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第25話 苦しいのは上り。危ないのは下り。

 動物は、道具を認識することができない。

 もちろん視覚的嗅覚的に、剣というものを捉えることはできているが、その能力や効果については分からない。

 だから彼らは恐れない。騎士を恐れない。

 メリットが最初にメルデンに踏み入れた時に、様々な生き物に襲われたのはそれが原因だ。まぁ、剣があってもなくてもメリットは弱いのだけれど。


「不死じゃないんだから食わなきゃ死ぬぞ」

 小屋の外。

 夜はとうに過ぎ去ったが、焚き火を囲うようにして僕たちは座っている。

 焼かれているのはロムヌと呼ばれている動物だ。豚とも牛とも似つかないロムヌには、特有の臭みがあるけれど鼻を塞げば問題ない。味わうために食べているわけではないのだ。

 ちなみに食事をしているのは僕とモメだけで、不死二人組はコヌーヤを飲んでいるだけだった。

 このコヌーヤもなかなか不思議な液体で、こうしてコップの中にあるときはドロドロしているが、飲もうとすると喉を通るより先に消えてしまう。口の中で蒸発するので、これを飲むと、タバコを吸っているときのように煙を吐くことになる。いわく、水分補給のためではなく、あくまで目的は受容体の縮小均衡化を図るためらしいが、何のことかはよく分からなかった。


「リストの術式を解くってことは、あの孔を別の方法で塞ぐ必要がある。そうしないと不純魔力が外に溢れ出すかもしれない」

 ロウシスは焚き木を剣で突きながら言う。

「その冀望剣でさ、全部なんとかしちゃってよ」

 と、誰もが思っていることを言ったのはメリットだった。

 〝万能〟を謳うのであれは、それくらいのことやって欲しいものだが

『確かになんでも出来るけどさぁ!何でもやっていいわけじゃないんだよね!』

 と、ジィは何故か頬を膨らませながらプンプンスカスカ言っていた。

 その理由について詳しく聞きたかったが、ロウシスがその間を与えることなく話を繋ぐ。

「だから役割を決めよう。一つはリストの術式を解除する。もう一つはその後の穴を何とかする」

 求められるのは根本的な解決。今まではロウシスとジィの対処法で間違っていなかった。しかし何かが変化したせいか、それではもう止められなくなっている。

「その後者、何とかするっていうけど方法はあるの?」

「メリットとミキには言ってなかったけど、それについては私とモメで考案済み。昨日今日の案だけど、悪くはないと思う」

「だからミキは気にしなくておーけーなよ」

 なよ。モメの語尾はそんなものだっただろうか。

「じゃあ何か。俺とホコロビミキは何をすればいいんだ?」

 そんなメリットの疑問に答えるのはロウシスだ。

「まず、私がリストの術を解く。彼のこの術は、外縁帯のコピーみたいなもので、そうそう簡単に解除できるわけじゃない。これに関してはモメでも難しい。けど私なら赤子の手をひねるとまでは言わないけど、容易に達せられる」

