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力が欲しいか……? でもあげませーーん!!!

作者: お菓子


 堂本(どうもと)(しげる)は大きなため息をついた。


 長く伸びた黒髪に、気弱そうな目元が特徴的な高校一年生だ。


 今日も、あいつらにしてやられてしまった。

 本当に悔しいよ。


 茂は今日の昼休みの出来事を思い出す。

 学校の昼休み。

 茂はクラスの陽キャたちにイジメられたのだ。


 いや、今日だけではない。イジメはほとんど毎日だ。


 殴る、蹴るは当たり前。毎日毎日パシリに使われて、奴隷のような扱いを受けている。


 それを思い出すと、悔しくて、不甲斐なくて、涙が出て来てしまう。


 なんで、なんで僕ばかり……!

 僕もお兄ちゃんみたいに強かったら、あんな奴ら一ひねりなのに。

 お兄ちゃんはすごく喧嘩が強い。


 お兄ちゃんに頼りたい。

 でも、それはダメだ。

 ずっと迷惑をかけて面倒を見てもらっているのに、これ以上の迷惑はかけられない。



 力が、欲しい。



「力が欲しいか……?」


「え」


 不意に声が聞こえた。


 すぐ右隣から聞こえた声だ。

 茂はそちらに視線を向ける。


 そこには白髭を蓄えた紳士が立っていた。

 スーツに身を包み、片メガネが良く似合っている。


 厳粛な雰囲気を漂わせている老紳士が、真剣な眼差しで茂を見ていた。


「もう一度だけ問おう。力が欲しいか?」

「……っ! ち、力って、どういう」


 茂は思わず問い返していた。


 この紳士に怪しい雰囲気があるのは間違いない。


 だが、それ以上に、自分の心を見透かしたようなタイミングで声をかけて来た彼に、興味が惹かれてしまった。


 だから、少しだけ期待してしまう。


 もしかしたら彼は【本物】ではないかと。


 アニメや小説に出てくるような、異端な人物なのではないかと。


 老紳士はニヒルに笑った。


「ふっ、興味はあるか。いいか? この世界には特殊能力を持つ者が存在する。彼らはその力を隠しているがな。そして私の特殊能力は【他者に、その人が望んだ特殊能力をプレゼントする能力】だ。意味が分かるか?」


「つ、つまり、僕が欲しい能力を、あなたはプレゼントしてくれるという訳ですか……?」


「その通りだ」


 この世界には特殊能力を持つ人たちが存在する。

 もしそれが本当だとしたら、なんて面白い事なんだろうか。


 漫画やアニメみたいだ。

 だが、それが本当だとしても疑問はある。


「ど、どうして僕に力をくれるんですか?」


 疑問はそこだ。


 見知らぬ少年に力を渡す意味が分からない。


 それをする事が彼にとってのメリットになるとでも言うのだろうか。


 返答を待つ茂に、紳士は遠い目になって語り出した。


「実は……私には孫がいたんだ。だがその孫は15才で死んでしまってな。イジメが原因の自殺だった」


「そ、そう、ですか……」


「君にも孫と同じ雰囲気を感じてな……無視しておく事ができなかったんだ。確認もしないで悪かったが、君も、イジメられているのか?」


「……はい」


 茂は消え入りそうな声で呟いた。


 僕は毎日、毎日イジメられている。

 それが本当に悔しくて、辛くて。


 どうにかこの日々から抜け出したいと思っていた。

 ずっと我慢していたんだ。


 でも、その我慢を神様が評価してくれたのか。


 ようやく光が射したんだ。


 茂は目の前の紳士に視線を向ける。


「ならば見返してやる良い機会だ。私から力を受け取り、そいつらを見返してやれ」


「はいっ!」


 この人が僕に力をくれると言うんだ。

 しかも特殊能力を。


 これで僕をイジメている奴らを見返す事ができる。


「ではどんな能力がお望みなんだ?」


「じゃ、じゃあ……どんな相手でも吹き飛ばす最強のパワーを!」


「ふっ、身体強化という訳か……でも」


 それからその紳士は、ニヤリと笑って言った。



「あげませーーーん‼︎」



「……は?」


「力なんてあげませーん! ていうか何? どんな相手でも吹き飛ばす最強のパワー? んなもんある訳ねぇだろ! アホかお前は! いやぁ、おもしろいおもしろい! やっぱ思春期の男子はいじりがいがあるわ」


 高笑いをあげる紳士を、茂は呆然とした表情で見つめる。


 状況がよく理解できない。

 ただポカンとした顔で紳士を見つめる事しか。


 なんだ、何が起きているんだ。

 この人は、僕に力をくれるんじゃないのか?


「あと私にはそんな孫はいないからな。ぜーんぶ嘘だ!」

「――っ!」


 うそ、だって……?


