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少女にとって議論同好会という建前

作者: もりへいや

貴方はヘンゼルとグレーテルを読んだことはありますか?

私はあります。

この前読みました。ええ、彼の本棚に置いてあったので。

 乱雑に机と椅子が置かれた教室で唯一意図して配置された一つの机と二つの椅子、そこに男女が向かい合って座っている。

 少女は通学鞄を膝に、楽しそうに一人で話をしている。

 少年はそれに見向きもせず、小説の頁を捲る。

「……だからね。ラベンダーとはトイレの芳香剤の匂いのする花であって、ラベンダーの花は芳香剤の匂いなわけ!って聞いてる?」

 側からはそうは見えないが、少女は少年に反応を求めていたらしく、反応のない少年に痺れを切らした少女は声を荒げた。

「聞いてますよ」

「じゃあわたしは今なんて言ってたでしょうか!」

「あぁ、今いいところなんで静かにしててもらえますか?」

 少年はここまで小説から一切目を話していなかった。

「聞いてないじゃない!」

「聞いてない訳じゃないですよ」

「聞く気がないじゃない!」

「はあ、そう言われましても…本を読んで相槌もうたない相手によくそこまで」

 わざとらしいため息と共に、小説を閉じた少年はようやく少女に向き合う。

「むー!わたしは!なんて言っていたでしょうか!!」

「…芳香剤とラベンダーですよね。いや、先輩が言いたいこと、わからなくもないですよ」

「あら、聞いてはいたのね」

「でもラベンダーが先か芳香剤が先かを考えれば、ラベンダーの香りは花のものじゃないですか?あと、余計なお世話かもしれませんが、話題としては弱すぎじゃないですか?」

「いいや弱くありません!あと、卵と鶏どっちが先かってなんて話してないわ。これはあくまで前フリってやつよ、伏線ともいうわね」

「ほー、すごいすごい」

「なによその反応、私のことアホだと思ってない?」

「阿呆だとは思っていませんよ、ただチョコミント味のこと歯磨き粉味とか言いそうだなとは思ってました」

「いいません!でも、勘が冴えてるわね。つまりそういうことなのよ。なんて言えばいいのかしら……経験というか、過去が未来を蝕むって話?みたいなことを話したいのよ。あと貴方の目がまた文字を追っている件についてもね」

 そう言って少女は手元の鞄から、何やらスケッチブックを取り出した。


 付箋を目印に、スケッチブックが捲られ、少年に向けられる。少年は渋々と言った表情で小説を足下の鞄にしまった。

 そこにはファンシーなイラストでお菓子の家が描かれていた。


 口を開いたのは少年からだった。

「はぁ、わかりました、今日のテーマはなんですか」

 少女は、少年がやる気になってくれて心底嬉しいといった笑顔で紙を捲った。

「ヘンゼルとグレーテル、わかるかしら?」

「先輩って阿呆ですよね?」

「なっ……」

 少女はスケッチブックを机に置き、少年に詰め寄ると、握った拳をポカポカと振るった。

「いっつ、痛い!痛い!イタイ」

 途中からはポカポカといったふうではなく、暴力になっていた。

「謝りなさい」

「ごめんなさい」

「何に?」

「先輩のこと馬鹿にして」

「ふんっ、まあいいわ許したげる」

「寛大な御心に感謝いたします。では、次に僕が受けた暴力への謝罪を」

 少女はやや不満ながらも満足といった表情を浮かべ、少年のひと言を無視して再びスケッチブックを手に取った。

「ヘンゼルとグレーテルは読んだことあるわよね」

「無視ですか、しかも僕の本棚から断りも入れず借りパクしといてよくもまぁ…返してもらってませんけど、読んではくれたみたいですね」

「知っているようね」

「はぁ、飢饉の話でもするんですか?」

「時代背景の話はしないわ、それにわたし悲しい話を貴方としたくないわ」

 力関係は少女の方が上のようである。

 少年が大人で、こどものような少女に付き合っているようにも見えなくはないが。

「さいですか」

「さいです。さて…今日はね、メインとしてはお菓子の家について話したいの」

 先ほどのファンシーなお菓子の家と違い、禍々しく描かれたお菓子の家を見て、少年は思わず鞄に手を突っ込んでいた。この時少年は、今日は多分わけわからない内容だ、長くなるぞと思ったという。

