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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒロインさんは研究者になりたい。~王子様との恋? 結構です~

作者: 九條葉月


 ――五歳の時、前世の記憶を思い出した。


 転生先は、乙女ゲームのヒロインだった。

 それに気づくことができたのは『前世』で私が製作に関わったゲームだったから。


 高位貴族の隠し子であるヒロインが高い魔法適正を認められ、魔法学園に入学し、王太子や宰相の息子といった攻略対象と恋に落ちる物語。


 我ながらテンプレのかき集めだし、正直言って陳腐な内容だったと思う。


 でも、残業の繰り返しで作り上げたあの作品は間違いなく私の『子供』であり、たとえ売り上げが振るわなくとも忘れることなんてできなかった。


 そんな(えん)があったからかどうかは分からないけれど。

 私は、そんなゲームのヒロインに転生したみたいだった。


 普通なら。

 イケメンたちと恋に落ちる未来を待ち遠しく思うものなのかもしれない。王子様と大恋愛をして、お姫様になることを夢見て、自分磨きに精を出すものなのかもしれない。


 普通なら。

 決められた『運命』を変えるため、幼い頃から行動するものなのかもしれない。攻略対象たちとのフラグを折ったり、トラウマを未然に防いだりして、『ゲーム』が始まらないようにするものなのかもしれない。


 でも、私は何もしなかった。

 そんな余裕はなかったのだ。


 前世と比べて明らかに低い生活水準。しかも、母子家庭。お母さんは二人分の生活費を稼ぐのに忙しかったから、自然と家事は私の担当になった。


 王子様との恋?

 夢見ている暇があったら生活魔法の一つでも覚えた方がいい。火の魔法が上達すれば火起こしをしなくていいし、水の魔法を極めれば井戸で重い桶を上げ下げする必要もなくなる。


 そうして私は生活魔法ばかりが上達していって。攻撃魔法なんてほとんど使えなかったけど、家事だけというのは申し訳なかったので少しずつお母さんの手伝いで『冒険者』として活動するようになった。


 まぁ、お母さんが心配するので魔物退治なんてやらずに、素材採集が主な活動だったけれど。


 そうして前世の記憶を思い出してから三年が経ち。私も一人分の生活費くらいなら何とか稼げるくらいになった頃。



 お母さんは、死んでしまった。










 お母さんが死んでから。

 私はお母さんの友達だったという女魔術師に引き取られた。


 最初の頃はぎこちなかった私と『おかーさん』だったけど、七年ほど一緒に暮らしていればそれなりに仲良くなるというか、遠慮もなくなってくるというものだ。


「……おかーさん。朝だよ。起きて」


「ん~………」


 ベッドの中。全裸で眠りこけているのは私のおかーさん。エルフであり、森の大賢者と称えられ、勇者パーティーとして魔王討伐にも参加したことがあるという凄い魔導師なのだけど……昨日の酒が残っているのか起きる気配はない。


「…………」


 七年も一緒に暮らしていれば、遠慮もなくなるし、容赦もなくなる。


 私は風魔法を応用して空気中の魔力を圧縮し、圧縮し、圧縮し――最後の最後に強い衝撃を与えた。


 部屋の中に爆発音が響き渡る。前世的に言えば銃声というか、ダイナマイトの爆発って感じだ。


「みぎゃあ!?」


 爆発音に驚いて飛び起き、ベッドから落ちるおかーさん。このエルフ(ひと)はこのくらいじゃケガもしないので安心だ。


 しかし、黙ってさえいれば超美人な銀髪お姉さん系エルフだというのに、『みぎゃあ』って……。


「おかーさん。今日はお城に呼び出されているんでしょう? 早く起きてご飯食べて。着替えと荷物は準備してあるから」


「……うぅ……、ねむい。だるい。めんどうくさい……。王城が謎の攻撃魔法で半壊すればサボれるかしら……?」


「永遠にサボれるね。首と胴体がサヨナラして」


「その程度でギロチンなんて世も末ねぇ……」


 もそもそと起き出して、シーツを被ったまま居間に向かうおかーさん。これが『国一番の魔導師』なのだから世も末である。





 朝食を食べ。顔を洗い。礼服に身を包んだおかーさんが部屋から出てきた。


 キリッとしている。

 めっちゃキリッとしている。


 白と緑を基調としたエルフ特有の礼服は異国情緒(エキゾチック)な雰囲気を醸し出しているし、莫大な保有魔力の証とされる『銀髪』はおかーさんの神秘的な美しさをさらに際立たせている。


 その姿はまさしく大自然の守護者・エルフのイメージそのものである。


 普段からこうしていればいいのに……と思うのだけど、おかーさんによれば『普段がだらしないからこそキチンとしたときの破壊力が増加するのよ!』らしい。一体何を破壊するつもりなのか。一体誰を攻撃するつもりだというのか。


 玄関先でおかーさんが私を軽く抱きしめてくる。お出かけ前の挨拶みたいなものだ。


「じゃあ、行ってくるわね。定例の会議だけだからそんなに遅くならないと思うわ。というか遅くなるようなら帰ってくるから。日が暮れる前に帰ってくるから」


「……私は平気だから、必要ならお泊まりしてもいいんだからね?」


 おかーさんに引き取られたばかりの頃。お母さん(・・・・)のことを思い出して一人泣いていたところを見られていたらしく、なるべく日帰りしようとしてくれるのだ。


 でもおかーさんにも仕事はあるのだし、付き合いもあるだろうし、もしかしたら恋のアレコレもあるかもしれない。私ももう15歳。独立してもおかしくない歳なのだから、もうちょっと自分優先に生きてもらいたくも思う。


