第27話
心を扱う魔法がある。
その魔法はイリオラと呼ばれていて、医法会に所属している魔法使いだけが使用を許されている。もっとも、医法会の中でもイリオラを使用できるのは極々一部の者に限られている。イリオラの習得難易度は非常に高く、適性があって且つ才能のある実力者でなければならない。
そんな魔法を喰らったがために、ロウシスは一撃で殺された。
『だっっっっっっっっっっっっっる!』
冀望剣を直接穴に突き刺し、銀河を直接流し込むことで不純魔力を抑えているが、いつまで持つかはわからない。
「どうすればいい?」
『前と同じ』
「目を抉って?」
『鼻を削いで』
「耳を埋める?」
常人であれば拷問でしかないが、ロウシスはその行為自体に抵抗があるわけではない。そう、躊躇いはないが同時に保証もない。戦うこと自体は可能だが、それで勝てるのか。始まってしまえば考える余裕はない。再戦はいくらでも可能だが、私は無事でも世界はわからない。
『リストだ』
「うん。彼だ」
分かっている。不純魔力が溢れても問題がないように壁を構築したのはリストだ。そしてその壁を解除したり壊そうとするものに対して発動するカウンターがあることは知っている。というかその最初のカウンターが私なわけだが、私だけにその任務を任せるほど彼が人を信用していないことも何となく分かっていた。だから、その内容までは聞かされていなかったが、まさか彼が
「イリオラが使えるなんて言ってた?」
『言ってないと思うよー。そもそも彼って医法会だっけ?』
「いや、リストはセルシアの」
『あー、医じゃなくて異の方ね』
「無関係じゃ………ないとは言い切れないのよね」
命を救う。
医法会は、ただそのためだけに存在する組織で、善悪の区別は一切なく、死に瀕するものであれば誰であっても手を差し伸べる。当然のことながら、その存在は誰にとっても天使的だし、誰にとっても悪魔的だった。だからこそ好まれたし、だからこそ疎まれた。
そんな医法会に誰かが引いた国境なんてものは関係なく、各国各地域に活動拠点が存在するわけだが、つい最近(と言っても数十年以上前の話だが)セルシア支部で独立騒動があった。その際には医法会セルシア支部は魔法異化学研究所からの接触があったのではとの噂がたった。
現在の医法会は各国からの支援で成立しているが、その設立にはローソク部隊が関わっているが………
『そんなことより、も』
「んだいはただ一つ。と言うか、不純魔力の変質はなんでだと思う?」
今までであればリストの構築した壁で押さえ込んでいればいずれ弱まってたし、放っておいても減退しない時には聚斂銀河で飲み込めば解決する話だった。それなのに、どうして今になってそれが出来なくなったのか。リストの壁も私の能力も変わっていないのだから、原因は間違いなく不純魔力の方にある。
『さーねー。それには全く興味がないね』
「なら、この変質した不純魔力にも対応した銀河で覆い尽くせない?」
『それはほら、そんなことしたらね。読者の皆さんに申し訳立たなしだし』
「何それ」
とはいえやる事は変わっていないのだ。
壁を壊してホルトバルトへ繋ぐ。繋がってさえしまえばそれでいい。
“あーあー、聞こえるかロウシス”
デメリットの声がする。
ということは、繋がり自体はできていたらしい。
「聞こえる。けど問題発生。リストが襲ってきてて、その対処が思いつかない」
“そんなに強かったか?”
