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青い情趣

作者: 柳稔 清
掲載日:2023/09/03

初投稿です。

もし読んでいただければ、そしてどんな感想でもいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

 「趣味は人間観察です」

 生徒会副会長の笹川が言い放った。生徒会役員が初めて集まった高校二年生の夏、自己紹介でのことだった。この人は他人を観察して、どんな性格か、趣味趣向はどういったものかを考えるのが好きらしい。

 生徒会担当の先生は目を少し細めて、相手に失礼のない程度にするべきだと注意した。しかし僕は、成績優秀、才色兼備な女子のおかしな一面を知って、なんだか嬉しかった。生徒会活動において、僕は優秀な副会長に支えられた、ハリボテ生徒会長として、その不名誉な評価を学校中に轟かせた。


 「僕が劣っていたのではなく、副会長が優秀すぎたのだ」


 と苦しい言い訳をしておく。

 しかしそんなことよりも、僕にとって生徒会のある日々は楽しかった。優秀すぎるのはともかくとして、彼女の笑顔は子供のように無邪気で、他人の評価などどうでもよく思えたし、他の役員との関係も良好で、気の合う仲間になれた。

 

 三年生に進級して少し経った頃、僕は初恋をした。遠く離れた田舎町に住んでいるという女の子とメル友になったのだ。彼女は丁寧な言い回しで、僕の尊敬できる点を見つけ出してくれた。

 いつの間にか受験の悩みや、優秀な人間に対する心の底に黒い墨が一滴落ちたような、小さな嫉妬、入院している祖父のこと等、私的なことを打ち明けていた。自己開示は不思議な心理的な接近を錯覚させ、つまり秘密を共有して仲良くなったような気がしていた。


 受験がひと段落して卒業式を数ヶ月後に控えたある日、久しぶりに生徒会室を訪れると、笹川がいた。


「受験おつかれさま。お茶淹れようか」


 そう言う笹川はとっくの昔に学校推薦で有名大学に進学先を決めていた。お礼を伝え、いつもの席に座ろうとした時、携帯電話が鳴った。

 母から祖父が危ない状況だと告げられた。机に置いたばかりの荷物を急いで抱え、急いで部屋を出て行こうとした


「もしかして身内に不幸でもあったの」


 笹川の声だった。振り返る途中、視界がスローモーションで流れていく。笹川がそこに立って僕を見おろしていると分かった瞬間、突如として自分でもわからない感情が溢れ出し、気づけば叫んでいた。


「うるさい。まだ不幸なんかじゃない。人を見下して勝手に観察するな」


 自分でも驚くくらい大きな声が出た。

 焦点が定まり、笹川の持つ暖かい湯気をたてる紅茶に留まる。はっとした。視線を上げると笹川はとても驚いた顔をして、次の瞬間大きく歪んだ。笹川は走って部屋を出て行った。


 僕はしばらく学校を休んだ。祖父のいるところは少し離れていたし、色々とやることがあった。それから卒業までの間、僕が生徒会室に足を向けることはなかった。その結果、卒業式の答辞、生徒会長最後の晴れ舞台は、酷い大雨に見舞われ、「裸のハリボテ」として我が校の生徒会に代々語り継がれることとなった。


 その事を初恋のメル友に自嘲気味に報告すると、それっきり返事が来なくなった。

 

 十五年後、僕は生活が苦しくなった人を支援をする福祉の仕事をしている。今日も相談者が来た。幼い子を抱えた女性だ。頬が少しこけて見える。碌に食べていないのかもしれない。心が少しだけ傷んだ。手元に差し出された申請書の名前を見て、思考が止まった。固まった僕の様子を見て訝しく感じたのだろう、女性は視線を上げ、僕の名札を見て固まった。


「笹川さん。僕を覚えていますね?それは、業務上差し障る可能性があるので、担当を変えます」


 混乱する頭を抱えながら何とか事務的に必要なことを伝えたのだが、目の前の女性は首を小さく横に振った。やはり頭の整理がつかない。今度は僕が俯いてしまった。笹川さんは小さくため息をついて、とつとつと語り出した。

 結婚、夫の方針で退職、家庭内暴力、児童虐待、親権争い、離婚。聞き慣れた単語が知らない響きで押し寄せてきた。僕は決められた手続きを機械的にこなした。


「ねぇ、私あれから人を見ることをやめたの」


 一言呟いてから小さくお礼を告げて笹川さんは立ち上がり、僕に背を向けた。

 数日後、あの頃の、田舎町のメル友から十五年ぶりに一行の連絡が来た。

 「一度だけ、私たちの母校で会えませんか」

 

 校門の前に笹川さんが立っていた。このタイミングでの連絡だ。流石に察しはついていた。しかし理解はできず、聞くことしかできなかった。

 なぜ、あなたがここにいるのか。

 静かに問いかけながら、僕たちは十五年前、毎日のように足を運んだ、思い出の詰まった校舎へ向かって歩いた。



 三年生に進級してすぐのこと、地方に住んでいると偽り、生徒会長と連絡をとっている女子がいると知った。何かの罰ゲームだったらしい。気になって様子を見ていると、笑えるからやりとりを見ろと誘われ、気がついたら、いつの間にか、女の子の役を押し付けられていた。

 本当のことを伝えたかったけれど、受験勉強で忙しい時期に彼の邪魔をしたくなかった。受験が終わったらその時には、いつもの生徒会室で全て打ち明けると、心に決めていた。

 でも、できなかった。あの日の前日に、おじいちゃんの容体がとても悪くなったと聞いていたから、つい口に出してしまった。

 


 笹川さんの話を聞いている間に、生徒会室の前に辿り着いた。


「騙していてごめんなさい」


 笹川さんが僕に向かって頭を下げた。

 その時、ずっと、心の中に住んでいた屈託が勢いよく弾けた。


「いいえ、ありがとうございました。あの人が笹川さんで良かった。そして、酷いことを言ってごめんなさい」


 今度は僕が頭を下げた。自分でも信じられないほどに晴れ渡った気持ちになった。


「そうだ、趣味なんですけどね」


 そう切り出すと、笹川さんは首を傾げた。


「いつかの自己紹介の時、僕は無趣味だと言いました。でも今思えば、高校時代の趣味はあなたとのメールだったと思うんです。きっと一番夢中になれていたから。良かったらまたどうですか。貴方は尊敬できる人だから、きっと楽しい」


 笹川さんは十五年ぶりにみる無邪気な笑顔になって頷いた。


「でもできれば、SNSでお願いして良い?」


 夕暮れの校舎に、二人の大人の影が伸びている。二人とも、これから新しい一歩が踏み出せる気がしていた。

この物語の登場人物は実在しません笑

何となく、大人になっても青春臭い(見方によってはとても気持ち悪い笑)台詞を言いたくなること、あるのではないでしょうか。

そんな衝動からのお話でした。

お目通しいただき、誠にありがとうございます。

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