「そこ、本から手を離しなさい!あっ!舌打ちしないの!」

 心底嫌そうな顔をした少年に少女は拳を握り、見せつける。

「はぁ、なんですか?お菓子の家……あぁ、物語のあと2人がお菓子を食べられなくなったんじゃないかみたいな話ですか」

「惜しい!60点ね、でもそういうことなのよ。今日は、デデン!ヘンゼルとグレーテルがステーキハウスに問う」

 妙に凝ったタイトルのようなものを見せつけて、少女はタイトルコールを行った。

「わー、ぱちぱちぱち」

「セルフSEって…恥じらいもせず。貴方、恥ずかしくないの」

「僕以外見ることのない自作のスケッチブックフリップって恥ずかしくないんですか?なんでもないです。あ、すいません、拳を下ろしてください」

 少女は拳にふぅと息を吹いてから拳を納め、頁を捲ると2つのまくりが用意されていた。

「それでいいのよ。さて、あの件で2人は大きく分けて2つの大きな大きなトラウマを負ったと思うのよ」

「お菓子と、あとは………裏切られること?」

「一つは正解。でも、お互いを信じ、お父さんを許せた2人からはそこまで大枠なトラウマは感じられないわ」

「解釈は人それぞれなんですから、この場では、違うなら違うって言っていいんですよ。もう一つか……大人の女?」

「そう、でも、なんか、なんか、いやらしい言い方をするわね。お、お姉さんものが好みなのかしら?」

 少女は、まくりを捲り、答えとして、お菓子と女性と提示した。

「おい、ついでみたいな顔して、スカートを少し捲るな。年頃の娘がはしたない。」

 少年は今日一番の大きな声を出した。

「そんなに怒んなくても……」

「つぎしたら怒ります」

「はい!こ、これはあくまでわたしの解釈になるのだけれど、お菓子はおそらく魔女の見せた幻覚。知ってる?絵に描いた餅は食べれないのよ」

 仕切り直して少女は頁をめくる。

「……お菓子が出せるならお肉や子供に食べさせるご馳走を出せても不思議じゃありませんもんね」

 少年は、薬物らしきものが毒々しい色使いで描かれたスケッチブックを無視することに決めたようだ。

「家畜と違って大好物の子供は自分で調達しかない。そこで村で、口減らしを誘導させることを思いついた。さぞ、木こりの懐が温まったことでしょう」

 少女は金貨がぎっしり入った小袋を魔女から受け取るきこりの絵を見せつける。

 魔女ときこりの表情はいやらしく醜く歪んだ笑顔となっており、少女の頑張って書いたんだという笑顔の対比で余計に酷く見えたが、少年はこれにも無視を決め込んだ。

「まあ辻褄はあいますね」

「下準備はすんで、森の中に置き去りにされた子供をあとは誘き寄せるだけ、魔女は考えるの。貧しい暮らしを強いられていた子供が思い浮かべる幸福とは?」

「わかりやすいご馳走」

「そ。で、材料はそうねきっとその辺の土くれや草木、見た目と味は子どもなら何度も想像した、耳にしても口にしたことのないお砂糖たっぷりあまくてふかふかのお菓子」

「それでいうと、木こりの懐にはきっと石が入ってますね」

「見本がないと精度はそこそこなんでしょうね。石ころはさぞ精巧なお宝だったでしょう、随分と溜め込んでたらしいじゃない。さて、お菓子の具合はいかがかしら?」

 少女はどんどんとスケッチブックを捲っていく。

「口減らしが択になるほどの飢饉、魔女とてお菓子は入手できない。おそらく、香りも造形も味も全部雑で甘い、あからさまな罠」

「だからすぐに誘き寄せるのではなく、疲れ飢えさせ

「「正常な判断を奪わせた」」

 スケッチブックが捲られると、ヘンゼルとグレーテルが完全にキマっているイラストに加え、力強い文字が集中線で囲われていた。

「フリップの主張が強すぎて釣られてしまいました」

「許したげるけど、セリフは奪わないでね」

「お菓子だと思っていたものがその辺の雑草や土塊だったことを知ったら、確かにその先、お菓子に対してトラウマを抱えるか、何らかの影響を及ぼしますね。なんですか、本題はまだよ。みたいな顔して」

