目覚め4
敵屋敷は塀で囲まれた敷地の中に、母屋と離れ、そして蔵が三棟、庭には茂った木々と石灯籠があり、母屋と離れは渡り廊下で繋がっている。
あかりが監禁されている離れは、床も板張りの質素な部屋であった。
‥‥‥?誰か来た‥‥‥。
見張り役の声が、微かにあかりの耳に届いた。
「ご苦労、女の様子はどうだ」。
「はっ、觀念したのか、大人しくしております」。
聞き覚えのある声、離れに来たのが組頭と呼ばれていた男だと、あかりは察した。
その声の男が部屋に現れ、あかりの前でしゃがみ込む。
「素直に言う事を聞けば命は助けてやる、お前の里、影の縁の場所を俺に教えろ」。
組頭はあかりの下顎を掴んで、顔を上げさせると、見下すような目つきで言った。
猿轡をされたあかりが、言葉を発せない様子を見て楽しんでいるのだ。
「そうかそうか、言いたくないか‥女を甚振るのは本意じゃねえが、仕方ねぇな」。
顔を背け、目線を逸らすあかりの態度に、組頭はそう言いながら、懐から巾着袋を取り出し、見張り役を呼びつけた。
「こいつを香炉で焚け」。
巾着袋に入っていた物は線香の束だった。
指示された通りに、見張り役がその線香に火をつけ、燻らしてから香炉に置く。
あかり自身嗅いだ事のない、癖のある匂いが、煙と共に室内へ広がり始めた。
「こいつが何か知りたいだろう‥俺は親切だからな、教えてやるよ」。
香炉に焚べられた線香からは、もくもくと煙が上がっている。
「異国で使われている自白薬さ‥こいつを吸い続けるとな、頭の中まで気持ち良くなって、何でも軽々と喋るようになる代物だ」。
!‥自白薬‥まさか‥そんなものが‥。
それはあかり達、忍びの間でも噂になった事がある秘薬だが、実存するか否かは眉唾ものであった。
「ほう、噂くらいは知っているという顔だな」。
目を見開くあかりを見て、組頭が愉快そうに言う。
異国の自白薬、政権を掌握した開成にとって、舶来品入手など容易な話である。
特に軍用、諜報に使える類は、政権維持の名目で開成の独占状態でもあった。
「お前にとって貴重な経験、その身体で、じっくり味わってもらおうか」。
そう言うと組頭は、見張り役へ手招きをした。
「女の体を柱に繋いだら、今から一刻ほどは部屋に入るな、見張りは室外から出入り口を監視しておけ、くれぐれも煙は吸い込むなよ」。
「はっ」。
見張り役は、あかりの体を飾り柱に繋ぎ止めてから、足早に部屋を出ていった。
「じゃあな、また来るからよ‥快楽に蕩けたその顔、見るのが楽しみだ」。
そう言うと、組頭も部屋から出ていき、部屋にはあかりだけが残された。
香炉からは煙が絶える事なく上がり続けている。
どうすればいい‥。
見張り役はいない。
だが柱に繋がれた体では、転がって動く事すらできない。
徐々に煙が室内に充満し、周囲が霞んでいく。
癖の有る匂い、吸い込むほどに頭の中がぼやけていくような感覚がある。
‥‥まずい‥このままでは‥。
鍛錬した体でも、呼吸を止めていられるのは僅かな時間でしかない。
張り詰めさせていた緊張感が体から抜けていき、ふわふわとした浮遊感に包まれていく。
室内に充満した煙が、呼吸するたびに体を侵し、あかりの意識は朦朧としていく一方だった。