当て馬役になった私は、今日も今日とて愛しい人(ヒロイン)の隣に立ちたい。
物心ついたときから私はこの世界が別物であると理解していた。
私の中には別の世界を過ごしていた"私"の記憶があり、今生きる世界が所謂少女漫画の物語であるということ。
「君に捧ぐ」──気弱な少女ユア、そんな彼女を励まして共に進んでいくアラン。魔法が日常に浸透した世界のとある学園が舞台となった二人の優しい恋物語。
私は、その二人を祝福できないまま引き裂こうとする少女"ケイト"であるということを理解していた──
対象は、異なるが。
「ユア」
「!ケイトさん」
放課後、静かになった廊下で目当ての少女を発見した。ぴくりと肩を跳ねさせて振り返った少女──ユアの亜麻色のおさげが揺れる。鞄を胸元に抱え、こちらを見上げてふわりと微笑む彼女はなんとも愛らしい。ゆったりと足を進め、その小さな躰をおもむろに包み隠すよう抱擁すれば「ぴゃあ!」と蚊の鳴くようなくぐもった声が胸元を震わせた。
「ケ、ケイトさんっ……何かありましたか?」
小さな手が背中をおずおずと撫でる。鈴がころころと転がるような、それでいて優しく浸透する彼女の声に胸がきゅうと震えて、思わず腕に力が入る。
「調理実習、ユアのケーキ……貰ってない」
「えっと、その……」
「アランは貰ったと……」
淡々と、しかし悲哀の色が覗く声が喉から溢れ落ちる。脳裏に浮かんだあの男は、ユアから受け取ったらしい包みをそれはそれは大切そうに見せびらかしていたことを思い出して奥歯を噛んだ。
ユアの肩口に顎を乗せているためその表情は見えないが、腕の中でおろおろと身じろいでいるのだろう。ええとええと、と彼女は言葉を探しながらその身体を震わせていた。
「その……渡すのが、恥ずかしくなってしまって……」
「恥ずかしく……?」
少しだけ離してほしいと言うように躊躇いがちに背中へ合図を送ったユアを解放すれば、おずおずと鞄からひとつの包みが取り出された。
ユアの小さな指が丁寧に開封していくのを静かに見つめていると、戸惑いがちにではあったが、やや大ぶりのカップケーキが姿を現した。薄い小さなハート型のチョコレートが頂上を彩っているのが愛らしい。
「かわいい……アランにもこれを?」
「いえ!アランさんには普通の、チョコレートがないものを……っ。その、深い意味はないんです……」
瞳を潤ませて可哀想なほど頬を赤らめる彼女が言うことには、実習中あまりにもシンプルなまま制作された彼女のカップケーキを不憫に思ったのだろう友人が「日頃の感謝を伝えては」などとあらゆる言葉を用いて当時の彼女をやる気にさせたらしい。
しかし時間が経つにつれチョコレートの存在が妙に気恥ずかしくなり、取り外すにも感謝の意を込めたものだという事実から憚れたことから未だに渡せずにいたと。
「……私は、ユアから貰えるならばどんなものだって嬉しい。このチョコレートに意味があっても、なくても、ユアが私に渡そうと思って作ってくれていたことが嬉しい」
だから、どうか隠さないで渡してほしい。そう伝えながらケイトがそっとユアの手を下から包むと、二人の視線がゆっくりと合わさって──
「おい!!ケイト!ユアから離れろ!」
グイ、と両肩を背後から引かれて強制的に引き離される。いつも動かない表情筋が、少し顰めっ面に変化していくのを感じる。
こいつは、いつもいつも、本当に……
「ア、アランさん……っ!」
「ユア……こいつは危険だと言ったろう?お前を前にしたら何を仕出かすかわからない巨人女だ」
「……取って食うみたいなことは、しない」
お前はいちいち怪しいんだよ!と毛を逆立てる猫の如く睨み、ケイトの一挙一動に食いつくアランを見下ろして人知れずため息を吐く。
私──"ケイト"は、「君に捧ぐ」の主人公でもありヒロインであるユアを、誰よりも愛している。
《登場人物》
"ケイト"
無表情系180cmクール美女(例えるならシンリンオオカミ)
ユアが好き。別世界の記憶は薄らとあるがユアが推しだったとかそういうわけでもなく、別クラスのユアに偶然出会い、親しくなるにつれただただ溺愛するに至った人。
告白はしていない。友達の枠で好意にずるく甘えている(行動は大胆ながら臆病)
"ユア"
小動物系150cm穏やか気弱少女(例えるならリス)
偶々出会ったケイトとの距離が段々と近くなっていることに気がついてるけど拒めない。他の人だったら嫌かもしれない。そんな自分がよくわからなくなってる人。
わけもわからず墓穴を掘って、わけもわからず照死しかけていた所をアランに助けられる。
アランは男友達。
"アラン"
百合に挟まってる男。本能的にケイトを危険だと思っているが、そんな勇気がケイトにないことを知らない。
ユアがほんのり好きだからこそ、「危なーーい!!」の精神で止めに入る。童貞。
いつか二人の百合百合しいイチャイチャに心を乱されて色々と目覚める人。






