力の使い方
「……偉そうなことを言ったが、俺も、昔は君と変わらなかった」
フェリクスが、ぽつりと言った。
「いい店があると言われて、ぼったくり酒場の客引きについて行こうとしたり、何も考えず相場の数倍の値段で買い物させられそうになったり……その度に、一緒に旅をしていた友人に叱られながら、色々覚えたものだ」
過去を懐かしむフェリクスの、どこか遠くを見るような目には寂し気な色が浮かんでおり、ナタンは、その「友人」が既にこの世の人ではないのかもしれない、と感じた。
「お待たせしました~、鶏肉とイモの空揚げ、あと野菜の盛り合わせです~」
料理を運んできた店員によって、唐突に沈黙が破られた。
卓上に置かれた大皿には、湯気を上げる揚げ物の山が盛りつけられている。
数種類の香辛料をまぶして揚げられた鶏肉が、香ばしい匂いを漂わせていた。
細切りにされたイモの上には、刻んだ赤茄子や玉葱と挽肉を煮込んだソース、そして溶けた乾酪がかかっている。
見るからに、腹に溜まりそうな――若い男性が喜びそうな料理であり、自分に気を遣ってくれたのだろうか、と、ナタンは思った。
「これも旨そうだ。ナタンも、まだまだ食べられるだろう?」
フェリクスが、何事もなかったかのように言って、ナタンとセレスティアに取り皿を渡した。
先刻の話で気持ちが少し沈んでいたナタンだが、かりかりとした衣に包まれ、噛むと肉汁の溢れる鶏の空揚げを一口齧ると、再び食欲が湧いてきた。
「私は、お野菜をいただいているので、ナタンは、お肉を沢山食べてくださいね」
上品な手つきで野菜の盛り合わせをつつきながら、セレスティアが言った。
「君は、食後の甘味に備えて、胃に余裕を持たせておくということか」
そう言って、フェリクスが小さく笑うと、セレスティアは頬を少し赤らめた。
「そういうことは、分かっても口に出さなくていいのですよ。……ナタンは、甘いものは好きですか?」
「甘いのも辛いのもイケるよ」
セレスティアに尋ねられて、ナタンは頷いた。
「辺鄙な土地だと思っていたけど、色々な食材……菓子や果物まで揃ってて、ちょっと驚いたな」
「最近は、発掘人だけではなく、観光気分で訪れる物好きも増えているという話だからな。この店のように繁盛しているなら、多数の食材を揃えても採算が取れるのだろう。もっとも、俺たちは、元々ここを訪れる予定はなかったんだが」
言って、フェリクスは乾酪と挽肉のソースを絡めたイモを頬張った。
「フェリクスたちは、『魔導絡繰り』を探しに来たんじゃないのか?」
ナタンは、首を捻った。
「俺たちは、街道で野盗たちが隊商を襲っているところに出くわして、奴らを追い払ったんだが、その隊商の者に護衛を頼まれて、ここへ来ただけだ」
フェリクスが、事も無げに言うのを聞いて、ナタンは目を丸くした。
「野盗を追い払った……って、二人で?」
「正確には、フェリクス一人で、ですね。私は戦えませんから」
セレスティアが言って、微笑んだ。
「あんた、『異能』なのか」
ナタンは呟いた。
「異能」というのは、人間たちの間に時折生まれてくる、常人を遥かに超える身体能力や頑強な肉体、超常の力を持つ者たちを指す言葉だ。
言い伝えによれば、かつて、この惑星「楽園」に天から降り立った「神々」と、先住民であった人間が交わったことから、「異能」が生まれるようになったという。
近年では、「神々」というのは別の惑星からの来訪者であったとも言われているが、記録など残っていない時代の話であり、真相は未だ明らかではない。
「君も、だろう?」
言って、フェリクスがナタンを見た。
「護衛も雇わずに、一人でここまで来ているということは、自分の強さに、それなりの自信があるのと同時に、それで稼ごうと思っていたからではないのか」
「何でもお見通しなんだな……あんたの言う通り、俺は『異能』だから何かしら仕事はあると思っていたし、護身の為といって子供の頃から格闘技を習わされたり、体育の授業でも選択科目では剣術を取っていたから、多少のゴタゴタは何とかなると考えていたんだ。今は、甘かったって分かったけどさ」
眉尻を下げるナタンに、フェリクスが微笑みかけた。
「だが、その力を、他人から金品を奪うことに使わなかったというのは、褒められていいと思うぞ」
「それは……『異能』の力を自衛以外に使うのは良くないことだし、そもそも、そんなこと考えつかなかったよ」
多くの国では、強い力を持つ『異能』に対し、法的に厳しい制限を課している。
『異能』の者が、そうでない者を故意に傷つけた際などには、通常よりも遥かに重い――一生を棒に振るくらいの量刑を言い渡されるのも珍しくない。
『異能』の者が悪意を以て自由に力を振るうことが罷り通ってしまえば、社会秩序が成り立たなくなる。厳しい「法」は、その抑止力と言える。
とはいえ、『異能』であっても平穏に暮らしていれば、そのような「制限」など意識に上ることもなく、ナタンも、それが当たり前だと認識して生きてきた。
「君の、その感覚は好意に値するが、『無法の街』では、そんなことはお構いなしに力を振るわれる可能性を忘れないほうがいいだろうな」
何もかもフェリクスの言う通りだ――ナタンは溜め息をついた。自身に他者を害するつもりが無いからといって、全ての人間が同じように考えている訳がないのだ。
「私も、ナタンのような優しい子は好きですよ。他人を害することに力を使わない――それが、あなたにとって大切な矜持であるなら、捨てる必要もないと思います」
セレスティアの言葉に、フェリクスが無言で頷いた。
ナタンも、彼女の言葉に救われた気がした。