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14.自信満々な少女

「退学は心配なくなったが……結局、状況は何も解決してないんだよな……」


 校長室に呼び出されてから三日……噂は収まる気配は無く、セーマは相変わらず陰口と冷ややかな視線を浴びる学院生活を過ごしていた。

 もっとも、退学の可能性が無くなっただけで気持ち的には非常に楽にはなり、過度に悩むような事は無くなった。

 寮は一人部屋、学院では基本リュミエと一緒にいるので周りに何を言われようが特に気になるような事はない。実技の授業の時だけ露骨に狙われる事はあったりするが、それはそれで練習しやすくて助かっている。


 ただ一点、生徒失踪についての調査は明らかにやりにくい。

 どこに行っても注目されるため迂闊な行動がとれない上に何かしようものなら絶対に言いがかりをつけられること請け合いだ。


「まだ被害者はいないし……そんな急ぐものではない、か……」


 中庭のベンチに身体を預けながらセーマはぼやく。

 リュミエは定期のカウンセリングに行っている。実習前からリュミエを待つのはここがもう定番となっていた。

 教室や廊下と違ってここは比較的静かなほうだ。わざわざここまで来て嫌味を言いに来る生徒も少ない。


「あら、こんな所でお悩み?」

「うおう!」


 この声は、とセーマはベンチから飛び上がってすぐに警戒態勢に入る。

 セーマの中では陰口を叩く者やねちねちと嫌味を言ってくる者より断然危険度の高い人物が話しかけてきたからである。

 中庭の緑を呑み込むような存在感を放つ海のような深い青の髪、花のように伸びた背筋、リュミエの楚々とした雰囲気とはまた別の上品さを感じさせる堂々とした佇まい。

 森で上級魔術をぶっ放してきた二人組の片割れであるフローレンス・ランスターが歩いてきた。


「今度こそ俺を殺しに来たか!? 何故俺を狙う!? 目的はわからないが、学院内で俺を殺せば騒ぎになるぞ!」

「あなた私を何だと思ってるの?」

「同級生に上級魔術撃ってくるいかれた二人組の一人」

「あれは事情があったのよ、悪かったわ。ほら座って。森の時みたいな事はもうしないわ。約束」


 フローレンスはベンチに座り、隣をぽんぽんと叩いてセーマに座るよう促す。

 セーマは警戒を解かず周囲を見回してから、フローレンスの正面に立つ。


「あの半森人(ハーフエルフ)は来てないのか?」

「リオン? ええ、席を外させてるわ。だからそんなに警戒しないで」

「警戒するなというほうが無理だろ、俺はあんたらの事を何も知らない」


 セーマがそう言うとフローレンスはそれもそうね、と口を開く。


「私はあなたがリュミエ様を騙して近付こうとしていると思ったのよ。リュミエ様は落ちこぼれと馬鹿にされていて友人がいないのは有名な話ですし……ろくな人がいなかったと聞いていたから。そんなリュミエ様が急に平民と仲良くなったのを見たら、おかしいと思うでしょう?」

「あれはリュミエと引き離すための警告って事か?」

「それもあるけど、試したってのもあるわ。リュミエ様を見捨てたりしたら……」


 フローレンスは続きは語らずにこっと笑顔を作るだけだった。

 見惚れていてもおかしくない整った顔立ちをしているフローレンスだが、その笑顔からは恐怖しか感じない。


「だからここ数日観察してあなたを見極めて……改めて謝りに来たの。ごめんなさい」


 かと思えば、今度は頭を下げて真剣に謝ってくる。

 いつの間にか、最初に受けた滅茶苦茶な人間という印象は無くなっていた。良くも悪くも行動力があるというべきか……確かめなければという気持ちが先行した結果があの初遭遇だったのかもしれない。


