逃げた先には
見かけた駐車場に車を停めたときにはもう夜の帳が下りていた。停車するなり、柊奈乃はバックミラーを下に向け、ドアミラーをたたみ、エンジンを切った。激しい鼓動が鎮まるように車が静かになる。
眠りについていた紬希が一度目を開けたが、すぐに目を閉ざして柊奈乃の方へと顔を傾ける。無防備な頬にそっと唇を触れると、柊奈乃はシートベルトを外した。
辺りはしーんと静まり返っていた。あまり使われていない月極駐車場かもしれない。とにかく少し落ち着きたかった。
スマホが振動した。人工的な画面の光が不思議なことに心を癒やしてくれる。連絡が何件も来ていた。圭斗から2回の着信といくつものメッセージが。きっといつ帰ってくるのかというのと、夕食の心配の連絡だろう。清水からも連絡が来ていた。お祓いのことと、何かあったら連絡してほしいとのメッセージだった。
ハンドメイドのアカウントがあるSNSの通知も来ていたが、今はどうでもよかった。
柊奈乃はハンドルを両手で握ると額をつけた。
(何がどうなってるの?)
お祓いを受ければ解決するんだと思っていた。やっと、理解を示してくれる人にも出会えたと思ったのに、なんでこんなことに。
「どうしたらいいのかわからないよ……どうやったら紬希を守れるの……?」
出した声が掠れていることに気がつき、胸が詰まる。胸の奥から絞り出されるように抑制していた何かが喉を伝って出ようとする。唇を噛んでそれを押しとどめると、柊奈乃は顔を上げて乱れた前髪を直した。
(ずっと逃げ続けるなんて無理)
立ち向かわないといけない。とにかく、どうすればいいのかわからないけど、向き合わないといけない。あの子はなんで今、紬希と私の前に現れたのか、そしてなんで紬希を襲うのか。
月の光がぼんやりと辺りの景色を浮き彫りにした。駐車場の先は小高い丘になっていて、綺麗に刈られた芝生が広がっている。
理由はきっとあるはず。公園には他にも子どもたちがいて、3歳の子もきっといたはず。紬希にあって、他の子になかったもの? そんなものーー。
ドンッと車のバックドアを叩くような大きな音がして、柊奈乃は視線を後ろに向けた。しかし、そこには誰もいない。
突然、寝ていたはずの紬希から耳をつんざくような悲鳴が上った。
「どうしたの!? 紬希!!」
「マ……」
ヒックヒックと胸を詰まらせたように上手くしゃべれない紬希は、人差し指を助手席の窓に向けた。目を凝らすと、そこには神社の駐車場にあったはずの血に塗れたマリーのマスクがあった。
柊奈乃はすぐにエンジンをかけた。強烈なライトの光が遥か前方まで照らし出す。現れた景色に思わず声が出てしまった。
(ここは、公園? この公園はーー)
自動的に開いたドアミラーに血に塗れた顔が映り込んだ。
絶叫を呑み込みバックで加速して車を駐車場から出す。ハンドルを回して曲がろうとするも、対向車からライトが照射されクラクションが鳴らされた。なすすべもなく柊奈乃の視界が白く染まっていく。
衝突音のあとに上下に激しく揺れたフロントガラスには小さな赤い手形が無数についていた。
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