追いつきたい
食堂兼宿屋の「躍る子熊亭」から通りを挟んだ向かいにある「ニックの雑貨屋」は、日用品や野営で必要になりそうな消耗品などを扱う雑貨店だ。
「無法の街」のような辺鄙な土地で、どのように仕入れているのかは定かではないが、店内の品揃えは思いの外、豊かなものだった。
「あんたたち、『子熊亭』のカヤに気に入られたんだな」
言って、主人のニックは笑った。彼もまた、元発掘人らしい。
外見は、どこにでもいそうな中年の小男だが、ナタンは、その抜け目なさそうな眼差しから、やはり侮れないものを感じた。
「こんな街だし、お互い、知り合いの店に、あまりおかしな客は紹介したくないものだからね。そうそう、『帝都跡』の地図が欲しいんだろう?」
ニックは、カウンターの奥にある棚から、数枚の紙が綴じられた冊子のようなものを取り出し、リリエに差し出した。
ナタンは、地図と聞いて、一枚の紙に書かれたものを想像していた為、意外に思った。
渡された冊子を、リリエは、ぱらぱらと捲った。
冊子は丈夫そうな紙で作られており、繰り返し見ることに耐えられるよう考えてあるのが見て取れた。
「……地図だけではなく、関連する情報も書かれているのですね」
「ま、『帝都跡の歩き方』というところかな。元は俺が現役の頃から記録していた地図だが、今は発掘人たちから新しい情報を買い取った時に更新してるんだ。ちょっと値が張ると思うかもしれないが、発掘人たちも命がけだからね」
ニックの言葉に、フェリクスが頷いた。
「こういうものがあれば、初心者が危険な目に遭う可能性も減るな」
「そうだね。昔は何もかも手探りで、俺たちも探索中に何度も危ない目に遭ったものさ。命あっての物種だよ」
「では……一冊、いただきます」
リリエはニックに代金を支払うと、地図の書かれた冊子を、持っていた鞄へ大切そうに仕舞った。
「しかし、お嬢ちゃんたちみたいな若い女の子の発掘人は珍しいね」
リリエとセレスティアを交互に眺めながら、ニックが言った。
「……私は、帝国時代の魔導絡繰りを再現したいと思っています。その為には、当時使用されていた魔導絡繰りを実際に見る必要があるので……」
「帝国時代には、巨大な飛空艇が空を飛んでいたとか、色々あるよね」
ナタンは、リリエの話に合いの手を入れた。
「そうですね。でも、現在の技術では、当時の飛空艇と同程度の大きさの艦を飛行させようとすると、どうしても動力を生む為の魔導絡繰りの部分が大きくなってしまって、実用には耐えません。小型で高出力の魔導絡繰りが開発できれば、帝国時代の飛空艇が再現できると思うのですが……」
話しているうちに、リリエの頬には赤みが差し、彼女の気分が高揚しているのが、ナタンにも分かった。
「……そういった技術は、飛空艇だけではなく、移動や輸送に使う乗り物全般に利用できます。仮に、それらが実現したなら、世界は大きく変わるでしょう。現在、乗り物に主に使用されている化石燃料は、使用した後に有害な物質を排出することにより大気を汚染しますが、魔導絡繰りで動く乗り物が主流になれば、自然環境を汚すことも少なくなって……」
と、リリエは不意に口元に手を当て、黙り込んだ。
「……どうしたの?」
ナタンは、首を傾げた。
「あ、あの、すみません……つい、夢中になってしまって……お、面白くない、ですよね……こんな話」
リリエは、俯いて言った。
「そんなことないよ? 俺、昔の魔導絡繰りは何か凄いものなんだ、くらいに漠然と考えていただけだったけど、リリエは、実際の生活に生かすことまで考えていて凄いって思ったし、君が話しているのを聞いてるの、俺は楽しいよ」
それは、お世辞などではない、ナタンの本心だった。
同い年なのに、自分などよりも遥かに深く物事を考えているリリエが、彼は眩しかった。
「そ、そう……ですか?」
「俺、もっと君の話が理解できるようになりたい。だから、都合のいい時で構わないから、君の話を聞かせて欲しいな」
ナタンの言葉を聞いて、リリエは顔を上げた。
「わ、私などの知っていることで良ければ……お話しさせてください……」
頬を赤らめて微笑むリリエを、ナタンは可愛らしく感じた。