「リオンも後で謝るだろうけど、彼は悪くないから許してあげて。魔術をけしかけるように言ったのは私だし、彼は私のためにやってくれたの」

「こんだけ俺の悪い噂が流れてるのに謝りに来たのか?」

「ああ、あの噂はどうでもいいのよ。私があなたを見た結果、あなたは大丈夫だって判断したんだから」


 フローレンスは立ち上がって、セーマの顔をじっと見る。


「あなたの目は腐ってない。森でリュミエ様を咄嗟に庇った姿から悪人でもない……どんな噂が流れていようと私はあなたを信じます」

「それはありがたくはあるが……」

「それに、ここ数日で色々調べさせてもらったから確認もとれてるの。あなたのいた監獄……どうやらずいぶんな場所みたいね?」


 セーマの表情が一瞬陰る。

 その変化を察してかフローレンスは続ける。


「なおさらあなたを疑う理由がなくなったわ。尾ヒレがついて広まっていく不確かな噂よりも確かな筋で得た情報と自分が見定めた印象のほうを信じるなんて当たり前でしょう?」

「俺と関わって何か言われても知らないぞ……知らないが、あんた結構いい家の貴族なんじゃないのか?」

「私が誰と関わるかは家柄じゃなくて私が決めるわ。家柄なんて、私が生まれるに相応しい場所を用意するために続いていただけのものでしかない」


 あまりにも自信満々に言い放つものだからセーマも呆気にとられてしまう。

 フローレンスが貴族として異質なのはセーマでもわかる。普通の貴族が家や血筋を誇るのに対して、フローレンスは自分が生まれた事を血筋が誇れと言っている。

 どんな人生を生きればここまで自己肯定感が高まるのだろうかと感心すると同時に、その自己肯定感をほんの少しリュミエに分けてやってくれ、とつい思ってしまう。


「だから、私はあなたと仲良くしたいと思ってあなたに今近付いているの。気に入った人間と交友を持ちたいというのは自然でしょう?」

「それはまぁ……確かに」

「あなたを味方にしてリュミエ様への印象を良くしたいという打算も当然あるわ」

「そんな正直に話されると逆に清々しいな……」


 打算があるという点から、フローレンスの本命は恐らくリュミエに違いない。

 その過程でセーマもついでに気に入ったから交友を持ちたいという事なのだろう。

 真正面から、しかもここまで正直に接してくれる人間は初めてでセーマは悩みながらも右手を差し出す。


「改めてセーマだ。平民だけど……今更(うやうや)しく接しろとは言わないでくれよ?」

「人を敬わせるのは家柄や血筋ではなく在り方よ。このフローレンス・ランスターがそんな小さな事を言うはずがないってしっかり思わせてあげるわ」


 フローレンスがセーマの右手を手に取る。

 最悪な第一印象を乗り越えて、セーマにはどうやら二人目の友人が出来たようだった。


「じゃあまずお友達になったからには……あなたの間違った噂を消しましょうか」

「……は?」

「事実なら放っておくけれど、調べたら全くの誤解なんだもの。私のお友達がそんな誤解で割を食うのはいい気分しないわ」


 そんな事が出来るのかとセーマは懐疑的な目でフローレンスを見つめる。

 すでに一年生全体に広まっているであろう噂。たった一人で動いてどうにかなるものなのか。

 フローレンスは自信満々な目を見せるかのようにセーマに顔を近づける。


「任せなさい。学院なんて狭いコミュニティで囁かれる噂なんて簡単よ……私の手にかかれば何もしなくったってすぐに書き換えてみせるわ」

「お、おう……」


 セーマが気圧されていると横のほうからどたどたと慌てて走ってくるような足音が聞こえてくる。

 横のほうを見ればカウンセリングから帰ってきたであろうリュミエがこちらに向かってきており、勢いのままセーマとフローレンスの間に入るとそのまま二人を手で大きく引き離した。


「セーマくん何やってるの!? 駄目だよ女の子に顔そんなに近付けちゃ!」

「え!? いや、逆――」


 リュミエの翼を見ようとしていた前例があるからか丸っきり誤解されるセーマ。

 誤解からかリュミエは耳を赤くさせながらフローレンスを庇うように抱き寄せる。


「大丈夫フローレンスさん? ごめんね、セーマくんってちょっとこういう所があって……悪い人じゃないから許してあげて?」

「うふふ、遠くから見ていた時も思っていたけど……愉快な関係でなによりね?」

「いや感想じゃなくて誤解を解いてくれよ……」

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