「……うぅ、嫌……。娘をダシにしないと付き合いで飲まされる……友達でもない人との酒ほど不味いものはないのよ……」


 先ほどまでの『キリッ』とした様子はどこへやら。娘を飲み会回避の口実にするつもり満々のおかーさんであった。


 いや、これは私に気を遣わせないためだ。

 私が罪悪感を感じないよう、演技しているのだ。

 全力全開でおかーさんを信じる私であった。


 信じて裏切られた回数? 何のことか分からないかな。


「アリスちゃんは、今日はどうするの?」


「心配しなくても、今日は一日引きこもってるよ」


 私も一応は冒険者として長いので一人で依頼をこなすことができる。

 でも、おかーさんが心配するので必ず日帰りだし、魔物などの討伐依頼は受けないし、おかーさんが出かけるときはお留守番をするというのが暗黙のルールだった。


 こういう日は一日『研究』に費やす。それが最近の私のパターンだ。


「アリスちゃん。研究中でもときどきは立ち上がって身体を動かすのよ? ご飯を忘れちゃダメよ? ちゃんと水分も取るように。呼び鈴が鳴っても変な人だったら応対しなくていいから。何かあったらすぐに魔法で知らせてね? 勝手に冒険者ギルドに行っちゃダメよ? それから――」


「はいはい、分かりました。そろそろ出ないと遅刻するよ?」


「う~、お外行きたくない……ダラダラして一日過ごしたい……」


「はいはい明日は一日寝てていいから。頑張ってきてね。お仕事頑張るおかーさんは格好いいなぁ素敵だなぁ」


「……よし! ちょっと気張っていきましょうかね!」


 シャキッとして玄関を出て行くおかーさんであった。娘ながらに心配になるチョロさである。


 おかーさんは転移魔法陣を起動させたところで振り返り、


「――いってきます」


 どこか気恥ずかしそうに笑いながら口にして。


「はい、いってらっしゃい」


 私も、ちょっと照れながらそう口にした。








 おかーさんを見送ったあと。

 私は自分の部屋に戻り、机と向き合っていた。


 先日冒険中に獲得した素材の売り上げで生活には潤いがあるし、しばらく働かなくても平気。思う存分研究に没頭できるというものだ。


 私の今の研究テーマは、転移魔法。


 おかーさんが得意として、私も一応は使うことのできる超高等魔法だ。


 今現在使われている転移魔法は古代魔法の一種であり、よく分からないまま利用されているのが現状だ。前世での全身麻酔がどうして効くのか分からないまま利用されていたのと同じようなものだろうか?


 そういうのは、なんというか、気持ち悪い。

 何か不思議なことを成し遂げても『魔法のおかげです!』という説明で済ませてしまうのが気にくわない。


 たとえ魔法学が『科学』とは違う原理、違う進化を遂げたとしても。同じ質と量の魔力を注ぎ、同じ呪文を唱えれば万人が同じ結果を得られる以上、それは再現性があるということであり、科学と同列に扱えるはずなのだ。


 ……まぁ、魔法の場合は個々人の保有魔力の多寡によって結果に差が出てしまうのがややこしいところなのだけれども。


 それはともかく、転移魔法だ。


 魔法陣を展開し、呪文を唱え、魔力を注ぎ込めば転移することができる。それは再現性の範疇であり、転移魔法を扱える者が少ないのはそのうちのどこかが上手くいっていないだけ……の、はずなのだ。


 つまり、もう少し詳細な分析を行い、もっと簡単な理論を確立できれば、私のような魔力の少ない人間でも気軽に転移魔法を使えるようになるはずなのだけど……。


(魔法学では魔力によって空間と空間を繋げると説明されているけど……どういうことよ?)


 机の上に置いてあった羊皮紙を引っ張り出し、左上と右下に黒い点を描く。


 普通に考えれば、羊皮紙の上を直線に動けば最短距離で左上の点から右下の点へと移動することができる。歩くか、走るか、あるいは馬車を使うか。手段は様々あるにしても、人間であれば直線移動するのが一番早い方法となる。


 転移魔法はその『理屈』を折り曲げる(・・・・・)


 私は左上と右上の黒い点を合わせるように羊皮紙を折り曲げた。


 点から、点へ。

 直接の移動。

 これこそが転移魔法である――と、私は考えている。


 問題は、どうやって点と点を合わせているかというものだ。この世界は紙ではなく、人の手で折り曲げることなんてできない。神様ならできるかもしれないけれど、転移魔法を使っているのは(エルフなども含めた)人間種だ。


 空間を折り曲げる?

 個人が保有できる程度の魔力で、どうやって?