「今のモノマネ??もう一回やって?」

 少女はニコリと微笑んだ。

「録音する気ですよね。フリップ裏の先輩の手にあるスマホをコチラに寄越すならいいですよ」

「母親と魔女の老婆、きっと怖かったでしょうね」

「何事もなかったように、フリップを捲りましたね」

「きっと一定以上の年齢の女性に恐怖症になっていたと思うの。知人も他人誰であれ、2人が恐怖を感じる対象になり得たわけなのよ」

「トラウマってそういうものですからね」

「ここからが本番よ」

 少女はスケッチブックを捲る。

「うわ、触れないでいたステーキ、写真で出来ちゃったよ」

「これはあるステーキハウスのホームページの写真よ」

「美味しそう」

「お馬鹿っぽい相槌ね」

 少年は先ほどの少女のように拳を握って見せた。そして、ブツブツと小声で男女平等と呟いていた。

「っと、フリップを見て落ち着いて、どう、どう、どう…落ち着いた?今回の議題発表するわよ、お菓子の家が蝕むステーキハウス!」

「ここまで長かった。今週の活動報告書になんで書けばいいんですか」

「わたしが書くわ(ボイスレコーダーもあるし)あとでまとめるわよ」

「小声で早口になって、目を合わせられないくらい不都合なことなら、初めから言わないでください」

「聞こえてないならいいじゃない」

「(フリップは提出しないでくれ)」

「します」

「なんでそっちは聞き取れてるんですか」

「貴方の声は聞き逃さないわ。あら、怯えないでいいの、軽い読唇術よ。あっあっ、口パクやめて、長文は流石に無理」

「まあいいや、僕にしか見せないフリップとか言って煽ったのは謝るので提出はなしでお願いします」

「ほいな」

「じゃあ話戻しますよ、お菓子の家とステーキハウスは言葉が似てるだけじゃないですか、なんですか?2人がステーキハウスって言う名前に対して損害賠償するって言うんですか?それこそ薬物の検査されるだけですよ」

「言いたいことはそんなことよ。その後の話、前提として2人がステーキハウスを知らないとして、お父さんにステーキハウス行くぞ!って言われて行きたいと思う?」

「普通の子供なら、ステーキハウスってなに?って思いながら字面から大喜びでしょうけど、二人はなんか乗り気にはなれそうにありませんね」

 スケッチブックにはお菓子の家≒ステーキハウスと書かれていた。

「そうなのよ。お父さんが2人に少しでも喜んでもらいたくて、奮発してステーキハウスを提案したらマックの時の反応の方がよかったら悲しいわよね」

「うわ、すごい想像できちゃった。いやすぎる」

「お菓子の家は、2人からステーキハウス行くぞってジャケットを羽織るお父さん背中を見る未来を潰したのよ」

「元が貧乏に加えて飢饉ですし、お菓子の家がなければ、お金持ちになってないから有り得ないですけど。ギリギリ、あり得た未来ではありますね」

「だから、ヘンゼルとグレーテルはお父さんの大きな背中を見たかったらステーキハウスを正しく知らなければならないの」

「大きい背中なら他で見せればいいとおもいますけど、だからステーキハウスを問うってことですか」

「そうよ、過去が未来に影響を及ぼすときそれは多岐に渡りすぎるのよ。だけど、現在から未来にある程度の指向性を持たせることはできるわよね」 

「誰しも予測を持って行動しますからね」

「きっと結局はそれもどこか意図しない場面に影響を及ぼすのだけれど、ヘンゼルとグレーテルが日曜朝にテレビを見終わって、暇をこいているときふとお父さんの大きい背中を見たくなったら、自ら行動を起こすべきなのよ」

