った方が良さそうだ。
あかりは櫓から降り、村外れにある祠に向かった。
その頃、まつりはたまの湯の敷地内へと潜入していた。
う〜ん、座敷も厨房も湯殿も、変な感じはしなかったんだけど、ここは‥‥‥。
大きな本館と並ぶように別館があるのだが、寝静まった感のある本館に対し、この時間でも別館には灯りがあり、廊下を移動する人物の存在も見て取れる。
すこし臭うなぁ、これは調べる価値ありだよね。
別館の屋根裏に入ろうとした時、敷地に入ってくる人影に気づき、咄嗟にまつりは物陰に身を移した。
その人影は真っ直ぐに別館入り口へ向かっていく。
村人のように見えるけど、こんな時間にいったい何の用かな‥‥‥!?。
別館の入り口が開き、中から出てきた人物の姿を見たまつりが息を止める。
入り口で待つ人影の前に現れたのは、黒い装束の男だった。
二、三、言葉を交わした後、人影は懐から書状を取り出し、それを黒い装束の男に渡すと、いそいそと来た道を引き返し、敷地内から出ていった。
同業が出るとはね、これはもう黒確定かな‥‥‥さて、出て行った人影の正体も気になるけど‥‥‥やっぱりこっち優先だよね。
まつりは別館の内情を探るべく、屋根裏への侵入を決意した。
あかり、まつりと時を同じくして、まといは村長の家を見張っていた。
失踪事件ともなれば村長も穏やかな話ではあるまいが見当違いであったか、或いは失踪の事実が隠蔽されているのか‥‥‥。
灯りもない家と、その周囲を見回したまといが息を吐く。
これ以上の長居は無用と思いかけた頃、まといは近づく人の気配を感じ、その方へ目を向けた。
敵?‥‥‥いや、違う‥‥‥村人のようだが、こんな時間に?この家の者なのか。
人影は真っ直ぐに村長の家へ向かい、やがて戸口から家の中に姿を消していった。
来たのはたまの湯の方角だな、どうするか‥‥‥。
家への潜入調査を考えたが、灯り一つもない状況での潜入には成果が期待できない。
焦りは禁物、出直すのが賢明そうだ、まつりの情報を待っても遅くはないだろう。
まといは村長の家を離れ、村人が来た方角へ移動を開始した。
陽が昇り始める頃、三人は村外れにある祠に集結していた。
「お疲れ様、まつり」。
最後に祠に入ってきたまつりにあかりが声をかける。
「お疲れしたよ〜、でもいい情報が手に入ったんだ〜、聞きたい、ねぇ聞きたい、聞きたいよね〜」。
まつりは言いながら、煤で汚れた顔をニヤリとさせている。
「いつもの事だ、気にしなくていい」。
ハイテンションなまつりに、戸惑うあかりの様子を見たまといが言う。
「まといには通じないか、まぁいいや」。
まといとまつりは独特な空気を共有している感がある。
三人は選抜試練のために編成された即席のチームだが、早い段階でメンバーとして決まっていたまといとまつりは、後から加わったあかりよりもお互いの理解が進んでいたのだ。
「ならば、お互い集めた情報を整理していこう、先ずは私から」。
まといは周囲に敵の気配がない事を確認すると、二人に向き直り言った。
三人が見てきた事、気づいた事を一人ずつ話していく。
最後のまつりからの話は、あかりとまといを驚かせるのに十分な内容であった。
「つまり別館に一般客は居なくてさ、忍びの連中ばかりだったんだよ」。
まつりが得意顔で話す。
「僕の推理だけど、たまの湯の別館は敵のアジトだ。そして密使はそのどこかに監禁されていると思う」。
更にまつりが興奮気味に言う。
「うむ‥‥‥おそらくはまつりの推理で当たりというところか」。
まといが頷く。
「それに、三人が別々に見た村人らしき人物ーー村長の家の者と見て間違えないだろう」。
あかりの言葉がそれに続いた。
「その村人は伝令だったのさ、運ばれた書状にあったのは、明日夜に何とか様が到着するって事なんだよ」。
「何とか様って何?」。
まつりにあかりが聞き返す。
「ごめん、そこは聞き取れなかったんだよ、同業相手となるとあんまり無茶もできなくてさ」。
「それは構わない、むしろ賢明な判断だ」。
まといが答える。
「たまの湯にいる忍びを敵とするなら、まといの情報から村長も敵に加担しているという事にもなるか」。
「そうなるだろう、そしてその敵が何処の手の者かという事も見極めなければならない」。
「三河様の密使を拉致するんだから、三河様の敵対勢力って事は確かだよね」。
「もう一つ気になるのは、密使がどうして異国人なのか?どうして温泉宿に行ったのか?密使の定石なら隠密行動ではないのか‥‥‥」。
「うん、それは僕も気にはなっている」。
「確かに二人の言う通り、疑問はある。だが、任務は密使の所在確認とその奪還にある。その背景にあるものを考えるのは、任務達成してからでも遅くはない」。
まといの言葉に、あかりとまつりは顔を見合わせ頷いた。
「明日の夜に動きが出るというなら、たまの湯で張り込むしかなさそうだ」。
「そうだね、その考えに僕は賛成だよ、温泉だから堂々と湯治客としてね」。
まつりは言いながら目を輝かせている。
「この格好で湯治客は無理がないか?」。
まといの提言に答えるまつりを見ながら、あかりはそう言って肩をすくめた。
「それが大丈夫なんだよね〜」。
あかりの肩をポンポンと叩きながら、まつりはニヤリと笑った。