 たとえば前世(・・)の物理学で言えば、惑星ほどの重さがあれば空間すらねじ曲がってしまったという。

 つまりはそれだけの『重さ』を作り出すことができれば時空を折り曲げる(・・・・・)こともできるかもしれないけれど……。


(いやいや、時空に影響するほどの重さを個人の魔力で作り出せるはずがない)


 どういう理屈なのか。

 どういう理屈で空間転移を成し遂げているのか。

 私には分からないし、分かっていたら研究しない。

 逆に言えば、分からないからこそ研究のしがいがある。


 魔法のある世界なのだから前世の物理法則が適応されるとは限らない。

 でも、転生に気づいてから10年過ごした所感としては、この世界の、魔法以外の物理法則は大きく違わないように思える。


 もちろん、科学的な測定機器などほとんどないので大きく変わっている可能性はあるけれど。体感としてはほぼ同じはずだ。


(あー、物理学の本が読みたい)


 だいたいの法則は覚えているけれど、読み返したら新たな発見がありそうだし、そもそも全部の本を読めたわけじゃない。良い出力(アウトプット)を行うには良い入力(インプット)が必要不可欠なのだ。


 まぁ前世の物理学の本なんて手に入るわけがないので諦めるしかないけれど……。


 せめて魔法の物理学(魔理学?)の本を読んでみたいとは思うものの、この家にそういう系統の本はない。


 おかーさんはこの国随一の魔法使いなのだけど、完全記憶能力持ちなので本として保管しておく意味がないのだ。


 それでも私と同居するようになってからはお土産として本を持ち帰ってきてくれるけど……。正直、初心者向けばかりで私の求める本はない。


(う~ん、図書館。図書館でもないかな? 魔法学の本が充実している図書館は……)


 もちろん、ない。少なくとも庶民が使える図書館は。


 乙女ゲームの舞台である『魔法学園』になら大図書館があって、生徒は自由に使えたはずだけど……。


(ま、私は乙女ゲームをやるつもりはないから、関係ないか)


 わざわざ学園に通わずとも、おかーさんから魔法を習えれば十分だし。貴族しかいない学園に通っても友達なんてできるわけがないもの。王子様たちとの恋愛なんてもってのほか。惚れた腫れたなんてガラじゃないのだ。






 


 おかーさんは夕方頃に帰ってきた。

 私の作った夕飯を食べながら今日の出来事を報告し合う。


「王城は相変わらず無駄に華美よねぇ。廊下に飾ってある壺を売ればいくらになることやら。私たち二人が何年生活できることやら」


「……盗んで来ちゃダメだよ?」


「娘からの信頼が厚すぎる……。まぁ会議自体はいつも通りの中身がない話し合いだったんだけど、そのあとリッツが声を掛けてきてねぇ」


 リッツさんとはおかーさんの冒険者仲間であり、私は会ったことがないけどよく話題に上る人だ。かつては『勇者』として魔王を討伐したらしい。魔王討伐も結構前のことなので、けっこうなお爺さんであるはずだ。


「リッツは今『魔法学園』で学園長をやっているんだけどね? アリスちゃんもそろそろ15歳だし、学園に通わせたらどうかって話になったのよ。もちろんアリスちゃんが通いたければだけど」


「魔法学園、ねぇ……」


 魔力を持つ貴族の子息子女は必ず通わなければならない学園であり、乙女ゲームの舞台となる場所だ。


 正式名称、魔法学園。

 この国で魔法を教える学園は一つしかないから、わざわざ『○○魔法学園』的な固有名詞を与える必要がないらしい。


 学園の大図書館には興味があるけど、貴族しかいない学園に通う勇気があるかっていると……。いくら前世日本の知識があるとはいえ、十年もこの世界で暮らしていれば身分制度の厳格さと面倒くささは身にしみているものなのだ。


 本編の『ヒロインさん』ならそんな身分の壁に負けずに奮闘して、結果を残し、だからこそ攻略対象たちから認められるのだけど……。


「興味ない感じ?」


「うん。魔法ならおかーさんに習えばいいし」


「嬉しいこと言ってくれるわねぇ。まぁアリスちゃんはもう基礎も学び終わっているし、生活魔法の扱いなら私を越えるものね。わざわざ学園に通う必要もないか」


 と、おかーさんはニヤニヤとからかうように目元を緩めた。


「今の学園には第一王子と第二王子が在籍しているわよ? 『王子様との身分違いの恋!』には興味ないのかなー?」


「…………」


 いや、お母さんが生きていた頃は(そして前世の記憶を思い出す前は)そういう夢物語に憧れてはいたし、遊びに来ていたおかーさんにそういうお話をしたこともあったけど……。現代日本の知識がある今となっては、王妃なんて絶対無理と断言することができる。


「子供の頃の妄想をいつまでからかうのかな?」


 むー、と唸っているとおかーさんはゴメンゴメンと軽い調子で謝ってきた。逃げるように話題転換してくる。


「アリスちゃんはどんな一日だった?」


「うん。今日は転移魔法について考えていたんだけどね」


「転移魔法ねぇ。問題なく使えているんだからわざわざ研究する必要はないと思うけど……」


「おかーさんみたいな『銀髪』の人は魔力もたくさんあってごり押しできるのかもしれないけど、私みたいな平凡な魔力しかない人は少しでも効率的にしなきゃいけないんだよ。術式の改良ができればもっと多くの人が使えるようになるかもしれないし」


「我が娘ながら、真面目さんよねぇ」


 けらけらと笑うおかーさんだけど、馬鹿にしたりはしないし、止めたりもしない。私が好きなように研究するのを邪魔しないでいてくれるのは……とても、とてもありがたいことだった。


 そんなおかーさんに対して私は熱弁を振るう。


「今日は視点を変えて、物理学の観点から転移魔法を考えてみたの。理論上は惑星ほどの重さを作り出すことができれば空間を曲げることができるはずなんだけど、個人の魔力ではそんなことは無理に決まっているからね。もうちょっとアプローチの方向を変えてみないと――」


「う~ん、私には物理学とやらはよく分からないのだけど……」


 おかーさんは顎に人差し指を当てながら、何でもないことのように、言った。


「無理に物理学とやらに当てはめる必要はないんじゃない?」


「……え?」


「なぜならば! 自然も物理も乗り越えて! 魔力で世界を塗り替える(・・・・・)者こそが魔導師なのだから!」


 自分に酔うように両手を広げるおかーさんだった。


 たぶん、おかーさんとしては格好つけただけなのだと思う。深い考えは無かったのだと思う。


 でも、私にとっては天啓にも似た言葉だった。


「…………」


 自然も、物理も、乗り越えて?