「選択肢の一つではありますね」

「ホームページをみて電話するの、

ステーキハウスの建材は本当に牛ですか、あと女性の店員さんがいない日ってありますか?最悪、接客に女性の店員がいない日でもいいです。

って」

「うわ、激ダル一休さん」

「しかも、電話口も男性でないといけないのよ。店からしたら2分の1の確率で迷惑電話ね。店員には二人のバックボーンがわからないから、そうなってしまうの。この質問の嫌さは、開示されず分かり得ない情報によって顕になるの。」

「わかってても嫌ですけどね。その電話は下手くそすぎるし、ホームページ見て電話しないで、レビューとか見たらいいのに。スマホがYouTube専用機器になってそう」

「タイトルはそうね、【神回】ヘンゼルとグレーテルがステーキハウスに問う【新解釈】かしら」

「うわ、指でカッコを表現してまでYouTubeっぽく言わないでください。やや飽きてません?」

少し前から少女はスケッチブックを捲っていなかった。

「飽きてるわよ。あと最近の若い子は横長より縦長の短え、数秒でわかりやすいオチだけの動画を好む習性があるらしいわよ」

「さいでさすか」

「まあ、冷静になれば、ただの妄想だしバタフライエフェクトの話になっちゃうわね」

少女はスケッチブックを閉じて鞄にしまった。

「これまでの活動全否定ですね」

「あら、私にとっては全部大事な時間よ」

「本を読む時間が削られるんですけど、第一、本題までが長すぎるんですよ。ボケが多すぎる」

「それに貴方がツッコむの、それでいいじゃない」

少女は完全に飽きたと言った様子で、机に突っ伏していた。

「先輩の一方的な話に、ツッコミじゃなく、相槌をしてるだけですよ。一応、議論を活動内容としてる部活としてどうなんですかね」

「同好会だけど」

「細かいですね。まあ、楽だからいいですけど」

少年が時計をチラリと見やると、もういい時間だった。

「今日はここまでですね、もう知らん家のカレーの匂いがしてくる時間ですよ。あっ…もしかしてなんですけど2人にとってのお菓子の家とステーキハウスが、先輩にとってラベンダーと芳香剤だったって話ですか?」

「そうよ」

「前振りとしてやっぱり弱いですね」

「説得をしたいので、肉体言語で判定、ダイスを振ってもいいかしら」

少女はむくりと体を起こし、拳を握ろうとするがその手は抑えられる。

「ダメです。そろそろ下校時間なので」

「あなたの言う通り、今日はここまでね」

「結局何が言いたかったんですか?会話は楽しかったですけど、議論の体にはなってなかったですよね」

「そうね、私で完結してしまっていたわね」

「対立の意見と疑問がないと大概独りよがりになりますもんね」

「じゃあこうしましょう。この後一度帰宅、着替えて駅前のステーキハウスに集合しましょう。そこで続き、経験による過去の上書きの話をしましょう」

「食べたいだけですよね。時間外の部活動は顧問に許可をとらないといけないんで、また別の日にしません?あともう晩御飯用意されてると思うので」

「あら、じゃあこうしましょう。貴方が私を家まで送るの、そして私は着替えてから、貴方の家で晩御飯をいただくわ」

 そうよそれがいいわと、少女はスマホをいじり始めた。

「大変なのはわかりますけど自分で決めて一人暮らしてるんですから、何かとつけてうちに上がり込まないでくださいよ」

「いいじゃない、今お母さまに連絡したらいいわよって、ほら」

 そこには、少年の母親と少女の会話が表示されていた。

「はえ?いつ連絡先交換したんですか?」

「帰らないと先生がくるわ、シーンを下駄箱へ移しましょう。まだこの教室でやり残したことはある?」

 少年は長い長いため息をついた。

「行くわよ!今日は肉じゃがですって!」

他にもすぐに読める短編を書いています。

また、評価やご感想等いただけると嬉しいです。

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