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第16話 争いの火種に水をあげましょう ②

 切断された左腕を拾い、カルディナールは天蓋の下にいるミルの元へと駆けた。

「使えなくていい。とりあえずくっつけてくれ」

「………………………わかったわ」

 ミルが腕に触れるとダラダラと流れる血液が止まる。カルディナールは左腕から手を離す。抑えていなくても腕が落ちないことから、しっかりと固定化されたことをカルディナールは確認した。

 腕を断たれながらも相手の腹を切った親衛隊であったが、それで彼が理解したことは、このままではどうしたって好転しないということだ。時間が過ぎるのをただ待つだけの戦いではこちらがいずれ押し負ける。だからこそ何か、別の手を考える必要があるのだ。

「驚いた。が、そこまでだ。お前はその犠牲を払っても殺せない。利き腕ではなくとも、腕がないとなればもう戦えないだろう。大人しく諦めて死んだらどうだ?」

「腕一本。たかが腕一本落とせたくらいで勝てると思ったのか?だったら勝てそうだ。その程度の判断しかできないのなら、私はお前に勝てそうだ」

 左腕はだらんとしたまま右手だけで剣を構える。親衛隊である彼は片腕のみで戦う訓練も当然のことながら行なっているものの、片腕の方が強いなんてことは当然なく、戦闘力は当然のことながら普段よりも落ちる。

 そのカルディナールに男は襲いかかる。カルディナールが避けるそぶりも見せないことから男は何か策があるのかと考えたが、思考を読むにそれはない。しかし、あまりに避けようとしないので、首を断つことが可能であっただろう刃を一度引っ込め距離を取る。するとカルディナ─ルは目を閉じて剣を地面に放った。その行動はあまりに不審で不自然で、ここで無理に攻め込むことは賢くない。より深く、全神経を集中して彼の思考の奥底まで踏み込む。


 そしてそれが、彼の間違いだった。


 流れる。流れる。流れ込む。

 カルディナールの思考が男の脳を侵す。絶えず溢れる情報は一兵卒の脳で処理できるものではなく、男の意識は遠く遠のく。


「………何したの?」

 その光景をただ見ていたミルがカルディナールに問う。

「厄介なのはこちらの思考が全て読まれていることだ。だからそれを逆手に取った。全ての思考が読めたとしても、それを解釈する必要がある、噛み砕く必要がある。だから俺が頭の中で行ったことは、無駄の多い戦闘シミュレーション。本来であれば必要のない事象も含めた数多の擬似戦闘。その全てを解釈しようとした彼の脳は、それらの大量の情報を呑み込めずに機能不全に────

『カルディナール・レイウェポン。なるほど確かに強い、さすが親衛隊とでもいうべきか。とはいえベラベラと自分の作戦を明かすのは愚かなことだよ。ほら起きて、ヲルジュレ』


 幸源の声が響き、立ちす尽くしていた男────ヲルジュレの目に生気が戻る。

 それを見てカルディナールがもう一度、先ほどと同じように頭の中でシミュレーションを繰り返す。しかし倒れることはない。相手は平然と、むしろ今までよりも鋭敏に感覚を研ぎ澄ませ、カルディナールの動きを注視する。カルディナールは先ほどの再現をするために、そしてより負荷を掛けるために不利だとわかっていながら攻撃を仕掛ける。

『情報の処理能力の差に目をつけるとはね。さすがだ。だけどそれなら簡単だ。僕が、思考の網(僕たち)がその処理を代わりに行えばいい。彼にはその結論だけ伝える。それで十分なのさ』

 ヲルジュレは先ほどよりも素早くなった。考えることが一つ減ったからだ。カルディナールとの戦いにおいて、彼はもうカルディナールの思考を読む必要は無くなった。計算の結論だけが、彼が取る行動それのみが思考の網による代替計算の末に伝えられる。それはもはや未来予知と言っても差し支えがない精度でカルディナールの動きを見切っていた。


「ど、どうするミルちゃん!」

 二人はいまだにベッドの上だ。その理由はミルの魔法によってこの天蓋付きベッドは一つの小さな要塞として機能しているからだ。火球が通じなかったことから、ミルは相手に攻撃する手段を持ち合わせていないことを確信し、防御にリソースを振ったのだ。

 しかし、一応の防御があるとはいえ、一向に希望の見えない戦いを見てエアは焦りを少しずつ感じていた。相手がこの魔法を破れないという保証はないからだ。そんなエアに対してミルは冷静に返答する。

「いい、エア。私たちがやることは変わらない。思考の網をハッキングする。カルディナールがあの男を抑えている間に」

「魔法は使えるの?防御は上手くいってるみたいだけど、さっきやった攻撃魔法はダメだったし………」

「さっき腕をくっつけたでしょ。詳しいことは説明している暇がないけど、繋がりさえあればどうにでもなるって分かった。使えるか使えないかでいえばハッキング(これ)に関しては大丈夫」

「でもハッキングはさっきやって、この歪んだ家の構造を少しだけ変えてカルディナールと合流するくらいが限界で………」

「それは遠隔だったから。治癒の残滓なんてものを通してやっていたから。だけど今は違うでしょ」

 エアは見る。自身とミルについた血液を。血液、それは体液。性蝕に勝るとも劣らない、一つの選択。

「さっきまでは私を介してエアがハッキング。だけど今回はアナタを通して私がハッキングする」

 そう言ってミルは、カルディナールの腕が切断され、ヲルジュレの腹が裂けた時に出来た血溜まりに、まるでピアノの鍵盤をなぞるように右の手の指を血に晒した。真紅の液体にはカルディナールとヲルジュレの血が混ざり合っている。


 手のひらは小さな血の盃。


 やることは分かっているがエアは躊躇ためらう。性蝕とは違う他者を取り入れる方法。忌避きひされるのはそれが人体に備わった機能ではないから。人を喰らうことは遺伝子レベルで嫌悪されている。他者を許容する女性であってもその事実は変わらない。今回は血を舐めるだけ。そうと分かっていても抵抗がある。だが、迷っている余裕は無い。

 ミルは手をエアの目の前に掲げる。座り込んだ二人は見つめ合う。意を決して、エアはミルの手を掴んだ。

「………………んっ」

 エアの生温い舌がミルの手のひらを這うようにして血を喰らう。同時に性蝕よりも強い衝動が内から溢れようとしているのを抑え込む。彼らの血を摂取したことで、カルディナールと同じように思考の網に囚われそうになる。それを防ぐプロセスは、エアがいつも行う思考盗聴のそれと同じだ。エアは自身の脳を守りながら網に干渉する。

 二人は目を閉じ、額を互いに合わせた。キスと変わらない距離感であるが、そんなこと気にならないくらい二人は集中していた。カルディナールとヲルジュレの剣がぶつかり合う音も聞こえなくなる。

 エアには分からない。体の機能は今、道具ツールとしてそこにある。使っているはミルであり、彼女だけが現状をよく理解していた。

 そこからは簡単だった。


 突然、戦いが止まる。カルディナールは満身創痍であったが、両者とも生きている。静まり返った状況で声が響く。

『まいった。だからそれをやめてくれ、魔法使い』

 カルディナールによる思考の網への負荷により、ミルのハッキングが順調に進んだ。そのため、エアが血液を摂取してからわずか1分、網のおよそ3割を攻略し、その時点で光源は自衛のための降参を選択した。

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