 ――世界を(・・・)塗り替える(・・・・・)


 塗り替える。


 そう、塗り替える。


 ……昔から、おかしいとは思っていた。


 世界には『魔力』が溢れているのに。どうして魔力に適応した魔物と、適応できていない生物がいるのか。

 どうして魔力を上手く扱える人間と、まったく扱えない人間がいるのか。


 生命が進化する過程で。世界に最初から魔素があったなら。それに適応した進化をするはずなのに。かつて、生命にとって毒でしかなかった酸素を活用したように。


 でも、その考えが間違っていたとしたら?


 魔力は最初からこの世界にあったものではなく、途中から(・・・・)誰かが後付けした(・・・・・・・・)ものだとしたら?


 人間を含めた生命が適応できていないのではなく、まだ、適応するための進化の途中でしかなく。いきなり現れた魔力に、まだ生命の進化が追いついていないだけなのだとしたら?


 薄く、薄く。一枚ページを足すように。誰かが世界を塗り替えた(・・・・・・・・)のだとしたら?


 …………。


 ………………。


 ……………………。


「――我至れり(ユリーカ)!」


 私は椅子から立ち上がり、天に向かって両手を捧げ上げた。神に対して賛美の気持ちを表すかのように。世界に対する感謝を表現するかのように。


「あ、アリスちゃん?」


 戸惑うおかーさんに『ごめん、またあとで』と断ってから私は部屋に戻った。今のひらめきを忘れる前に書き留め、さらに検討するために。


 そんな私の背中を見守りながら。おかーさんは小さく呟いた。


「……血のつながりはなくとも、親子って似てしまうものなのかしらね? いや変人なところは似て欲しくなかったけど……」




 世界に魔力が後付けされた。


 魔力とは、完全に、物理法則とは別に存在している。


 そう。当たり前のことなのだ。

 個人が使える程度の魔力量では物理法則を変えることなどできない。飛行魔法は重力に負けるし、水魔法は大量の水を生成できないし、転移魔法は空間をねじ曲げることなどできやしない。……物理法則を守るならば。


 ――だとしたら、物理法則は変えていないのだ。


 物理法則を乗り越えて。


 物理法則を一時的に(・・・・)上書きして(・・・・・)


 一旦『自分の世界』を作り出してしまえば、その上であればどんなことでもできるはずなのだ。


 時間とは途絶えることなく連続しているのではなく、静止した時間が積み重なっていくものだという説がある。あたかもパラパラ漫画のように、次々と。


 もしもそう(・・)であるならば。

 観測者(・・・)が連続した世界ではなく、パラパラ漫画のように積み重なっていく世界を観測しているのだとしたら。


 パラパラ漫画のような世界(時間)の上に、『自分の世界』を割り込ませることもできるはずだ。


 積み重ねるにはどうすればいいのか――?


 必要な魔力は――?


 呪文は、魔法陣は必要なのか――?


 そもそも誰が『観測』しているのか――?


 どうすれば『世界』を作れるのか――?


 分からない。

 分からないことだらけだ。


 ――でも、だからこそ、面白い。


「ふっ、ふふふふふふふふ……っ!」


 自分でも気づかぬうちに笑いながら。私は休むことなく机に向かい続けて。


 その日はどうやら、気を失うようにして眠りに落ちてしまったらしい。









 ――気がつくと、白い空間にいた。


 どこまでも続く白い地平線。どこまでも広がる白い空。おまけに足元には白いモヤまでかかっている。


 天国、だろうか?

 一度死んだときにはこんな空間には来なかったはずなんだけど……。


 いや、死んだという自覚のないままに転生していたから、覚えていないだけでこの空間に来たことがあるのかもしれない。


『――凄いねぇ』


 と、なんだか楽しんでいるかのような声が掛けられた。


『魔力は平凡。魔法適正も人並み。ちょっと変わった魂を持っている以外は普通の人間であるはずなのに……まさか至って(・・・)しまうとはねぇ』


 くすくすとした笑い声と共に、視界を覆っていた白いモヤが晴れる。


 その先にいたのは――背中から白い羽根を生やした、金髪美人だった。


 前世の記憶で言えば天使のような外見。


 この世界の常識で言えば、神様。


 教会や絵本などで見たことのある、金髪金瞳・背中から白い羽を生やした神様。そんな神様が、今、間違いなく私の目の前に存在していた。


「あなたは、神様ですか?」


『うん、そうだね。人間の言う『神様』で間違いないよ。信じられないなら奇跡の一つでも見せてあげようか? アリス・カーラインちゃん?』


「…………」


 カーライン。

 今となってはおかーさんくらいしか知らないはずの、おかーさんに引き取られる前に名乗っていた名字。それを知っているのだから本当に神様的な力で知り得たのか、あるいは事前に情報を集めていたのか……。


