表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シレイ  作者: フクロウ
11/31

赤い鳥居

「あそこだ!」


 なぜそう思ったのか自分でもわからなかった。ただお祓いを受ける前、紬希と手をつないで上ったあの赤い鳥居は外とを内とを隔絶するような感じがした。ただの直感、直感だが、あの鳥居を抜ければもしかしたら。


 後ろからはもうそれが迫ってきていた。なぜ追ってくるのか、なぜ5年も経った今なのか、なぜ紬希なのかーー叫び出したい気持ちを抑えてただただ柊奈乃は走った。今まで変化のなかった景色が変わっていく。足は前へと進み、鳥居が近づいてくる。


 背中に冷たい手が当たる。肩を大きく動かしてそれを振りほどくと柊奈乃は鳥居の中に飛び込んでいった。そのままの勢いで鳥居に囲まれた階段を降りて、別の出口へと向かう。


 追ってきているのか気になりはしたが後ろを振り向く余裕はもうなかった。足はとっくに悲鳴を上げていて、スニーカーの中は傷から流れた血によって濡れていた。呼吸も上手くできずに肺が破裂しそうだった。


「んっ!」


 鳥居を出る直前に爪先が何かに引っかかってしまった。なんとか保っていた体のバランスが崩れ、頭から地面へと倒れていく。ぎゅっと胸に強く紬希を抱き締めると、重い衝撃が全身に走った。


「ママ!」


 紬希が飛び起きて泣きそうな目をしながら葉っぱにまみれた柊奈乃の髪の毛を触る。


「……大丈夫、早く外へ」


 少しぬかるんだ地面に手をつき、柊奈乃はヨロヨロと体を起こした。足が震えて立てず、這うようにして外へと向かう。紬希は心配そうに何度も柊奈乃を振り返りながら前を歩く。


 何か別の音が聞こえてきた。きっと外の音だ。音はどんどん大きくなってくる。車の行き交う音や人々が話す声、信号の音、そういったものが一つ一つ合わさった街の音だ。


 木々の隙間から真っ白な光が溢れている。先に外へ向かった紬希の体が光に包まれていく。柊奈乃もゆっくりゆっくりと進み、眩い光の中へと入っていった。


 片側一車線の道路を車が通行している。信号機から「ピヨ、ピヨ」と音が鳴り、交差点を人の群れが渡っていく。すずめがさえずり、カラスが鳴き声を上げ、風が頬に当たった。直射日光が顔を照らし、汗が一気に吹き出した。


「ママ!」


 紬希が差し出してくれた手を支えにして柊奈乃は熱いコンクリートの歩道の上に立った。息は大きく乱れ、視界が揺れている。全身に虫が這いずるように気持ち悪く、鋭い痛みが走った。


「紬希、駐車場に。車に乗らなきゃ」


「でも、ママだいじょうぶ?」


 叶うことなら倒れてしまいたかった。もしかしたらこれは悪夢を目ているだけで、意識を失い目覚めればいつもの日常が始まる、とそう信じたかった。しかし、突き刺す痛みは本物で、何よりも今この瞬間にもあの足音が聞こえてくるかもしれないという恐怖が柊奈乃の足を前へ前へと突き動かした。


 神社に併設されている砂利の敷かれた駐車場には車が数台しか止まっていなかった。周りを確認するが外に出ている人は自分たち以外誰もいない。


「ママ?」


 柊奈乃は、上目遣いになる我が子の頭を優しく撫でた。ここから先はきっと神社の領域。足を踏み入れればまた外と隔絶された非日常の世界に入り込んでしまうかもしれない。車を諦めてこのままどこか遠くへ逃げた方がいいのかもしれない。


(でも、どこへ?)


 お祓いは効かなかった。紬希を守ることはできずにむしろ見てはいけないモノの姿が見えるようになってしまった。


 目を瞑ると、記憶の底にしまって忘れかけていた血塗れの姿が鮮明に浮かび上がる。5年前のあの日、柊奈乃が手を離してしまったばかりに死んでしまった石塚(いしづか)(いつき)。3歳になったばかりだった。


「ねえ、ママ!」


 紬希が服の袖を引っ張った。体は震え、涙を溜めた瞳は懇願するように柊奈乃を見上げる。


(そうだ、逃げなきゃ。私が紬希を守らないと。私しか紬希は守れない)


 もう二度と離さないーーと紬希の手をしっかりと握ると、柊奈乃は車目掛けて走り始めた。何の異変も怪異もなく車に乗り込む。すぐにチャイルドシートとシートベルトを装着して、ブレーキペダルを踏み込みエンジンを始動させた。


 エンジン音が軽く車を振動させる。乗り込んだのはいいものの、どこに行けばいいのかわからない。家に帰っても怪異はまた襲ってくるかもしれない。


(どこか遠く、とにかく遠くに逃げないと)


 車を動かそうとシフトレバーをバックに入れたときだった。カーナビがバックカメラに移り変わり、何もなかったはずの砂利の上に何かが置かれているのが画面を通して見えた。


 画面に顔を近づけて目を凝らす。紬希が声を上げたと同時にそれが何なのか柊奈乃にもわかった。 


 マリーのマスクだ。紬希が愛用しているマスクに、耳掛けまで血がたっぷりと染み込んでいた。マリーの名前の由来となった鮮やかな黄色の瞳がドス黒い橙色に変わっていた。


 柊奈乃は自分の目を疑った。画面に斜めに黒い亀裂のようなものが走る。黒い影が画面の端から徐々に徐々に現れていく。


「ママ!」


 紬希の声に顔を上げてバックミラーをのぞくと、それがーー男の子がーー石塚樹が立っていた。


 柊奈乃はすぐにアクセルを踏むとハンドルを回した。急加速した車は土煙をあげて駐車場を抜けていく。道路へと合流した柊奈乃の車は、どこか目的もなく遠くへと走り始めた。

よろしければ、「いいね」や「評価」、「感想」などよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