8.被害者はどちらだ
今回の実習の課題内容は"魔物と戦った証"を持ってくる事。
それは牙であったり爪であったり、あるいは羽だったりしてもいいのだろう。ならば魔物と戦うよりも他人から奪うほうが危険は少ないと考えるのは普通のことだ。
「なぁ……魔物と戦うよりあいつらから奪わねえか?」
初の実戦課題で森の中で途方に暮れていた一年生ジャン・トラリードはセーマとリュミエが魔物と遭遇していた所を見つけると真っ先に班の人間に提案した。
セーマとリュミエが休んでいるのを好機と見て取り囲むが、足音の数が多い事に気付く。
他の班もあいつら狙いか、とジャンは舌打ちした。
平民であるセーマと落ちこぼれと言われるリュミエがターゲットになるのは必然……自分達以外が狙っていてもおかしくない。
これは争奪戦だとジャンは先んじてセーマに向かって飛び出した。
「ごぶっ……!?」
ぐるん! と視界がひっくり返る。
鼻の奥を突くような痛みと衝撃。ジャンは何が起こったのかもわからず後ろに倒れた。
「あ、が……!?」
「あれ? 身体強化使ってないのか……?」
ジャンが目を開けて起き上がろうとすると目前にはセーマの靴底。
セーマは先程魔物の相手をした時のように容赦が無い。ジャンの顔を思い切り踏みつけ、ジャンは魔術を唱える間も無くびくびくと震え、そのまま意識を失った。
ジャンの顔は血と泥で塗れ、貴族らしい小綺麗な雰囲気は見る影もない。
「!!」
「ひっ……!?」
「うえ……!」
「こいつの仲間は三人か」
セーマのやった事が衝撃的だったのか、ジャンと同じ班だった他三人が茂みの中から悲鳴を上げる。
男二人に女一人。後三人は別の班。班は五人までと言われていたから想定内。
セーマは声の上がった方向に駆け出す。戦意のある相手よりも怯んだ相手から潰していく。自分に怯えてくれる敵ほど倒しやすい相手はいない。
「ひっ……!」
「何だ? 同級生を襲おうとした割に被害者面するじゃないか?」
身体強化を二重にかけていたセーマは数秒もかからず悲鳴を上げた男子生徒との距離を詰める。拳を振り上げると再び恐怖で悲鳴が上がった。
慈悲ある人間ならば、もしかしたら止めてくれたかもしれない。
だがそんな手心を加えられるほど自分は優しくないとセーマは自覚している。
つぎ込まれた魔力で強化されるセーマの腕。メキメキ、と腕全体から音が鳴り、拳はそのまま固まってしまった男子生徒の鳩尾に叩きこまれた。
「が……ぼっ……!」
衝撃で肺の空気を吐き出す音が涙と共に零れる。
痛みで鳩尾を押さえながら体を丸めた男子生徒。その顔をセーマは両手で掴み、膝蹴りをお見舞いした。
身体強化された体で繰り出される膝蹴りは鼻を潰すように折り、粘ついた血をセーマの膝に残して男子生徒は動かなくなる。
「次」
「きゃあ!」
次の狙いは近くにいた女子生徒。男子生徒のフォローをしようとしたのだろう。杖をセーマのほうに向けているが、セーマの勢いに恐怖したのか魔術ではなく悲鳴を上げてしまう。
無理もない……今のセーマは血塗れの拳と膝を気にする事なく突っ込んできている。第三者が見れば一体どちらが襲っているのかわからない状況だ。
「れ、『降雨の矢』!」
「水属性……」
女子生徒の魔術は杖を向けた方向ではなく、上に向けて十数本の矢が放たれる。
本来は山なりに矢を放ち、相手に降り注ぐ魔術なのだが……森の中でそんな魔術を使えば当然、木々に阻まれる事になり、そんな状態で制御できるわけもなく、ばらばらに魔力の矢が降り注ぐだけとなった。
そんなものでセーマを阻めるはずもなく、女子生徒の目の前までセーマは一気に距離を詰める。
「か、はっ……!」
「丁度いい。後で運ぶのを手伝ってもらおう……起こしやすいように落としておくか」
女子生徒の首を掴み、勢いよく木に叩きつける。