『あぁ、そんな警戒しなくてもいいよ? 取って食いはしないから。むしろこの場では君の味方であると断言できるからね』


 そんな甘言をすんなりと受け入れられるほど、私は素直な成長をしていなかった。


『スレちゃって悲しいねぇ。いや、こちら(・・・)のせいでもあるか。本来なら『チート』をもらって悠々自適な生活を送れていたはずなのにね』


「チート、ですか?」


『キミにも分かり易く言うと転生特典かな? これまた分かり易く言うと、事務方のミスで与えられなかったんだよ』


 事務方って。

 神様の事務方って。


『というわけで、この件については完全にこちらが悪い。本来なら受け取れていたチート10年分。その慰謝料も含めて、キミの望みを叶えようじゃないか。もちろんメインはここ(・・)にまでたどり着いたご褒美だけれども」


「望み、ですか?」


「うん。キミは真理の端っこに触れて、この場所へとたどり着いた。そのご褒美と、さっき言った慰謝料を合わせて。何でもいいよ? 不老長寿でも、人を越えた魔力でも、――お母さんを蘇らせることでも」


 ニコニコと。

 まるで詐欺師のように笑う神様だった。


 私は結構な俗物なので、ずっと若いまま長生きできるという提案は魅力的だ。


 でも、こういうときの不老長寿系の願いって『どんなに望んでも死ねない』というのが定番だしなぁ……。


 膨大な魔力には、さしたる魅力はない。そりゃあ攻撃魔法をバンバン撃つ戦闘系冒険者なら喉から手が出るほどに欲しいだろうけど。私は素材採集だけでどうにかなっているし、限られた魔力をどう効率的に使うか考えることも面白いもの。


 そして。

 お母さんを蘇らせる、と?


 ――ふざけるな。


 お母さんの死を、高みの見物を決め込んでいる神様が(けが)すな。


 どれだけ頼んでも、どれだけ祈っても無視し続けたくせに、お母さんが死んだ今になってとやかく言ってくるんじゃない。


 渾身の力を込めて神様を睨め付ける。

 しかし、やはりというか、神様に対しては何の効果もなかったようだ。


「おや、神相手になんたる不遜。いいねぇ、気に入ったよ」


 くすくすと笑いながら神様が両手を広げる。


「キミが望む望まないにかかわらず、キミへの慰謝料を払うことは決定事項だ。神が決めたのだから、拒否しようが、泣きわめこうが、受け取ってもらわなければならない」


 なんたる傲慢。

 ゆえにこその神か。


「ただ、私はキミが気に入ったからね。キミのお母さんに関しては、キミの意思を尊重しようじゃないか。死者は蘇らない。なるほど道理だ。――道理をねじ曲げた君がそう主張するのが何よりも面白い」


 神様が音もなく近づいてきて、私の右手を優しく包み込んだ。


 神様という割には人間のような柔らかさ、そして暖かさだった。


『――愛されなかった愛し子に。迷い込んだ旅人に。創造神ユル(・・・・・)の名において、アリス・カーライン……いや、アリス・リッテリトスに加護を与えよう』


 ……創造神?


 とんでもないことをサラッと口にした創造神様は、イタズラが成功した子供のように口角を吊り上げた。


『キミがどんな人生を送るのか。“運命”にどう立ち向かうのか。神様らしく高みの見物をさせてもらうとしよう。せいぜい頑張ってくれたまえよ?』


 最後の方は冗談めいた口調で。創造神様が手を離した瞬間に私の視界がブレた(・・・)


 目が覚める。

 現実の世界に戻される。

 理屈ではなく直感で理解した私の意識は遠のいていき――


『――キミのお母さんは、“運命”を変えた。それは誇ってもいいと思うよ?』


 最後に、そんな呟きが聞こえてきた。





「……夢?」


 夢、だろうか?

 明晰夢にしてもハッキリしすぎだと思うけど……。


 なんだか視界がぼやける。

 目が悪くなったわけではなく、寝ぼけているわけでもなく、前髪が目にかかっている感じ。


 おかしい。

 先日散髪したばかりなのに、目元どころではなく顔全体を覆い隠せそうなほど前髪が長くなっている。


 それに、なんだか髪の色が薄くなったような……?


 鏡を見てみるか、と考えているとおかーさんの声が聞こえてきた。


「アリスちゃーん? 起きてるー? 寝坊するなんて珍しいわね? 研究熱心なのは結構だけど徹夜はしちゃダメ――」


 家族ゆえの気安さで部屋のドアを開けたおかーさんは、私を見て動きを止めた。


「な、な、な……!?」


 私を指差して愕然とするおかーさん。人を指差しちゃいけません、と口にできそうもない深刻な顔をしている。


「あ、アリスちゃん? 髪、髪、どうしたの……?」


「髪?」


「そう! 髪よ! 髪!」


 慌てて私に近づき、立ち上がらせ、部屋の鏡の前まで移動させるおかーさん。


 鏡に映っていたのは、見慣れた私の顔。

 でも、髪の毛が明らかにおかしい。

 昨日まではショートボブだった髪の長さは床に付きそうなほど伸びているし、前髪も顔を覆っている。


 そして、何より。

 髪色が、変わっていた。


 庶民としては珍しい金髪から、おかーさんと同じ、銀髪に。


「な、なんじゃこりゃー!?」


「こっちが聞きたいわよー!?」


 大声で叫ぶ私とおかーさんだった。











「……ん~っと、どういうこと?」


 私の説明を聞いて首をかしげるおかーさんだった。

 うん、気持ちは分かる。私だって逆の立場だったら首をかしげるもの。というか当事者なのにまだ信じられないし。


「話を纏めると、創造神様から祝福されて、銀髪になっちゃったのね?」


「う~ん、そうなるのかな?」


「……そんなこと、ありえるのかしら? いくら何でも創造神様なんて……でも間違いなく銀髪だし、魔力総量も激増しているっぽい。普通ならありえない……それこそ『神の奇跡』でもなければ……」


