たった一人の弟だから
震える小さな獲物に向かって刀を振り下ろした……その時であった。
大きな衝撃と共に地面がグラグラと揺れる。
更に何か温かなものが周囲を包み込んでいくのが分かった。
「これは……真守……」
そう……まるで真守に抱きしめられているかのような気配を感じた。
その瞬間、自分の中に流れていた悦びが酔いが醒めるように消え失せた。
正気に戻った私はあらためて目の前を見下ろす…私が小さな獲物だと思っていた、ガタガタと震えていた人物は……
「ひ……より……」
先程まで私が護ろうと、取り返そうと必死になっていた筈の日和であった。
自分がしてしまった行動にショックを受けながらも日和に近づく……だが……
「近付くな、化け物!!」
化け物……そう言われて私は自分の身体を見下ろした。
黒かったワンピースは返り血で赤い場所がないほどに染まっている。
鏡があるわけでは無いので自分の顔はわからない……だが、こんな血に塗れ、護るべき者を怖がらせ、挙句に殺そうとした私に……日和を抱き締める資格なんてあるのだろうか。
失意のどん底に落ちて膝を折りかけた……その時だった。
(諦めるな!!)
何処から真守の声が聞こえてくる。
(お前が諦めたら誰が日和を救えるんだ!)
「で、でも、こんな姿じゃ……」
(そんな似合わない服は全部捨て去ってサッサと抱きしめてやれ……日和はお前のたった一人の弟だろ!)
そうだ……日和は私の大事な弟。
ここで諦めてしまったら誰も日和を救えない……そう思い直して再び自分の身体を見下ろす。
すると自分の身体に付いていた筈の返り血は一つも無く、黒いゴシックワンピースが見えるのみであった。
そうか……ここはイメージの世界。
先程までの光景は私の後悔する心が見せていたものなのだろう……ならば……
「私はこんなもの要らない!
こんな力は必要ない!!」
そう叫ぶと、私の身体を包んでいたヘッドドレスもゴシックワンピースもハイヒールも全てが消えた。
生まれたままの姿になった私だったが恥ずかしさはない。
堂々と背筋を伸ばして日和の元に近づいていった。
「ね……姉ちゃん?」
日和はようやく顔を上げて私の事を見てくれた。
そんな日和の側でしゃがみ込み、優しく抱きしめる。
「今までごめんね、日和」
「ねえ……ちゃん、ねえちゃあああん!!」
日和は私の胸に顔を埋めて号泣する。
ようやく……私は大切な弟をこの手に取り戻す事が出来たのだった。