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シレイ  作者: フクロウ
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約束

 車に乗って自宅へ帰る最中、疲れたのか紬希はチャイルドシートにもたれかかりながら眠ってしまった。自宅マンションの駐車場についても目を覚ます様子がないので抱っこして家の中へと運ぶ。リビングのソファに寝かせると、タオルケットをかけた。


 幸せそうな寝顔だった。額に手を当ててみるが、熱はない。乱れた前髪をそっと整えると、柊奈乃は夕食の支度に取り掛かることにした。


 夕食は無難にカレーライスにしようと決めていた。これから即売会に備えて最後の準備をしないといけない。明日のイベントは一日中かかるから多めに作っておけばきっと大丈夫だろう。


(圭斗はまたカレーか、と言うかもしれないけれど)


 柊奈乃にとっては明日のハンドメイド即売会は大きなチャンスだった。昔からの手先の器用さを活かしてハンドメイドを始めて、ハンドメイド作家としてアプリやフリマサイト、SNSを中心に販売をスタートさせたのが半年前。しかし、ほとんどと言っていいほど利益は出ていなかった。


 柊奈乃がターゲット層にしているのは、自分と同じ子育て世代だ。子ども向けのTシャツや靴下、帽子、缶バッジなどを作っている。それから子ども連れで出掛けるときには必須な大きめのトートバック。最近では、マスクの個性化に需要があるためマスクにも力を入れて販売していた。


 数多いる同業者との差別化をはかるために柊奈乃が考えた方策が『キャラクター』だ。芸術と感じるほどの個性的な作品や質の高い商品を作るのは現状では難しい。それならと、昔から自分の中で培ってきた猫のキャラクターである『マリーゴールド』を前面に押し出して顧客を開拓しようと決めた。


 デブ猫マリーの一番のファンは、今のところは娘の紬希ではあるが、マリー(この子)を気に入って購入してくれたお客さんもいる。キャラクターのファンになってくれればその商品だけでなく他の商品もグッズとして贔屓にしてくれるかもしれない。そんな狙いがあった。


 アプリやSNSでは大量の商品に埋もれてしまう。だけど、即売会ならじっくりと会場を回るお客さんの目に止まるかもしれない。出店費もそんなにかからないしと、知り合いに誘われてブースを出すことを決めた。


 小さいブースと言ってもお店。店構えとして看板や飾り付けもしっかり用意しなければいけない。今日の柊奈乃には時間がなかった。


 時間節約のために、炒める工程を省き、水を入れた大鍋を湯にかけながら切った先から材料を入れていく。野菜に豚肉、全部の材料を入れたところでお玉で鍋をゆっくりとかき混ぜていく。


 泡がふつふつと上がってきた。


 ふと、公園での出来事が頭をよぎった。


(……紬希は友達って言っていたけど)


 紬希は保育園にも幼稚園にも行っていない。近所に知り合いもおらず、残念ながら友達はいなかった。だから、同年代の子どもたちとどう接したらいいかわからなくて、公園に行っても引っ込み思案になってしまい一緒に遊んだりすることが苦手だった。それなのに。


(友達なんて……)


 それに、あのとき紬希は確実に一人だった。一人で道路に飛び出そうとしていた。


(……でも、紬希はそんなに足が早くないし、変な走り方をしていた。右腕を真っ直ぐに伸ばして……誰かに…引っ張られているみたいに)


『てをつれてかれたの』


 紬希の言葉が浮かぶ。てをつれてかれたーー手を連れて行かれた? 腕をつかまれて引っ張られたということ?


(でも、まさか……そんなこと)


 背筋がゾクッとした。鍋が沸騰しているにも関わらず、寒気が止まらない。


(あの走り方。やっぱり見たことある。……「あのとき」も、急に走り出して。腕を誰かに引っ張られているみたいだった)


「ーーううん、違う。そうじゃない!」


「ん……うん? ……ママ……?」


 紬希が目を覚ました。カウンターテーブルから見える我が子の寝ぼけた顔を見て、柊奈乃はホッと胸をなで下ろした。大丈夫。いつもと何も変わらない。


「いえ、かえってきたの?」


「うん、そうだよ。今カレー作ってるから待っててね」


「うん……ママ、トイレ」


「ああ、そっか。ちょっと待って」


 IHコンロの火を消して一緒にトイレへと向かう。もう一人で十分トイレができるのだが、不安があるらしく、終わるまでトイレの外で待っていなければならない。トイレの中から少しくぐもった声が聞こえた。


「ねぇ、ママ? つむぎ、ともだちできた」


 心音が跳ねた。しかし、柊奈乃はそのまま当たり前のように話を聞く。平常心でいることをつとめて、声が震えぬように。


「そうなんだ。よかったね。どんな子なの?」


「なんで?」


「えっ、なんでって、えっと……」


「つむぎといっしょにいたの、ママみてたよ?」


 全く話がわからなかった。柊奈乃は確かに紬希が一人きりだったのを見ていた。他に誰かがいたなんてことはない。圭斗と電話をしている最中に話しかけてくれた子がいたのかもしれないけれど、そんな短時間で友達と言えるほどの話ができたりするものだろうか。


「……ごめん、ママ、どの子が友達かわからないんだ。教えてもらえる?」


 微かに声が震えた気がするが、いつもの笑顔で質問した。紬希はきっと何か勘違いしているに違いない。


「いいよ! ぼうしかぶってた」


「帽子?」


「うん、あかいの。それからくろのシャツ。あとはわかんない」


 赤い帽子に黒いシャツ。柊奈乃の脳裏におぼろげにその姿が浮かび上がる。


「3さいっていってた。つむぎとおなじだね」


「っつーー」


 咄嗟に手で口元を覆うも、声にならない声が出る。


(3歳? 紬希と……同じ?)


「紬希、その子の名前は?」


「わかんない。でも、またあそぼうって。つむぎ、やくそくしたの」


(……約束した? その子は誰? 誰なの?)

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