 じゃあ、この人は――こいつは僕の事を弄んだのか。


 それに気付いた瞬間、心の奥底から怒りがこみ上げてきた。


 今までに感じたことのない怒り。

 脳が沸騰しそうなほどに熱くて、鋭利な感情が心を襲う。


 許せない。


 こんなイタズラ、許していいはずがない。


 人の心の弱く柔らかい部分を弄んで、希望を与えて、すぐに絶望へと突き落とす。


 そんな悪趣味なイタズラを許していいはずがない。


 怒りが、脳髄を貫いた。


「ふ、ふざけるなよ……! なんでそんな嘘つくんだよ! 僕が、僕がどれだけ期待したと思っているんだ! せっかくこの辛い日々から抜け出せると思ったのに……! 人の気持ちを弄ぶなよ‼」


 茂は心が叫ぶままに言葉を吐き出した。


 正直、まだまだ言いたい事はいくらでもある。


 それ程に、茂は怒っていた。ここまでの憤りを感じたのは初めてだ。


 本当に、あまりにも悪趣味すぎる。


 だが紳士は、そんな茂の怒りなど気にも止めていないようであった。


 ただ、冷静な口調で言葉を紡ぐ。


「そう怒るな少年。私は君を試しただけだ」


「な、なにを……!」


「いいか少年、努力なくして得られるものになど価値はないんだ。誰かから与えられた力で威張って、鬱憤を晴らす事に何の意味がある? それは成長ではないだろう」


「――っ!」


「君は力があれば仕返しができると思ったんだろう? それは分かっているんだろう? 解決策は知っているんだ。なのになぜそれを試そうとしない。なぜ強くなる努力をしない。受け身の人間はいつまで経っても搾取されるだけだ。自分で行動しろ。努力しろ。それはきっと、今後の人生において君の財産になる」


 真っすぐな眼差しで語り掛けて来る紳士に、茂は思わず口を結ってしまう。


 騙されたことへの怒りはある。

 からかわれた事への憤りはある。

 言い返したい言葉だって、ある。


 だけど茂は何も言い返さなかった。

 言い返せなかった。


 すごくムカつくけど……この人の言う事は間違っていない。


 僕は何もせずにずっと耐えていただけだった。


 何かが起こる事を期待して。

 劇的な変化が起こる事を期待して。


 だから、あの人が力をくれると言った時、僕は何も考えずにそれに甘んじようとした。


 漫画やアニメみたいに現実は上手くいかない。

 神様が現れて特殊能力をくれる事はないし、突然異能に目覚める事もない。


 強くなるには、現状を変えるには努力するしかないんだ。

 僕が行動を起こすしか。


「……確かに、そうかもしれません」


 静かに呟くと、紳士が茂の肩に手を置いた。


 その動作は、母親が子供に愛を与える時のように優しく、不思議な温かさに満ちていた。


「それに気付けたのなら君は成長できる。君は今日、一歩前進したんだ。ふっ、だがこのまま君を帰すのも悪い。一度は騙してしまったお詫びだ。能力をプレゼントしよう」


「え」


 茂は思わず顔をあげた。

 紳士の優しい笑みが、すぐ目の前にあった。


 力を、くれるのか。


 能力をプレゼントしてくれるのか?


「い、良いんですか?」


「ああ。元よりそのつもりだ。自分で努力する必要はある。だが、君が今いる現状が辛いのも事実だ。とりあえずその現状を能力で乗り越え、その後に待ち構える、まだ見ぬ困難を自身の力で乗り越えるんだ。今から渡す能力は、明日までしか使えない限定の能力だ」


「……! あ、ありがとうございます!」


 茂は大きく頭を下げた。


 明日までしか使えない、時間制限のある能力。


 なるほど、それならイジメの加担者に仕返しをして、現状は変えられる。


 そしてその後の事は、自分で努力をすればいいんだ。


 紳士が茂を見た。


「改めて問おう。力が欲しいか……?」


 茂は力強い眼で頷く。


「はい!」


「そうか…………でも、あげませーーーーん‼」


「……は?」


 高笑いをあげる紳士に、茂はまたもやポカンとしてしまう。


「力なんてあげられる訳ねーだろ! 私はただの無職の老人だぞ? なんだよ特殊能力って、そんなのある訳ねーだろ! バーカバーカ! ひゃっほぅ! やっぱ男子高生はアホだぜ‼」


 高笑いをあげながら、紳士は颯爽と走り去っていった。


 茂は、全てを投げ出したくなるような、今すぐこの場に倒れこみたくなるような虚無感に襲われる。


 弄ばれた。

 見事なまでに、踊らされた。


 ふと視界の端にオレンジ色の光が射した。

 街を照らす夕焼けが、やけに美しく見えた。


 こんな街の中にも綺麗な景色はあるのだと、今まで知らなかった世界が開かれる。

 煮え切らない気持ちの中にも、新たな成長が発芽しているのを茂は実感した。


 だが腹が立ったのは事実。

 茂はスマホで兄に電話をかけた。


「お兄ちゃん……ちょっとさ、喧嘩のコツ教えてくれない? うん……えっと、どうしてもぶちのめしたいジジイがいて……うん、ありがとう。今日の夜、約束だよ?」


 茂は電話を切って歩き出した。


 その足取りは、数分前とは比べ物にならない程に軽くなっていた。


 


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