 むーんむーんと悩むおかーさんだけど、ふと思いついたように顔を上げた。


「創造神様はアリスちゃんの右手を包み込みながら祝福を与えてくださったのよね?」


「うん、そうだね」


「……ちょっと右手を出してみて? 手の甲を上にする感じで」


「? こう?」


「そう。で、ちょっと魔力を流してみて?」


 手に魔力を流す。魔力操作の練習によく行われるものだ。まずは手のひらに魔力を集中させ、その後は人差し指や中指に分けて流すことで操作を上達させると。


 その最初の段階。

 手のひらに魔力を集中させると――、光った。手の甲が。ぴっかーっと。


 光が収まったあと、右手の甲には複雑な文様が浮かび上がっていた。

 もちろん私は入れ墨なんてしたことはないし、生まれつきこんな文様が刻まれていたわけではない。


聖痕(スティグマータ)ぁ……」


「すてぃぐ……?」


「これは、マズいかも。とりあえず、魔法を展開すると光る感じかしら?」


「う~ん? どうだろう?」


 試しに生活魔法を使ってみると……やはり光った。ピカピカと。


「この聖痕が魔力を増大させているとか? まさか後天的な増設ができるなんて……。とりあえず、右手は隠しておかなきゃいけないわね」


 おかーさんが倉庫として使っている部屋に行き、かなり激しい物音を立て始めた。たぶん何かを探しているんだろうけど、その部屋の後片付けをするのは私なんだろうなぁ。


「あった。これよこれ」


 おかーさんが持ってきたのは黒い革の手袋。なんだか殺し屋とかが付けていそうなゴツさだ。


「これなら鑑定も透視もはじき返せるから。とりあえず、人に会うときはこれをつけていてね? つけてないときは魔法を使わないように」


 おかーさんの説明を受けながら手袋を受け取る。ちょっと大きめだけど不自由する感じではない。たぶんおかーさん用の手袋なのだろう。


 まぁ私が使えるのは生活魔法だし、外で魔法を使う機会なんてほとんどない。泊まりがけでの冒険なら使う機会も多いらしいけど、私は日帰り冒険者だものね。


 しかし、見たこともない材質だ。質感は爬虫類っぽいけど、ただの爬虫類の革が鑑定や透視の魔術をはじき返せるわけがない。


「おかーさん、これ、材料は何?」


「ん? 古代竜のお腹の皮よ?」


「…………」


 サラッと告げられた事実に開いた口が塞がらない私だった。値段が付けられないというか、そもそも有力者で独占されて市場に出回らない系の素材だ。


 絶対なくさないようにしよう。どこかに置き忘れたりしないようにしよう。

 固く決意した私だった。













 ヒロインさん、出会う


「とにかく! これは一大事ね! すぐに専門家に診てもらいましょう!」


 と、おかーさんが連れてきたのは王宮。王族の住まう場所にして、国政の中心。おかーさんならともかく、私みたいな庶民は一生縁がないはずの場所だ。


 しかも寝間着のまま。髪の毛も伸び放題のまま。顔も洗わないまま突然転移魔法で王城へと転移させられたのだ。おかーさんに空手チョップをした私、悪くないと思う。


「うぅ、娘が反抗期だ……」


「これが反抗期なら、従順なときは一切ないね」


 私の不機嫌さを察したのかおかーさんは王城に準備されているプライベートルームに私を連れてきた。転移魔法の連続使用でちょっと酔ったけど、寝間着のまま王城を練り歩くよりはマシかな。


「え~っと、とりあえず、髪を切りましょうか。『銀髪』は魔法の触媒として優秀だから、切った髪は厳重に保管しないとね」


 おかーさんが私を椅子に座らせて、ハサミを持ってきた。


「せっかく綺麗な銀色なんだから、いつもより長めにしましょうか」


「……お任せします」


「任されました」


 鼻歌を歌いながらチョキチョキとハサミを入れるおかーさん。なんだかご機嫌なのは、同じ髪色になって『本物の親子みたい』になったから、だろうか?


 私たちはいつもお互いに髪を切り合っているので、そうそう変な髪型になることはない。――ごくごく普通のセミロング。銀髪だと、今までよりちょっと大人びた雰囲気になったような気がする。


 そして。

 一仕事終えたおかーさんは私の髪を集め、束ねて、なにやら悩んでいた。


「……これは娘の髪。素材じゃない……。たとえ最高の触媒だとしても……。だから利用方法を考えるのは止めるのよ私!」


「何かに使いたいなら使っていいよ?」


「そう!? なら遠慮なく使わせてもらおうかしら!」


 喰い気味に返事をするおかーさんだった。まぁ切った髪の毛なんて使いどころがないので別にいいのだけど。銀髪では売ってカツラにするというのも無理そうだし。


「さ~てあとは寝間着を着替えないとね。たしか昔夜会で使ったドレスがしまってあったはず……」


「ドレス?」


「うん、ドレス。やはりお偉方に会うならそれなりの服装をしないと」


 寝間気のまま私を王城まで連れてきたくせに。というツッコミは一旦置いておくとして。


 お偉方ってことは、お貴族様でしょう? こう、庶民が無礼をするとズバーッと斬って捨てるような。


 おかーさんの言ってた『専門家に診てもらう』って、お貴族様のことかぁ……。


「……無理。帰っていい?」


「うーん、もう通信魔法で約束を取り付けちゃったから、ダメかしら」


「うぅ……せめて、ドレス以外の普通の服はないの? お偉いさんに会っても失礼にならないぐらいの」


「あるにはあるけど……私が! アリスちゃんのドレス姿を見たいのよ! こんな機会じゃなければドレスなんて着てくれないでしょうし!」


 そりゃあ一般庶民がドレスを着る機会なんてあるはずがない。

 ドレスなんてコスプレみたいで恥ずかしいけど、おかーさんの私服はセンス悪いのも多いし、ここはドレスの方が安パイだろうか?


