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シレイ  作者: フクロウ
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連れて行かれる運命

 樹を預けていた保育園でも足取りをつかめないのはわかり切っていた。全てから逃げ出して消えてしまったのだから。


 結はすぐに興信所に頼み、堀柊奈乃の行方をつかんでもらうことにした。結果、わかったことは堀柊奈乃は隣の市へと引っ越し、堀から辻へと名前を変えて平穏に暮らしているという事実だった。それもちょうど3歳になる娘もいる。3歳。樹が死んだのと同じ年齢だ。


 興信所からは何枚か写真も入手できた。幸せそうに娘と手をつなぐ辻柊奈乃と、砂遊びをしている娘の写真だ。娘は紬希と言う名前だということもわかった。希望を紬ぐーー写真を持つ手が震えていた。


 なぜ、こんな女を。奥底にしまったはずの感情がくすぶる。けれど、樹に会うためと言い聞かせて結は辻柊奈乃のSNSをチェックした。


 個人でハンドメイドを販売していることがわかった。見覚えのあるブサイクな猫のマスクやトートバッグが目についた。樹が毎日のようにこの猫の絵を持ってきていたことを思い出し、家の中を漁ると大量の猫のイラストが見つかった。辻柊奈乃と樹の二人の間だけの思い出だ。


 苛立ちを覚えながらも投稿を遡っていくと、ドームの販売会に出店することがわかった。ここだ、と思った。ここであの女に接触することができる。ついでに娘の紬希が公園でマスクをしている写真の投稿も見つけ、おおよその行動範囲も把握することができた。


 夕食の時間だ。結は食器の前に写真やプリントアウトしたSNSの画像を並べると誰もいないハイチェアに向かって、どこで堀先生に会えるのか、事細かに伝えた。そして、付け足すように紬希のことも話した。


「先生だけ連れて行くのはかわいそうだから、この子も一緒に連れて行ったら。ちょうど樹と同じ3歳だし、良い友達になれると思うんだけど」、と。


 全てを話したあと、結は声が聞こえるまで辛抱強く待った。目を閉じ耳を澄ませて部屋の中が静まり返るときを待った。風の音に鳥の鳴き声、近所の家から聞こえてくる話し声やテレビの音、遠く道路を走る車の音。一つ一つ音を確認していると、突然、その全ての音が消えた。


 はやる気持ちを抑えてゆっくりと目を開ける。誰も居なかったはずの椅子には薄っすらと人影のようなものが座っていた。影は真っ直ぐに結を見て言った。


「いっしょにあそぶ」


 翌日、結は車で辻柊奈乃がよく訪れる公園へと向かった。駐車場に車を停めて公園の様子を観察する。1時間、2時間経った後に1台の車が止まり、マスクをつけた辻柊奈乃と娘の紬希が手をつないで現れた。娘はあの猫が刺繍されたマスクをつけて、辻柊奈乃の方は猫のイラストが描かれたトートバッグを肩にかけている。


 唇を噛み締める。これみよがしに樹との思い出をひけらかすのが許せなかった。あれは樹の猫でもある。樹を捨てて逃げたくせに猫だけは捨てずにあろうことか商品として売り出している。許せない、許せない、許せない。


 増幅する怒りと憎悪が、結の唇を噛み切らせた。唇がぷくりと割れて、中から押し出された血が垂れていく。


 噴き出すような負の感情を堪えながら、結は樹が現れるそのときを待った。二人は片時も離れることなく、一緒に遊んでいる。樹はなかなか現れない。今日は来ないのか、と諦めた頃に辻柊奈乃が電話に出た。


 今だ、と結は思った。今がチャンスだと。子どもから目を離している隙に、子どもを連れて道路に飛び出せばいい。樹がそうなったように、あの女の娘も同じ目にあわせてやる。


 その思いが通じたかのように、樹が姿を現した。樹は娘に近付くと、手を差し出した。娘は馬鹿みたいに嬉しそうにジャンプを一つすると、樹の手をつないだ。樹は走り出した。結の思い通りに駐車場を抜けて道路へと。


 すんでのところ辻柊奈乃が抱き止めて失敗に終わったが、結は嬉しさのあまり何度も手を叩いた。


 樹と意志が通じたのだ。自分の思いと同じ行動を樹が取ってくれた。樹と自分はつながっている。


 偶然だったのかもしれない。ところが、偶然は何度も重なると必然へと変わる。


 ドームでは一人の客を装い辻柊奈乃の様子を窺っていた。変わらず猫のグッズを売り出し、しかも多くの客が買い求めている姿には心底嫌気がさしたが、また娘を連れ出せるチャンスが来た。


 手を引っ張って展望台のところから突き落とせばいい。樹と同じ目にあえば、あの女も自分のしたことを猛省するだろう。


 そう描いた筋道通りに樹は動き、突き落とす直前までいった。


 病院では神社の話を盗み聞きし、二坂神社へと向かった。神社は簡単だった。もともと人気もなく、儀式が終わったあとすぐに樹は現れた。樹の姿が見えたようで、大げさな声を上げて逃げ惑う姿は滑稽だった。


 車で逃げた後は、神社前公園へ行けばいいと思った。樹が亡くなったあの公園で泣き叫びながら連れて行かれればいい。


 そうして本当に神社前公園に車が止まり、樹が追ってきたときには結は確信していた。


 これは運命だ。辻柊奈乃はここで連れて行かれる運命だったんだ。全ての罪を償ってここで死ぬべきだ、と。

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