銀様の引退
銀様からの謝罪を受け、狐の里の人達も悪感情を持っていないというのは一安心である……あるのだが……
「あの、真守は……」
あの時の記憶は全て覚えている。
好きだの愛してるだのと言った挙句に身体を縛って這いつくばらせ、その上に乗って犬扱いしてお尻を叩く……字面を並べてみたら、やらかしたなんて生易しいものでない。
「狼の巫女殿なら、あちらの里長に連れられて狼の里に向かったようじゃな?」
「狼の里の長?」
「日向を止めてくれた人コン。
あの人が里長の疋様だコン」
「ああ、あの巫女服を着崩してたワイルドな人!
え?あの人が里長なの?」
「そうじゃな……妾も会うたのは数十年ぶりになるか。
滅多に姿を現さぬ変わり者よ」
「そうなんですね」
暴走していた時の記憶になるが、その姿を思い出してみる。
高身長でスラリとした体型であり、胸元が大胆に空いた巫女服を着てタバコを吸っている、黒髪ロングの美人な女性であった。
髪色が違うし、20代後半という見た目をしていたが、真守が大人に成長すればあんな風になるのかもしれない。
「……真守……」
会いたい……でも、あれだけの事をしておいて会うのはとても怖い。
狼の里に何をしに行ったのだろうか。
「狼の巫女殿ならそのうち元気に戻ってくるじゃろう。
その前に巫女殿に話しておかねばならぬ事があってのう」
「なんですか?」
「その前にここにもう一人呼んでもよいかのう?」
「ええ、もちろん構いませんよ」
「感謝する……紅蓮、入ってまいれ」
銀様に呼ばれて入ってきたのは、コンの父親である紅蓮さんだった。
今は他の皆と同じく狐の姿をしている。
「巫女殿、ご無事で何よりでございます」
「先程はご迷惑をおかけしました」
「いえ、大婆様も仰っていたでしょうが、責任は全てこの里にあります。
何もお気になさらずに」
「……分かりました」
正直、気にしないでというのは無理な話である、
それでも、里がそのような方針で私に接してくれるのであれば、その気持ちを無碍にすることは出来ないだろう。
「それで話なのじゃが……妾は完全に引退し、あとのことは里長である紅蓮に託す事にしたのじゃ」
「え!?」
銀様の突然の引退宣言に驚いて声をあげてしまった。
「いつまでも妾のような、頭の凝り固まった老人が上にいても良いことなど無いじゃろうからな。
そんな事よりも大事な話があるので聞いて欲しい……紅蓮、あとは頼む」
「はい、お話というのは巫女殿が身につけていた黒薔薇と呼ばれる装備についてです」