「イリオラ。デメリットは喰らったことある?」
“あるわけないだろ。でもあれって五感を潰せばいいだけだろ”
「それじゃ勝てない」
“負けないだろ”
「私が負けなくても世界は負ける」
“世界はどうでもいいけど、モメンは殺すなよ。愛しているなら尚更な”
「愛は力じゃ無いし………それよりも不純魔力は?用意はできてるの?」
“えーっと、、、、、、もう出来てる。だから後はそっちの問題なんだ”
「分かったよ。ねぇ、ムナウアルによろしく言っといて」
“伝えとく……………って、おいアンタ!隊長と知りあ”
切れたのか、それともムナウアルに切られたのかは不明だが、状況はやっぱり単純だ。イリオラさえ何とかなれば、後はどうとでもなる。
『てか、もしかしてメリットは知らないんじゃ』
「たぶんね。ローソク部隊が不死者の集団だって、どうしてムナウアルは秘密にするんだろう」
『それしか取り柄がないからじゃない。あいつ弱いし………』
そんな雑談をしながら二人は考える。
「感動する心がければ、揺さぶられる思いがなければ、イリオラは効かないと思う?」
『どーだろねー。イリオラは対人間ならもんどーむよーだし、それに心のない人間なんていないからナー』
「心、ね。誰も見たことがないのに存在するの?」
『カーフティも言ってるでしょ。〝心とは機能ではなく基準である〟って。基準なんてのは誰にも見えないけど、あるもんでしょーよー』
「あぁ………ジィはあの胡散臭い詩人が好きなのね」
マファイヤ・カーフティ曰く、心とは基準である。それが正しいのであれば、イリオラは人の心である判断基準を揺さぶるのだ。だからこそ歪むし曲がる。そこにハマると堕とされる。強靭な自我とか確固たる自信とか、そういう話ではない。
正常な判断ができなくなるというよりは、正常の基準が狂わされる。それ故にいつも通りには戦えなくなる。
『だけれもも、絶対の基準があれば』
「絶対の基準………」
『何があっても揺るなない。それが動くことは決してない。そーゆー基準、全ての基準』
「無いよ、そんなの」
「助けて」
声の主。いつの間にか後ろに立っていたモメは、折れた腕の痛みに歪めた顔をロウシスに向けた。
「ジィ、治してあげて」
『ポイ』
ジィは閃いた。これがある。いや、これしか無い。以前のロウシスだったらそこにはムナウアルがいた。だが今はモメだ。
モメの腕に触れながら、ジィは囁いた。
モメは躊躇いながらも、そうするしかないのであれば、とロウシスを縋るように抱きしめた。
「ロウシス………ロウシスしか頼れないの。だから、お願い」
彼女の腕が震えていたからか、彼女の目が潤んでいたからか、彼女の声が掠れていたからか、彼女の心が揺らいでいたからか。それが偽りだとしても、それが仮初の言葉でも、ロウシスにとっては十分すぎた。
「一応繋がってはいるんでしょ?」
「繋がってるだけ………。不純魔力の侵食に耐えうるかはまだ試してないの」
「繋がってるならそれで十分。全部流しちゃっていいよ、ジィ」
『やるからね』
冀望剣がロウシスの手元に戻ると銀河は止まった。そうすれば当然、不純魔力は流れ出す。モメが作った道筋は不完全であるが、徐々に泥のように流れ出している。
「それじゃあ行こう。モメはここで通路を完成させて。壁を解除するために、私はリストを倒してくる」
「やるけど………大丈夫?ねぇ、ロウシス」
「ミキが戦えてるなら何か理由がある。それを真似すれば戦える。それに、何回だってチャンスがあるのが私の人生」
その髪色と同じ青の翼が生え、大きく二度羽ばたくと、ロウシスの体は宙に浮いた。
『全部上手くいかなくて、例え世界が滅んだとしても、モメのことだけは守るから☆』
「私のことも守ってよ………。けどそんな難しい事じゃなくて」
向かう先は城の奥。
ロウシスの作戦は、今も戦っているミキがイリオラを耐えているのだから、その模倣をする。もっとも、彼が受容体のない特殊な人間だからイリオラが効かなかった可能性もあるので、その作戦には穴がある。
だが、ジィの作戦はもっと単純。イリオラが心を乱すから、愛する人という名の絶対的な基準としてモメを認識させること。だったのだが、もっともっとシンプルな話だった。
三大器官を潰す。よりも簡単。
「世界も彼も何もかも、全部守ればいいだけでしょ」
恋は盲目であると。