「で、その後はモメがなんとかするわけ」

『じゃあミキは何をするって?簡単だ!君がそれまでの間を繋ぐのさ!』

 そう言ってジィが、僕の座っている目の前の焚き火の中に立つ。実体がないので熱くはないのだろうけれど、それでも不安になるくらいに彼女の姿は鮮明に見えている。

 何をするのかと思いながらもその様子をただぼうっと見ていたら、ジィは僕に抱きつくようにして僕の背中に触れる。少しだけ背中が熱くなった。

『一度だけ、一度だけならこれで空を飛べるさ!』

 ジィは僕ではなく、そのすぐそばに居るアイを見ながらそう言った。

『どうすればいい?』

『思い浮かべればオーケー!自分の飛んでる姿をね〜』

 パタパタと、ジィが手を羽のように羽ばたかせる。

「………で、俺は?」

 体調が悪そうにメリットが言う。

 バルノスケーツを着ていなければ30分ほどで死ぬようで、彼はこうして徐々に死にかける。

「ボルトバルトに行ってもらう。それで例の隊長にこれを渡してよ」

 モメがそう言って渡したのは一枚の手紙。白の大きな葉に書かれただけのもの。びっしりと文字が刻まれている。

「あー、いやさぁ。俺、隊長と仲良くないのよ」

 バツが悪そうにメリットが言う。

「仲悪くても手紙くらいなら渡せるでしょ。これが成立しないとどうしようもないんだけど」

「俺だってもちろん、モメンのやる気には応えたいさ。ただ無理なんだ」

『そんなに嫌われてるのか?』

 アイが笑いながら言うが、それは正しくないようで

「俺が苦手なんだよ。嫌いっていうか、苦手。ほんとに無理」

 世界がかかっているとは思えない、そんな軽い反応。不死者はやっぱりどこかおかしいとミキは思った。

「え、ふざけてる?」 

「ふざけてない。大真面目。あの人はどうしたって俺の言うことなら聞いてくれるだろうけどさぁ………」

 渋々ながら、メリットは手紙を受け取った。時間はあるけれど余裕はないのだ。


 ハルガの中心まではそこまで遠くなく、冀望剣が道を開きながら進んだおかげもあって、日がてっぺんに昇るよりも前に到着した。

 術式で何十にも囲われた楕円の孔は、大きな城に覆われていた。この城に関しては外から認識できるものではないので、僕たちからしたら気がついたら城に入っていた、という感じだった。

 休む間もなく、モメとロウシスは穴を調べ始めたが、僕とアイにはできることがないので、それを見守ることになる。

 城といっても、人が生活するためにスペースがあるわけではなくて、なんとなく結婚式とかが行われるならここで写真を撮るだろう、中央の一番豪華な部分を切り取っただけの小さなもの。僕の知っているお城と比較したら小さいだけで、建造物の規模としてはそれなりだ。


「ローソク部隊って楽しい?」

 僕は気になって、メリットに聞く。彼は城のドアの前、不可視と可視の境界に立って、門番のように座っていた。僕は彼の横で、その狭間を仕切っている重厚感のあるドアに寄りかかった。

「クソ。あそこほど居心地の悪い場所はない。人が生きる上で最悪の環境。まずあいつが終わってる。ミフミって奴がいるんだが本当に終わってる。会話が成立しない。いや、本人は会話してるつもりなんだろうがこっちからしたら雑音だし騒音。基本的に物事を理解することができないくせに料理が美味い。これがほんとにムカつく。この前の環運天かいうんてんの時の料理とかまじ美味かった。ブラスタだって美味しく料理する。信じられるか?」

 メリットがボロクソにいうのを、アイとミキは黙って聞くしかなかった。

「それにギェスラも死ねばいいと思う。俺より年下なのに俺よりも強いし背が高い。俺より遅くに入ったのに俺に剣術の稽古をつけるとか言い出す。上から目線なのはマジでムカつく」

 僕はなんとなく座ることにした。

「で、これから会いに行く隊長が………ムナウアル………うわーマジで嫌だ。けどなぁ………」

 メリットは立ち上がって城の中に入る。そのラインを超えると、城で覆われていた二人の姿と大きな三本の柱が目に入る。先ほどまではなかったそれら。

『たっぶんだけど、城の構造は変化するんだろーね。実体があるわけじゃないし』

 僕とアイも、メリットに続く形で、孔のすぐそばにまで来た。作業はすぐに終わったようで、モメとロウシスはメリットに注目していた。

「で、いつになったらアンタは手紙を届けてくれるの?」

 僕も当然抱いていた疑問を、モメがメリットにぶつける。メリットはロウシスから翼をもらうこともできたのに、面倒だからとそれを拒んだ。

 だからその先の行動はロウシスは想定できていたが、実際にするとは思っていなかった。

 メリットは特に表情を変えることなく、ただほんの少しだけ真剣な声で

「モメンを殺すなよ」

 と言って、そのまま飛び込んだ。

 飲み込まれるとも落ちるとも違う現象で、彼の姿が見えなくなる。

『え、何やってんの?』

 ジィが漏らしたその疑問は、この場にいる全員の代弁で、作戦失敗かとも思われたが

「あ、レスポンス来た」

 とモメがつぶやき、ロウシスがそれを確認した。

 どうやら作戦は順調で、メリットは自分の役目を果たしたようだ。

 じゃあ僕には、一体何ができるのだろう。

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