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シレイ  作者: フクロウ
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つかむ手

 人込みをかき分けて走り出す。


「すみません、避けてください! 通してください!」


 一斉に戸惑った顔で見られるものの、柊奈乃の切羽詰まった様子にただならぬ事態を感じたのか、全員がすぐに通路を開けてくれた。怪訝な視線や飛び交う文句を浴びながら、柊奈乃は紬希が向かいそうなところを頭に浮かべて走り続ける。


(紬希は会場と駐車場しか行っていない。この前も駐車場を走っていってたからーー)


「駐車場……」


「へ?」


「きっと駐車場にいます!」


 公園での出来事をどうしても思い出してしまう。あのとき、もし気づくのが遅れていたら、判断が遅れていたら、紬希は道路へ飛び出していってしまったかもしれない。出掛けるたびに口うるさく言ってたんだから、紬希だって道路が危ないことはわかっているはず。走っている途中までは「ともだち」と遊んでいるつもりかもしれないけど、道路に近づくに連れてきっと恐怖が襲ってきたはず。


(そんな思い絶対させたくないのに)


 柊奈乃はうつむいた。前髪が大きく揺れて目を隠す。お客さんが来たことで紬希を見ていなかった、守ると決めた手を放してしまった。


 人でごった返していた出口を出ると、ジリジリとした熱気と眩い日差しが頭を照らす。駐車場はすぐそこだ。外は人がまばらで、車が100台近く止まっていても、小さい子どもが一人だけ動いていれば、普通ならばすぐに見つけられそうなものだった。


「紬希ー!! どこ!? 紬希!!!」


 大声で叫んでも返事は来ない。自分たち以外の走る音も、弾けた笑い声も聞こえない。ただ聞こえるのは、執拗に鳴き続ける(せみ)の音だけだった。


 自分の車へと戻ってみたがやはり誰も乗っていない。清水の車も同様だった。


「どこに行ったの? ねぇ、どこに連れて行ったの!?」


 清水の手が優しく背中を撫でた。


「ねぇ、一回落ち着こう。アナウンスとかしてもらったらどうかな? ドームだもん、きっと迷子の対応とかしてくれるよ」


「違う……」


 息が切れて、酸素不足のせいか言葉が上手く出てこない。だが、これだけはハッキリしていた。ただの迷子なんかじゃない。これは、幽霊とかお化けとか、そういう類のいわゆる怪異と呼ばれるものだ。


「紬希は急にいなくなったりしない子なんです。信じられないかもしれないけど、紬希はきっと何か得体のしれないものに連れてかれたんです」


「得体のしれないってーーええっ!? 急にそんなこと言われても」


 そのときだった。たまたま近くを歩いていた風船を持っていた男の子が空に向けて指を向けていた。


「ねぇ、あそこにこどもがいるよ。あそこっていっていいところなの?」


 柊奈乃と清水はほぼ同時に男の子が指をさす方へ顔を上げた。その光景を見たとき、柊奈乃の足が震え上がった。


 ドームには展望台がある。その展望台を、紬希が一人で歩いていた。


「な……なんで、あんなところに?」


 ドームの屋根の一部に突き出す形で造られた展望台は、透明ガラスで覆われていて、何かの拍子に落ちる心配はない。問題は、どうやって登ってきたかだ。展望台の高さは約50メートル。その高さまで紬希は一人で登ってきたことになる。


「展望台までは確か、エスカレーターで直通だった気がするけど、と、とにかく向かおう! ヒナ!」


 またクーラーの効いた涼しい会場へと戻り、今度はエスカレーターを目指し走り始めた。なんとか走れているが、足が震えて仕方がない。展望台から落ちる心配はないが、50メートルの高さから会場のアリーナを見下ろせるスペースもある。もちろんガラス壁で守られているものの手すりから上は何のガードもない。もし、そこによじ登り、(また)ぎ、足や手を滑らせてしまったとしたら。


 真っ逆さまに落ちていく。落ちた先はーー真っ赤な花が咲く地獄のようなものだ。


(……なんて想像を……大丈夫。絶対に守るから)


 ゆっくりと上るエスカレーターを駆け上がっていけばフラフラと歩く紬希の姿が目に止まった。今さっきまで展望台にいたのに、アリーナが見下ろせるところまで移動している。


「紬希!」


 遠く、まだ声は届かない。紬希は、やはり誰かに引っ張られているみたいに右腕だけを前に伸ばして歩いていた。会場一面が見えることに気がついたのか、腕を離すと、窓ガラスに両手のひらをくっつけて会場の様子を楽しむ。「あそこにママがいるんだよ」、とでも言っていそうだった。


「早く!」 


 紬希の視線が上がった。なぜか手を叩いている。耳を傾ける。ためらうように後ずさる。うん、とうなずき、右腕を伸ばす。その腕がぐぐぐ、と明らかに見えない何かによって引っ張られていく。


「なに、あれ?」


 清水も同じものを見たようだった。


「あれは、『ともだち』。紬希がそう言っていた」


(でも、友達なんかじゃない)


 エスカレーターを登り切ると、ようやく紬希は母親が来たことに気がついたようだった。嬉しそうに手を振って、まるで友達を紹介しようとするかのように誰もいない空間を指差した。


「ママ、このこがね、ともだち。なまえは、えっとね」


「紬希危ない!!」


 ふわり、と紬希の身体が宙に浮いた。腕が引っ張られている。手すりを飛び越えてガラス壁の外へ連れて行かれる。


 紬希の顔が笑顔から驚き、そして恐怖の顔へと変わっていく。目が見開き、かん高い悲鳴が上がった。


 その手を柊奈乃がつかんだ。全身の力を込めて思い切り引く。引っ張っていた何者かの力が消えて、身体が一気に傾き、尻もちをついて倒れた。


「ママ!」


 紬希が胸に飛び込んでくる。「大丈夫、大丈夫」と頭を撫でながらなだめる言葉は柊奈乃自身にも言い聞かせているように感じられた。


 確かに今、柊奈乃は力を感じた。見えない何者か、でも実在する何者かの力を。

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