 あと。私みたいな庶民は結婚式の時でも豪華なドレスは着られないし。おかーさんがみたいと言うなら見せてあげたいという気持ちもある。


「……しょうがないなぁ」


 私が了承すると、おかーさんはかなり上機嫌にドレスを着せてくれた。いかにも中世な雰囲気の、スカートがふんわりとしたドレス。そしてコルセット。


「コルセットしなくても腰が細い……羨ましい……」


 恨めしげにつぶやくおかーさんだった。腰の細さなんて大して変わらないでしょうに。


 おかーさんの怨念を受けながら着付けは完了。姿見の前で一回転してみる。


 ――おぉ、さすがは乙女ゲームのヒロイン。はじめてのドレスも完璧に着こなしているわ。


「……まーべらぁす……」


 私が教えた前世言葉を漏らしながら涙を流すおかーさんだった。記憶用の魔導具を使って写真を撮るのはやめてください。


 おかーさんの先導で王城の廊下を移動する。……なんだかすれ違う人からの視線が痛いような? くっ、やはり庶民がドレスを着たところで馬子にも衣装なのか……。


「鈍いわねぇ……母親としてちょっと心配」


 どういうこと?

 私が問い糾そうとしていると、廊下の前からそれなりの人数が歩いてきた。


 先頭を行くのは青年二人。

 そのあとをぞろぞろと文官らしき人や騎士らしき人たちがついて歩いている。


 うわぁ、絶対お偉いさんだ。貴族とか、下手すれば王族かも……。


 おかーさんが廊下の端に避けて頭を下げたので、私も同じように頭を下げる。お貴族様相手の礼儀作法なんて知らないからドキドキである。


 集団の足音がどんどん近づいてきて、私たちの前で止まった。


「――おや、ハイリス殿。久しぶりですね」


 おかーさんに挨拶がされる。なんというか、良い声だ。声優として活動すれば一財産稼げそうなほど。


「ご機嫌麗しゅう御座います、殿下」


 殿下?

 ということは王子様?


 こんな近くに王子様がいる機会なんて今後の人生でもないだろうし、じっくり見学したい気持ちはある。でも、王族を前にして許可なく顔を上げてはいけないことくらいは知っている。


「王太子殿下も、ご機嫌麗しゅう御座います」


 続けて、『殿下』の隣を歩いていた青年にも挨拶をするおかーさん。


 王太子?


 ……私もこの国に転生して長いので、この国に三人の王子がいることは知っている。というか、ゲームの攻略対象だったし。


 で、おかーさんの挨拶からするに、目の前には王子様が二人いると?


 それも、たぶん、攻略対象が。


 ――こんなところで出会うとか、聞いてない。









「彼女は?」


 と、王子様の一人がおかーさんに問いかけた。流れ的に私のことを聞いているのだろう。


「わたくしの娘であるアリスです。なにぶん平民であり、礼儀作法など勉強しておりませんので何か失礼があるやもしれませんが……」


「あぁ、構わないよ。公式の場でもないしね。よろしくねアリスちゃん」


 なんだかずいぶん気安いなぁと考えていると、おかーさんに脇腹を突かれた。顔を上げて挨拶しろと小声でアドバイスされたので、その通りにする。


「お、お初にお目にかかります。アリス・リッテリトスでございます。え~っと、おかーさん――ハイリス・リッテリトスの義理の娘になります」


 微笑みながらたどたどしい自己紹介をする私であった。だって笑顔を作らないと顔が引きつりそうだし。ゲーム本編が始まってないのに攻略対象二人とエンカウントとかどういうことなの……。


「ほぉ……」


 と、誰かが感嘆のため息をついた。さすがはヒロイン、初対面でのつかみ(・・・)は上々のようだ。


 王子様の一人が優しそうに微笑みかけてくる。


「何とも美しいお嬢さんだね。……寡聞にして『銀髪』であるアリスちゃんのことは知らなかったのだけど、ハイリス殿の秘蔵っ子なのかな?」


「…………」


 これは、あれかな? 下手な返事をすると『銀髪の娘を隠していたとは! けしからん!』とおかーさんが批難される展開かな? なにせ銀髪の人間は人を超える魔力総量だからね。

 さすがに無いとは思うけど、敵対勢力から『銀髪の娘を隠しているとは、謀反を企んでいるに違いない!』と難癖を付けられかねないのだ。


 おかーさんに視線で確認を取ると、話しても良さそうなので説明をする。……まぁ、本当のことを話しても信じてもらえなさそうなのがアレだけど。


「実は、昨日から銀髪になりまして」


「……にわかには信じられないな」


 ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべながら、口調は少しだけ鋭くなる王子様。うん、ちょっと腹黒な気配がするぞ?


 しかしこっちとしても嘘は言っていないし、嘘をついて誤魔化すわけにもいかないのでどうしようもない。――にっこりと。裏表のない笑顔を浮かべてやり過ごそうとする。


「……へぇ」


 面白い子だ、と、王子様の心の声が聞こえた。ような気がした。なんだか愉快なオモチャを見つけたような目をしているような気が?