それだけでも意識が飛びそうだが、セーマはそのまま首を一瞬絞めると女子生徒は意識を飛ばした。
「次」
「う、うわあああああああああ!!」
セーマに顔を向けられた男子生徒は思い切り叫んだかと思うと、手をかざして下級魔術を連発する。連発して近付かせない気なのだろう。
しかし、セーマはお構いなしに突っ込む。それなりに距離はあるものの木と茂みを利用し距離を詰めていく。
一つ目を猫のように躱し、二つ目は木の陰に隠れ、三つ目の魔術を唱える頃にはもう逃げるには遅い距離にいた。
男子生徒はそれでも必死に手をセーマのほうにかざしていて、恐怖からか涙を目に浮かべている。
「恐いならちゃんと逃げろよ」
「ぎ、『巨人――ぐびゅ!!」
「あ」
魔術を唱えようとしている所にセーマは下から顎を撃ち抜く。
男子生徒の体が一瞬だけ宙に浮いて、そのまま意識を失ったのか足で着地することなく溶けるように崩れ落ちた。
「舌噛んでないよな……? 後で運んでやるから安心しろ」
「せ、セーマくん……凄い……!」
その戦いぶりを見てリュミエが感嘆する。お互いの事を話し合った時に戦い慣れていると聞いてはいたのだが、ここまでとは思っていなかった。
的確に一人ずつ沈めていく容赦の無さ、無駄のない挙動。
一体どんな学び方をすれば自分と同じ年齢でこんな風に出来るのかと。
……セーマは監獄とは名ばかりの実験場から救出された後、自身を救ってくれた師となる女性の下で様々な事を学んで生きてきた。
彼にとって最大の幸運だったのはその師が高名な魔術師であると共に世界に三人しかいない"魔法使い"であり、その力を弱者を救うために使う善人であった事……しかしそれ以上に不運だったのはまるで拒絶でもしているかのように魔術を習得できなかった事だった。
もう一つ、いつの間にか手の中にあった幸運か不幸かわからない制限付きの異質の扱いにも苦労する事となる。
その異質に頼り切りになるわけにもいかなかったセーマは途方に暮れた。
優しい師に兄弟子に姉弟子、四年も実験台となっていた心の傷は徐々に癒えていく。
しかし、何もできない自分には疎外感を抱いたままだった。
最高の師に教わっているのに魔術が使えない。原因は明白だった。
魔術は魔力を通じてイメージを世界に現象化させる技術……すなわち、魔力を架け橋に自分と世界を繋げるもの。
……セーマには自分と世界が繋がっているイメージが持てなかった。
実験場の中でひたすら味合わされた飢えの日々。
世界から切り取られるような孤独を四年間味わい続けたセーマには、救われる日以前の世界はそれほどに遠かった。
「とりあえず体鍛えたらどう?」
そんなセーマに対してあまりに無難な師匠の助言。
他の弟子は本当にこの人魔法使いなのかという冷たい視線を送っていたが、縋るものが無かったセーマはその助言の中に自分なりの答えを見つける。
外にイメージを出力できないのなら自分にだけイメージを出力すればいい。汎用魔術が使えないなら自分の肉体だけに合ったオリジナルを組み上げよう。身体強化はまさにセーマの欠点を埋めるのにうってつけだった。
体を鍛えて魔術を組み上げる。体を鍛えて魔術を組み上げる。明日も明後日も……ひたすらに続けた。
虚弱だった体は身体強化の重ね掛けに耐えられるほど丈夫に、魔術は接近戦を有利にするものに絞って習得し、知識は師の影響でスポンジのように吸収した。
十歳の時からそんな生活を続けて……魔術師として決して優秀とは言えないもののセーマに最も適したスタイルが完成する。
「全く……やっぱりろくな絡まれ方をしないな」
いつの間にか、最初に襲ってきたジャンの班の四人だけでなく……残りの三人もセーマは沈める。
周囲には意識を失って倒れている生徒達。
拳についた返り血を地面に払いながら、セーマは自分が被害者であるかのようにため息をついた。
魔術師(物理)