 と、私と王子様のやり取りにおかーさんが割り込んでくる。


「詳しい説明は私がさせていただきます。……しかし、人には聞かせられない内容でありますので……」


「ハイリス殿が言うなら、よほど重要なのだろうな」


「はい。ですので、これより陛下に謁見を賜りまして経緯の説明をしようかと」


 ……陛下と謁見?


 国王に会うの? これから?


 何それ、聞いてないんですけど?


 おかーさんが言ってた『お偉方』って、お貴族様だけじゃなくて国王陛下も含まれてるの!?


 おのれおかーさん、これを見越してドレスを着せたな私に?


「なるほど。重要案件ゆえ、私たちに話すかどうかは陛下が決めると? 王子にすら話しにくい内容であると? ならば致し方ないな」


 なにやら勝手に納得して引き下がる王子様だった。いやちょっと止めてくれません? こんなド庶民が陛下に謁見するとか問題あるでしょう?


 助けを求めるようにもう一人の王子様に視線を向ける私。……なんだか同情を込めた目でふるふると首を横に振られてしまった。諦めろということらしい。


 なぜ?

 なんでこんなにイベント盛りだくさんなの? まだゲームは始まっていませんよね?


 うぅ、お偉いさんになんて関わらずに引きこもって研究漬けの毎日を送りたいだけなのに……。








 陛下との謁見は豪華絢爛な謁見の間――ではなく、陛下のプライベートな部屋で行われることになった。

 何でも私に気を遣ってくださったらしい。


 謁見の間でお偉いさんたちの視線に晒されながら――ではないのはありがたいけど、陛下に気を遣わせてしまったこと自体がもう大変。蚤のような私の心臓が破裂しそうだ。


「おぉ、おぬしが……。よく来てくれたな」


 私室(と呼ぶには豪華すぎる部屋)に入ると、いかにも優しそうなオジサマが出迎えてくれた。

 さすがに直接お目にかかったことはないけれど、肖像画は街のあちこちに飾られているので見覚えはある。――陛下だ。国王陛下だ。つまりはこの国で一番偉い人。


 胃がキリキリしてきたのは気のせいでは無いと思う。


 そんな私の気も知らずに陛下は遠慮なく私に近づいてきて、じっと私の顔を見つめてきた。まさかヒロイン補正は陛下までも虜に――と、ふざけることもできない雰囲気だ。


「――似ているな」


 は?

 と、思わず口に出そうになる私。危ない危ない。陛下に対して『は?』とか言ったら不敬罪ものである。


「ね? 似ているでしょう?」


 あまりにも気安く陛下に声を掛けるおかーさんだった。


「おぉ、似ている。似ている。若い頃のアリアテーゼの生き写しだ……」


 アリアテーゼ?


 私のお母さんはアリアという名前だったはず。いや名前が長いのでアリアという愛称を使っていた可能性はあるけれど。


 お母さんを知っているのですか?


 と、問いかけたかったけど、さすがに陛下相手に質問する勇気はない私だった。

 それに、知り合いだったとしても、それがどうしたという話だし。お母さんはもう死んでしまっていて。私と陛下は初対面の赤の他人なのだから。


 昔を懐かしむようにそっと目を閉じる陛下。

 じっくりと時間を掛けてから陛下は目を開けて、少し申し訳なさそうにこちらを見た。


「通信の魔法で話は聞いた。アリス、キミには申し訳ないが、今年から魔法学園に通って欲しいのだ」


「は?」


 と、今度は口を突いて出てしまった私だった。不敬罪……には、ならなそうなのでセーフかな?


 いやなんで? おかーさんから魔法を習っているのでわざわざ学園に通う必要はないのですけど?


 私に疑問を察したのか陛下は説明してくださった。


「ハイリスから魔法を習っているというのは知っているがね。彼女は少々、こう……直感型の人間なのでね。おそらくは取りこぼしというか、教え切れていないことがあると思うのだ」


 ちゃんとした教師から一から魔法を教えてもらえ、と言いたいらしい。


「銀髪の人間は人を越える魔力総量を持っている。だからこそ専門家による教育を受けて欲しいのだ」


 つまり……『銀髪』は人間兵器みたいなものなのだから国家の管理下に置いておきたいと?


 魔法学園に入学したら乙女ゲームが始まっちゃうじゃん。

 なんやかんやの強制力で攻略対象と関わり合いになるのでしょう?


 絶対嫌です。


 と、断る勇気のない私。無理無理。今日の朝まで凡人だった私に、陛下に逆らうことなんてできるはずがない。


「……謹んでお受けいたします」


 陛下に対する敬語ってこれでいいのだろうか? そんな疑問を抱きながらも頭を下げた私であった。


 学園に入学すれば乙女ゲームが始まってしまうだろう。


 しかしまぁ、元々攻略対象なんて高嶺の花(王族や高位貴族ばかり)なのだし、こちらから積極的に行動しなければ接点はないでしょう。うん、ゲーム本編でもヒロインの常識外れまでの行動力によって攻略できていたのだし。私が動かなければ何も起きない。はず。


 ――なるべく平穏に。攻略対象とは関わらない。


 そうして三年間を過ごそう。もう授業時間以外は図書室に引きこもっていよう。固く決意した私だった。



 まぁ、

 そんな決意なんて、乙女ゲームの強制力を前にしては何の意味もなかったのだけれども……。このときの私には知る由もなかった。




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